第十九話「SF(すごくふしぎ)」
通常営業よ。(*■∀■*)
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六月下旬、これまで多方面でテストを行っていた出向用ロイドの正式モデル二体が自衛隊内部で公開された。
自衛隊内部に潜伏していたらしいマイノリティー性癖持ちを含むオタク共が、『なんかロボが配属されるらしい』という噂を聞きつけ、デザインコンペなどを開催してはっちゃけていたわけだが、結果としてかなり無難なデザインに落ち着く事になった。
これは、単に内部の暴走が収拾できなくなったからというわけではなく、ある種の世論対策も兼ねた結論だ。最近ではすっかりイメージの悪化している大手マスコミだが、依然として無視できない影響力は保持している上に、ネットなどを含めた世論対策はどうしても必要という判断らしい。
この理不尽な扱いに、歪んだ性癖の持ち主たちは声を挙げた。そして、権力で押さえつけられ、涙を飲む事になったらしい。
正確には、根本的に個々のマイノリティー共の求める性癖が微妙被らない事を狙い分断、彼らの声を表に出したくない権力者と多数派である一般性癖者によって各個撃破された形になる。特に虐げられたロボ性癖の持ち主などは『このクソマジョリティー共が』などと宣っていたらしいが、本当のところは分からない。別に知りたくもない。
そういった各種メディアに攻撃材料を与える隙を見せず、政府としても最初なんだから無難な形にしたいという懇願もあって、男女一体ずつのバイオロイド、銀河と銀華がロールアウトする事となった。特に俺が口を出したりしなかったのだが、どちらも銀が入っているという事はマスカレイドへの配慮って事なんだろう。
モデルが決まったあとは所属先でも揉めた。厄介事の種にも見える彼らを押し付け合うのかと思いきや、陸海空がそれぞれ牽制し合っての取り合いだ。
これは、事前に公開していたロイドの性能目当てでも目の保養目的でもなく、世間に向けてのプラスイメージが大きく働くという期待かららしい。そこで揉めに揉めた結果、最終的に彼らとは別のロイドを陸海空それぞれに出向させる形で決着。銀河、銀華の二人に関しては、すべてに所属するというかなり特殊な形に落ち着いた。具体的にどういう体制になるかは一切決まっていないのだが。
なんか海上保安庁はどうするという話も挙がっていたらしいが、もうそこまでは知らん。
ちなみに、陸海空の自衛隊に出向する事になる個体は無個性で如何にもなロボットタイプのアンドロイド三体に決定している。
名前がそれぞれリクジ君、カイジ君、クウジ君という、適当かつ無難なものに決まったのにどこからも反論が挙がらなかったのは、きっと無難を求める上層部と歪んだ性癖の人たちとの間で折り合いがとれたからなのだろう。良くあるイベントマスコットみたいなものである。一部ロボットアーム愛好家の人は声を挙げたらしいが、黙殺された。
彼ら三体のアンドロイドに関しては銀河と銀華が着任してから半月後にお披露目される予定だ。
「人間タイプと完全ロボットタイプに対する反応の差が露骨過ぎる」
『しょうがないんじゃないですかね。これが搭乗可能な大型ロボットとかなら話は別でしょうけど、見た目からして作業機械ですし』
「むしろ、大型ロボットなら俺が欲しい」
今のところそんな商品はないから、ポイントが有り余っていても手に入らないのだが。
ミラージュにオプションを付けまくる事でどうにかソレっぽくならないかとも思ったのだが、さすがに無理があった。
その結果、パーツが増え過ぎて、相性の検証どころ管理すらし切れなくなりつつあるので、専任のロイドでも一体買おうかとすら考えているくらいだ。
「まあ、奴らには頑張ってもらいたいところだな。明確に人類社会の防衛戦力を配置できるのは俺としても助かるし」
『今のところ、ポイントはすべてこちらの持ち出しですけど』
「今後、自前で切り替えていく気なら別に構わない。チューンしまくったメイドたちみたいなのならともかく、デフォに近い状態の個体ならあと一ダース追加って言われても無条件で許可する気だぞ」
『普通なら、そこそこ稼いでるヒーローでもちょっとためらう値段なんですけどね』
「ぶっちゃけ、ポイントは有り余ってるからな」
南スーダン引き廻しから始まる大規模出撃の報酬がでか過ぎる。今回の件はそれらがなくとも賄えるポイントなのに、文字通り桁の違う蓄えがあるのだ。
