ちいさな友だち
森に、冬がきました。
「さむくなったなあ」
さんぽのとちゅうのくまさんが、おおあくびをしました。もうそろそろ冬みんのきせつです。このおさんぽがおわったら、いよいよじぶんのねぐらのなかでぐっすりねむるつもりです。
耳をすますと、いろんな音がきこえます。
かれはの音、いずみのこおりがわれる音。
しげみのむこうからは、うさぎのお父さんがじぶんのいえにいそいそとかえるあし音。大きな石の下からは、だんごむしきょうだいたちのねいき。
みんなの音をたのしみながら、くまさんはゆっくりゆっくりあるきます。
「おーい」
おや。だれかがよんでいます。
「おーい、だれかきてくださあい」
なんでしょう。たすけをよんでいるようです。くまさんは声のする方へと近づきました。
すると、すこし土がくぼんで穴になっているところに、小さいなにかがいっしょうけんめいとびはねていました。むくむくのちゃいろいけがはえていて、まっくろのまあるいおめめ。くまさんにちょっとにています。でも、みたことのない生きものです。
「どうしましたか」
くまさんがのそっとあなをのぞくと、小さいなにかはちょっとびっくりしたようでした。しまった、とくまさんはおもいました。
くまさんはまっくろくて大きくて、おまけにひくいこえですから、よく森のみんなをおどろかせてしまうのです。とくに、くまさんとはじめてであった子はくまさんのことをこわがります。
くまさんはみためよりずっとやさしくてのんびりやで、それにほんとうはちょっとこわがりなのですが、それをしっている友だちはこのひろい森のなかでもあまりいないのでした。
「ごめんね、おどろかせちゃったかな」
くまさんはできるだけやさしくたずねました。
「いいえ、だいじょうぶです。このあなのなかにおちてしまって、ひとりではでられなくなってしまったところだったので、たすけをよんでいました」
「わかった。まかせて」
くまさんはおおきなうでで、ひょいっと小さな生きものをもちあげて、ちかくのいわのうえにのせてやりました。
小さな生きものはどろだらけで、あたまにははっぱがついたままでしたが、それでも、ぐらぐらバランスをとりながら二本あしで立ちあがり、しせいをただしておじきをしました。
「ありがとうございます。おれいにわたせるものが何もありませんが、このことはわすれません」
ずいぶんれいぎただしいんだなあ、とくまさんはおもいました。それに、こんなにちかくにいるのにくまさんのことをこわがらないことに、くまさんはおどろいていました。
「ええと、どういたしまして。ぼくはくま。きみは、どんなどうぶつなの?」
「あなたもくまなんですか? ぼくも、くまなんです」
くまさんは、びっくりしました。こんなに小さいのにじぶんとおんなじくまだなんて、とても小さなくまの子どもなのかな、とおもいました。
「きみもくまなの?」
「はい、みんなにそういわれています。でも、ぼくは、ぬいぐるみ、っていうらしいんです」
ぬいぐるみ、というものをくまさんははじめてしりました。
ぬいぐるみというのは、森のそとにすんでいるにんげんたちの友だちなのだそうです。
「この森をおりたところのいえに、あやちゃんとごうくんという子がすんでいます。ぼくはあやちゃんたちのおはなしをきいてあげたり、いっしょにいえのそとをぼうけんしたり、いっしょのおふとんでねむったりするんです」
「そうなんだ。じゃあ、いまごろあやちゃんたちはきみをさがしてるかもしれないね」
くまのぬいぐるみはうつむきました。
「そうなんです。それに、もしいえにかえれたとしても、こんなどろだらけじゃいえのなかにもいれてくれない。どうしよう」
「それなら、みずあびしていったらどう。ぼく、きれいなわきみずがでるかわをしってるよ。つれていってあげる」
「え、でも」
ことばをかんがえかんがえしながら、くまさんは、おずおずといいました。
「ぼく、きみのことをもっとしりたいんだ。それに、ぼくはずっと森にいるから、にんげんたちのくらしのこともぜんぜんしらなくて。よかったら、ぼくとお友だちになってくれないかな」
くまのぬいぐるみの、ぴかぴかしたひとみがいっそうかがやきました。そして、ちょっとはずかしそうにぬいぐるみがいいました。
「じつはぼくも、あなたのことをもっとよくしりたいんです。ぼく、ほんもののくまにあうの、はじめてで。こんなにおおきくて、ちからもちだとはおもいませんでした」
というわけで、くまさんと、くまのぬいぐるみは、友だちになりました。
くまさんのせなかに、くまのぬいぐるみがつかまります。くまさんはぬいぐるみをおとさないようにできるだけでこぼこしていないみちをのっそり、のっそりとあるいていきます。まるでくまのおやこのようです。
わきみずのかわはとてもつめたく、どろをあらいおとしたくまのぬいぐるみはからだをふるわせました。
「わ、からだがこおっちゃう」
