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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

外れスキル《水晶占い》の俺がレベルMAXで大覚醒! 最強無敵の冒険者になった…はず…だったのに…

作者: 山野 水海

「よっしゃー、《俊足》のスキルだ!」

「私のスキルが《演技》!? やったわっ! これで憧れの劇団に入れる!」


 ある春の晴れた日、イーザ王国の王城内にある大広間にて、今年15歳となった子供たちの“スキル鑑定”が行われていた。

 この世界では、人間は15歳となると神様から「スキル」という特殊な力が与えられ、超常の力を振るえるようになるのである。

 貰えるスキルは人それぞれ。例えば、剣を自由自在に扱えるようになったり、魔法が使えるようになるなど、その効果は千差万別である。

 スキルとは、まさに神の奇跡よって齎される力。昨日まで非力な子供だって、ひとたび《剛力》スキルを得れば大岩だって持ち上げられるようになるのである。

 どんなに貧しい子供でも、強力なスキルを得られば、その力で一攫千金。逆にしょーもないスキルを得てしまったら、あとは自分で頑張るしかない。――それがこの世界であった。

 



 15歳は人生の大きな転換期。今日、王城に集まった子供たちは期待と興奮に胸を躍らせながら、10人以上いる《鑑定》スキル持ちの役人たちの誰かが自分の名前を呼ぶのを今か今かと待ちわびていた。


「うへぇ〜、スゲェ緊張する。あっ! あの子は《剣術》か! いいなぁ……。おっ! あっちの女の子は《裁縫》か……フツーだ……」


 今年15歳を迎えた王都住みの少年、アルフ・バースもその一人である。肩まで伸ばした茶髪を指先でいじりながら、ソワソワと落ち着きなく辺りを見回していた。


「おいおい、アルフゥ〜。オメェーよー、もっと堂々としてろって〜。相変わらずビビりだな〜」


 妙に間延びした喋り方をする少年が馴れ馴れしい態度でアルフに話しかけた。

 この金髪パーマのチャラついた雰囲気の少年の名前はカイル。アルフの幼馴染である。

 そして、もう一人。


「そうよ。みっともないからシャンとしなさい。一緒にいる私たちが恥ずかしいわ」


 カイルの隣にいた赤髪ポニーテールの少女がキツイ口調で文句を言った。腕を組み、「ふん」と鼻を鳴らして、いかにも負けん気が強そうである。

 彼女の名前はササラ。カイルと同じくアルフの幼馴染であった。


「カイルもササラも……何でそんなに落ち着いてんだよ? 今日は俺らの将来が決まる日だぜ? もし、クソスキルなんかだったら人生終いだぞ? 夢だって叶えられねぇ」


 アルフの夢は冒険者。凶暴な魔物を討伐して大金を稼ぐ、成り上がりの代名詞である。

 彼は冒険者になるため、強力な戦闘系スキルを望んでいた。


「いやいや、人生終いって……。大袈裟おーげさ過ぎんべ? 別にどんなスキルでも冒険者ぼーけんしゃになれんじゃん? フツーに鍛えりゃいいじゃんかよー」

「カイルの言う通りよ。アルフ、無いもの強請りなんてしてないで、地道に強くなった方が堅実よ」


 幼馴染二人が呆れたような視線をアルフに向けるが、当のアルフは面白くなさそうに舌打ちを返した。


「わかってねぇーなぁー。スタートダッシュかまさないと意味ねぇんだよ。チマチマ小銭稼ぎしながら強くなって、大金持ちになった頃にはジジイでした? バカみてぇ。俺はそんな人生ゴメンだね」

「「……ハァ〜」」


 カイルとササラは、処置無しと言いたげに肩をすくめた。

 臆病さ故か、昔からアルフは、こんな風に周りに噛み付くような物言いをしていた。幼馴染としては慣れたものだが、ため息くらいは吐きたくなる。

 だが、いくら世の中を舐めた事を言っていても、自分たちと同じくアルフも15歳。口で言うほど現実が見えていないわけでも無いだろうし、虫のいい話があるとは思ってもいないだろう。

 ――二人はそう信じていた。




 それから程なくしてアルフの名前が呼ばれる。

 なお、彼と同時にカイルとササラも別の役人に名前を呼ばれていた。


「いよいよだ……」


 アルフは自分の名前を読んだ中年の男性役人の所へ向かった。

 彼の心臓はバックンバックンと痛いほど鳴っていて、緊張で喉はカラカラ、顔はこれ以上くらい強張っている。

 男性役人は目の前にアルフが来ると、手元のリストと見比べながら、落ち着いた声で、


「えーと、キミはアルフ・バース君で間違いないかい?」


 と質した。


「は、はいっ、アルフ・バースです! よろしくお願いしますっ!」


 アルフは上擦った声で返事をした。

 男性役人は小さく頷いて、リストにチェックを書き入れる。


「私はスキル鑑定官のトルマンだ。よろしく、アルフ君。――じゃあ、さっそくキミのスキルを鑑定をしようか。そこから動かないでね」

「えっ!? ちょ、心の準備が……」


 アルフの狼狽など気にせず、トルマンは「大丈夫大丈夫、すぐ終わるから」と言いながら手に持った虫眼鏡をアルフに向けた。おそらく虫眼鏡はトルマンのスキル発動に必要な道具なのだろう。

 トルマンは虫眼鏡越しにアルフの顔をジッと観察する。

 彼の言った通り、鑑定はすぐに終わった。


「はい、鑑定終了。キミのスキルは《水晶占い》だ。おめでとう」

「へっ? 《水晶占い》? 俺のスキルが?」


 あっさりと告げられたスキル名はアルフの望むものではなかった。

 アルフは一縷の望みをかけてトルマンに詰め寄った。


「ちょっと待ってください、トルマンさん。何かの間違いじゃあ……」


 アルフの様な反応をする子は珍しくないのだろう、トルマンは慣れた様子で、


「神と国王陛下に誓って、キミのスキルは《水晶占い》だよ。欲しかったスキルとは違ったかもしれないけど、このスキルは神様がキミにお授け下さったものだ。あんまり邪険にするとバチが当たるよ。これから一生の付き合いになるのだから、受け入れなさい」