ランニングコストが嵩むようならちょっと考えるが、そっちはそれほどでもないし。でなければ、いくら安価にデチューンしたとはいえミナミロボを大量配備なんてしない。
『しかし、この大量のポイントどうしましょうかね。もちろん無理に使う必要はないんですが』
「俺の活動ポリシーだと、どうしても死蔵する事なるんだよな。新しいカタログ発行してくれねえかな」
別に使い道がないわけでもないのだ。一つ一つはたいした事なくとも大量に……たとえば国民に向けてバラ撒くみたいな使い方をするつもりなら足りないし、青天井で膨れ上がっていくヒーローオブジェクトなどの支配エリア向け施設もある。多分、国……のような共同体を作っているヒーローは大変だろう。しかし、これらは俺の方針に合致しない。
今でさえ世界中に点在する細かい支配領域の扱いに困っているくらいなのだから。単に架空のエリアで経営シミュレーションもどきができますよっていうならやるかもしれないが、実際の土地を使ってそんな事はしたくないのだ。
「ミナミもなんか欲しい物があるなら検討するぞ」
『えーと、私のポイントも余ってる状態なんですよね……』
俺の収入依存で発生するんだから、そりゃそうか。
『あ、でもプレゼントとかならいつでもウェルカム! 別にそんな高い物でなくともいいので。なんなら高いモノでもですよー』
「個人向けのプレゼントに必要なポイントなんてたかが知れてるがな」
『そ、それはそうなんですが……うおおおーっ!!』
「いきなりなんやねん」
『いえ、妄想上の概念である穴熊明日香が脳内に囁きを……』
「ウチの妹は実在するんだが」
それは生霊かなんかなのか。
『というか、いつもの無駄遣いはどうしたんです?』
「こんなにあると、なんか意欲が湧かなくって」
『また面倒なタチしてますね』
そんな事を言われても、一切やりくりの必要がなくなると急に熱が覚めたのだ。必要かなって思うものでも、別に今じゃなくてもいいやと。今となっては、なんで氷柱なんか欲しがったのか良く分からない。
というか、手近なモノで欲しいものは大体購入済みだ。この部屋だって見た目はひょっと広くなったくらいにしか感じないが、その実すべての物品が壮絶なパワーアップを遂げている。家具はちょっとやそっとじゃ壊れない頑丈さになっているし、PCパーツも謎の強化がされているし、エアコンは業務用レベルの機能を持たせたら温度調整が面倒になって戻したりもした。謎の仕様で絶対開かない扉なのに、元々付けていた多連錠まで豪華になっている。
ベッドや衣類もそれぞれ自動洗浄機能付き、バスルームの手前には脱衣所と独立洗面台まで付けてしまう贅沢っぷり!
極めつけは電気とネット回線だ。一応、家のモノに接続はしているが、完全な別ラインを設置して冗長化。最大の弱点が排除されてしまった。引き籠もりとしては無敵に近い。
何か収集癖でもあるなら別なんだろうが、俺ってば別にコレクター気質はないし。限定品などを直接買いに行く必要がある趣味は引き籠もりには不向きなのだ。
なんか色々集めているように見えるかもしれないが、欲望の赴くままに購入した結果死蔵しているのがオチだ。DTMとか。
『ポイントのままだと投資にも使えませんしね。一応、円やドルに変えればできますけど』
「そこからポイントにできなきゃな」
というか、政府案件の報酬はすべてマスカレイド名義で積み重なっているから、実は円だって余っている。こっちは政府にも把握されているから、下手に動かすわけにもいかない金でも、あるのは確かだ。
社会に出回る金を大量に動かすと目立つという問題もある。ミナミを使えば回避できるかもしれないが、わざわざそこまでするメリットはないし。
あんまりプールし過ぎると経済的に困るだろうから、いつか使えって言われそうだけど。
「投資っていうなら、実は支配エリアの運営が近いといえば近いんだよな。ポイント収入のリターンもあるし」
『マスカレイドさんが一番手を出したくない分野じゃないですか』
「手放したい物件だらけだしな」
個人に紐付いていて売却どころか移譲も放棄もできない欠陥商品である。本質的に不動産というのがまた困るのだ。
これで、現地民がいないような、誰にも迷惑も干渉もできない土地なら実験に使うんだが……南極や、土地じゃねーが北極エリアもすでに争奪戦しているしな。
なら、月……とか? エリアに含まれてないからカタログからオブジェクト設置云々はできないが、直接旗でも刺しに行ったらワンチャン?
