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天使のパレット  作者: 五月悠助
5/20

僕の悪魔

 5


 僕はいつものように朝食を胃に詰め込み、顔を洗い寝癖を整えていた。どこか気持ち悪い晴天な朝、彼は珍しく笑い出す。

「おはよう。浮かない顔だね」

 僕はそれ以上に眉をひそめた。

「眠い朝に浮いたことはないよ」

「家にいる時なら、君は夜もそんな感じだけど」

 鏡は反対を映し出す。対照的な、決別した彼を。

 うるさい、僕は彼に背を向けた。

「この、悪魔が」


 普通が僕を包み込み、強いて言えば登校中に会計と遭遇しただけの朝だった。今日という日は、何かクサイ。

 学年が違うと下駄箱の場所も違い、玄関で会計と別れた後、しかしすぐに再会した。

「おい、どうかしたか?」

 珍しく会計が不快を露わにする視線の先には、やけに汚い靴が置いてあった。それだけではなく、何か嫌な雰囲気がある。

「イジメ……じゃないですか、これ」

 心臓が殴られた。会計は僕の方を向くと、少し面喰らったようにしていた。

 平静を装う。僕はその下駄箱が誰のものなのか分かるものが置いてないことを知ると、

「会計、調べといてくれるか」

 僕は会計の返事を待つことなく、自分の教室に向けて歩き出した。


 夏休み四日前の今日、僕はまるで優等生のように真面目に黒板を眺めていた。新井先生は奇妙そうに面白がり、珍しく僕に当てて答えさせる。完璧とは言わないまでも合格点な返答をし、そんないつも通りを通り過ぎていった。

 掃除当番から解放された放課後、僕は生徒会室に向かった。廊下で待っていた柚子と、図書室と生徒会室の分かれ道で別れる。

「この音……」

 柚子に促されて耳を澄ます。呻き声と、何か液体が床に打たれる音。

「柚子はここで待っててくれ」

 そこにいたのは、男四人と少女が一人。長い髪の少女が、地面に跪いて嘔吐していた。汚ねえ、そう男はその子の鳩尾を蹴るのをやめ、突き放した。

「よっわ。これで後四回な」

「次こそはやれよ全教科赤点。マジ楽しみなんだけど」

「だから入試で落ちろっつったのに。お前の代わりに落ちたやつの気持ち考えろよ」

 僕は立ち尽くしていた。男たちの不潔な笑い声がねっとりと響かずに落ちる。

「なんか言えよ犬みてえだな「犬なのに生意気とか無能すぎ「なんか興奮するんだけど「変態だな俺もだけど「もう服脱がそーぜ「さすがにここではマズイわっ」

 怖かった。でもそれはすぐに見えなくなり、僕は思い出す。こんなことは初めてじゃない。僕は生徒会長で、こんな現場は何度も何度も目撃していた。

 立ち向かえ。立ち向かえ。立ち上がれ。

 男たちは僕を視認すると、舌打ちでもするように一瞬静まる。四人は目配せして立ち去ろうと僕の方へ歩いてきた。

 僕を弱そうだと思ったのだろう、男たちは笑って僕を挑発するように少女のカバンを蹴り飛ばした。

 『彼』はやっと立ち上がった。悪魔が、僕の心に溢れかえる。僕の視界は真っ赤に染まり、気持ち的に何も見えなくなる。

 イジメは許さない。

「どけよ」

 体格のいい先頭の男が大袈裟に肩をぶつけようとするのを手で掴み、顔を殴った。

「…………え?」

 男は反動で大きく左に逸れるが、僕は服を掴んで引き戻した。

 殴る。殴る。殴る。殴る。鈍い音とあらゆるところが壊れる感触が僕を促す。

 気絶した男の口から血が溢れ出し、僕が手を離すとどさっとその場に倒れた。僕は次に前にいたメガネの男の手を掴む。

 男は唖然としながらも僕の手を振り払おうとするので、僕は関節と反対方向に肘を蹴り骨を折った。反対の手を取り、指の五本全てをまとめて曲げて砕く。腕が壊れる感触がした。