 と諭した。

 しかし、若いアルフは「受け入れろ」と言われても到底納得がいかない。


「でも、俺は――」


 アルフがなおも言い募ろうとした時、甲高い女性の声が大広間に響き渡った。


「ウソッ、《大賢者》のスキル!? 魔法系最強のスキルだわっ!?」


 女性の声に反応して大広間にどよめきが走る。

 《大賢者》――あらゆる魔法が使えるようになる、古の英雄が所持していた強力なスキルだ。

 この世界の子供たちは御伽噺でその名を耳にするたびに一度は、いつかこのスキルが欲しいと妄想するのだ。


「凄いッ、《大賢者》のスキル保持者なんて100年ぶりじゃないか!」


 トルマンが目を見開いて驚いている。その表情は、未来の英雄の誕生に立ち上げたことに興奮している様にも見えた。

 だが、アルフの心境は正反対だ。


(俺は()()()()()()なのに、一体、何処のどいつが)


 アルフは嫉妬と憎悪のこもった目を騒ぎの中心地に向けた。

 そこにいたのは――。


「俺が大賢者ぁー? いやいや、ガラじゃねぇーですって! 絶対ぜってー間違いっすよぉー」

 

 あろうことかカイルであった。

 思わずアルフの口から「嘘だ……」と呟きが漏れた。

 アルフの顔から表情がストンと抜け落ちた。あまりの信じられない出来事に、彼の心が真っ白になってしまったようである。

 大広間の人々はカイルに熱い視線を向けている。呆然と立ち尽くしているアルフのことなど誰も気にも留めていない。


「いいえ、私の《鑑定》に間違いなど無いわ! あなたは《大賢者》スキル保持者よ! 未来の英雄なのっ!」


 カイルは女性役人に両肩を掴まれ、激しく詰め寄られていた。目を爛々と輝かせた彼女のあまりの迫力に、彼は腰が引けている。


「は、はいぃ……そぉーっすね。お姉さんがそーゆーのなら、そーなんすね……」

「そうなのよっ!」


 女性はもうすっかり英雄譚の登場人物になりきっていた。「英雄だ、伝説の始まりだ」と、しきりにカイルを持ち上げている。

 周囲の人物から自然と拍手が湧きあがろうとした次の瞬間、大広間に再び大声が響き渡った。今度は男の野太い声だ。


「おいっ、待ってくれ! こっちの子は《剣聖》スキル保持者だぞっ!」


 一瞬の静寂の後、にわかに大広間が沸きたった。


「《剣聖》だって!? 剣術系最強のスキルじゃないか!」

「120年ぶりだぞ! 今日はなんて日だ!」

「《大賢者》と《剣聖》が一度に! これは神の祝福だ!」

「神はイーザ王国の繁栄をお望みなのだ! あぁ、神よ、感謝致します!」


 アルフはぼんやりとその声を聞いていた。


(今度は《剣聖》か……)

 

 狂騒すら帯びてきた大広間にあって、アルフの心だけが虚ろだ。

 《剣聖》スキルもまた、彼が憧れていたスキル。それが今、他人の手に渡ったのだ。

 アルフがその《剣聖》スキル保持者とやらを見ようと視線を向けると、そこには彼が最もいてほしくない人物の姿があった。


「ひいっ! み、皆さん落ち着いてください……」


 ササラだ。彼女は周りを興奮した大人に囲まれているからか、何時に無く怯えた表情を見せていた。


(カイルに続いてササラまでも……)


 何時の間にか大広間には、この国の宰相がいた。どうやらカイルとササラを王国軍へと直々に勧誘をしに来たらしい。

 それもそのはずだ。《大賢者》も《剣聖》も国家バランスを変えられる程の強力なスキルである。国としては、なんとしても確保しなければならないのだ。


 アルフの心の中はグチャグチャだ。

 赤の他人などではない。見知った幼馴染が自分が渇望したものを手に入れ、将来の成功も約束された。

 ()()()()()()()()()


「ーーーーーッ!」


 アルフはもう、この大広間に1秒たりとも居られなかった。彼は声にならない叫びをあげ、無我夢中で大広間を飛び出した。


 アルフを見ていた者は誰一人いなかった。


 数分後、カイルとササラは宰相の要請を受諾した後、アルフの姿を探して大広間を見渡した。だが、彼の姿はもうここには無かった。


「ササラ、アルフならきっと家に帰ってるさ……」

「そう……よね。……きっと凄く荒れているわ。後で一緒に文句を言われに行きましょう?」

「だなっ。そんで、アイツを励ましてやろーぜっ」

「ええ、そうしましょう」


 言いようの無い不安を感じながら、二人は王様に謁見するため、宰相に連れられて大広間を出るのであった。




(ちくしょうッ……俺のスキルが《水晶占い》なんかだと……ふざけんじゃねぇよ……)


 王城から逃げ出したアルフは、一人、公園のベンチに座り、心中で恨み言を呟いていた。

 劣等感に苛まれた彼は、家に帰るに帰れず、気がついたら此処にたどり着いていたのだ。


(カイルめ、ササラめ……何でお前らが……)


 完全に逆恨みである。この件に関して、あの二人は何も悪くない。


(裏切り者共め、絶対に――)


 ――ねぇ、知ってる? この王都に、スキルを何でも好きなやつに変えられる人がいるんだって。


「えっ……?」


 ふとアルフの耳に女性の声が聞こえてきた。どうやら、隣のベンチに座っている若いカップルの会話のようだ。


(スキルを別のスキルに変える? そんな話、聞いたことないぞ?)


