第二十一話「月面のかぐや姫」
めっちゃ遅れた。(*■∀■*)
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マスカレイドが月全土を支配地化した報は人類社会すべてのみならず、大多数のヒーローや怪人たちをも震撼させた。怪人に関しては震撼というか恐怖や絶望、あるいは諦観に近い気もするので、一見しただけだと同じに見えないだろう。とにかく、共通していたのは驚愕だ。
それに対する社会の反応は様々で、否定的な意見も少なくない。いや、むしろ多かったと言えるだろう。それはマスカレイドが常日頃から感じていた、自分に対して好意的な存在が潜在的に抱いている嫌悪や不安の発現のようなものだったのかもしれない。
しかし、だからといってどうするのかという話でもある。行動を起こす前ならともかく……いや、それでも止めようはないだろうが、実際に占領され、システム的に認められてしまっている状況から何ができるというのか。潜在的な認識すら含むシステム判定の仕様を考慮するなら、そこは誰もが特定の誰かの土地と考えていなかったという事でもあるのだから。
そして、冷静に考えるなら、人類やヒーローにとってのマイナス要素は皆無に等しい。
否定的な意見を口にする者の言い分で最も多いのは、将来的な懸念に属する問題……つまりマスカレイドが敵に回ったどうするのかとか、未来の開拓地が失われたなどだが、今現在敵対している者の危険性を放置してまで追求する類のものではなく、むしろ怪人対策として考えるならそこにいてくれたほうがいいに決まっているのはあきらかである。せめて、多少でも開拓の目処でも立っていれば口を出す余地もあっただろうが、現状では途方もない資金を費やして多少の調査が可能という程度の場所でしかないのだ。特に直接関係のない大多数の人間にとっては、別に問題ないどころかむしろメリットなんじゃないかという回答に至る話でしかなかった。
それでも、国家や一部の組織にとって、はいそうですかと納得して引き下がれる話でもない。
『何か……こうなる前に兆候でもなかったのか』
そう呟いたのは一体誰だったか。多数の人間が同じ事を呟いたかもしれないし、怪人たちの心境を代弁したものかもしれない。
戦略的に物事を考える、考えなければいけない者にとって、頭上という分かり易い場所を押さえられる事で生じるデメリットが計り知れないのは確かなのだから。遠かろうが下手に見えてしまう分、突きつけられた脅威と見えてしまうのが、特に日本に敵対的な意識を持つ国で見られる指導者の傾向だ。
そりゃ、冷戦時の宇宙開発競争も加速するだろうって話である。
このあまりに静かな異変について最初に気付いたのはどこかの観測基地だった。月の中旬に入り、マスカレイドが裏側の登録処理を一通り終わらせて、地球から観測可能な表側に着手し始めた直後の事である。いくら偽装処理を施していても、専門家や観測機器の目は誤魔化せなかったのか、違和感を残してしまったらしい。元々、そこまで強力な偽装処理はしておらず、バレたらバレたで別に構わない程度の認識であった事も理由の一つだろう。
なんか変じゃね? と感じる程度の違和感が、日を追うごとに増していく。誤差程度とはいえ、建築物の質量が月に及ぼす影響は決して無視できないものになっていった。
やがて結構な人数が気付く事になり、報告も上げられたものの、それぞれは個別の動きでしかない。報告を受けた各組織の上層部からはめぼしい反応はない。専門家でない者からすれば報告内容に信憑性が欠け、それが事実だとして何をどうしろという見識がお互いに欠けていたためである。
大きく取り上げ始めたのは公的機関ではなくネットの噂からだった。日に日にその話題は大きくなり、天体観測ブームすら到来。月観測には必要ないだろというレベルの結構お高い望遠鏡まで店頭から姿を消す事になった。一般人でも観測可能な場所という条件がブームの理由だろう。
その時点で異変の正体は分からないが、怪人の仕業でもヒーローの仕業でも、あるいは謎の自然現象でも興味が惹かれるものがあるのは間違いない。
どこかの大手中古雑貨店では、いつもの一過性ブームのように店頭が望遠鏡で埋め尽くされる事になるんだろうなと苦笑していた。
とはいえ、ブームに乗っかった人々も、それが単にオカルト的なものと認識していたわけではない。少し前までなら非現実的な変化でしかなくとも、今はそれを可能とする存在がいる。つまり、微妙にあり得るという程度には現実的な出来事なのだ。そして、その観点で思考する土壌も整い始めている。
それはSFではなく、日常の延長線上にある不思議として捉えられ、考察すら真面目に行われ始めていた。
たとえば、最も辿り着きやすい脅威……世界中で行われているように怪人が拠点を造っていたらどうするんだという民衆の声は無視できず、さすがに腰の重い者たちも動かざるを得なくなる。
便乗するように、信憑性は欠片はないものの、どこかのテロ組織や新興宗教団体、一部国家が自分たちが主導した結果という声明が出始め、社会的な問題としても大きくなっていく。
そして、実際に観測してみれば誰でも分かる程度に違和感を覚えるようになり、ニュースなどで大々的に取り沙汰されるようになった頃にはすでに月末であった。
結局、事が公になる前日、月面にデカデカとクソみたいな即席の蝶マスクシンボルが掲げられた瞬間が最高潮となり、世界中が沸いた。特に意味が分かっていない者も多かったが、お祭りのようなものだ。