「たいようがあたるばしょへ行こう。きょうはおてんきもいいから、きっとすぐにかわくよ」
「くまさんはいろんなばしょをしっているんですね」
「とうみんにそなえて、いろんなところできのみをさがしていたからね」
「きのみ?」
くまのぬいぐるみは、なにかをおもいだしたようです。
「そうだ。きのみだ。あやちゃんたちはきのみをさがしてたんです」
あやちゃんたちは、ちいさなあかいみのついたきのえだをさがしに、森へでかけたのだそうです。あやちゃんのいちばんのおきにいりだったくまのぬいぐるみもいっしょに森にでかけましたが、なかなかあやちゃんのきにいるきのえだはみつかりませんでした。
そのうち、くまのぬいぐるみはふとしたひょうしにおいていかれてしまいました。くまのぬいぐるみはあやちゃんのために、じぶんできのえだをさがして家にもちかえろうと森のおくに入りましたが、まいごになり、おまけに穴にはまってでられなくなってしまったのです。
2ひきはたいようのよくあたるはらっぱにつきました。ここはいろいろなどうぶつたちのあつばるばしょなのですが、いまはだれもいないようです。
そよそよとかぜがくまのぬいぐるみのけをなでていきます。
「あ、みて」
はらっぱのすみに、あやちゃんがさがしていたあかい木のみがありました。
「それにしても、にんげんはあのみをたべるのかなあ。あの木のみ、なかなかかたいのに」
「うーん、たぶん、たべるためじゃないとおもいます。でも、もっていったら、きっとあやちゃんたちはよろこぶはずです」
「あのえだがよさそうだ」
くまさんがくまのぬいぐるみをもちあげて、くまのぬいぐるみがえだをひっぱります。
やっとのことでえだがおれると、ふたりはぴかぴかのあかい木のみを見つめました。くまのぬいぐるみがいいました。
「こんなぼうけんはじめてだ。ぶじにかえれたら、いえのぬいぐるみたちにもじまんしたいな」
「えっ、いえのぬいぐるみって、あやちゃんのおうちにはきみのほかにもぬいぐるみさんがいるの?」
「はい。ねこのぬいぐるみさん、はりねずみのぬいぐるみさん、うさぎのぬいぐるみさん、ぞうのぬいぐるみさんがいますよ。あやちゃんたちがねむったあとは、ないしょばなししたり、かくれんぼしてあそんだりするんです」
「そうかあ」
じぶんがぬいぐるみだったら、こわがられることもなく、たくさんのぬいぐるみのおともだちやにんげんたちとたのしくすごせるのかなあ、とくまさんはおもいました。
「かくれんぼってなあに? ぼくたちでもあそべる?」
「もちろん、といいたいところですが、くまさんはおおきくてすぐ見つかっちゃうし、ぼくは体をあらったばかりだからなあ。だるまさんがころんだはどうですか」
「それなあに、おしえておしえて」
くまさんたちがだるまさんがころんだであそんでいるのを、森のどうぶつたちが見ていました。みんなくまさんがこわくてかくれていたのです。でも、きょうはなんだか小さなものがいっしょにいるようです。くまさんははらっぱのはしっこからはしっこへ、走ったり丸まったり。なんだかとてもたのしそうです。
「たのしそうだね」
「なにやってるんだろう」
「いっしょにあそびたいな」
「だめだよ、おしつぶされちゃうよ」
みんながひそひそとはなしているなか、こうきしんのつよいきつねの子が1ぴき、はらっぱにとびだしていきました。
「くまさんたち、なにやってるの」
「やあ、きつねさん。いまね、だるまさんがころんだしてるとこなの。よかったら、いっしょにあそぶ?」
「うん、まぜてまぜて」
うさぎくんが1ぴき、つぎにこじかが1ぴき。たのしそうなくまさんたちのようすにつられて、1ぴき、また1ぴきとどうぶつたちがはらっぱにとびだしていきます。
きがつくとわいわいがやがや、ばさばさどこどこ。まるでどうぶつたちのうんどうかいがはらっぱでひらかれているようです。
「わあ、すごい。森にはこんなにたくさんのどうぶつたちがいるんですね。ぜんぜんしりませんでした」
くまのぬいぐるみが、どうぶつたちをみまわしていいました。
くまさんと森のみんなも、むちゅうになってあそんでいるうちになんだかちょっとだけなかよくなれたようです。
やがて、夕ぐれがちかくなりました。
たくさんあそんであせをかいたみんなのおなかのおとが、ぐううっとかさなりました。
「ああたのしかった」
「またたくさんであそぼうね」
みんながじぶんのいえにかえっていくなか、きつねの子がききました。
「くまさん、ぬいぐるみさんはどこにかえるの?」
「ぬいぐるみさんは、あやちゃんとごうくんというにんげんのおうちにかえるんだって」
「じゃあ、わたしがあんないするわ。くまさんだけじゃおうちにはたどりつけないでしょう。あの子たちのいえならわかるもの」
体のしろくろもようがきれいなしじゅうからさんが、はねをひろげます。
「ねえ、くまのぬいぐるみさん、もしよかったらまたいろんなあそびをおしえてね。きょうはたのしかったわ」
