第5話 講義
【前回迄のあらすじ】
異世界の無敵の軍『衛鬼兵団』は、その強さから、仕える主に逆らう者を根絶し、皮肉にも不必要となって放逐されてしまった。
彼等は戦い続けないと消滅してしまう……という過酷な運命を背負っていた。
『オジカ事務用品』に勤める平凡な青年『平 盆人』は、偶然、衛鬼兵団の司令官『ユイ』と出会い、この世界での『暫定司令官』に任命される。
盆人は、片想いの女性と恋人になる事を願うが、軍議で『不可能』と言われる。 ……それは『衛鬼兵』が『愛』を知らない為だった。
盆人は咄嗟の機転で、兵団の参謀達に『愛』の概念を伝える事に成功し、作戦が継続される事になった。
……結局、衛鬼兵団参謀本部は
『この世界では、我らが積み上げし、輝かしき過去の記録は、全く役に立たない』
……と結論付け、今後は俺がその都度、軍議で議案を提示する……と言うことで話が纏まった。
とは言え、だ。
今まで、ろくな恋愛経験も無い俺が、軍の中枢で、しかも『作戦を示す』……なんて可能な訳が無い!
……一度も自転車に乗った事がない子供が、いきなりBMXの世界選手権のコーチに任命されたようなものだ。
そもそも、前にも述べたが、俺は彼女の事を殆んど知らない。 彼女の会社に御用聞きで行った時、受付してくれた彼女に一目惚れしただけだ。
知ってるのは名前と顔だけ。実は、年齢も出身も判らない! 性別すらも判らない。 あまりにも素敵なので『女性よりも女性らしい』と言われる女装家である事も、正直否定できない!
後は、前にも述べたが、彼女の会社のホームページで見かけただけ。俺が宝物にしている彼女の動画だって、ホームページに載っていた、部署紹介の動画だ。
……こんな情報不足では、アプローチのしようがないじゃん……。
……やっぱり、この恋が実る筈が無い。ユイに言って、アパートに返して貰おう。
「申し訳無いが……」
……と、ユイに声をかけようと、席を立つと、ひょろ長い情報参謀が目に入った。 そして……
『……『鷹音 野華』氏に関する、あらゆる情報を元に……』……と言う、ユニークな声を思い出した。
そうだ! 彼女の情報を知る絶好の機会だ。もしかしたら、何か意外な接点を見出せるかも知れない。
情報参謀に、「彼女の情報を見せてもらえますか?」と尋ねた。
「はっ、閣下」
例の声で情報参謀が誰かに合図すると同時に、議事堂の壁面全体に、ビ~ッシリと文字が表示された。
うわっ! 多すぎ。
「彼女の、大まかな年表だけを見せて下さい。」
「はっ」
A3サイズくらいに集約された。
……良かった~。見やすくなった。
……なになに……。
……。
……一縷の望みをかけたが、全く接点が無い。出身地は違うし、当然の事ながら幼稚園も違う。
小学生の時に、親の仕事の都合で、俺の実家の地方に越して来たようだが、県が違う。
その後、中学、高校一流私立校に通い、エスカレータ式で、そのまま大学に進学。卒業後に就職して、現在に至る……そうだ。共通点は『人類』くらいのものだ。 ……いっそ清々しい。
「……はぁ~~……」溜息が出た。
『ため息をつくと幸せが逃げる』……と良く言われるが、そんなの、もう、どーでもいい気持ちになった……。
俺が、壁を見て落ち込んでいると、背中をかなりの強さで叩かれた。
「痛っ」……振り返ると、イタズラっぽい目のユイがいた。 『司令徽章』は、今は戦時中じゃないから守ってくれないようだ。
ユイが「どうした?」と聴いてくる。
俺が、鷹音さんの年表を見て、なんとか彼女との接点を探し出そうとしたが見付けられなかった事を告げると、
「『セッテン』を見付ける事って、何か重要な意味があるのか?」……と聴かれたので
……例えば、近くに住んでいれば、『どこどこのお店に行った事ある?』とか『誰々さんって知ってる?』とか聴ける。
また、同じ学校の出身だったら、『あの先生、覚えてる?』とか、『まだ、校歌覚えてる?』とか聴ける。
……そんな感じで、何か共通の話題で、彼女と会話する『きっかけ』が出来る……と思った。
……と、ユイに伝えた。
ユイは「なんだ。そんな事なら、いとも容易い。」と言った。
『いとも容易い』? いとも容易くは無ぇだ…ろ?
……ホント? ……いとも容易い……の?