「ちょ、え? マジ、」

「お前も」

 三人目の首根っこを掴むと、三回思い切り壁に男の頭を打ち付けた。だらんと力なく倒れこむ。骨は折れていないだろうけれど関係ない。どうでもいい。

 四人目のいかにも口だけなひょろっとした男は、僕からゆっくりと後ずさった。

「えとあのすみません許してくださいもう絶対しませんっ……」

 腹を殴ると、男は床に嘔吐した。気絶する男たちに所々の血、廊下はとても狂気的だった。

 僕は少女と目が合い、やっと正気を思い出した。

 少女はただ驚いただけのような表情をしていた。

「この子の靴を汚したのもお前らか」

「違います! 断じて」

「後四回って言ってたな。今までずっとこんなことしてたのか」

「……はい。僕は中学時代から……」

 全教科赤点。おそらくそう命令したんだろう。この子はそれに逆らった。回数は赤点を取らなかった数だろうか。

 いや今はどうだっていい。

「お前、代わりに四回吐くか?」

 細かく震えるのを見て、僕はもう十分だと思った。やり過ぎたとは思わないけれど、これ以上は蛇足だ。

 僕は男に近づいた。

「イジメは絶対に許さない。お前らは見せしめだ。次に見つけたら、お前を殺す」

「あな、たは……」

 あ。く。男はそう震える口を動かし、やっと言葉にした。

「あなたが、『悪魔』か……」

 僕は男の手の指を踏んだ。男は痛みなんて気にせず続けようとするも、背後に走ってくる人の足音がした。

「前田さん!」

 柚子が呼んできたのだろうか、会計と柚子が僕に駆け寄る。面食らった会計は似合わない真剣な顔をして、

「……やっぱりあなたが、悪魔だったんですね」

 悪魔、それは中学時代の僕のあだ名だった。周りより圧倒的に喧嘩の強かった僕は……

「今は落ち着いてください。後処理は俺がしときますから」

 殴り、蹴り、脅した。

 僕は昔、二人の人間を『殺した』のだった。



 気づけば僕は、自分の家の鏡の前に立っていた。彼はやはり、面白そうに僕を見つめる。

「君は僕だ」

「……違う」

 悪魔は僕だった。中学二年の秋、僕は悪魔と決別した。もう誰も傷つけなくても済むように、僕がもう傷つかないように。

「君も、悪魔だ」

「違う!」

 僕は彼とは違う。違うようになった。親友も家族も恋人も、僕にはいらなかった。

「……違う」



 気づけば視界に天井が見えた。ベットから起き上がると、記憶の縁を探る。

 しばらく黙って空を眺めているうちにドアが開かれた。

「……起きたのか」

 父親は珍しく僕に話しかける。僕のことを見下ろし、メモ帳を差し出した。

「伝言だ。さっき訪ねてきた」

「ありがとうございます」

 そこには柚子の文字で、明日の朝に会おうという趣旨のことが書かれていた。僕は無意識にため息をついていた。


 朝。新井先生に呼び出されていた僕は、普段よりも大分早く登校し、職員室に向かった。忙しそうにするあの人の元に着くと、僕に目を合わせずに話し始める。

「反省してるか?」

 あの人にしては、前置きがないシンプルな質問だった。僕は口が動くように答える。

「してません」

 そうか、新井先生はそう言ってしばらく間を置いた。事情を知っているのだろう、多くの教師は何も知らないかのように素通りするが、数人の教師がこちらをチラチラと振り返る。そんな視線が非常に鬱陶しかった。

「……揉み消してやれるのは、今回だけだぞ。 さすがにやり過ぎだ。反省するしないはお前に任せが。次からは少年院だ」

 あれだけのことをして、何もなしというのはどうなのだろうか。僕は退学だと言い渡させることも予想して、苦し紛れの反論でもするつもりだったのに。なにか大きな力が働いているような気がする。

