映画館で大事な場所を小学生にさわさわされてエッチな気持ちになってます!
スクリーンでは悪い宇宙人が人間をむしゃむしゃ食べている。豪快に頭からいってる。うおっ! スイカみたいに割れた! すげー! やばい! 宇宙人容赦なしだ!
なんではるばる宇宙からやってきて地球でこんなことしてんの宇宙人?
ストレスか? 長い宇宙旅行のストレスのせいか?
またイッた! また頭をパシャンってやった!
小学生にこんな映像をみせていいものなのか不安になって、横の席に座っているマボーをちらりと見る。
凄いニコニコ顔。
それだけで映画に来てよかった、と思うんだけど……。
思った瞬間、痛みが走った。痛いのはもうこの世に存在しない場所。
なんたるオカルト現象でしょうか。
マジかよ。こんな時に許してくれよ。
なんなんだよー、もー! なめてんのかー、神様ー!
祈ってやらねーぞー。ちくしょー。
よりによってこんな時に幻肢痛が来たのだ。
──幻肢痛、というのは切断して存在しなくなった場所が痛む謎の現象。
存在しないのに痛むんだよ! ない場所が痛いんだよ! そんなことあっていいの?
これはもうどうしようもない!
多分、脳のバグのせいだけど、まだメカニズムがわかっていないという謎の痛みなのだ。
人体の構造ってどうなってるの! 無駄なことしないで!
存在しない場所だから痛み止めもあんまり効果ない。
痛みの種類は人によって違うんだけど私の場合は、存在しない右腕を、ぞうきんにするみたいに、ぎゅうぎゅうにしぼられているような気がする。
ぎゅむむ。ぎゅむむ。ぎゅむむ。巨人が私の存在しない腕を絞ってる~。
いっ、いっ、痛いな、もう! どういう虐めなんですか?
存在しないとこが痛いって猛烈に腹立たしい。なんなのこれ!
せっかくのデートだし、マボーは楽しんでいるみたいだし……。
我慢しよう。おい! 幻肢痛の巨人! 徹底的に勝負師してあげるわ。
なめんなー。
私の場合、幻肢痛が一時間以上続くということはない。じっとしていればどうにかなる。
我慢! 我慢! 我慢ッ!
んひぃぃ、もう! 我慢、我慢、我慢、我慢。がま……え?
えっ?
切断面に感触。
マボーが私を見上げて、そっ、と切断面に手を置いたのだ。
ンッ!
まっ、マボーに大事なとこさわられた。
心臓が音をたてて跳ね上がる。
なんで? どうして? こんな公共の場で……。
わっ、私が抵抗できないと思って? 思って?
何を思ってんだ、私。
マボーが小声で囁くように言う。
「もしかして、ここが痛いのか?」
「う、うん」
「出ようか?」
私は慌てて首を振って「大丈夫。少しすれば痛くなくなるから」
「ここ、さすっていい?」
どきん、となった。いや、バキンってなった。
心臓が鉄製に作り変えられたような気がした。
だって、心臓弁から金属の音がしたもん。
ぱきん、ぱきん、ぱきん……。
「いっ、いいよ。私のそこ、さわってもいいよ」
さわさわとマボーが慎重に私の切断面を撫でる。
まずい! これはまずい!
こんなの、おっぱいさわられているのと同じくらいまずい。
いや、もっとだ。
大切さでいったらおっぱいより上だ。
だってさ!
そのえっと……。
IFの話だよ?
私とそんなことしたがる人がいるとは思えないけどさ、
何か事情があって、好きじゃない人とエッチなことをすることになってさ、
その時、私はおっぱいはさわらせると思う。
だってエッチなことしてるんだからそれは避けられない。
だけど、腕の断面はさわらせないと思う。
そこは私の大切な場所で、さわられていい場所じゃないから。
なんて言ったらいいのかわかんないけど……。
ある意味。
ここは私の一番、エッチな場所だと思うのだ。
そういう場所をこのガキは!
こんなに!
こんなに無造作に! さわって!
「少しは楽になるか?」
「うっ、うん。楽になる。ありがとう」
「そっか」
マボーは無邪気な笑顔を私に向けて、さすさす、しながら顔をスクリーンに戻した。
え?
あの……。もしかして……ずっと、このまま?
──もしかして、私、ずっと、さすさす、されたままなの?
そんなのやばいって。
心臓のドキドキがどんどん大きくなる。
だって、私……。
こっ、こんなとこ、誰かにこんなにさわられるなんて想像したこともない。
もし好きな人にここをさわられるとしたらそれは一番、最後だと思ってた。
いろんな場所にふれられて……。
体中、全部をさわってもらって……。
されで、最後に私が許す場所だと思ったのに!
こんな無造作にやられてしまうだなんて!
じっ、人生!
こっ、この男! まださすさすしてる!
ま、マジですか……。
頭おかしくなるって!
さわるたびに、好き、って囁いてもらうくらいのテンションが欲しかった!
痛いからなでてやるよ、でさわられていい場所じゃないんだってば!
こっ、こんなのがあるなんて……。
こんなこと!
うっ、うわ。まだやってる。
ンッ!
さすさす……。さすさす……。
映画館でずっと切断面を撫でるって、とっても、その……。その、えっと……その。
もう! 頭の中が真ん中から熱い。
痛いとか、そういうのどうでもよくなってきた。
痛いんだけどさ! 麻薬?
脳内麻薬がドバドバとでている気がする。
だって、マボーが私をずっとさすっているのだ。
──さわるの、もうやめていいよ。
そう言いたいのに、絶対に言えないってこともわかっていて……。
認める! もう! 認める! エッチな気持ちになってるよ、私!
映画館で大事な場所を小学生にさわさわされてエッチな気持ちになってます!
ずっとこうされていたい、という誘惑に勝てません。
もっとさわさわして欲しいです! ちくしょう。なんだ、これ!
なんだよ、この小学生。
ははははは、全面降伏です。映画が全然頭に入ってこない。
ダメだ、これはー。
ずっと、ずっとマボーに……されてたい。
うわっ! 私、バカみたいなこと思ってる。
恥ずかしくて、嬉しくて……泣きそう!
だって私!
私ッ!
ンッ!
──このまま時間がとまればいいのにって本気で思ってる。
そこまで感情がたかぶるなんて、映画や漫画の中の出来事だと思っていた。
人間ってそこまでの感情を持ってないって思ってた。
できるならこのまま、このまま死んでしまいたい。
こんな凄いこと、私の人生でもう二度とない気がする。
……結局、映画が終わるまでずっとさすさすされっぱなしだった。
スタッフロールが終わりそうな頃になって不安になる。
足腰立つかな?
もし立たなかったとしても、脳が溶けてなくならなかったのを褒めて欲しい!