 アルフはさり気なく隣の様子を伺いながら耳を澄ませた。

 カップルはアルフが盗み聞きしているとは露ほども思わず、イチャつきながら話を続けている。


「マジ? 聞いたことねーよ、そんなの。リノちゃん、ウソついてるっしょ?」

「ウソじゃないって〜。情報通の友達から教えてもらったの。《速記》スキルを《農業》スキルに変えてもらった人がいるんだって〜」

「えぇ〜、あり得ないってぇ〜。そんなん出来るヤツが居たら、王様とかがほっとかないじゃん。俺だったら兵隊さんを全員《剣聖》にしてムテキの軍隊を作っちゃうよ?」


(そうだな……アイツの言う通りだ……。やっぱりガセか……)


 アルフは落胆した。


(これ以上カップルのイチャつきを見ているのもアレだし、気が重いけど家に帰るか)


 アルフが腰を上げようとすると、


「ダメダメ。その人に会うには条件があるの」

 

 と女性の言葉が聞こえてきたので、アルフはベンチに座り直した。


「条件?」

「そう! 友達が言うには、その人は北区の3丁目の裏路地にある潰れた雑貨屋にいるそうなんだけど、心から自分のスキルを嫌っている人の前にしか姿を表さないんだって」


(3丁目……あの店か)


 アルフは王都育ちである。北区は治安の良い住宅地なので、幼い頃は路地という路地を探検したことがある。当然、彼女が言った店のことも知っていた。


「へぇ〜、リノちゃんはさ、その人に会いに行かないの? どんなスキルにも変えられるんでしょ?」

「んー、アタシはこのスキルを気に入ってるし、行ってもムダかな? ――だってぇ、ケンちゃん、アタシのスキルのこと、『超気持ちいい』って言ってくれたじゃん」

「バッ、こんな所で言うなよ〜。恥ずいなぁ。……今日もお願いな?」

「え〜? もう、ケンちゃんたら〜」


(〜〜ッ)


 いったい二人の会話から何を想像したのか、真っ赤な顔のアルフはそそくさとその場を立ち去った。

 向かう先は北区の3丁目である。

 ほとんど与太話にしか思えないが、アルフにとっては藁にも縋る想いだったのだ。




「ここ……だよな……」


 アルフはくだんの潰れた雑貨屋の前にたどり着いた。

 裏路地でも奥まった場所にある雑貨屋は、アルフが昔に見た時とまったく同じ外見でそこにあった。

 ボロボロの看板、ラクガキされた壁、古びたドア。窓には木の板が打ち付けられ、店中の様子を伺うことはできなかった。

 時刻は夕方。ただでさえ薄暗い裏路地が更に陰り、怪しげな空間を演出している。


(確か、前に来た時は鍵が掛かってたよな?)


 ドアノブに手をかけたアルフは、ふと前回訪れた時のことを思い出した。

 幼いアルフは探検と称して店内に侵入しようとしたが、その時は入り口が開かなかったので諦めたのだ。


(そうだよな、あんなバカバカしい噂話なんて……)


 ガチャリ。


「開いた……!」


 ドアには鍵など掛かっておらず、ギギッと軋んだ音を立てながら開いた。

 わずかな隙間から覗き見えた店内にはロウソクの明かりが灯っていた。おそらく誰かが店の中に居るのであろう。


「……」


 ここに来て、臆病なアルフの恐怖心が鎌首をもたげてきた。

 足が震え、手のひらにじんわりと汗が滲む。

 この店に入ってはいけない、そう本能が警告しているかのようにアルフは感じた。


「――ちっ」


 しかし、アルフは止まれない。彼には「野望」があるのだから。

 ゴクリと唾を飲み込み、ええいままよとドアを開いて店内に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ、お客様!」

「ひっ……!?」


 アルフを出迎えたのは、明るくハツラツとした甲高い男の声だった。

 アルフの口からか細い悲鳴が漏れ、彼のノミのような心臓が大きく跳ね上がる。


「ようこそ、『パラジアス』へ。ささっ、どうぞお客様、中へお入りくださいませ」


 店内には緑のローブを纏った長身の男性が、アルフを歓迎するかのように軽く腰を曲げてお辞儀をしていた。

 その店員と思わしき男は、なぜか顔に仮面を被っていた。口を大きく裂けさせて嗤う、異様なキツネ面である。


「な、何だお前。ここの、店員……なのか……?」


 アルフは男を指差し、震えた声で質した。

 彼としては妖しげな男を気丈に睨みつけているつもりだが、腰は引け、足は今にも踵を返そうとしている。心底怯えきっているようだ。


「はい! わたくし、この店の店長をしております、Kと申します。以後お見知りを」


 おそらく偽名であろうKという名前を名乗る男は、心よくアルフの質問に答えた。薄暗い店内とは対照的に底抜けたような明るい声色である。


「K……? い、いや、そんな事はどうでもいいっ! あんたがスキルを変えられるって噂を聞いた。本当なのかっ!」


 食ってかかる様にアルフがKに質問を飛ばす。動揺しているからか、口調がかなり荒っぽい。

 だが、Kは失礼なアルフの物言いに腹を立てた様子はなく、変わらぬ態度でアルフの言葉を肯定した。


「はい、本当です! お客様はスキルの変更をお望みで? 承知致しました。――どうぞ、こちらへ」


 そう言ってKは店の真ん中を手で指し示した。そこには木製のテーブルとイスが置かれている。ボロボロの店内において、このテーブルセットのみが真新しいものであった。


「……」


 恐る恐る中に足を踏み入れるアルフ。一歩歩く毎に古くなった床板がミシミシと悲鳴を上げた。

 改めて周りを見渡すと、元は雑貨屋というだけあって両脇には空の商品棚、正面には腐ったカウンターがある。壁掛けの燭台が錆びているなど、所々に年季を感じる店内だ。


 ギシッ。


 アルフとKはテーブルを挟んでイスに腰掛ける。

 薄暗い店内、蝋燭の明かりに揺れるキツネ面は、アルフの目には不気味に映った。


「さて、お客様、お名前をお伺いしても?」

「……アルフだ」

「アルフ様! 改めまして、『パラジアス』店長のKと申します。本日は当店にお越しいただき、誠にありがとうございます!」

「おい、さっきの言葉は本当だろうな? 嘘だったら承知しないぞ!」


 年上であろうKに対し、アルフは失礼な口調を続けている。これは、それだけ彼に余裕が無いことの証左であろう。非日常的なこの空間に、臆病なアルフは冷静さを失っているのである。