「……学校の先生っぽい言葉ではないですね」

「お前には何言っても無駄なことくらい分かるさ。俺は心が読めるからな」

ああでもと、振り返る僕を呼び止めた。

「無駄だと思うが一応言っとく。……『それは正しくない』」

 それだけだと言うようにクイッと椅子にそっぽを向かせ、僕は小さくお辞儀をして職員室を出た。


 生徒会室の前に行くと、二つの人影が見えた。柚子と、もう一人は昨日の女の子だ。例のロッカーの持ち主の一年生。

「おはよう」

 柚子はいつもよりにっこりと笑って手を振った。大げさな、ぎこちないそんな笑顔。僕も笑って頷いた。

「昨日、裕太くんの家に行ったんだよ。行った時、丁度裕太くん、寝てたみたいで……」

「うん、聞いたよ。ごめんね」

 妙な空白があった。柚子は一生懸命間をつなぐ。

「それでね、この子がお礼を言いたいんだって」

 その子は、気まずそうに目を伏せていた。出会ったばかりの柚子とは違った困り方だと、なんとなく他人事のように思っていた。

「ありがとう、ございました」

「うん、どういたしまして」

 髪の長い彼女は目を伏せると顔が見えない。僕は少しだけ、彼女に上を向いてほしいと思った。

「君、名前は?」

 彼女はますます下を向く。その口から出た言葉に、僕は言葉を失った。

「……南、ポチです」



 彼女は目を丸くし、羽根をひょこひょことさせている。何が楽しいのか、その幼い顔に笑顔を乗せていた。

 僕には意味が分からない。彼女という特別な全てが、未知であり知らないことを知った。

「本、どうだった?」

 読み聞かせていた本を閉じると、彼女は屈託のない笑顔で、

「つまらんかった!」

 僕は相当驚いてしまった。そして面白くなって、僕も彼女と笑った。

「僕は君が嫌いだ」

 そんな言葉に、君は嬉しそうな顔をする。やはり君は変わっている。

 君が。君だけが、嫌いだ。



 昨日やるはずだった書類仕事を黙々と片付けていると、会計は思い出したように話しかけてきた。

「南さんの話。聞きたいですか?」

 会計は視線を落としたままだった。僕はああとだけ呟く。

「イジメの原因は名前だそうです。小学校の頃からずっとですが、表面化したのは中学時代から。表面化する前は無神経なからかいから嫌がらせくらいだったんですが、中学時代からは本格的なものになったそうです」

 ソースは何だろうと気にすることはない。こいつはよく分からないコミニティーを持っていて、特に人間関係のことは幅広く知っている。

「前田さんも気になってるんでしょう。南さんの性格について」

 ああそうだ。もったいぶる会計を見やると、しかし視線を落としたままだった。僕は空振りしたような気持ちになって、また下を向く。

 僕は彼女の性格は知らないけれど、名前が変わっているだけであそこまでのことをされることがあるのだろうか。最近のイジメっ子は陰湿だ。やり方は匿名で手軽だからよほどのことがない限り特定されないし、どんな臆病者でもイジメっ子になれる。

「色恋沙汰からの逆恨みですよ。南さんが告白されてフった相手が前田さんの腹黒バージョンみたいな人で、腹いせに皆を先導してイジメに発展させました。これ以上はディレクターズカット」

「ああなんだって?」

「怖い怖い怖い。いやマジでこれ以上は加害者側に犠牲が出かねないご遠慮を。大切なのは昔じゃなくて今でしょう? 名前をつけた親は南さんを施設に預けて失踪中とのことで。それが中学一年の出来事で、転校を機にイジメがひどくなった感じです」

 会計は書類を差し出し、僕は目を通した。

「後は新井先生に確認してもらって終わりですね。勝負します?」

「いや、いい」

 昨日の借りを返すつもりかもしれない。

「前田さん」

 僕はドアの前で立ち止まる。

「前田さんは、タイムマシンがいつか開発されると思いますか」

 僕が振り返ると、一瞬神妙な顔を見せた後、いつもの調子で薄く笑った。突然何を言いだすんだろう。

「お前はどう思うんだ」

「それは後で。まず前田さんの意見を聞きたいんです。真面目な質問ですよ」

 なんだか試されているような気がして、仕方なく僕の言葉を探した。

「分からない」

 会計は笑った表情のまま、数瞬固まった。

「お前が僕から何を聞きたいのかは知らないけど。あったら面白いとは思うし、あったら大変だとも思う。現実的じゃないとも思う。でも真面目な質問に対して、ここでイエスノーの結論を出すことはしたくない。肯定するにしても否定するにしても、その相手を知って、反対の可能性を自分の頭で考えた後でないとダメだ、と思う」