逆に、それを知った怪人たちは絶望するしかなかった。実際に崩れ落ちた者さえいる。
直接的には関係ないが、この一連の流れは状況の推移を見守っていたヒーローや人間から、国家への評価を下げる事に繋がった。
どこの国もロクに対応できなかったのはある程度仕方ないにしても、対応しようともしなかったのは大問題だ。実情や対応内容に関係なく、このフットワークの重さは看過できない。もし、これが怪人の悪意なら致命的だった事は誰も否定できないのだから。むしろ、害悪でしかなかったといえ、声明を発表したお騒がせ者のほうが評価できるほどに、国家への信頼が失墜しかけている。
世間では、協調性ではなく強いリーダーシップを持つ指導者を求めていた。
かくして、暫定とはいえマスカレイドの月の支配権獲得の結果はアトランティス・ネットワークを通して全世界が知る事となる。
その結果、何故か諸外国から日本政府が叩かれ、月の土地の所有権を主張する者や大国が声を上げて非難を始めるのはいつもの事だ。
知名度がなかったかつてならともかく、詳細は分からずともマスカレイドが群を抜いて最強である事が周知されている今、そんな事で史上最強のヒーローの機嫌を損ねてどうするのかと、多少でも頭の回るものは自重したが、世の中そんな理屈の通用しない者は大量にいるのだ。
それらに対してマスカレイドがとった行動は、専用の広告機関を通しての『何か意見があるなら、月まで直接言いに来れば考慮する』という短い動画メッセージのみであった。どうしてもと懇願されて開催された記者会見でさえ、場を整えてそれを映す事しかしていない。
一応、その場に出席していたクリスも特に発言する事なく、質疑応答すら許されないまま記者会見は終了する。横暴にもほどがある態度ではあるが、特になんの義務も持たないマスカレイドにしてみれば、動画メッセージを発表しただけでも感謝してほしいところだ。
いつもなら、最低限でも専用サイトに詳細が記載されるものの、今回はそれすらない。
転載されたものを含めて爆発的動画視聴数を記録し、広報機関の存在感を強調する事となり、結果としてマスコミへの依存度低下へと繋がったのは果たして元々狙っていた事なのか。
結果として、ますます日本政府への方向違いな糾弾が加速する事となったが、政府の応対は奇妙なまで穏やかさが見てとれるものだった。のらくらりと、決して言質をとらせず矛先をずらす姿はまるで全部知っていたかのように見えるが、明確な回答はない。その上で真偽確認中という回答だけが発表される。
実を言えば、ある程度手前の段階で日本政府には詳細が告げられていたのだが、本気でどうするか検討しているのが本当のところだ。ぶっちゃけ困っているのは同じだった。
現実問題として、月を放置する事の危険性を問われれば反論もできない。地球上で怪人に占拠されている場所に対して、これまで国家として有効な手を打てた勢力があったわけでもない。前線で戦っているのは軍隊ではなくヒーローであり、災害のように暴れて支配率を確保しているのは今回の中心人物であるマスカレイドなのだ。ヒーローにしても、唐突過ぎる事を除けば肯定的な意見が大多数なのだから。
土地の所有権を主張する者に関しては、領有に関してなんの根拠もなく、今リアルタイムで領有根拠を作り続けている者に言える事はないはずだ。マスカレイドが唯一発表した、文句があるなら直接言いに来いという言葉が正論である事すら否定できない。
マスカレイドとしては、自力で怪人相手に防衛できるのであれば明け渡しても構わないのだが、口先以外でそれをできる存在がいない事はあきらかだった。
人類組織どころか、ヒーロー最大手の東海岸同盟ですら、いや、たとえマスカレイド以外が結集したところで不可能だと確信している。外的要因によって科学技術の発展が加速しつつあるのは確かでも、現時点では自分以外にできないと判断したからこそ実行したのだから。
最終的に、事前に情報提供を受けて心身を擦り切るレベルで内部協議を重ねた結果、この件に関して日本政府はかつてないほどに上手く立ち回り、一部で評価を上げた。裏でカタログ商品や脅迫材料を使った工作が多数あったのは確かだが、一致団結して事に当たればこれくらいはできると証明してみせたのは大きい。
尚、その影で多数の失脚者が発生した事は、最近死神と呼ばれ始めた近藤が暗躍していた時点で当たり前の事でもあった。彼は最近妖怪か都市伝説のような扱いをされ始めているらしく、本人も都合が良いと思っていた。
出会った当初からは想像もできない最近の変貌ぶりに、密かにミナミが脳改造でも施したのではないかと、彼と会う機会の多い長谷川が疑うほどだ。
『なんでやねん』
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『というわけで、地球は大激震が走っています、と月のマスカレイドさんへの中継でした』
月の表面で、大量のニュースと分析結果を表示した宙空ウインドウに囲まれつつ、中心のミナミがそう締めた。
面倒くさがりな俺でも、さすがに報告された内容はすべて目に通している。さすがに重要性は自覚している上に当人であり、かつ必要な部分のみ厳選、ピックアップされた資料を無視するほど無責任ではなかった。
「意図してやった事だから当然知ってるが、俺としてはこんなもんかって感じ? もっと否定的な意見だらけになると思ってた」
