第6話 天使
「……兄……」
「……?」
「……この『ジドウシャ』という装置は、もう少し速く移動出来ないのか?」
「これ以上、速くはならないよ。 ジェット機じゃあるまいし……」
今日は、鷹音さんが海外旅行から帰って来る日だ。
一ヶ月前の『夏祭り』で、すっかり仲良くなった俺たちは、オジカの社用車で鷹音さん御一家を空港に迎えに行く事にした。
社用車初号は運転手の俺とユイ、弐号は運転手の長瀬と青木さん、落合さん、藤岡さんがそれぞれ乗車している。
鷹音さん御一家は、俺がお送りする事になっている。
……こと移動に関しては、衛鬼兵たちは、前哨基地から瞬間移動が出来るので、たかだか50kmを2時間近くかけて進むのが退屈で仕方ないのだろう。
暫しの無言の後、再びユイが口を開いた。
「……兄……」
「……?」
「……鷹音と兄が『ツガイ』になったら……あたしと兄は別離するのか?」
「……!!」
……運転中なので横を向けなかったが、今のユイの言葉は、心に深々と突き刺さった。
衛鬼兵は、戦いが無くなったら消滅する運命にある……と言うのは、以前、ユイに聴いた。
現在、ユイが家に居るのは、俺と鷹音さんが、未だ恋人になってないからだ。 もし、鷹音さんと俺が結ばれたら、その先は……
今は、まだ考えたく無かった……。
……信号で停まったので、ユイの顔を見ると、こっちが寂しくなる程の切ない表情で、景色を眺めていた。
俺は、横にあったエコバッグからおにぎりを取り出し、「食うか?」とユイに聴いた。
ユイは、表情をコロッと変えて頷き、笑顔でパクついた。 ……その愛くるしい笑顔が、俺には辛かった。
やっと空港に到着した。
気を取り直して、ロビーで鷹音さん一家の到着を待つ。 ……ユイは広い場所が嬉しいのか、物珍しそうに窓から飛行機を見たり、スタバを覗き込んだりしていた。
「平さ~ん、皆さ~ん」
到着ロビーで待つ俺たちの耳に、常夏の国から届いた、砂浜に寄せては返す波音の如き陽気な、それでいて奥ゆかしさを湛えた声が届いた!
実物に会うのは久しぶり! 鷹音さんの凱旋だ!
し、しかも聞いた? ……『平さん&その他』だって! ←補正あり
……毎日のようにLINEに届いていた自撮り写真と比べると、より健康的に日焼けして見えた。
鷹音さんと落合さんは、抱き合って再会を喜んでいる。
落合さん、その役、代わって下さい。
その側で、鷹音さんのご両親と藤岡さんが挨拶をしていた。
……俺は、長瀬に
「悪い……、鷹音さんのご家族に変な言葉遣いをすると困るから、ユイをそっちに乗せてもらって良いかな?」……と言うと……
「最初からそのつもりだったから大丈夫ですよ」と言ってくれた。
更に俺に耳打ちして……「ユイ閣下には、藤岡さんと一緒に、青木をサバゲに誘い込む説得を手伝って頂きます」
……本心かどうか判らないが、長瀬が気を利かせてくれた……とも考えられる。 俺は有難くて、心からの感謝を込めて長瀬に頭を下げた。
鷹音さんが、俺の元に来て、ご両親に紹介してくれた。
「初めまして。 私、鷹音さんにお世話になっております、『オジカ事務用品』の平 盆人と申します。 ……本日は、宜しくお願い申し上げます」
「野華の父です。 本日は平さんのご親切に甘えてしまい、恐縮です。 ……先ずはこちらをお納め下さい」……と、かなり厚みがある、恐らく商品券を差し出してくれた。
「とんでも御座いません! 本日は、鷹音さんをお迎えしたい…という有志の意向ですので、お気になさらないで下さい!」
「いえいえ、そんな訳には参りません」……以下略
昔から脈々と続くサラリーマンの悲哀を描いたドラマのようなやり取りが続いたが、結局、後日、野華さんの手料理をご馳走になる事を条件に、ご遠慮させて頂いた。
鷹音さんを助手席にお乗せするのは、あまりにもおこがましいので、バンの後に乗って頂こうとしたが、鷹音さんが「僭越ながら、ナビします」と、助手席に自ら乗ってくれた。
俺は、もう死んでも良い… やべっ、このタイミングで、その台詞は危険極まりない! あっぶねぇ危ねぇ!
鷹音さんのご自宅に向けて出発した。
車内は、終始和やかムードで、特にお父さんがご機嫌だった。
バックミラーで見ると、弐号車も、皆、ニコニコしながら会話をしている。
ユイも、さっきの寂しげな顔が嘘のように、いつもの不敵な笑顔で、何かを話している。
助手席では、疲れからか野華さんが、天使のような寝顔をしている。
赤信号で停車した時、俺は冷房を弱めながら、天使の寝顔を見て、こう思った……
……先の事はどうなるか、全く判らない。
今は一歩でも幸せに近づく事だけを考えて生きて行こう……と。