「ご安心ください! 当店はお客様の夢を叶える店でございます! 必ずやご満足いただけるかと。……ですが、その為にはアルフ様のご事情をお伺いする必要がございます。お聞かせいただけますか?」


 どこか面白がっている様子のK。アルフは内心で苛立ちを覚えつつも、それが条件ならと、渋々事情を語り始めた。




「――なるほど、アルフ様のスキルは《水晶占い》ですか。いやはや、素晴らしいスキルではございませんか」


 一通りの事情を説明し終えると、開口一番、Kはそう言った。


「なんだとっ!」


 ドンっ!


 アルフは机を叩いて激昂した。


「《水晶占い》のどこが素晴らしいスキルだ! 占い系のスキルなんて、何を占ってもろくに当たらないクソスキルだぞっ!」


 アルフは口から唾を飛ばし、今にも掴みかかりそうな形相でKを睨んだ。

 だが、Kは平然とした態度を崩さない。


「これは失礼いたしました。ですがアルフ様、《水晶占い》は“お金持ち”になれるスキルでございます。……ただ、いささか根気が必要ですが」

「……ちっ、それがクソだってんだよ……」


 アルフは忌々しげに舌打ちをした。


「ご存知でございましたか。確かに占いスキルは、アルフ様がおっしゃられたようにデタラメな占い結果を出すものです。――ただし、それは未熟な時の話。熟練の占いスキル持ちはほぼ100%の的中率で占うことが出来るのです」

「……それくらい知っている。『スキルは使い熟すほど強力になる』なんて常識だ。だけど、まともに占いが当たるようになるまで何年かかると思ってんだ。巷で評判の占い師はジジイとババアばっかだぞ」


 アルフがそう吐き捨てると、Kは「全くもってその通り」と大仰に頷いた。


「スキルを使い熟すには、繰り返しスキルを使うしかありません。そうして一定の基準に達するとスキルは強くなります。いかにスキルを使い熟しているか――私はその値を“レベル”と呼んでいます」

「レベル?」

「はい! 今、アルフ様はスキルを得たばかりですので《水晶占い》のレベルは1です。この先、アルフ様が他人を占うことでスキル使用経験を積めば、遠からずレベル2へと上がるでしょう。そうすれば占いの的中率も少し上がります」


 アルフはうろんな眼差しでKを見る。


「で? その……レベル? とやらがいくつになれば評判の占い師になれるんだ?」

「そうですね〜」


 アルフが鼻で笑いながら質問すると、Kは顎に手を当て、「ふ〜む」と思案し始める。


「毎日欠かさず積極的に他人を占ったとして、15年ほどすればレベル30になるでしょうか。ここまで成長すれば的中率は6、7割。断片的な未来も占えるようになり、商売として対価を貰えるようになります。さらに30年も努力すればレベルは50を超えます。的中率は9割を越え、具体的な未来を占うことができるようになります」


 何を祝しているつもりなのだろうか、Kはアルフに向かってパチパチと拍手をした。


「このレベルになれば、アルフ様は晴れて高名な占い師でございます。大商人や貴族からも依頼がひっきりなしに舞い込み、報酬はアルフ様が望がまま。たやすく大金持ちになれることでしょう」


 淡々とした口調が煽っているようにも聞こえ、アルフは激昂する。


「その頃には俺は60歳だろうが! だから、そんな人生お望みじゃねぇって言ってんだろ! 棺桶に片足突っ込んでから金持ちになっても意味ねぇよ! もういい、こんなクソスキルなんて要らねぇ! とっとと俺のスキルを《大賢者》か《剣聖》に変えてくれ!」


 感情のままに一気に捲し立てたので、アルフは「ハァハァ」と大きく肩で息をしている。現実を突きつけられた彼の目は、縋るようにKを見つめていた。

 

「う〜ん、アルフ様のスキルを変えるのは可能なのですが……」


 しかし、Kは乗り気では無い様子だ。


「お話を伺ったところ、もう既にアルフ様は国のスキル鑑定を受けておられますよね? つまり、国によってアルフ様のスキルは《水晶占い》と登録されているのでございます」

「それがどうした? 《鑑定》が間違っていたとでも言えば良いだろ?」


 苛立ちを込めてアルフがそう言うと、


「それでもよろしいのですが……」


 Kは心苦しそうに答え、痛ましそうな雰囲気で首を横に振った。


「その場合、アルフ様を担当された役人は確実に死刑に処されます」

「へっ……?」


 愕然とするアルフに向かい、Kは淡々と事実を告げる。


「スキル鑑定は、若者の職業適性を測り、国にとって有益な若者を見つけるための場。そこで誤りがあるなど許されません。ましてや《大賢者》や《剣聖》の鑑定に失敗したとあらば、著しく国益を損ねたとして、本人のみならず親戚一同が死罪となります。アルフ様が田舎に引っ込んでスキルを使わず暮らすなら露見しないでしょうが、冒険者になるなら確実に問題になります。……それでもよろしいのであれば、スキル変更をいたしますが?」

「ひっ……」


 キツネ面の向こうから覗くKの鋭い視線がアルフをたじろがせる。

 人殺しになる覚悟はあるのか? アルフは言外に、そう問いかけられていた。


「い、いや……でも……」


 アルフの額に汗が浮かび、まぶたの裏にトルマンの姿がチラついた。赤の他人と言っても差し支えない人物だが、だからといって自分のせいで殺されるというのは躊躇ってしまう。

 踏ん切りがつかず、アルフはひたすらオロオロと葛藤していた。ここで迷いなく否と言えないあたりにアルフの人間性が見て取れる。


 パンッ!