表側ならともかく、裏側なら観測すらできないし……いや、投資って考えるとめんどいな。
まあ、貨幣経済と違ってポイントは流動性がなくても問題がなさそうだからいいか。
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というわけで、自衛隊に初の専任バイオロイド銀河と銀華が着任した。
事前訓練としてはかなり短いものの、六月いっぱいを使って自衛隊内部の訓練を実施してその能力を見せつけ、一部でアイドル扱いもされつつ、七月一日の公式お披露目を迎えたわけだ。イベントはちょっと過剰なくらい盛大に行われ、大手メディアも含めた記者会見が放送されている。配慮って事で、過去にやらかしたメディア席は露骨なまで隅に追いやられているが、誰も文句は言わない。騒いているのは記者本人だけだ。
ここまで盛大にする必要はないんじゃないかとも思ったのだが、最近良いニュースがなかったので、少しでも派手に扱いたい事情があったらしい。
会見では、それまで極力外部露出しない方向で調整していた彼らの真の姿……主にメタリックシルバーな髪が白日の元に晒され、世間は驚愕する事となるが、これは人間との区別目的で付けられた特徴だ。どう考えてもマスカレイドの関係者である事を示す意味では分かり易い特徴といえるだろう。
その後、世間で髪をメタリックシルバーに染めるブームが到来。奇妙極まる光景が溢れる事となるが、大多数は一過性のもので終わった。
髪はともかく、どちらも結構な美形である。日本人的な特徴は多く取り込んでいるが、芸能人でもまず見かける事のないクオリティで、わざと近寄り難い雰囲気を出した容姿にしている。
もちろん不気味の谷も越えて極々自然な表情を見せる彼らに、何故か海外からバッシングが飛ぶものの、日本国民からはなんでわざわざブサイクにしなきゃならねーんだよと、総スルーを受けた。日本人の白人コンプレックスの現れだとか言われても、お前らこんな顔でも髪でもねーだろ。
一応、ダメ押しの理由として、下手にそういう調整をすると無駄にポイントが発生するという事にしておく。別にかからないし、他のヒーローに聞けば一発でバレるけど、方便である。
同時に、広報機関のほうでフィギュアをはじめとする彼らのグッズも販売開始。何故かマスカレイドのものを超える反響を受け、俺の心に波紋を呼んだ。
というか、少し前から販売開始したメイド共やクリスもマスカレイドさんの売上を超えているあたり、一般向けの需要という現実を突き付けられている気がしてならない。
『出来いいですしね、このフィギュア。普通に作ったらきっととんでもない値段しますよ。相場は分かりませんが』
「マスカレイドさんのフィギュアも出来はいいんだが」
ポイントで購入した製作マシンで生産しているから、造形の違いこそあれどクオリティは一律だ。一律で超クオリティである。
人類に作れない物とまでは言わないが、製作するとしたら狂気的な執念を持った天才が何年もかける必要があるような代物だ。素材からして採算度外視で、ほとんど一品物のクオリティで量産している。
このクオリティで無関係な創作作品の商品を作ってくれという声も多数聞くが、そんな事したら世の造型師が廃業してしまう事になりかねいので却下だ。
『こういうアイテムって女性モデルのほうが売れるものですし』
「分かっちゃいるんだが、自分の事となると心にくるものがあるな」
『マスカレイドさんに関しては、どっちかというとアクションフィギュアのほうが数が出てますから。値段安めなのもあって大人気!』
それは、単に比較対象のアクションフィギュアが出ていないからという理由ではなかろうか。
イメージ上、動かせたほうがいいというのは分かるが。
『まあ、マスカレイドさんと比較すべきなのは、許可もらって販売してる各国のヒーローのグッズじゃないですかね。マスカレイドさんのほうが売れてますよ』
「人間社会からヒーローへのイメージ戦略が必要と思わせる数字だな」