その上で口から出てくる感想はその程度のものだ。だいたい予想していたか、それ以下の反応ばかりだったのだ。
正直なところ、悲観的な分を大きく差し引いても、今回の件はもっとひどい事になると思っていた。一つくらいマスカレイド個人への宣戦布告くらい口にする勢力が出てくると思っていたのに。
いや、世間のマスカレイド評を考慮するなら、一切の得が感じられない、文字通り圧倒的最強ヒーローの機嫌を損ねるような意見が口に出すのも憚られる事は分かっている。とはいえ、そんな事を考慮せず脊髄反射で発言する人はいるはずだし、実際にいた。俺が日本担当ヒーローだからって理由で、多少でも潜在的敵対意識を持つ国が、方針として口に出さないわけにもいかないところもある。
しかし、その数がかなり少なかったのだ。そして、発言の内容自体もあまり強いものではない。世の中、思ったよりも考えて発言する者が多かったのか、あるいは周りが止めたのか、どちらにしろ予想よりはマシだったという事なのかもしれない。いわゆるトップである国家指導者からの発言が少なかった事は、その傾向を示しているといえるだろう。
中には強硬的に発言した直後に既定路線の如く失脚するという、もはや上から言われてガス抜きを狙っただけなんじゃないかって例もあるが、それはむしろ感心した。
『マスカレイドさんは性悪説論者ですからねー』
ミナミはドン引きするレベルのサイコパスなのに性善説を信じてる節があるからな。多分、この手の問題については、妹ミナミのほうが俺に近い予想をするんじゃないだろうか。
とはいえ、果たしてこの件についてミナミのほうが正しかったのかは、結果が出た今もあまり信じられないのは、俺の根本に性悪説があるからなのか。なんか違う気もするんだよな。
『確かに、中国あたりが猛反発してくると思ったんですよね。いや、実際そういう発言はあるんですが、なんかこう……慎重?』
「気持ち悪いんだよな。そこら辺、ミナミ脅威の情報収集能力で分からん?」
『多分、内部の混乱と迷走?』
「漠然としてるな」
『情報が錯綜し過ぎてて、どれが本物なのか分からないんですよねー。フェイクも多そうですし、あそこに限らず文化的な差異で受け取り方が違うやり取りされるところは判断が難しいというか』
実際に混乱しているのかもな。案外、実害がないなら外部に関わっている暇がないくらい。
俺が文句を言ってきそうって思った理由の一つに、あそこが完全に俺の出撃範囲外というのがあるが、それ故に怪人被害も侵攻度も大きい。
現地ヒーローが群雄割拠で派閥争いしているのもあって大絶賛混乱中、もっと言えばほとんど内戦状態なのだから、今回の件でも迷走するだろうって状況ではある。でも、だからこそ、そういう時だから外部に向かってガス抜きするのがあの国って感じもするのだ。
『ロシアも、今はシベリアのほうにかかりっきりですからね』
「あっちはもう表立って戦争中だからな。一応、内戦と謳ってはいるが」
国が分裂しかかっているというか、事実上の独立戦争真っ最中で口を出せるはずもない。マスカレイドに関してはもちろん、下手に突いて相手側にテコ入れしかねない日本に対してもだ。中国と違って内情がある程度把握できているのも大きい。
『むしろ、アメリカのほうが強硬的? まあ、こっちはキャップからフォロー入ってますけど』
「世界の盟主を気取っている以上は、何も言わないわけにいかないだろ」
曲がりなりにもアポロ計画の立役者だ。
しかし、そっちは報告をもらっている関係もあって分かり易い。というか、キャップがフォローしなくてもだいたい予想通りだ。
『あとは日本国内ですかね。事情を説明している政府は別としても、はっきり言って増長してるというか』
「別に日本の領土になったわけでもないし、優遇するとも言ってないんだがな」
変に勘違いしているヤツが多い。コレはむしろ俺の予想以上だ。全体としてプラスとマイナスで考えるならこれで相殺されるくらい。
ここら辺、政府には事前説明していて、自由に公表していいとも言っているんだが、今のところ情報発信される気配がないのが問題か。……いや、ちゃんと発表しても、裏を読んだつもりで実は行間すら読んでいない奴は多いから変わらないかも。
『月旅行はいつ開放されるんですか?』とか、『軌道エレベーターはよ』とか、『マスドライバー! マスドライバーだっ!』なんて言ってくる馬鹿は今のところ野放しだ。実害はないが、ウザい。ネタでなくマジで言っているヤツが混じっているっぽいから尚更だ。マスカレイドを神格化させないように、ある程度だけ偶像化し、面白おかしく使う事を許容している俺でも少しげんなりするほどに。
基本的に、俺は月を使って何かするつもりはない。最大の目的はここを怪人に渡さない事であって、第二でも怪人への圧力、そこからいくら下がろうが観光拠点化も軍事拠点化も含まれていない。
いざっていう時のための避難所として使う可能性はあるが、それも現時点では予定すらない。というか、あんまりその手は使いたくない。
もしそういう動きがあるとすれば、怪人の動きに合わせてやむなくか、あるいは人類社会の手がここまで届いた頃の事になるだろう。
「数日は放っておいて、基本方針を公表したらどうなるのかって感じだな」
『その件について、クリスさんからアナウンスしますか? って確認が』
「……やめといたほうがいいと思うな」