 僕は理論物理学を知らない。タイムマシンを開発できるかどうかなんて分からない。

 これは僕がたまに理屈っぽく考える中の一つだが。

 肯定しても否定してもいい。でもその頭の中から、反対意見の可能性を全て放棄するのがダメだと思う。自分で考えるというのは、自分の意見ではなく自分と異なる意見を考えることだ。自分の意見を正しいと考え続けることに意味なんてない。自分に敵対する意見なんて聞きたくないから、人間は自分の正当性だけを決めつける。

 云々、適度にまとめて話した。

 会計は思ったより生き生きとした顔で、少し身を乗り出してきた。

「さすが前田さん、捻くれてますね。でも少し理想が高くないですか? 何から何まで自分で考えるなんて不可能だし、何も考えずに『批判する世間』ってのも大事だとは思いますよ。野党的な」

「確かにな。全員が捻くれたら面倒かもしれない。よく知らないうちに否定して目を向けなくなって、つまり思考停止することじゃないか。自分の考え方を盲信するっていうか」

「必須ではなく必要ですね。ただのその他大勢にならないためには」

 僕は曖昧に頷いた。

「『未来人が現代に来てないってことはタイムマシン開発はありえない』とか言っちゃう人を見てたらムカつくんで、必須であってほしいですけどね」

「まあな、その論も的はずれだし」

 仮にタイムマシンが開発されて現代に来ても、普通に考えてその存在を全世界に知れ渡らせるなんてことしないだろう。トップクラスの国家機密だ。タイムマシン開発は大規模だろうし、公的組織に管理されていると考えるのが妥当だ。

 ある意味で、個人レベルで開発されることがないということなら言えなくもないかもしれない。あくまで可能性が低くなる程度だが。

 全世界に科学の最先端の情報が知れ渡っていると考えることもどうかと思う。情報開示が科学者には大切だとはいっても、重要な情報は隠されている可能性も十分あるように思える。だからもうすでにタイムマシンが開発されている可能性も、低いだろうがゼロではない。

「僕はそんな感じの、例えばタイムマシンとか宇宙人とかUMAとか、芸能人の離婚騒動とか汚職事件とか、最近で言うと憲法改正とか築地移転とか。メディアみたいな大勢の意見に流されてあーだこーだ文句言う人間が本当に嫌いなんだ。最近そんなテレビ番組が多い。例えば前の有名人のセクハラ騒動だって、僕は全然詳しく知らないけど、本当にその人が全面的に悪かったのか? メディアに完全に流されて叩きまくって、思考放棄してるんだよ。万が一の可能性を、自分で考えることをしない」

 歩きタバコとかパチンコとか、明らかに害悪だと思うものの中にこそ、その立場になって考えることで得るものがあると思う。自分と異なるものには多くの可能性がある。僕らを遮っているのは異なるものへの拒絶感と嫌悪感だ。

「つまり、罪なのは知らないことではなく、知らずに決めつけて思考停止することなんですかね」

「罪ではないかな、つまらないだけ。何も知らないやつのセリフは一般論だ。一般論を言うのはいいとしても、そこで決めつけるとそいつはつまらないし、何も変えられない。何も変えたくないのは日本人の性格だけどな」

 変わりたくないから多数派の正論を盾にとって少数派の真実を逸らすこともある。確かに自分と違う意見って聞くこと自体が気が進まないから。普通わざわざ自分を侵そうとすることなんて聞きたくない。憲法改正それ自体がまるで悪いことみたいに言われるのは、現状維持したいからだろう。

「それを言うなら変えたくないのが日本人の性格、っていうのもそこそこ決めつけの一般論ですがね」

 さすがと言うべきか、その通りで苦笑した。僕は楽しそうな会計を見て元の質問を思い出す。

「で、お前の答えはどうなんだ?」

「なんの話でしたっけ」

「おい」

 冗談ですよとへらへらする。本当に僕は、こいつのことはよく分からない。

「俺の答えは、イエスです。タイムマシン? 未来人? 馬鹿馬鹿しい」

 大袈裟に手を横に振ると、

「でも、面白い」

 そう言って立ち上がった。

「この世界で最も強い力の一つって『興味』だと思うんですよ。それは持続力や追求力、探究心やこだわり、小さな希望への活力や原動力になる。人間は好きになったものに、利益がなくとも自分の身を削ってまで捧げたくなる」