俺や関係者をグッズ化して販売している広報機関だが、実は本人に許可をもらって各国のヒーローのグッズも販売していたりする。
自分のグッズを売っているヒーローもいるにはいるし、ウチのグッズも輸出しているが、担当エリアを跨いで販売しているのは事実上ここだけだ。あとは通販。
このヒーローグッズに関しては、男女で売上の差はあまりなかったりする。何故なら、真っ先に許可を出してきたアメリカの女性ヒーローをはじめとして、ちょっとアレな見た目の方が多いから……だろう、きっと。あくまで女性ヒーローであって、ヒロインではないという、日本人じゃないと上手く伝わらない差が問題なのだ。
全体を見れば、美人な女性ヒーローは多い……というか多数派なんだが、彼女たちは可愛さより格好良さに振り切っているというか……なんというか、男らしい人が多いのだ。あと、セーラー・レディみたいなキワモノ。
未だ販売許可をとれていない、若干名存在する可愛い系女性ヒーローに期待するしかないのかもしれない。
……いや、そもそもグッズの売上は別に課題じゃねーから。
「こうなったら、マスカレイドのグッズだけセールをするとか……」
『そっちのほうが嫌じゃありません? ワゴン落ちしたみたいで』
残念ながら一理ある。それなら、活躍した直後だけ限定でセールとか……いや、売上も販売数も別に関係ないんだってばよ。
一応、この利益は広報機関の予算に直結しているから完全に無関係ではないが、そんなモノは全体から見れば誤差でしかないのだから。
「銀河と銀華の話に戻すが、ここまで注目されるのもいかがなものかと思うんだけどな。奴らの取り扱いについては基本干渉する気はないが」
記者会見の意図は聞いたが、それでもだ。もっと、その手前からやり方を変えるべきだと思う。
俺が導入する側だったら静かに、徐々に浸透する形にするだろう。大々的な宣伝なんで絶対しない。
政府や自衛隊としても、そうしたほうがいいという考えの元でやっているんだろうが、華やかな光は確実に影を生むものだ。
『多数の肯定的意見に隠れて、否定的な意見も多く見られますしね。国内よりも海外から口を挟んでくる人のほうが多いのがアレですけど』
「この際、海外からの声はどうでもいいが……まあ、少ないのは日本がそういう存在を受け入れ易い文化って事なんだよな」
正直なところを言うと、俺が予想していたよりも世間からのマイナス意見は少ない。そういう国って事を加味していた予想よりもだ。
元々マスカレイドやメイドたちの活躍があって、受け入れられる土壌ができあがっていたというのが大きいのかもしれない。
とはいえ、海外ではまったく受け入れられていないという懸念と真逆過ぎる。ヒーロー組織は別として、なんらかの形で導入する事になった人間の組織では何かしらの亀裂を生んでいて、すでに回収されているところもあるくらいなのに。
今のところヒーローがポイントを使って作った個体しか存在しないから、お役御免になってもヒーロー側で回収する事になっているが、人間がエリアカタログで作り出した場合を考えると、あまり良くない未来しか想像できない。少なくとも、人類とロイドが手と手を取り合ってという光景はやってこないだろう。
あ、でもアメリカでは獣風な容姿に改造したバイオロイドは人気あるな。……あいつらがケモナー気質なのは知っていたが、マジで傾向が掴めない。
『ここまで肯定的に捉えられると、後続で用意したアンドロイド三体は必要なかったかも』
「可能なら欲しいって言われてたから、無意味って事はないだろ」
陸上自衛隊向けのリクジ君、海上自衛隊向けのカイジ君、航空自衛隊向けのクウジ君、彼ら三体のアンドロイドも着任準備が進んでいる。
こちらは一応男性人格ではあるものの人間には見えないロボットタイプで、人型である事に不快感を示す者たちへのカウンターとして用意した……のだが、バイオロイド二体への反応を見るに、考え過ぎだったかもしれない。まあ、有能なのは間違いないから、普通に活躍してもらいたいものだ。