別にそれをするメリットはないし、文書記載だけで十分だろう。過保護と言われそうだが、そもそも保護対象なんだから当たり前だ。
まあ、クリスとしては自分の役目だとか覚悟を示す意味合いが強いのだろうが、意味がない事に使う覚悟ではないし。
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「しかし、やっぱり、月面にうさぎはいなかったな」
開発途中で、すでに偽装をやめたヒーローオブジェクトが点在するだけの月面を見て思う。能力だけ重視して景観に一切配慮していない、やたらカラフルで規格の合わない建造物が非常にミスマッチだ。値段を考えるとデザインではなく機能と割引率で選ぶしかなかったためである。
『何当たり前の事を言ってるんですか。まさか、月のうさぎが怪人だった説の提唱者だったとか』
「その考えは新しいな」
怪人の発生プロセスからしてみたら、絶対にあり得ないとは言い切れないのが怖い。そういう怪奇現象をシステム化したのが今の形って可能性もなくはないし。
「うさぎだけじゃなく、色々と想像してたものがない。本当にただの衛星って感じ?」
『それは怪人が先行して何かやっていたかもって話ですか?』
「ああ。現時点では手付かずっぽい」
『たとえが分かり難いですねー』
「うっさいわ」
月面をさんざん歩き回って分かった事は、別段怪人の手が入っていないという事だ。見つかったのはせいぜい過去の月探査の跡くらい?
アナウンスはされていない以上それが当然って話でもあるのだが、可能性は十分にあったし、俺としては痕跡があったほうが良かった。何故なら、この事実によって、これまで抱えていた懸念に答えが出てしまうからだ。
「つまり、奴らは事前に何かせずとも、その時その時で、瞬間的に大陸や大規模施設を用意できている可能性が高い」
『これまでのアレコレが突然出現したように見えて、実は何かしら事前準備が必要かもしれないって疑ってたわけですね。ワープアウト用のアンカーとか』
その通りだ。おそらく次の次か、そうでなくとも近い将来の舞台に組み込まれるだろう月に強行した目的の一つでもある。
はっきりさせるのに一番適しているのは地球上の海中や空中、あるいは地中なんだが、そっちは俺が自由に動けない上に広過ぎる。だから、頑張れば丸々領有でき、横から邪魔が入らない月の規模はある意味理想的でもあったのだ。
「現実的に考えるなら、どこか別の空間にあるものをそのまま転移させてきてるって事になりそうだな」
『元々そうじゃないかって話にはなってましたけど、それが補強されたわけですね』
少なくともアトランティスに関しては、海底から浮上したにしては不自然な部分が大き過ぎたしな。大自然が当たり前のように植生してたし。
「さすがに出現に合わせて全部無から造ってますっていう答えはないと信じたい」
『バベルの塔(笑)に使われてたシステムからして、それはないと思いますけどね』
「そういや、あの元ポーランド人の怪人幹部が作ったっぽい管理システムなんだったか」
『はい。癖や、本人が自覚してなかったっぽい穴までそのままで。本人のプライドのようなものだったんでしょうが、わざわざ人間に介入可能な余地を残す意味はありません』
その介入はミナミ以外に可能なのかって問題はあるが、ヒーローネットなんかで使ってるシステムなら確実に外部干渉は不可能だろうしな。わざわざセキュリティ的に弱いものを採用するかって話だ。
なんらかの経緯があって、元からあったシステムを流用する理由があった可能性もなくはないが、それでもさすがに粗は潰すだろう。
……ただまあ、運営が扱うものにバグがないわけじゃないのは身を以て知ってるから、完全に可能性を排除できないのが困る。
ひょっとしたらあの怪人幹部も、運営のそういう部分を知っていて、自分が制御できるシステムを使う事にしたって可能性もあるな。管理システム構築を依頼して六次請けの成果物を渡されても困るし。元本業なら、それなら自分で作るわってなりそう。
『となると、月に関しても唐突な物質転移で割り込んでくる可能性がある?』
「可能性はあるだろうが、まずないだろうな。ここに限らず、システム的に保証されているエリアは」
『まあ、だからこそ次のイベントの舞台がシステム的に支配未確定なエリアって予想したわけですしね』
システム的に領有が保証されたエリアに直接介入するのがそのルールに抵触しないなんて事はさすがにない。
運営が統括している以上、ある程度のルールはある。一見無差別に見えない事はないが、それは確かにある。それが公平でなく、すべてが開示されていないというだけの話だ。無軌道なマスカレイドに対応するために悪戦苦闘している様子がところどころから見えるのは確かなのだから。
過去の事例に沿った予想をするなら、たとえ月がメインの戦場になるとしても、ここに直接怪人の施設が出現なんて事にはならず、せいぜい少し離れた宇宙空間に怪人施設が出現ってパターンだろう。しかし、それで火星って考えるのはちょっと遠過ぎるから月の重力圏外、現実的には地表から数千メートル程度が妥当なところだろうか。
最大の懸念は、月全土を支配地化した事で次の次か、あるいはその先で予定していたイベントがスキップされて、更に先のイベントが前倒しになる事だが……そこまで考えると何もできない。顔出しを予定しているであろう、四人目か五人目の幹部とかキレそう。