「お前はタイムマシンが好きなのか?」

「SFファンとしては外せないネタですね」

会計がSFファンだってことが初耳だが。興味深いことに、会計の目には単純な好奇心が見え隠れしていた。

「だから俺は、前田さんの言葉を借りると、知りたくなったんです。自分の頭で考えたくなった。不可能なら不可能でいい。それを自分で納得したい」

 僕はしばらく、口を開けて黙っていた。

「だから俺は、大学で物理学科に進みます。将来決定として安直だと思いますか?」

 僕が笑うと、会計も笑った。これはウィットだ。僕は会計に、正解を返す。

「分からない。僕はお前を全然知らない」

「でしょうね」

「お前はタイムマシンを開発して、どうしたいんだ?」

「そうですね、それは開発して前田さんにドヤ顔した後に考えます」

 夢って見ている間が一番楽しいですからと、借り物のようなことを言った。

 お前はすごいやつだと、僕は言いたかった。僕はここまで饒舌だけれど、やりたいことなんて何もない。興味を持てるものが、何もない。

 僕が口を開く前に、もう一つと会計は言った。

「学校からイジメは無くせますか。……俺の答えは『分からない』」

 会計は意味ありげに笑った。

「僕は……」

 それは考えるまでもなかった。なぜなら僕は、今までにずっと考えてきたから。

 前の会話が枕詞にしては出来すぎだと思いながら、会計が底知れなく見えた。

「僕の答えは、ノーだ。集団があれば格差は必ず生まれる。これは人間の本質だからどうしようもない。学校は無くす手段ではなく、はっきり表面化させない手段を考えるべきだ」

「その手段こそが、見せしめですか。悪くないですね、良い口実です」

 口実。その通りだ。振り返り歩き出した。

「前田さん、俺は今から的外れなことを言います。でもこのことを覚えておいてください」

会計はどこか客観的に、そして自傷的に言った。

「あなたはイジメ問題を分かってる。多分いろんな事例を見て経験して、その言葉も正しいんだと思う。でもそれは表面だけだ」

 会計は怒っている風でもバカにしている風でもない。それは評論文を朗読しているようだった。

「あなたの『レベル』は九十九だ。その手段は端的で効果的で、将来ラスボスも倒せると思います。俺みたいなやつよりよっぽど必要とされるし、人から褒められるし認められる。でも誰もが誰も勇者の剣を持ってるわけじゃない。仕方ないことなのかもしれないけれど、あなたは少年期のボスの弱点を知らない。知る必要がなかった。『止まっている』。優秀な勇者にはなれても、先生にはなれない。あなたはイジメ問題をナメている」

 生徒会室を出る。

 僕はそれが許せなくて、走り回った。その時の自分が、今の僕を作った。

 会計の言葉は的外れだった。僕は第一人者にはならない。なるつもりもなかった。だがそれでは、僕は何になるつもりなのだろうか。

 イジメ。

 進学校であるこの高校ではイジメなんて問題とは無縁だった。僕は久しぶりにその現場を目にして、過去の事件を、過去の自分を思い出していた。



 小学四年の春。僕は初めて人と殴り合いの喧嘩をした。子供らしいただの怒りから、当時姉をいじめていた歳上の男子を本気で殴った。頭のよく、気の強い姉は当時から敵が多く、ある日とうとう僕は黙って見ていることが出来なくなったのだ。

 普段は格好つけてなかなか笑わなかった姉が、初めて僕を褒めた。

「やるじゃん、スカッとした!」

 なんだか持てる以上の力が湧き上がってくるようだった。そしてそれから、僕は正義という大義名分の下、悪を殲滅していった。ひたすらにそれが快感だった。

 その僕という少年は、いつしか『悪魔』と陰で呼ばれるようになった。中学校に上がっても僕は正義で遊び続け、中学二年の秋、ある事件が起こった。


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