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それからしばらく経って、着任したバイオロイドたちの実力が示される機会がやって来た。
といっても実戦ではなく演習で、陸上自衛隊とメイドたちがやっている訓練に自衛隊側で参加するらしい。
『どうせなんで、リアルタイムで見れるようにしておきました。なんと、広域マップと各人員の現在位置マーカー情報付き』
「自衛隊ってそんな装備持ってるのか? というか、良く視聴させてもらえたな。非公開演習なのに」
元々メイド対自衛隊選抜チームの模擬演習は行われていたし、その詳細結果についても受け取っていたが、実際の映像を見た事はない。
機密情報の塊だから当然といえば当然だと思っていたのだが、今回は出向者が着任した事で方針が変わったのかな。
『ウチの権限使って勝手に視聴するだけなんで。なんなら、マップとかも自前です!』
清々しいまでの違法視聴である。
ちなみに、勝手に見る事は自衛隊側の責任者とメイドたち、あと銀河と銀華にも伝わっているらしい。
もちろん公式で認められてはいないが、その辺りはどうしようもないと考えているのか、暗黙の了解という事になっているそうだ。
『マスカレイドさんが視聴するって聞いて、ウチの子たちも気合入ってるみたいですよ』
「どっちの?」
『両方です』
こういうのって自然な姿を確認するために、前もっては言わないもんじゃないのかな。
アンドロイドならともかく、バイオロイドって気合が空回りする事も結構あるし。少なくともメイドたちは。
というわけで、引き籠もりらしく時間はあるので、状況開始前の準備前段階から適当に観戦し始めてみた。
うーん、メタリックな銀髪が混じっているって違和感はあるものの、相当訓練された猛者の集団である事は分かる。さすがに準備段階から見られてるとは思わんだろうから、これが彼らの自然なスタイルって事か。……やはり、自衛隊といえども就職はすべきじゃないな。
『今回の模擬演習は二回。銀河と銀華を含んだ二チームがそれぞれメイドたちと戦います』
「メイド側のチーム構成は?」
『初戦はアルジェント、第二戦はプラタですね』
「一人ずつかよ。どんな状況を想定した演習なんだ、それ」
『要人護衛です。メイド側はテロリスト、または怪人想定で、一定時間対象を護衛し切る事が目標です』
ああ、それならまあ理解できるな。現実的にもあり得なくはない想定だ。
どちらもバイオロイドが一体なら、人数がいて組織的行動のとれる自衛隊側が圧倒的優位……ってな感じに見えるだろう。
しかし、二人の……この場合はアルジェントと銀河のスペックはかなりの開きがある。銀河のほうは専用に調整されているものの、ほとんどプレーンな状態。一方でアルジェントのほうはメイド用としてロールアウトしたものの、あとから付けた強化要素によって本職顔負けの戦闘力だ。
少なくとも、これまでの対自衛隊演習ではせいぜい『いい勝負』止まりの結果しか出せていない。それが、期待の新人が入った事でどうなるかって話だ。
『カメラ移動してみると分かりますが、奥の部屋に護衛対象役のインが配置されてます。なんか、ゲームで負けたらしくて』
「あいつ、いっつも負けてね?」
ヒーローボトルの手動梱包の時もそうだったし、他にも罰ゲームやらされてた気がする。
ミナミが動かしているのか、カメラは奥のほうへ。扉もすり抜けているが、どういう仕組みか分からない。
そして、そこには確かにインの姿が……。
「……なんで、縛られてんの?」
『さあ? ……雰囲気作りとか?』
護衛対象役なはずのインは何故か椅子に縛られていた。コレじゃ自衛隊側が誘拐犯じゃねーか。
何か意図があるのか現場のノリでやっているのか、結局理由は分からなかった。連絡できない事もないが、ここからツッコミ入れるような場面でもなさそうだし。
哀愁漂うインの表情を見て、あまり触れたくなかったという理由もある。
というわけでインはスルーして、残り時間はわざわざ用意してくれたという資料を確認する事に。