「ぼくもぼくも。またあそんでね」
「ありがとう、しじゅうからさん、きつねさん。ぼくも、とってもたのしかったです」
くまのぬいぐるみは、2ひきにふかぶかとおじきをします。きつねの子はなごりおしそうにしながら、くまのぬいぐるみに手をふってかえっていきました。
「じゃあ、ぬいぐるみさん。そろそろあやちゃんたちのところにいこうか」
「はい」
くまさんは、木のみのえだをくわえ、もう一どくまのぬいぐるみをせなかにのせました。
森のはずれにつくと、少しさきに光が見えました。にんげんたちのいえのあかりです。しじゅうからさんがくまさんにいいました。
「くまさん、あなたはここでぬいぐるみさんとおわかれしたほうがいいわ。そのきのえだはわたしがもっていくから」
くまさんはうなずきます。にんげんがどうぶつたちいじょうにくまさんをこわがることは、くまさんもしっていました。
「ぬいぐるみさん」
くまさんは、ここへくるまでのあいだ、ずっとかんがえていました。
「ぼくは、そうかんたんににんげんたちのまちにはいけない。きみには、あやちゃんとごうくんというたいせつなおともだちがいる。せっかくおともだちになれたけれど、もうあえないかもしれない」
くらくなっていくそらとともにきもちもさみしくなって、ちょっとなきそうになるのをこらえているくまさんのきもちが、くまのぬいぐるみにもわかりました。
「くまさん」
くまのぬいぐるみは、まっくろでさらさらなくまさんのまえあしにふれました。
「あやちゃんのへやのまどからは、この森が見えるんです。ぼく、これからまいばん、まどからてをふります。ねるまえにおやすみってあいさつします。だから、もし、もりからいえのあかりがみえたら、くまさんもぼくにあいさつしてくれると、うれしいです。それに、きつねさんもまたあそぼうねっていってくれました。あやちゃんたちもいえのぬいぐるみさんたちもぼくのたいせつなともだちだけれど、きょう、くまさんもたいせつなともだちになりました。ぼく、いつかきっとまたきます」
「うん。わかった。ぼくも、これからまいばん、きみにおやすみってあいさつしてみるよ」
くまさんはにっこりわらいました。まばたきしたときひとつぶだけ、なみだがこぼれたのには、くまのぬいぐるみにはきづかれなかったようです。
***
あやちゃんは、ねこのぬいぐるみたちとあそんでいました。きょうはがっこうごっこをしています。あやちゃんがせんせい、ぬいぐるみたちはせいと、いまはこうさくのじかんです。
でも、いつもどおりあそんでいても、なんだかいつもよりたのしくありません。ねこのぬいぐるみのしっぽも、ぞうのぬいぐるみのおおきなみみも、ぺたんとたれているようにみえます。
でかけたとき、ぬいぐるみをもっていかなければよかった。
えだをさがすとき、ちょっとのあいだだからとぬいぐるみをおいていかなければよかった。
あやちゃんのもっているぬいぐるみのなかでも、くまのぬいぐるみは、とくべつでした。でも、ママのせいでもパパのせいでもおとうとのごうくんのせいでもありません。あしたまたさがしにいこう、とパパははげましてくれましたが、それでもあやちゃんのむねがぎゅっとくるしくなります。
こんこん。
こどもべやのまどをたたくおとで、あやちゃんははっとかおをあげました。小さなとりが、まどをよこぎったようです。
小さなとりはあやちゃんをみると、くるくると二かいまわってから、すいっとげんかんのほうにとんでいきました。
あやちゃんがげんかんのとびらをあけると、くまのぬいぐるみがちょこんとすわっていました。すこしよごれてしまったようにみえますが、なんだかとてもほこらしげなかおにみえます。そのそばには、なぜかあかいみのついたきのえだもありました。
「ママ―! とりさんが、くまさんつれてきてくれた!」
「ええっ?」
「なんだなんだ」
あやちゃんの大ごえに、ママもパパもごうくんもげんかんに出てきました。
「わあ、ほんとう。まるでくまさんがじぶんでかえってきたみたい」
「それに、このきのみのえだ、きょうおれたちがさがしていたクリスマスのリースにつけるのにぴったりだ。もしかして、こいつがもってきてくれたのかなあ」
「小さいとりさんが、まどをたたいておしえてくれたの」
「ずるい、おれもみたかった」
ごうくんがいえのそとにとびだして、そらをみあげます。あやちゃんが見たという小さなとりは、もうどこにもみえません。
「ふふふ。ほんとにそうかもね。あやちゃん、もうくまさんをおいていったりしちゃだめよ」
「うん!」
あやちゃんが、ぬいぐるみをだきしめます。
くまのぬいぐるみから、ふわりと冬のはらっぱのにおいがしました。
おしまい
そのご、あやちゃんのうちのぬいぐるみたちは、くまのぬいぐるみのはなしをきいて、こどもべやのまどのそとのぼうけんにあこがれるようになりましたが、それはまたべつのはなし。