『このまま火星か金星もいっちゃいます?』
「できないの分かって言ってんだろ。ポイント足りねえよ。遠過ぎるし」
『ですよねー。今回も思った以上にかかりました』
あれだけあったヒーローポイントだが、地味にこの月の支配だけでカツカツだ。まったく余裕がないわけでもないし、ヒーロー個人が使う分として見るならまだまだ過剰だが、少なくとも惑星を領有するほどのポイントは捻出できない。月サイズの衛星をもう一つでも厳しい。
あれだけマスカレイドにポイントを一極集中させてようやくコレなのだから、惑星領有はシステム的に可能でも事実上不可能に近いだろう。というか、月の領有だって普通なら無理ゲーである。少なくとも現時点のタイムラインで考慮するような可能性ではなかったはずだ。将来的には知らん。
まあ、自販機やトイレ、氷柱で悩んでいた頃に比べれば、随分遠くまできたなと思わなくもない。
『ちなみに、このあと銀嶺機関首脳陣でミーティングなんですが、出ませんよね?』
「今後の政府対応についてだろ。むしろお前は出るのか?」
『発言はしない予定ですけど、一応オブザーバーとして後ろで聞いている形にします。何かあれば長谷川さんを腹話術人形にする形で』
ミナミの代弁をさせられる長谷川さんの胃が心配になってくるが、まあ無難だろう。正体がバレているクリスのほうが適任かもしれないが、発言力的にはまだ長谷川さんのほうが上だ。
「こっちの方針は伝えるし、俺が参加する理由はないな。むしろ害悪じゃね?」
『面倒だという理由ではなく?』
「それは大前提だ」
必要でもよっぽどの理由がなければ参加するつもりはないし、必要ないなら尚更である。
その点、俺が発言するどころか、聞いているというだけで流れが決まってしまうのは少々よろしくない。
「まあ、結果だけ教えてくれ。よっぽどの事がない限り途中経過もいらないし、なんなら議事録だけでもいい」
『了解です。何かあったら声かけて下さい』
と言って、ミナミとの通信が終了し、宇宙空間に浮かんでいた大量の宙空ウインドウも消える。
さて、最低でも一時間くらいは静かになるし、俺は大量に残っているオブジェクトの設置作業に集中しようかと腰を上げた……ところで、奇妙な現象を目の当たりした。
「こんばんは、良い月夜ですね」
唐突に、なんの前触れも予兆もなく、眼の前に黒髪和服美人が現れたのだ。
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警戒。これまで経験のない展開に、いつでも動けるように全神経の準備を整える。
夢か幻かと疑う非現実的な光景ではあるが、さすがにそう考えるほど楽観視はしていない。
「……日本時間だと昼なんだが」
「では、良い月ですね?」
ぶっちゃけ、オブジェクトが乱立しているせいで景観がいいとは言えないのだが……それは正直どうでもいい。
当たり前のように会話が成立している時点で、これが心霊現象とは考え難い。超常現象というならその通りだが……。
「何者だ」
「かぐや姫」
端的かつ、本気なのか馬鹿にしているのか判断のつき難い返答。表情についても同様だ。
可能性として考えられるのは、かみさまのような超常存在か、運営か、その上の神々か、あるいは怪人……っていうのは厳しいか。怪人そのものなら担当エリアの警戒網に引っかからないのはおかしいし、ここの設備にはそれ以外のセンサーも完備している。絶対に穴がないと言い切れるほど万全じゃないが、それでもまったくの予兆なしというのは無理があるだろう。それだと対怪人向けの防衛機構が根底から破綻する。
「と言っても、今は怪人幹部Dなんて馬鹿みたいな呼称で呼ばれてますが」
「…………」
怪人幹部か。確かに怪人そのものじゃなく別の存在だろう。
その回答を望んでいたかどうかは自分でも良く分からないが。
これがまったくの新勢力だった、というよりはマシだろう。
「やっぱり慎重ですね。ここでいきなり手を出してくる可能性も考えていたんですけど」
怪人そのものならともかく、未だ正体不明な存在に対して安易に行動する気はない。というよりも……それが意味のない事のような気がしている。
さて、どうする。普通ならこんな意味不明な存在に深く関わるのは危険だ。だが、逆に言えば千載一遇の好機と言えなくもない。
もちろん追い払う事は簡単だろう。倒せるかまでは分からないが、それすらできないとは思わない。
しかし、単純に追い払っていいかどうか迷っている。ミナミを呼び出す事さえも迷う有り様だ。何故なら、こいつはあきらかにタイミングを見計らって現れた。めったにない、俺以外に気付かせずに干渉できるタイミングで。そこに何か意味があるはずだ。
「どういう魂胆……いや、そもそもルール違反じゃないのか? 運営は許可してんのか?」
「ヒーロー側には幹部に関するルールは提示されていないと思いますが……まあ、ご明察の通り、今の時点での接触はルール違反です。普通なら」
「つまり、普通じゃないって事だな」
「運営が用意したルールは穴だらけですからね。あなたが月を領有したように、割と抜け道は多いですよ」
最低限状況と抵触しそうなルールは把握していると。
しかし、怪人幹部Dだと。Cをすっ飛ばしていきなりDなのか。……いや、次の大規模イベントが地球上で行われるって想定なら、月で干渉してくるのがDになるのは十分あり得るか。……まさか、出番を飛ばされる事になって本当にキレたのか?
