第7話 強者《つわもの》
【前回迄のあらすじ】
『オジカ事務用品』に勤める平凡な青年『平 盆人』は、偶然、異世界の無敵の軍『衛鬼兵団』の司令官『ユイ』と出会い、この世界での『暫定司令官』に任命される。
盆人はユイと情報参謀と共に、現代での学区を変え、盆人と目標を同じ小学校の出身にする為、戦国時代に時間転移するが、同盟を結んでいた筈の『細河』氏の裏切りで、投網に絡め取られ、動きがとれなくなってしまった。
盆人は細河の裏切りに天誅を下すべく、情報参謀に『フォーメーション “コード・蜘蛛の子”』との司令を下した!
いよいよ、衛鬼兵団の『真の武力』が発動される!
「フォーメーション “コード・BS” 出撃ーッ!」
……俺の魂の叫びを受け、情報参謀が行動を開始した。
フォーメーション “コード・BS”……それは、蜘蛛の子(Baby・Spider)を包んだ袋状の『卵嚢』を切り開くと、四方八方に散らばる様を模した、情報参謀の緊急脱出体型だ。
細胞レベルに細分化された情報参謀の本体が、何重にも巻き付いた『細兵投網』の間隙を縫って進む。
脱出を終えた情報参謀の身体は徐々に復元され、やがて復活を遂げた彼は、怒りのエナジーパワーを身に纏った、完全体『地獄の蜘蛛』となって、憎き細河に天誅を下す
……はず
……なんだけど……
……。
「何時までかかるのだ!」……痺れを切らしたユイが怒りの声を上げた。
耳を澄ますと「ぜ……ん……そうしれい……かっかぁ~」……と、か細い声が聞こえる。
「どうした?」
……とのユイの問いかけに、情報参謀が答えた。
「そ、それが……本体が、すべて投網の厚さで埋まってしまいましたぁ……脱出不可能で~す」
……ユイと俺が、同時に言った。
「こ の バ カ !」
俺たちの怒りと焦りを他所に、再び急報が入った。
「物見の知らせでは、岩熊軍が森を抜け、佐井ヶ原に入りました!」
細河が「そうか。まだ暫しの刻はあるな……」と言い、投網でぐるぐる巻きにされ、大玉転がしの玉の出来損ないみたいになっている俺たちに歩み寄り……
「姫君、平殿、そしてひょろ長殿……手荒な真似をして済まぬ」……と言った。
ほぼ同時に、先程、投網を投げた兵士達が、続々と集まって平伏した。家老も跪いて顔を伏せている。
「……其方らの加勢申し出、とても有り難かった。なれど、この八瀬の地は、曽祖父の代より細河家や家臣の者共が血を流して護った地。其方らの力を借りては、例え勝てたにしても祖先の霊に申し訳が立たぬ」
……細河……様……。
「……とは言え、岩熊は兵二千……我が軍の三百では、到底、太刀打ちできぬ。我が将兵共がいくら鬼神の如き働きをしたとて、半刻も保つまい」
細河様が膝を付き、こう言った。
「……そこで其方らに、改めて頼みがある。……儂ら亡き後、ひょろ長殿の交渉技でもって、岩熊剛勝に、八瀬の民の安全を訴えて頂けぬだろうか? 約定を違えて手荒な真似をした上、我儘を申して大変心苦しいが、この細河兵六、今際の際の頼みじゃ。 何卒お聴き届け願いたい!」
……細河様は、地面に頭を擦り付けるように土下座した。 ……一国の領主が……だ。
……?
……いつの間にか、元の軍服を着た俺たち3人が、細河様の前に並んで立っていた。横には、綺麗に畳まれた投網が、ちょっとした建物くらいの高さに積まれている。
ユイがいつもの調子で不敵な笑みを浮かべ……「領主が家臣の前でそのような真似をするな。先祖が泣くぞ。」……と言った。
細河様は頭を上げ、こちらを見て啞然としていた。 ……涙で濡れていた顔には擦れた草や土が付いている。
周りで咽泣いていた、ご家老や兵士たちも同じだ。全員、面白いように大口を開いて固まっている。
俺も何が何やら、さっぱり判らない。
……そんな時に、またまた伝令が、血相をかえて飛び込んで来た。
「い、岩熊軍が、消えたとの由に、ご、御座います」
ええぇ~~っ??
