第3話 諦観
【前回迄のあらすじ】
異世界の無敵の軍『衛鬼兵団』は、その強さから、仕える主に逆らう者を根絶し、皮肉にも不必要となって放逐されてしまった。
彼等は戦い続けないと消滅してしまう……という過酷な運命を背負っていた。
『オジカ事務用品』に勤める平凡な青年『平 盆人』は、偶然、衛鬼兵団の司令官『ユイ』と出会い、この世界での『暫定司令官』に任命される。
ユイの可愛いらしさと、幼い頃に亡くした妹の記憶がオーバーラップし『生まれ変わり』かも……とまで考える盆人だが、ユイの奔放さに振り回されてしまう。
……ユイに服を着せ、やっと落ち着きを取り戻した盆人は、『衛鬼兵団』に何を願うのか?
「さて、これで良かろう。」
……ふむ。良きかな。
ユイは、音もなく『ふわり』……と俺の前に座り……
「申してみよ。 貴様は何を所望だ?」と言った。
……本当の事を言うと、実は俺には心に秘めた『願い事』がある。それは、ある女性に寄せた、淡い想い……だ。
彼女の名前は、『鷹音 野華』 ……だが、読みを知らない人は彼女を『タカネノハナ』と呼ぶ。 俺の名前、『平 盆人』……『ヘイボンジン』とは、文字通り、産まれた時から別世界の住人だ。
彼女は、俺が偶に顔を出す、大手企業『㈱アティロム』の受付の方だ。 俺は、彼女の美しさに惹かれ、一目で恋に落ちてしまった。
……噂では、次のアティロムの新しいキャンペーンは彼女を中心にプロモーションする事が決まっているらしい。
彼女は性格の良さもお墨付きで、その証拠に彼女を『会社の顔』にするアイディアは、男性社員は元より、女性社員も含めて満場一致で決定したそうだ。
……そんな、大手アティロムの次世代の顔と、中小企業の平社員とでは、『月とスッポン』、『雪と砂』だ。 所詮は叶わぬ恋……。 俺はアティロムの公式紹介動画の彼女を眺めているだけで幸せなんだ。
……と、思っていたのだが……
スマホを取り出し、鷹音さんの動画をユイに見せて、「この人と恋人になりたい……なんて願い……叶わないよ……ね?」
また、急激に辺りが暗くなった。
あの、地震の様な振動が発生し、俺が、へっぴり腰で頭を庇っていると、議事堂が出現した。 既に衛鬼兵団の参謀たちは着座していた。 俺も、「へへへ、ど~も……」 と言いながら、おっかなびっくり席に着いた。 司令官としての自覚? 何それ?
参謀長の開会の辞に引き続いて、評議内容の提示を求められた。
「では、俺、いや、私と、この鷹音 野華さん……を恋人にして下さい」……と頭を下げた。
参謀長が一礼し、参謀を見渡す。
「情報参謀」
「はい!」 あ、ひょろ長い、あいつだ。 吹き出さないようにしないと……
「え~、ここにおられる『平 盆人』氏と、『鷹音 野華』氏に関する、あらゆる情報を元に、『コイビト』……即ち『つがい』にする為の『模擬戦闘』を行いました所ぉ~」
情報参謀が合図すると同時に、果てしなくそびえる高い壁一面に、無数のモニターが表示された。
良~く見ると、その一つ一つに『×』が表示されている。
「これは、ほんの一部ですが、ご覧の如く、全て敗北。 正直、これ程までに困難な戦闘は、歴史上、類を見ません…… 『降伏』を進言致します」
参謀長が、「総司令、如何でしょう? 今回提示された議案は、却下……という事で宜しいですかな?」 と聴いてきた。
……前にも書いたが、鷹音さんは、俺とは別世界の人間なのは判っている。 判っちゃいるが……
有史以来、不敗を誇る無敵の軍隊でさえ降参する程ダメダメだったとは……。
しかも、このそびえ立つ壁一面の『×』が『ほんの一部』……万に1つの可能性すら無いじゃん。
やっぱ落ち込む……が、俺の長所は『諦めの良さ』だ。
俺は、半べそを掻きながら、参謀の皆さんに「この度は、申し訳ありませんでした。」と謝り、ユイに向って「俺の部屋に戻してくれ」と頼んだ。
ユイは頬を紅潮させて「待て! 確かに数字の上では、我々の敗北は確定的かも知れん。 だが、挑みもせずに降伏するとは何たる為体! 恥を知れ!」と参謀たちを怒鳴りつけた。
いや、そこまで怒らなくても……。
ユイは、怒りが収まらない様子で立ち上がり、参謀たちを睨みつけている。 参謀たちは顔を伏せ、恐縮している様子だ。 ちょっと可愛い。
「作戦参謀っ!」
ユイに指名された、あの圧倒的大迫力の作戦参謀は、まるで新兵のように速攻で立ち上がった。
「貴官は如何なる立案をしたか此処で示せぃ!」
「はっ! 主に、目標2名のみを残し他を殲滅する作戦、或いは、鷹音 野華を脅迫して服従させる作戦を、中心に検討致しました」
お~、危ねぇ! 計画中止で良かったあ。
「そうか……定石通りだな……」……と、ユイが唸るように言った。
ちょっと待ってくれ。 こんな滅茶苦茶な作戦がセオリー……って、やっぱり、こいつらと俺たちとは、全く違う生き物……というのを改めて思い知らされた。
そもそも、自分のせいで人類が絶滅した世界で愛を育む……なんて、出来る筈がない。 そんな奴は、最早、人じゃない、ただの獣だ!
その時、俺は唐突に理解した。 こいつらの世界には『愛』が無いんだ。 『愛』がなければ、『情』が産まれる訳が無い。『慈しみ』や『憐れみ』なんて、端から持ち合わせていないんだ。 だからこそ、こいつらは、冷酷で、非情な作戦を繰り返して、相手総てを根刮ぎ葬り去り『勝利』を宣言していたんだ。
「情報参謀っ!」ユイの怒りの矛先が、ひょろ長参謀に向いた。
「何故、我らの作戦が此奴らの次元で通用せんのか、考察せい」
情報参謀がそれに答える。
「実は、わたくしも、それが疑問なのです…ご提示された条件にて『模擬戦闘』を行ったところ、『戦闘継続不能』になってしまうのです。恐らく、我々が知り得ない『強大な要因』が作用しているものと思われます」
『愛』を理解出来ない、こいつらに、『愛』を解りやすく説明する方法……か……。
……!
そうだ、ひとつ試してみる価値はある……かも。
【次回予告】
ユイ達『衛鬼兵団』に欠けている『愛』の概念を説明する為、盆人は参謀達に『問題』を提起する。
その『問題』とは? そして、その『解答』は? また、それだけで『愛』を伝える事は可能なのか……?
次回 第4話 愚問 をお楽しみに!
【作者より】
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