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卒業前夜(1)
少しべたつく体に、夕方の風が心地良い。
息を胸いっぱいに吸うと、雨の匂いがする。地面は濡れていた。夕立がきたのだろう。オレンジの粒が駅の階段の手すりに残っていた。
「お疲れさま」
「お疲れさまでした」
手を振る彼に、小さく頭を下げる。
いつもと同じ部活帰り。なにも変わらないつまらない住宅街。ただ、今日だけは小さなあかりがいくつか灯っていた。
耳にイヤホンを指す。流れる音楽の歌詞に共感してはにやついて、私もこんな風になれたらいいななんて考えてはまたにやついて。
思いはこんなにも溜まっているのにな。
私は目の前の小さな水溜りを大きな勇気をもって避けてしまった。
なにしろ、心地良いのだ。
彼––––––先輩は、いわゆる花形だ。みんなに好かれて、いつも輪の中心にいる。
私はキラキラした先輩の、そうじゃない部分も知っている。
スランプで少しイライラしてたり、負けて手のひらをぎゅうっと握っていたり。
そういえば試合前に緊張しすぎて袴を忘れてたこともあったっけ。
こんな日々が続いてくれるなら私は、今以上は望まない。