「何が起きた?」俺はユイに尋ねた。
ユイは小声で「貴様、軍議を聴いてなかったのか?」と呟いた。
……はい、すいません。
こいつらの信じられない早業に理解が追いつかない細河家の皆さんも『どうか、ご教示を!』……と、説明を求めている。
ユイは面倒そうに「情報参謀、説明せい。」と言って、本陣の仕出しおにぎりをパクついた。梅干しを、種ごと齧って食べている。……さっき『歯ぎしり』と思ったのは、この音かぁ。
「はっ」情報参謀は一歩前に進み、説明を始めた。
「我が軍の参謀本部は、本作戦の中核となる貴軍との軍事協定締結にあたり~、え~っ……」……これは長くなりそうだ。
……以下は、情報参謀の説明を要約したものだ。
まず衛鬼兵団参謀本部は、記録に残された細河様のデータと戦国武者およそ千人分のデータをパターン解析し、その結果から、99.9%以上の確率で、細河様が俺たちを裏切ると予測した。
……と言うより、もし俺たちを裏切らずに戦いを始めるようなら、国を治める資格無し……と、滅ぼしてしまうつもりだったようだ。
そして、細河様が計画通りに俺たちを拘束してくれた後『フォーメーション“コード・BS”』が失敗したふりをして、情報参謀の本体の一部を分離させ、『佐井ヶ原』で『地獄の蜘蛛』を発動し、岩熊軍ニ千を一瞬で殲滅した。軍が消えたように見えたのは、その為だ。
その後、岩熊 剛勝の首級を手土産に、武田信玄と会い、『甲獄』の領地三分のニを無料でプレゼントしたそうだ。
その際に、信玄から八瀬の隣国『鮫賀』の国の領主宛に、その領地の三分の一を八瀬に渡さないと、武田軍一万が攻めちゃうぞ』という内容の書状を書いて貰った。
それを持って『鮫賀』の国に飛び、交渉した。
武田軍を恐れる鮫賀の領主は、ふたつ返事で領地の三分の一を八瀬にプレゼントしてくれたそうだ。
……と、サラッと書いたが、これを総て、しかも本体の一部のみでやってのけた情報参謀……凄ぇな。
それに加えて、状況説明の後、細河様に『細兵投網のより良い編み方まにゅある』を作って渡し、実技講習までしていた! ……見直したよ。 ただ、情報参謀…『まにゅある』はひらがなで書いてもきっと理解されまいぞ。
そんな訳で、無事に俺と鷹音さんが同じ小学校出身になれた! 細河様も死なずに済んだし、先ずはめでたしめでたし……だ。
別れの時、細河様は、改めて頭を下げて下さった。ご家老や旗本も同様だ。騎馬の兵士は鐙を外し、槍隊は槍を伏せている。この時代は、これが最高の儀礼らしい。
名残惜しいが、俺たちは八瀬を後にした。
今回、俺は何もしていない……。帰ったら、情報参謀の爪の垢を煎じて飲ませてもらおう。
……まあ『爪があれば』の話しだが……。
*********************
数日後、俺の実家近くの駅に行ったら、駅名が『鮫賀』から『八瀬』に変わっていた。
更に、駅前に見慣れない銅像が建っていた。……それを見て、俺は、ついニヤけてしまった。
銅像名は『細河兵六公と三人の強者』!
……凛々しい細河様に、若武者、桃太郎、そしてひょろ長い謎の武者…の三人が、付き従っている銅像……だ。
【次回予告】
第一次『鷹音 野華』攻略作戦は、無事に成功を収めた。
彼等は次の段階に駒を進める。
その時、新たなる『傭兵』が現れた。 ……彼は敵か? それとも味方か?
次回 第4章 駐留
第1話 縁 をお楽しみに!
【作者より】
お読み頂き、心より感謝申し上げます。
ブックマークやご感想を頂けますと、本当に励みになります。
何卒宜しくお願い申し上げます。