オレの中指も第二関節から上がないんだ
……なるほどね。
確かに互いに殴り合うことで理解し合えることって、あるのかもしれない。殴ってみたら、それがなんとなくわかったような気がする。
気がするだけで、本当はわかってないんだろうけど。
わかってないにしても、
殴るって言うのは誰かに強く触れたってことなんだから、
何も感じなかったらそっちの方がおかしい気がする。
「唾吐いて、殴ったんだから、オレに謝るんだろうな」
「ごめんね。マボーのこと何も知らないのに、勝手なこと言っちゃって」
「マボー?」
「あっ、ごめん。それ私が勝手につけたあだ名。マッドボーイの略。なんか凄い運動してたからさ。
勝手にそう呼んでた」
「……マッドボーイ」
「ごめんごめん。もう呼ばないからさ……」
「カッコイイな、それ」
「えっ?」
マボーが嬉しそうに、にっこり笑った。
な、なんだその人を惑わせる無邪気な笑みは。
そんな顔を私に向けるな。ドキドキしてしまうだろうが。
ふざけんなよ、ガキ。
「そっ、そうかな? カッコイイ?」
「かなりいいよ」
男の子センス的にはそうなのかもしれない。理解不能。
「オレのことマボーって呼んでいいよ。
オレはアンタのことをなんて呼べばいい?」
「えっ? えっと、ね」
それって、私のことあだ名で呼んでくれるってこと?
私の名前は小野瀬霧だけど、マボーと呼んでるのだから、私が本名ではあまりにも味気ない。
せっかくだから、呼ばれてみたいけど呼ばれることのないあだ名がいいよね。
んー、そんなのあるかな。
ビューティーとかプリティとか入っているのがいいのかな、ってアホっぽすぎるか。
ビューティー小野瀬。流行らない理髪店か、売れてない芸人みたいだ。
もっとプリティーでキュアキュアな名前ないかな。
「まだか? 唾吐きババァでいいか?」
「絶対ダメ! 妖怪じゃないんだから」
そういう男の子センスはやめて!
……んーっ。何かいいのがないかな。
ひらめいた!
「お姉さまって呼んで!」
「んっ、わかった」
マボーはあっさりとうなずいた。
「えっ、いいの?」
半分冗談だったんだけど。
「いいのって……そう呼んで欲しいんだろう?」
「……うっ、うん」
それはそうなんだけど、こうもあっさり了承されるとは思っていなかった。
「んじゃ、カップラーメンでいいから食うもんをおごってくれよ。それでお姉さまのことを許すよ。コンビニでお湯を入れてもらうからさ」
「いや」
「なんでいやなんだよ」
だってカップラーメンってお姉さまがおごるものっぽくないもん。
「喫茶店でイチゴタルトをおごってさしあげるわ」
「そんな甘そうなのは嫌だ。塩っぽいもんが食いたいから、カップラーメンでいい」
「だからダメだってば!」
「どうしてだよ?」
お姉さまっぽくないから、という説明でマボーを説得できるだろうか? ……うん、無理っぽい。
「イチゴのショートケーキは?」
「嫌だ」
「イチゴのシュークリームは?」
「だから塩っぽいのが食いたいんだって」
「ううっ、じゃ、塩大福で妥協する」
「おやつじゃなくてもっと飯っぽいものを食いたいんだけど……」
「うううっ、じゃカップラーメンを買ってあげる」
「サンキューな、お姉さま」
「……うううっ、カップラーメンなんてこんなのお姉さまっぽくないよぉ!」
「それとさ」
「んっ?」
マボーが言いづらそうにもじもじしている。このガキ、お姉さまという響きの恥ずかしさに今頃、気づいたか?
マボーは私の眼前に、自分の右手をパーにして突き出した。
「オレの中指も第二関節から上がないんだ」
「……本当だ」
なかった。
「だからさ、オレはさ、えっと……。んーっ、腕が片方ないのはオレの前ではさ、気にすんなよ。被害の具合というかさ、そういうのは全然、違うけど……。オレとお姉さまは仲間だからさ」
「な、仲間?」
テメーッ! 気軽に何を言ってんだ!
「だろ? あだ名で呼び合うなんて仲間だろ? 体か欠けてるのも一緒だし。仲間、嫌か?」
てっ、テメーッと思いながら、私は猛スピードで首を横に振った。
仲間になりたい。