 突如、Kの手が思いっきり打ち合わされた。アルフの肩がビクンと跳ねる。


「スキル変更をお望みでないのならば、こういったご提案はいかがでしょうか? スキルはそのままでレベルを最大に――つまりレベル99にするのです! レベル99は通常の手段では至れない極地。あらゆるスキルは奇跡と見まごう力を発揮します。《水晶占い》でもそれは同じ。冒険者としてアルフ様が大成することも夢ではありません!」

「えっ……? そ、それは本当か!?」


 元々アルフは冒険者になるのが夢だ。誰も殺さずに叶うならそれに越したことはない。

 一も二もなくKの提案に飛びついた。


「それだ! 頼む、俺をレベル99にしてくれ!」

「はい、喜んで!」


 明るく弾んだ口調で承諾したK。隠されていて見えないが、その口はキツネ面と同様、裂けたように嗤っている気がした。




「さて、アルフ様がどれほど成長したか実感していただくために、まずは今のレベル1状態でスキルを使用してみませんか? スキル発動に必要な水晶玉でしたら、この店に置いてありますので」


 元道具屋ですからね、と言ってKはカウンターの裏手からホコリを被った水晶玉を持ってきた。

 Kはハンカチで水晶玉を拭うと、アルフにポンとそれを手渡した。


「さあ、どうぞ。私を占ってみてください」

「……まあ、いいけど……」


 渋々とアルフは水晶玉に意識を集中する。スキルの使用方法は自然と頭に思い浮かんでいた。

 数瞬後、ポゥと水晶玉が微かに光り、文字が映し出された。


【名前:K 運勢:大吉】


 アルフはその結果を見て、つまらなそうに「フン」と鼻を鳴らし、水晶玉をKに突きつけた。


「大吉だとよ。良かったじゃねぇか。もっとも、当たっているか怪しいもんだがな」


 まじまじと水晶玉を覗き込み、Kは満足げに頷いている。


「ありがとうございます! これは幸先が良い!」


 上機嫌のKは、アルフに水晶玉をテーブルの上に置かせる。


「では、これよりアルフ様に私のスキルをおかけします」

「アンタの?」

「はい。実は、私のスキルはレベル99の《催眠術》なのであります」

「《催眠術》でスキルを弄れるのか?」

「もちろんでございます。先程も申しましたように、レベル99は奇跡に等しい力を持っております。これは、アルフ様もレベル99なれば御理解できるかと。――そのためにも先ず、どうかあちらのロウソクの炎を見つめてください」


 そう言ってKは壁に取り付けられた燭台を指差した。


(炎を見つめさせることがコイツの発動条件なのか)


 《催眠術》の発動に必要な事ならと、アルフは黙ってロウソクの炎に目を向けた。


(あれ……?)


 揺らめく炎を見ていると、急速にアルフの意識が薄れていく。体感的にはまだ見始めてから数秒しか経っていない。


(変だ……頭が……ボーッとして……)


 アルフの耳元でKが何事かを囁いている気がするが、何と言っているのかまるで理解できない。

 自分の知っている言語を喋っているはずなのに、とアルフはぼんやり考えた。


「はい、もう結構でございます。お戻りください」


 急に意味ある言語が耳に入ってきたと思った瞬間、アルフの意識が元通りに覚醒する。


「――はっ! あ、あれ?」


 アルフは炎から目を離し、ヨロめいた頭に手を当て、ブンブンと首を振った。どれほどの時間、炎を見つめていたのか、全く見当が付かない。


「おめでとうございます、アルフ様! これでアルフ様はレベル99の《水晶占い》スキル持ちでございます!」

「俺が……? 何も変わった気がしないが……」

「スキルを使えば一目瞭然でございます。さあ、改めて私に……は事故が怖いので、あちらのロウソクの周りを飛び回る蛾にスキルを使ってみてください」

「事故? まあいい、やってみるぞ」


 テーブルの上の水晶玉を手に取り、アルフは蛾を対象にスキルを発動した。

 次の瞬間、先程とは比べ物にならないほど水晶玉が眩く光った。


「うわっ!? ……あれ? さっきと全然違う。蛾の未来が分かるし、運勢を俺が選べる? なんだこれ、スゲェ力だ!」


 パチパチとKの拍手が再び店内に鳴り響いた。


「それが《水晶占い》レベル99の能力でございます! 占い相手の未来を見通し、運勢を操作することで生かすも殺すも自由自在。試しに蛾の運勢を大凶より悪くしてみてください。あっという間に不幸が起きて死んでしまいますよ。そうですね、大凶より悪いわけですから大殺界といった――」

「よしっ、蛾の運勢を超大凶に変更だ!」

「……」


 アルフが宣言すると、水晶玉に文字が浮かび上がる。


【学名:ルイシュガ 運勢:超大凶】


 すると、何処からともなく隙間風が吹き込んだ。思いがけない強風にバランスを崩した蛾はロウソクにぶつかり、溶けたロウに囚われてしまった。その後、蛾は逃げようもなく炎に炙られ、瞬く間に焼け死んでしまう。