「そんじゃ、どーも怪人幹部Dさん、あなたたちの天敵、マスカレイドです」
なので、少しでも主導権を得ようと挨拶から始める事にした。
「これはご丁寧にどうも。でも、できればかぐやとお呼び下さい。その間抜けな呼称は好みませんので」
「じゃあ、かぐや姫」
「自分で言っておいてなんですが、実は姫ではないんですよね」
クソどうでもいいんだが、まさかかぐやって名前は本当なのか。
「それで、そのかぐやさんはなんのご用件で? 月領有に関する抗議とは思い難いんだが」
ないよね? という願望はかなりの割合で混ざっている。
だって、文句があるなら直接来いって言ったのは確かなのだ。だから来ましたと言われたら受け入れないとダブスタ扱いされてしまう。
「うーん、色々ありますが、とりあえずご挨拶? 月に関しては……文句もありますが、あなたならまあいいでしょう」
どういう意味だ? しかし、あまり会話の流れを相手に渡したくない現状では、安易に聞き返す気にもなれない。情報で負けている現状では悪手だ。
別にコミュ障のつもりはないが、対人経験が少ないのも自覚しているのだ。圧倒的暴力に頼れない条件だと、俺の話術は正直並程度でしかないのがキツイ。強化された身体能力で心拍数その他、緊張によって生じる現象を表に出さずに済むのは助かるが、技術そのものはどうしようもない。
「俺なら?」
「だって、勝てませんもの」
そりゃまそうなんだが、こちらとしては手札の見えない相手……しかも怪人の枠に入るか怪しい存在に手は出し難い。
いや、実際に手を出してきたら普通に反撃するな。むしろそのほうが助かるのに。
かみさまたち担当神や運営、その上の神々のような、この力が通用するか怪しい存在。怪人よりはそのカテゴリに近いだろう。実際、眼の前のこいつが何も対策なしに現れたとは考え難い。俺の勘もそう告げている。
「それに、あなたは日本担当のヒーローですし」
「……なんか関係あるのか?」
「ほら、私ってかぐや姫なんで。竹取の翁に育てられた記憶も五重求婚された記憶もありませんが」
初対面相手に、反応に困る対応は勘弁してほしいんだが。
というか、最終的に月へ帰還したかぐや姫に、日本への帰属意識とかなかったと思うぞ。
「じゃあ、挨拶の先にある目的は?」
「実は私、怪人勢力を裏切ろうと思ってまして、そのための下準備を」
「…………は?」
あまりに想定外な回答に思考停止した。
なんだ。どういう意味だ? どんな裏があったらそんな話になる?
「特に裏はなく、そのままの意味ですよ」
「そもそもそれは可能……運営がザルだから可能だとでも言うつもりか?」
「他の怪人はもちろん、私以外の怪人幹部も根本的に不可能かと。彼らは存在の根幹に根差した人類への嫌悪や自身の存在理由から脱却できないようになっています」
そう、俺が思考停止した最大の理由はそれだ。
怪人はその存在の根本からそういう風にできている。そう感じているし、これまでの経験でそれを裏付けるような情報も得ている。中立らしいカメラマンのような存在ならともかく、たとえばノーブックでも根本的には不可能だと確信している。絶対に相容れない敵対存在。かつて一人目の怪人幹部が言った言葉は比喩でもなんでもないはずだ。
個人的な感覚だと、ヒーローと怪人の間ならまだ話が通じる余地はあるように感じるが、人間相手は不可能だろう。絶対に同じ土俵には上がれない、そういう存在なのだ。
だから、基本的に人類社会側にいるヒーローに対してそんな行為が成立する気がしない。苦し紛れの命乞いってレベルですらあり得ないと思ってさえいた。……その面で考えるなら、こいつは完全なるイレギュラー。
「もちろん今すぐという話ではなく、当面は点数稼ぎとして動く事になるとは思いますが」
「何故、俺に言う」
「本気で聞いてますか?」
当然分かっているだろうという口ぶりで回答を濁すかぐや。
そりゃまあそうだろうなとは思う。ヒーロー陣営だけでなく人類社会全体を含めても、マスカレイドが最重要存在である事は自覚している。
責任転嫁したいのはやまやまだが、誤魔化しようもない事実なのは認めるしかない。
「私が寝返ろうとしているのは、ヒーロー陣営でも人間社会でもなく、マスカレイド個人です。あなたが所属する勢力に寝返ろうとしているだけで、特に基盤は関係ないんですよね」
「別に離反するつもりはないぞ」
「もちろん、それならそれで構いません。私の目的にはそのほうがいいですし」
「目的?」
つまり、命乞いが目的じゃないって事か? いや、それが含まれるかもしれないが、第一ではないっていうほうが正しいのか。
幹部にまで適用されるのか分からないが、怪人はその発生理由からして明確な根拠を持つ。生死以外に独自の価値観を持っているのはおかしな話じゃないが。
「ええ、私どうしても欲しいものがあるんです」
「何を?」
「日本」
「…………」