ま、まさか……俺か、彼女の『記憶を操作する』……とか言い出すんじゃ無ぇだろうな!?
ユイは、作戦参謀に声をかけ、「此奴と鷹音の『セッテン』を造る戦略を示せ」……と命じた。
「御意」
……作戦参謀は、消えたと思ったら、文字通り、瞬く間に姿を現した。
……え? もう出来たの?
「お待たせした」
いやいや、待って無いから!
作戦参謀が、スクリーンの前に移動すると同時に、古い日本地図が表示された。
なんだ? 歴史の講義でも始めるのか??
地図の一部がクローズアップされ、色分けされた『領地』らしいものが表示された。
青と赤の領地の間に、二つの色を分断するような形で、細長い、黄色い|線が入っている。
「平殿の次元の単位で言う、四百五十年前の『永禄十一年』に、『甲嶽』の国の武将『岩熊 剛勝』の軍、二千が、『八瀬』の国に攻め入る、『甲八の役』が起きた」
おいおい、本当に歴史の講義を始めたぞ。
「『八瀬』の領主『細河 兵六』の軍、三百は、たちまち壊滅し、『八瀬』は滅亡し……」
スクリーン上の黄色い線が消え、青に変わった。
……それにしても、『ヤセ』の国の『ホソガワ』氏、しかも、あの細長い領地とは……冗談みたいだ。おまけに、『兵六』って、『表六玉』じゃあるまいし……。
……まあ、名前に関しては、俺も、人の事を、とやかく言えないけどね。
おっと、講義、講義!
「……その勢いのまま、『岩熊』軍は、隣の『鮫賀』の国に戦いを挑むが、その最中に『甲斐』の国の『武田 信玄』の軍一万に攻められ、慌てて引き返すも、『岩熊 剛勝』は討ち取られ、『甲嶽』の国は滅んだ」
へえ~……。
……で?
……頭にクエスチョンマークが浮かんでいるであろう俺に構う素振りもなく、作戦参謀の講義は続く。
「さて、ここで『戦闘画面』を『模擬戦闘モード』に切り替える。ご覧頂こう」
画面が先程の……なんちゃら?の役? 当時に戻った。『痩せ』……もとい『八瀬』の国、やっぱ細ぇ~っ!
「『細河』軍の戦闘パラメータに、我が軍の最小因数を加えたものが、こちらだ」
うわっ、画面が真っ黄色に!!
作戦参謀は慌てる素振りもなく「我が軍の最小因数でさえ、過大殺戮してしまう。 よって更にパラメータを下げる。『手加減する』という意味だ」
黄色の部分が収束し、青・黄・赤が、ほぼ同じ面積になった。
……俺は、ボ~ッと、信号機を思い出していた。
「これに、現在の地図を重ねると……」
見慣れた日本地図が表示され、クローズアップされる。
先程の『信号機』とピッタリと重なった画面をよく見ると……。
……!
俺の母校と、鷹音さんの母校が、黄色をバックに、ピッタリと収まっているではないか!!
「これにより、目標二名の初等学校が同学区になり、接点を構築できる。 以上」
すげー! 本当に、いとも簡単に『接点』が出来た!
ユイ……そして、作戦参謀……この恩は、一生忘れまいぞ。
ありがとう。
本当に、ありがとう……。
……な訳無ぇだろ!
武田信玄の時代の話だぜ!!
まさか『タイムマシ~ン~』って言いながら、ポケットから何か出す気か?
ちょっと期待してしまった分、落ち込みが大きい。
目の前が真っ暗になり、脳は真っ白になった……。
「総司令閣下」
「……」
「総・司・令・閣・下!」
……。 やべっ、気を失ってた。 ……総司令って…… あっ! 俺だ!
参謀長の「……以上でございます」と声が響き、参謀たちが頭を下げている。
「え?……は、はい!」 ……と、いつもの調子で生返事をすると……
「これにて、軍議を終える。 各自、戦闘配置に着け」
ごめん、俺、聞いて無かった!
と言う間も無く、議事堂の壁が消え、広大な司令室の様な空間に、見たこともない装置が続々と出現し、『衛鬼兵』達がその前に座って、触手やら沢山ある腕を器用に動かして、何やら操作している。
「さあ、行くぞ」とユイが強引に、俺の手を引く。
「行く……って? どこへ??」
ユイが事も無げに言った。
「八瀬」
【次回予告】
『鷹音 野華』攻略作戦が開戦した。
しかし事もあろうに、盆人は、詳しい作戦を聴いていなかった!
そんな事で攻略作戦は成功するの?
次回 第6話 出撃 をお楽しみに!
【作者より】
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