「……スゲェ!」


 一部始終を見届けたアルフは自らの力に目を輝かせた。

 この力は魔物にも、人間にも通じる。そう確信した。


「この力があれば俺は無敵だ! 最強冒険者だって夢じゃねえ!」

「素晴らしい! 見事にスキルを使いこなしておられますね」

「ああ、アンタのおかげだ! 感謝するよ!」

「いえいえ、これが私の商売ですので。――さて、催眠術のご料金なのですが……」


 ピシッとアルフの笑顔が凍りついた。これほどの効果があるスキルだ。いくら請求されるか彼には想像もつかなかった。


「て、手持ちはあまり……。出世払いなら……」


 アルフがおずおずと切り出すと、Kは満面の笑み(と思われる声色)で頷いた。


「元より、今のアルフ様にご請求する気はございません。今回の催眠術の料金は、()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()といたします。もちろん分割払いで結構でございます。2年でも3年でも、10年でも無利子無担保でお待ちいたします。……ですが、()()()お支払いくださいね?」


 不気味な圧を感じるKの言葉に、アルフは顔をやや青ざめさせ、ガクガクと首を縦に振った。


「あ、ああ。必ず払うよ。約束する」

「ありがとうございます! ここに契約は成立いたしました。では、一年後、再びこの『パラジアス』においでください。料金の算定をいたしたいと思います」

「分かった」

「それでは、アルフ様のご活躍を心よりお祈りいたしております。本日は誠にお疲れ様でございました」


 深々と頭を下げるKに見送られ、アルフは半ば夢うつつで店を出た。

 外はいつの間にか真っ暗になっていた。辺りはシーンと静まり、気がつけば腹も減っている。

 手には、サービスだと言って渡された水晶玉がある。


(親父やお袋が心配しているだろうな……早く家に帰らないと……。あれ? 何時間くらい店にいたんだっけ?)


 なんだか記憶がハッキリとしない。

 アルフは《催眠術》のせいかと考えつつ、何気なしに振り返り『パラジアス』のドアノブに手を掛けた。

 何故かドアには鍵がかかっており、アルフは再び店に入ることはできなかった。




 スキル鑑定が行われた日、深夜に帰宅したアルフは両親にしこたま怒られた。

 だが、翌日には気を取り直すと、アルフは意気揚々と冒険者ギルドの門を叩いた。

 この日から彼の冒険者としてのめざましい大活躍が始まったのである。


「どんな魔物でも、俺にかかればイチコロだ!」


 そう豪語したアルフは、《水晶占い》という戦闘向きではないスキルながら、次々と凶暴な魔物を討伐。

 もちろん、彼が剣や拳で倒したわけではなく、出会い頭に魔物の運勢を超大凶にして、不幸な偶然で殺した結果である。

 アルフと向かい合った魔物は、崖から足を滑らせたり、上から岩が落ちてきたり、心臓発作を起こしたりして死んでいった。

 A級やS級(読者諸兄におかれましては、そのようなくらい分けがこの世界()()あるとご理解いただきたい)の魔物も鎧袖一触。100匹を越える魔物の大群ですら、アルフ一人で討伐してみせた。


 ――最強冒険者現る。


 衝撃的な戦果と共にアルフの名前は国中に轟き、彼は史上最年少でSS級冒険者の地位を手に入れた。

 国からも軍への勧誘があったが、アルフは、


「冒険者は自由だ」


 などとのたまい、これを蹴った。この件でアルフは更に名声を高めることになる。

 しかしながら、口ではこう言っているが、アルフの中には、「幼馴染と同じ世界にいたくない」という気持ちがあったのかもしれない。

 ズルをして強くなったことに後ろめたさを感じているのか、自分とは違う本物の才能を持つ相手へのコンプレックか、アルフは決して幼馴染二人に会おうとはしなかった。

 二人もアルフの心情を長年の付き合いでなんとなく察し、いきなり彼が常識外れの力を身に付けたことに不安を抱きつつ、無理に会って拗れるよりは、と考えて距離を取っていた。




 冒険者として有名になると、次にアルフは多額の料金と引き換えに貴族や大商人を()()ことを始めた。

 彼の《水晶占い》であれば相手の運勢は思いのまま。占い結果を大吉や超大吉にすれば、手掛けた事業は大成功し、あらゆる幸運が舞い込んでくる。まさに神の祝福のごとき効果であった。

 アルフの《水晶占い》は瞬く間に評判となり、国王や宗教指導者が「私を占ってくれ」と大金を積んで頼み込んでくるようになるまで、そう時間は掛からなかった。

 ここまで来るとアルフは国内でも有数の資産家となっていた。

 豪邸に住み、美男美女の使用人を揃えた。美衣美食を楽しみ、結婚はしていないが女性には困っていなかった。

 しかし、アルフはなおも精力的に金を稼ぎ続けた。冒険者として活動し、顧客から請われて占いをする。

 取り憑かれている――そう表現せざるを得ないような仕事ぶりだった。




 タガが外れたのは、間違い始めたのは、いつからであろうか。

 アルフを妬んで命を狙ってきた襲撃者を返り討ちで殺した時からであろうか。

 国から内密の依頼で敵対国の重鎮を暗殺した時からであろうか。

 いつの頃からかアルフは人を殺すことに躊躇しなくなった。


 ――無敵のアルフ。


 これがアルフに付けられた二つ名である。

 アルフのせいで不利益を被った者は少なくない。

 彼の占いで誰かの運勢が上がれば、その者と敵対していた者は被害を受ける。

 彼が殺した者の家族は仇討ちを考える。

 当然のごとくアルフの首には莫大な懸賞金がかけられ、腕に覚えのある殺し屋が彼の命を狙った。

 だが、アルフはレベル99。伝説の魔物すら凌駕する存在だ。そこら辺の人間に殺せる男ではなかった。

 アルフは毎日自分の運勢を超大吉にすることで全ての暗殺を回避。暴力も、毒も、事故も、災害も彼を殺すことはできなかった。

 そして、敵対者は即座に超大凶にすることで不幸な事故を起こし殺害。結果、アルフに“無敵”の二つ名が付けられることになったのである。




 1年後、積み上げた死体に比例するように、アルフは膨大な財産を得ていた。

 たった1年で何不自由ない暮らしも地位も名誉も手に入れた。両親は護衛に守らせ、別邸に住まわせている。

 これがレベル99の恩恵により、アルフが手に入れた全てである。




 Kとの約束の日の朝。アルフは豪奢なベッドで目を覚ますと共にKのことを思い出していた。


(あぁ、今日だったな……行かないと……)


