第3話 絶望
【前回迄のあらすじ】
『オジカ事務用品』に勤める平凡な青年『平 盆人』は、偶然、異世界の無敵の軍『衛鬼兵団』の司令官『ユイ』と出会い、この世界での『暫定司令官』に任命される。
同盟を結んだ長瀬と協力して、憧れの鷹音さんとの『夏祭り』グループデートに行ける事になった!
俺たちは、その日の為に着々と準備を進めた。
浴衣の準備、経路の確認、現地の視察、撮影スポットの確認と高性能スマホの購入、2次会会場の確保……等など……。
……実は、そんな俺を嘲笑うかの如く、この時、既に恐るべき魔の手が忍び寄っていたのだ……。
作戦決行日の数日前、太平洋上に、熱帯低気圧が出現した。 ……そいつは海水温上昇による水蒸気を吸って成長し、巨大な台風へと変貌した!
気象庁によると、台風の勢力を示す中心気圧は960ヘクトパスカル、中心付近の最大瞬間風速が30メートル以上になるとみられる……という……。
「平さん!」 長瀬が、外回りから戻って来るなり、挨拶もせずに俺を廊下に呼び出した。
長瀬は小声で「最悪です……。 今、アティロムに行って確認して来たんですが、鷹音さん、来週から夏休みを兼ねて、家族で一ヶ月くらい、海外旅行に行くらしいんです」
「……って事は、今回の夏祭りが延期になったら……」
「……残念ながら……計画は断念するしかない……ですね」
更に、長瀬が続ける。
「今回は初めてだったので俺も誘い易かったのですが、これからは、かなり気を付けないと、下心があると思われて、警戒されちゃうと思うんです……」
「……」
長瀬が「申し訳ありません! 俺が夏祭りなんて言ったばかりに……」と、頭を下げた。
「何を言ってるんだ! お前は何にも悪くない! 全部、俺の身勝手なんだから、本当に気にするな!」
長瀬は頭を上げない……。 俺は思いっ切りの作り笑顔で……
「お祭りが延期になったら、俺たちだけで行って、残念会でもやろうぜ! ……それに、お参りしたら、浴衣の可愛い娘と知り合いになれるかも知れないし! 俺は本当に大丈夫だよ!」
……長瀬は、もう一度頭を下げて、仕事に戻って行った。
……今度ばかりは、大自然の猛威が相手だ。 勝ち目が無い……。
彼の皇帝クビライ・ハンが擁する大モンゴル帝国軍でさえ、台風には叶わなかったのだ。
……やはり、俺の幸せは尽きていた……と諦めるしかない……。
「ただいま~」
俺は、カラ元気を出してアパートに帰った。 ユイに心配をかけたくなかったからだ。
……しかし、テレビを観ても、台風のニュースばかりだ。その度に、鷹音さんの笑顔が瞼に浮かび、寂しい気持ちになる……。
せっかくここまで辿り着いたのに……と、つい顔を伏せてしまった……。その瞬間、
「あ~! 辛気臭い!」
しんきくさい……って、何処でそんな言葉覚えたんだ? ……「何だよ、何を怒ってんだ?」
「帰って来てから、一言も話さんではないか! また何か懸案であろう! 申せ!」
ユイが、高速でスリーパーホールドを仕掛けてきた! ぐ、苦じい……! 判った、ギブ、ギブ!!
「そうか……その台風が、次の攻撃目標か!」
……と、例によって俺の『司令徽章』に何かを呟くと、目の前に、小さな作戦参謀が3Dホログラムで表示された。
……今後は、軍議を凝らさない方針になった為、前哨基地に行く必要が無くなり、3D映像によるオンライン会議で済ませる事になったのだ。
「作戦参謀、現在、当方面に侵攻中の『暴風雨を伴う移動性熱帯低気圧』を殲滅する戦略を示せ」とユイが言うと……
「御意」
……「お待たせした」
……相変わらず速すぎる。 突っ込む間も行間も無い。
「我が衛鬼兵団の特殊任務遂行部隊、コードネーム『そよかぜ』を出撃させれば、この次元の時間単位にして三十秒で殲滅可能です。」
「『そよかぜ』の作戦遂行準備に如何程の時間が必要か?」
「はっ、凡そ、二秒」
たったの三十二秒で、台風が消滅……する? 呆れる……と言うか、呆気無さ過ぎて、もう、何も言う気がしない。 『チート』の範疇を超えて、ギャグマンガだ!
「総司令閣下……」
……?
……作戦参謀が、俺に何か言いたそうだ……。
「どうしました?」 ……と俺が聴くと
「はっ。 閣下は以前『人類が自分のせいで滅亡してしまうなら『コイビト』など要らない』と申されたが、今でもそのお気持ちに変わりは無いか?」
当たり前だ。例え死んでも、その気持ちは永遠に変わらない
俺はキッパリ「変わりありません」……と答えた。
「では『そよかぜ』の出撃はお止しになるが良かろう」
ユイが俺より先に「何故?」と聴き返した。
「『気圧』や『風力』を、我が戦力で捻じ伏せたる場合、閣下らの生存圏は、今後240年と3ヶ月、全ての生命体が死に絶える」
「そうか……気象……自然現象を変更するには、それなりの悪影響がある……と言う事か……。 兄、如何致す?」
『如何致す?』じゃねぇよ! 検討の余地は無い! 却下だ! 却下! この『人類の敵』め!!
「これで振出し……か……」 ……と、俺とユイが同時に溜息をついた。
……ユイ、気を付けろ〜。 幸せが逃げるぞ〜。
……暫しの沈黙の後「……ところで、何故に台風が来ると、『ナツマツリ』が中止になるのだ?」
「……」
……聞こえなかった振りをしようとしたが、『スリーパーホールド』という技を習得したユイが怖いので
「強い雨風で着衣は濡れるし、転ぶかも知れない。また、縁日の露店が飛ばされるかも知れないから商売にならない。だから、台風が上陸する事が判ったら、安全な日に延期したり、中止したりするんだ」……と、説明した。
「そうか。 暫時待て!」
……ユイが……消えた……?
【次回予告】
楽しみにしていた夏祭りデートが台風によって中止を余儀なくされた。
果して盆人と衛鬼兵団の次なる攻略作戦は!?
次回 第4話 上陸 をお楽しみに!
【作者より】
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