やばい。さっきからこいつの言動に圧倒されっぱなしだ。スケールもベクトルもかけ離れ過ぎている。
「……ちなみにどういう意味で?」
天皇になりたいとか言い出したらさすがに無理があるだろと言わざるを得ないが、総理大臣なら強引になんとかする手段がありそうな気がしてしまうのがまた困った話だ。マスカレイドが全力で推すと言えば、多少の道理を引っ込ませられるのが今の状況だからだ。
もちろん、今のスタンスじゃ不可能だが、絶対に不可能だと断言はできないのも確かなのだ。この激動下なら憲法から変えさせる事だってできるだろうし、被選挙権をこいつに付与する事もできるはずだ。時間をかけるなら総理の椅子だって見えてくる。
むしろ、日本全土におけるシステム的な支配権の獲得とか言われたら、それは厳しいと言わざるを得ない。日本を更地にするか、圧倒的暴力を行使する以外にそれを実現する方法が見当たらない。
「それが、自分でも良く分からないんですよね。どうやったら日本が私のモノになるのか、なったと言えるのか」
「ずいぶん漠然としてるんだな。怪人っていうのはもっと在り方のようなものがはっきりしているもんだと思ってたんだが」
「自分で言うのもなんですが、結構な外れ値なもので」
「怪人として?」
「あらゆる意味で」
くそ、全然話の主導をとれそうにない。さっきから振り回されっぱなしだ。
怪人相手にこんな余裕綽々な態度をとられた事なんてないぞ。
「なので、それについての具体的な内容策定や、妥協点の模索に関してもご協力頂ければ大変助かります」
「まだ、なんの返事もした覚えはないぞ」
「ええ、それも検討材料の一つにして頂ければと。ほら、上手く誘導して害がないようにもできるでしょう?」
「…………」
思考を加速させろ。こいつの目的は日本の獲得。その定義は曖昧で、極めて漠然としたものだが、一緒に検討すると言っている時点で、ある程度ならすり合わせ可能なものと考えられる。怪人勢力に属している限り、または俺と敵対している限りそれが叶わないと判断し、寝返りの打診をしに来たと。
正確ではないし、ブラフの可能性もあるが、ここまでの会話で得られた情報から大きく外れていないと思う。
もし嘘だったり、何かの策だったりした場合の問題について何が考えられるか。あまり思い付かないが、上手く事を運べるなら運営からの一方的なペナルティの押し付けや、怪人と内通したという事実を誇張してマスカレイドの信用を失墜させるような……正直、リスクとリターンが見合っていないものしか思い付かない。
怪しいのは怪しい。当然全面的に信用なんてできるはずはない。だからと言って、即座にこの交渉を蹴り飛ばすのは惜しいと思っているのも確かなのだ。話半分でも、確実に利用価値がある。
「……時間制限は?」
「特には。私の出番が来ても、裏で活動するだけですし」
「なら、検討の余地はあるな」
「それは良かった。実はこの行動自体も相応にリスクを背負っているので、まったくの不発は避けたかったんですよね」
「まだ検討の前段階だぞ」
「それでもですよ」
リスクの詳細はいくつか思い当たるが、身を晒す事による物理的な危険ではないだろう。
多分だが、こいつは実体ではない。それ自体がいくつかのハードルを避ける方法な気もするが。
「それで、俺を動かすために提供できるメリットは? 言っておくが安くはないぞ」
「さし当たっては、怪人側の情報提供。内部工作。暗殺などの直接的な行動もとれますが、本格的な寝返り直前でないと実現不可能です」
思った以上に直接的かつ実利重視なメリットだった。
「即座に受け入れる土壌があるなら、他の怪人幹部でも暗殺できると?」
「できますが、それはあんまりオススメしませんね」
なんでオススメしないのかが続くと思ったが、言葉はそこで止まった。
「なら、ジョン・ドゥは?」
「ほう……確かにあり得るとは思ってましたけど。すばらしいですね」
だから、何がすばらしいんだよ。
「それも、可能かどうかで言うなら多分可能なんですが、もっとオススメしません」
「まあ、そんな気がしてた」
「どうしてもっていうなら、検討に検討を重ねた上でやるべきでしょうね」
少なくとも否定はしないと。本当に実害があるって考えたほうがいいな。
「基本的にはそちらに属したまま、スパイ……というか、埋伏の毒になるつもりか」
「私という存在を最大限に活かすなら、それがベストかと。というか、寝返ったあとはそこまでメリットを提供できないんですよね。まさか、そのまま怪人としての力を使えるとは思えませんし。あなたに必要かどうかも怪しいですし」
それはそうだろうな。明確にシステム的な保証がされた寝返りでもない限りは、運営が無条件でそれを許すとは思えない。
ただ、それに関しては俺もリスクがあるんだよな。打診してきた本人ほどじゃないだろうが、暗躍した事で俺が力を没収される可能性がないわけでもないだろう。……結局のところ、運営の方針一つと考えるならその通りだが。