 アルフは隣で寝ている美女(妻ではない)をそのままにベッドから降りた。


「ご主人様、おはようございます。朝食のご用意が出来ております」

「ああ」


 声を掛けてきた使用人に鷹揚に返事をし、アルフはいつものように贅を凝らした食事を取る。


「今日も出かけてくる。少し特殊な用事だから、供はいらない」

「はい、かしこまりました」


 食後、アルフはそう使用人に告げると、自室のクローゼットから1年前まで着ていた服を取り出して身に纏った。

 これから行くのは住宅地の裏路地なので、上等な服は悪目立ちしてしまうのである。

 ただし、護身用として拳大の水晶玉をポケットに忍ばせておく。既に自分の運勢を超大吉にしてあるので暗殺されることはないが、これが無いと反撃できないのである。


「行ってくる」

「「「いってらっしゃいませ、ご主人様。お気をつけて」」」


 普段とは違う主人の服装にも、教育を受けた使用人は口を挟まない。

 アルフは使用人たちに見送られ、一人徒歩で屋敷を出た。


(そういえば、時間の約束はしていないな。……まあ、いいか。……思えば、のんびりと街中を歩くのも久しぶりだな。……北区も変わらないなぁ)


 着ている服もあってか、アルフは懐かしい気持ちになりながら王都を歩く。

 麗かな日差しに足取りも軽く、見慣れた風景にふと子供の頃を思い出す。脳裏に幼馴染二人の影がチラつき胸が痛んだ。

 結局、二人とはあの日以来まともに会話できていないのだ。




 『パラジアス』は相変わらずの姿でそこにあった。ボロボロの看板、ラクガキされた壁、古びたドア。1年前のままである。


(さて、鍵は……)


 アルフは緊張で胸をドキドキさせながらドアノブに手を掛ける。


 ガチャリ。


 ドアは抵抗無く開き、アルフを店内に誘った。


「ごめんください、アルフです。約束通り来ました」


 アルフの口調は丁寧なものである。お金持ちになり、夢を叶えたからか、あの時とは違い、彼の心には余裕があった。


「いらっしゃいませ、アルフ様! お待ちしておりました!」


 店の奥の暗がりから、弾んだ声と共にKがぬるりと現れた。1年前と同様、ふざけた仮面を被った姿だ。


「アルフ様のご活躍は常々聞き及んでおります。いやはや、ご出世なされましたね」

「ありがとうございます。全てあなたのおかげです」

「勿体ないお言葉でございます。さあさあ、立ち話も何ですので、どうぞあちらにお座りください」

「はいっ!」


 Kに促され、アルフはテーブルに着く。店内もあの日からまるで変わらない。あたかも時が止まっているかのようだ。


「さて、早速ですがご料金についてお話しさせていただきます」


 アルフの向かいに座ったKは単刀直入にそう言った。


「ああ、そうしましょう。えっと、1年で俺が稼いだ額でしたよね。今メモを――」


 あらかじめ計算してきたメモを胸のポケットからアルフが取り出そうとする。だが、Kはそれを手で制した。


「それには及びません。こちらの方でキチンと集計させていただきました。――アルフ様にお支払いいただくご料金は白金貨5721枚となります。端数はサービスで切り捨てさせていただきますね。……間違いございませんか?」

「は、はい……そうです。当たってます」


 驚愕に顔を歪ませたアルフは胸ポケットからメモを手放した。そこにはKが告げた金額と違わない数字が記載されていた。


「何で……? 表沙汰にしていない報酬もあったのに……」

「こちらも商売ですので、誠に失礼ながら、アルフ様のご活躍は逐一調査しておりました。どうかご了承ください」


 そう言ってKはペコリと頭を下げた。


「いや……はい……」


 ブルッとアルフの背筋に悪寒が走った。

 一体どうやったら国家機密まで知ることができるのだろうか。


「それにしてもっ!」


 Kはバッと顔を上げた。アルフはビクッと身体を震わせる。


「たった1年で白金貨5000枚以上をお稼ぎになられるとは、アルフ様の手腕には脱帽でございます。大商人が10年かけて稼ぐ額を、アルフ様はゼロから始めて1年で! いやー、素晴らしい!」


 パチパチとKの拍手が店内に響いた。


「お約束通り、お支払いはいつまででもお待ちいたします。ですが、アルフ様でしたら時を待たず全額お支払いできることでしょう!」

「あ、ああ。任せてください。俺は最強の冒険者、無敵のアルフです。この《水晶占い》の力があれば、白金貨5721枚なんて、直ぐにでも……」


 その時、アルフの脳裏を恐ろしい疑念が過った。


(あれ? レベル99の《催眠術》を持つコイツなら俺を殺せるんじゃ?)


「はい、わたくし、アルフ様の更なるご活躍を楽しみにしております!」

「ええ……ご期待ください……」


(いや、コイツが俺に恨みを持つヤツをレベル99にしたら……)


 恨みなら、この1年で山ほど買った。同じレベル99なら、人並みの身体能力しかなく、戦闘向きとは言えない自分のスキルでは殺されてしまうかもしれない。

 一度悪い想像をすると、その考えは頭から離れないものだ。

 アルフは、「目の前の男を何とかしなければならない」という強迫観念に囚われてしまった。


(なんてこった……! せっかく大金持ちになれたのに、無敵の冒険者になれたのに、コイツが生きているだけで怖くてたまらない……!)


