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片腕お姉さまと地を転がる少年  作者: 渡辺ファッキン僚一
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私を殴りなよ! 私が傷つく所を見せてあげる

「たっ、楽しいからしていいってわけじゃないでしょう。じっ、自分に素直なら全部許されるとでも思ってるの?」


「そんなこと思ってない。だいたい許されるって、なんのことだ? 誰に何を許されるんだ?」




 うっさい! 理屈や疑問を私にぶつけるな!




「わっ、私を殴りなよ! 私が傷つく所を見せてあげるから、それで自分がどれだけ悪いことをしたか、りっ、理解しなさいよ! その目で確認しなさいよ!」


「あっ、あー、そういうことか……」


「何がそういうことなのよ!」




 マボーは私を見ていなかった。金色の空を見上げている。




 私はじっとマボーを見つめた。マボーが何を言うのか不安で苦しい。




 もし暴力を肯定するような酷いことを言われたら終わりだな、と思う。




 嫌なことをいっぱい思い出して、記憶に引きずり込まれて、また這い上がってくるのに、しばらく時間がかかるのは確実。こんなガキに話しかけるんじゃなかった。




 こんちには! おかえりなさい陰鬱な私!




「オレは絶対にあんたを殴ったりしないよ」


「でっ、でも殴るのがすっ、好きなんでしょ。私を殴らなかったとしても、わっ、私じゃない誰かを殴ったりするんでしょう?」


「うん」


 マボーはためらいなく頷いた。


「だったら……」


「オレがしたいのはっ!」




 マボーは私の声を打ち消すように口を開いてから、少し言い淀んで「……多分だけどさ、あんたは暴力をふるわれたんだろ」


「うん。ふるわれた」


 なぜか変に素直にうなずいてしまった。


「あんたがされたのは一方的な暴力なんだろ? あんたが暴力をふるわれたかったわけじゃないんだろ?」


「ふるわれたい人なんているわけないじゃない!」


「いるんだよ。あんたの目の前に」


「えっ?」


「勿論、オレだってふるう。ふるって、ふるわれるんだ。ニタニタなんて絶対にできない。歯を食いしばって真剣にやる暴力が好きなんだ。だから全然違う。何もかもが違う」


「殴るっていうのは一緒でしょ?」


「一緒だけど違う。あんたはオレを殴ったり壊したりしたいか?」


「そんなことしたいわけないじゃない!」


「だったらオレはあんたを殴らない。オレがしたいのはきっと比べ合いというか……そういうことでしかわかんないことがあって、それがなんなのかよくわかんないんだけど……。これじゃ何もかもわかんないみたいだけどさ。何かあるんだよ。それだけはわかってるんだ、オレ」


「じゃ、私を殴った人は私に何を伝えたかったのよ!」


「知らない。……だけど……きっと……優越感とか、いたぶる楽しさとか、そういうことだろ。きっとそういうのじゃないか?」


「キミもそういうことを伝えたいんじゃないの?!」


「違うよ。オレが伝えたいのは……。もっと凄くて……。いや、凄くはないかもしれないけど単純で……がんばろう、っていう気持ちというか。んー。違うな」


 マボーは私の目をじっと見る。


「どう言ったらいいのかわかんないけどさ、……んっ、と。その……暴力って言葉と一緒だと思うんだ。オレは優越感とかを暴力で誰かに伝えようなんて、思ってない。うん。それははっきりわかる。そういうのには、別に興味がない。しなくていいし、したくないし……。だから、しないよ。あんたを殴ったりしない」


 心の底から困ったように、だけどはっきりとマボーは言った。


「とにかくオレはオレと同じことを考えている人にしか、暴力はふるわない。絶対に。暴力を比べたいんだ。あんたに唾を吐きかけられたり、ののしられたりしたって、暴力はふるわない。だってあんたはオレと暴力を比べたくないだろ?」




「ぺっ」




 マボーの顔にすかさず唾を吐いてみた。




 自分で想定していたより沢山の唾が出てしまった。




 マボーの鼻筋にべったりとはりついている。




 マボーは呆れたように私を見上げて「普通、本当にするか?」


「ごめん。本当にごめん。ここまでするつもりじゃなかった」




「じゃ、どこまでならするつもりだったんだよ」


「可愛くちょっとだけ」


「ちょっとだけでも唾を吐きかけるのって凄いことだと思う」


「そうだね。凄いことだね。凄いことしてごめん」



 私はしゃがんで右の袖を左手で掴んで、マボーの顔をふいた。




 唾と汗と水が混じった液体を吸い込んで、あっという間に袖が薄黄色に汚れてしまった。




 ああっ、なんと恐るべき男の子の汚さよ。こんな生き物なの? 本当に同じ人間?


「オレに謝れよ」


「謝ったじゃん」


「唾のことじゃなくて、ニタニタしながらあんたに暴力をふるった連中と、オレを一緒にしただろう? そういうのと一緒だと思われて傷ついた。だから謝ってくれ」




 ……う、うは~~~。




 きっ、傷ついた?




 そっ、そんなこと言う? 本当に言ったの? ちょ、ちょっと。




 カルチャーショック! 人間ってそんなに素直に自分の感情を吐露していいんだ? ちょっと感動。マジか、こいつ。




 傷ついたから謝って欲しいと言い出すなんて、化物か?




「本当にそういう人達と違うの? 何が違うの?」




「だからオレは真面目に殴り合ってくれる人にしか、暴力をふるわないんだって。同じことを何度も言わせるな」




 うんざりしたようにマボーは言った。




「じゃさっ、私が本気でキミを殴りたいと思ったらどうする?」


 マボーはじっと考え込んでから「オレと戦いたくって殴ったんなら絶対に殴り返す」


「私が女で障害者でも?」


「そんなの関係ないだろ。殴るよ。女でも、障害者でも」


 私は、にっ、と笑う。


「ただ殴ってみたいだけだったら?」


「だったら殴り返さない」




 私は拳を振り上げて、斜め下にあるマボーのほっぺためがけて振り下ろす。




 結構、力を入れてちゃんとやった。




「イタッ!」




 悲鳴を上げたのは私だった。拳がジンジンする。




「うわぁ、殴った方も痛いんだ。知らなかった」




 拳がジンジンする。なんだか新鮮だった。

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