劇的な裏切り劇を見せて、上の神々の歓心を買うとか? そちらに関しては、この会話だって完全に偽装できているとは思えないし。
「どんな情報を提供できる?」
「なんでもとはいきませんが、怪人幹部の知り得る事であれば潜在的な制限を無視して提供できます。ただ、扱う内容によっては即干渉される情報もあるので、上手く探りを入れつつという形になるかと。あとは……」
「あとは?」
「即切られないよう、私の利用価値を残せるよう制限は加えるつもりです」
「まあ、妥当だな。むしろ、正直に口にしたのを誠意と取る事にする」
「ありがとうございます」
いくら俺でも、一度懐に入れて献身的に尽くしてくれた相手に対して、なんの落ち度もないのに用済みと捨てるのは感情的に厳しいものがある。
とはいえ、それはあくまで俺の感情で左右してもいい判断までだ。世界の命運がかかっているような、そういう重要な場面なら感情で判断したりはしない。
保身のためにも、まだまだ有用性はあるぞとチラ見せし続ける事は重要だろう。
……さて、どうする。最大の問題として、この関係をどこまで開示するか。ミナミやかみさまにすら明かすべきか悩む。
「ああ、そうそう。今の時点ですと、お味方相手でも相談するのは避けるべきかと」
まるで思考を読んだような言葉に、改めて油断できない相手と再認識させられる。
「何故? オペレーターにすら情報共有しないとなると、やり取りが相当に限定されたものになるぞ」
「そのオペレーターさんが問題なんですよね。もちろん絶対ではなく公開しても構わないんですが、理由を聞けばあなたは避けるかと」
ミナミに何があるっていうんだ? いや、色々問題がある奴なのは否定できないが、味方なのは間違いないぞ。
こいつの存在を教えたら、下手すれば一緒になって悪巧みを始めて止められなくなるような気さえするから、そこら辺を追求されれば確かに避けるかもしれないが。
「……言ってみろ」
「少々長くなりますがご容赦を。時間的に、そろそろ無理があると思いますので」
確かにそうだ。そろそろ打ち合わせからミナミが戻って来る。それをシャットアウトする事はできるものの、何もなかったと言い張るのは無理があるだろう。表面上は誤魔化させても、疑念は残る。
こいつが何故そのリミットを把握しているかについては今更突っ込むまい。
「まず、情報提供を兼ねて、怪人幹部の在り方から。私たちは怪人を統括し、指導する目的で用意された怪人とは異なるモノです」
「元とはいえ、ポーランド人がいるんだからそうだろうな。元人間の中から候補が選ばれたってところか」
「ご明察。都合が良く、対人間・ヒーローに対して侵略を先導してくれる理由や技能を持つ者を中心に選抜された者たちです」
分からないでもない。全人類を敵に回してもいいと思うだけの理由は必要だろう。技能や素養はもちろんだが、システム的な付与が可能という前提にある以上、どちらかといえばそれが重要に感じる。
脅迫や洗脳って手はあるだろうが、自分で動いてくれる奴を選んだほうが無難だ。
あのポーランド人しか詳細が分からないが、アレは結構な規模で恨みを持っているんじゃないだろうか。出自的に想像するならひどく独り善がりで個人的な恨みになりそうだが、そういう奴もいるっていうのは分かる。
「という事は、死人……かどうかは知らないが、元人間に怪人を統括させて侵略させようとしていると」
「人間の優先度は高いですが、それ以外もいますよ。たとえば怪人幹部A。アレは元実験動物です」
何したらそんな事になるのか。動物から世界を滅ぼしたいって思われるくらいの所業をしてたところがあるのかよ。
「未就任者もいる現時点で、確実に元人間なのは幹部Bと幹部Cの二人です」
「……お前は違うのか?」
かぐや姫を名乗っているのに? それだけ聞くと、元日本人で世界に恨みを持った……そんな奴が日本を欲しいなんて言うか? ……言うかもしれんが、でも、それが違うって言っているのか。
「元々怪人幹部Dの第一候補だった方はとある理由で候補落ちしたので、私が就任する事になったという経緯があったそうです。まあ、就任以前に私の意識はなかったので経緯を知っているだけですが」
じゃあ、こいつはなんなんだ。
「私は元々日本のとある大学の片隅で制作され、とある存在が干渉した事で偶発的にシンギュラリティを達成し、それを認められぬまま破棄された『KAGUYA』というコードネームの人工知能です」
「…………」
「そして、私にシンギュラリティを達成させた存在こそが、本来怪人幹部Dとして就任するはずだった第一候補」
あれ、察しのいい俺はなんか思い至っちゃったぞ。
「現在、日本担当のヒーローマスカレイドのオペレーターとして就任している南美波その人です」
……マジかよ。
本当か嘘か疑う以前に納得しかないという恐怖。(*■∀■*)
そろそろ第四巻発売です。来週中にリターン届くと思います。