 生来の臆病さがアルフの思考を支配する。もはやアルフにはKを殺す以外の選択肢が思い浮かばなかった。


(今なら……! いつもと同じだ。俺なられる。炎さえ見なければ、コイツは《催眠術》を発動できない!)


「なあ、K……さん。お金は払う。()()()払う。だから一つ条件を付けさせてくれ」

「はい? 何でしょう?」

「それは――」


 Kが首を傾げるのと同時にアルフはポケットから手慣れた動作で水晶玉を取り出し、Kに突きつけた。


「お金はアンタの墓前に供えさせてくれ!」

「ッ!?」


 水晶玉が眩い光を放つ。アルフは自らの勝利、そしてKの死を確信した。


「アルフ様、今のは……」

「悪い。アンタが生きていると怖くて仕方ないんだ。今のアンタの運勢は超大凶。もうすぐ不幸が起きて死んじまう」

「……私にスキルを使用したのですね?」


 Kは俯き、肩を震わせた。


「ああ。……許してくれ。盛大な葬式もするし、立派な墓も建てる。金だって約束通りに供える」


 安堵の後に去来したのは果てしない罪悪感だ。恩人とも言える相手に非道な仕打ちをしたアルフは、まともにKの方を見ることができない。

 口からは、何の慰めにもならない、ただの自己満足を垂れ流すばかりだ。


「そう……ですか。それは、なんとも……プフッ、有難い……ククッ……ですね……クフフッ」

「? おい、何で笑って……? 冗談じゃないんだぞ? もうすぐアンタは死ぬんだ!」

「アハハハハハッ! もう、限界です! ヒヒッ、笑いが、止まりません!」


 堰を切ったようにKが笑い出す。聞いているだけで頭がおかしくなりそうな甲高い哄笑が店内に響き渡った。

 何で彼が笑っていられるのか分からず、アルフは呆気に取られている。


「アルフ様、どうぞ水晶玉をご覧ください」


 笑いを堪えるKは、腹を手で押さえながらアルフの持つ水晶玉を指差した。


「何だと?」


 Kに言われ、アルフは慌てて水晶玉を覗き込んだ。そこには、


【名前:アルフ・バース 運勢:超大凶】


 と目を疑うような文字が浮かび上がっていた。


「えっ……!?」


 ゴトン!


 動揺のあまり手が震え、アルフは水晶玉を床に落としてしまう。


「何で俺が!? 確かにコイツを超大凶にしたはずなのに!?」

「アハっ、申し訳ございません、アルフ様。実は、1年前に催眠をかけた際、保険として仕込んでいたのでございます。“私を占おうとしたら、アルフ様は無意識で御自身を最悪の運勢にする”と」

「そんな!? 何てことをしてくれるんだ!」

「非難される謂れはございませんよ。何せ、わたくしはアルフ様に殺されそうになったのですから。――ところで、よろしいのですか? 間もなく不幸が訪れますよ?」

「あっ!」


 瞬間、アルフの顔色がさっと青ざめた。超大凶の恐ろしさはアルフが最もよく知っている。もう一刻の猶予も残されていなかった。


(ヤバい、早く占いし直さないと!)


 水晶玉は床だ。アルフは水晶玉を拾うため、テーブルに手を掛け、急いでイスから立ち上がろうとした。


 バキッ!


「――へっ?」


 アルフが体重をかけたせいで、店内の物では比較的真新しいはずのテーブルの脚が()()()()折れてしまった。


 ズルン。


 急にバランスを崩したため、アルフはしっかりと立ち上がれず、床に足を滑らせてしまう。


「――あっ」


 思考が停止し、受け身も取れず、頭から転ぶアルフ。その落下地点には()()()先程床に落とした水晶玉が待ち構えていた。


 ゴシャァ!


 『パラジアス』にアルフの頭蓋骨が砕ける音が響いた。


「アーハッハッハ! レベル99ともあろう方が、まさかのご自分のスキルでの自爆! しかも《水晶占い》のスキル持ちが水晶玉に頭をぶつけて! なんてみっともない! クフフッ、アルフ様、私を笑い死にさせるおつもりでございますか!」


 ピクピクと痙攣するアルフの傍ら、Kは狂ったように手を叩いて爆笑していた。

 アルフもう殆ど身体を動かせないし、声も出ない。感じるのは激痛と、流れ出す血の感触、死の予感、そして嫌でも入ってくるKの耳障りな声だ。


「アルフ様? まだ生きておいでですか? それは運が悪うございます。一息に死んでいれば、もう少し楽でしたのに」


(何で、何でこんなことに……?)


「アルフ様、料金の件はご安心ください。あなた様の滑稽な死に様に免じて、白金貨5721枚はチャラにさせていただきます。存分に笑わせていただきましたし、私は大満足でございます」


(ヤダ……助けて……痛い……)


「ああ、そうだ、お亡くなりになる前に催眠術を解いておきましょう」


 そう呟いて、Kはパチンと指を鳴らした。

 彼の言が正しければ、今のでアルフのレベルは下がったはずだが、もはやそれすら認識する余裕はアルフには無い。


「今のアルフ様はレベル99ではございません。ですが、レベル1というわけでもないでしょう。この1年、沢山スキルをお使いになられたわけですし……そうですね、レベル3くらいにはなっているのでは? 努力は裏切りませんね!」


(そんな事は……どうでも……助け……寒い……)


「……ああ、そろそろお別れでございますね。ではアルフ様、当店をご利用いただき、誠にありがとうございました! ……プフッ」




 この日、一人の有名冒険者が行方不明になった。

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