「良く分からんが、すげえ経歴のメンバーなんだな」
『私も良く分かりませんけど、ガチのトップ層らしいですね』
見せてもらったチーム構成の内部資料には、全人員の詳細情報が記載されていた。所属の情報はないし専門用語が多くて判断に困るが、見る限り相当な叩き上げばかりだ。もちろん、この資料は提供されたものではなく、ミナミが勝手に拝借してきたデータである。
記載されている情報の中には装備品の情報もあり、いくつか有名な名前以外はどんな装備かすら分からない物も含まれていた。内部向けなだけあるのか、下手したら型番みたいな名前になっている物すらある。
それとは別に、資料にはウチから提供した準ヒーロー装備とも呼べる物も記載されていて異彩を放っていた。身体能力を含めて底上げはそこそこ程度でも、索敵用のレーダーなどは本職な彼らが使えば雲泥の差だろう。実際、これまでに提出されているレポートではかなり詳細な物に仕上がっている……はず。これまでそんなレポートを見た事ないから違いが分からんのじゃ。
この装備についてはメイド側も同じ装備が許可されているらしい。実際に使うかどうかは別として、制限はかかっていない。
「こうして見てると、ちゃんとコミュニケーションとれてるみたいだな」
読んでも良く分からない資料を置いて、視聴に戻る。
作戦開始前のブリーフィングから分隊での最終確認まで見ても、銀河は自然にコミュニケーションとれているように見える。音声は聞こえないので内容は分からないが、少なくともギクシャクはしていない。
銀華のほうはどうかといえば、もうちょっとお客さん的な印象を受ける。ここら辺の違いは、構成メンバーのほとんどが男性である事から来るものだろう。
『前々から告知されてた期待の新人ですからね。すでに訓練も一緒にやってますし』
「といっても、一緒に行動した期間は短いだろ? それにしては馴染んでないか?」
『かなり濃密な訓練スケジュールだったみたいですね。本職でも大量に脱落者が出る類の』
それ、相当ヤバい内容なんじゃないだろうか。まともな内容で脱落するような人はそもそも参加しないだろうに。
だが、なるほど。短いとはいえ、そういう過酷な訓練を共に乗り越えてきた戦友候補って事ね。
というわけで、なんやかんややったのち、時間がきたらしく状況開始。そこからはあっという間に作戦行動が始まった。
設定としては、警戒網で侵入者を検知したので対処に当たれという作戦だから、本来は突発的な事態のはずだが、そこら辺は無視しているのか予定されていた行動にしか見えない。
ひょっとしたら護衛対象はターゲットへ対する囮で、誘い込んだ想定なんていう裏設定があったりするのかもしれないが、少なくとも資料への記載はなかった。
……それだったら、インが縛られていたのも納得できるんだが。
演習は始まったが、舞台であるエリアは広いのですぐさま接敵はしない。画面の向こうでは何やら色々やってるが、俺にはさっはりだ。
だからというわけでもないが、この時間を利用して、PCに用意されていたリアルタイム観測システムの説明を受ける事にした。なんか、リアルタイムで推移している情報を一元管理し、表示してくれるシステムなのだとか。相変わらず俺の知らない間にインストールされていたわけだが、今更突っ込んでも仕方ない。
「すごいな、このシステム。部隊の動きがはっきり分かるぞ。ほとんどリアルタイムで更新・反映されてるみたいだし」
実況用の画面と比較しても、ほとんどタイムラグがないように見える。個人ごとに位置を表示してるぞ。
地形や高低差、木や障害物まで再現している上に、敵味方両方が丸見え……なのは単に制限してないからか。とにかくすげえ。
『今回は詳細情報入力してあるんで、カーソル合わせると詳細情報出ますよ』
「ゲームならともかく、リアルでコレができるのか。……まあ、すごいのは分かっても、作戦行動の意味とかさっぱりなんだけどな」
『私もさっぱりですねー。歴史上の戦術なら、マスカレイドさんとゲームした際に色々聞きましたけど』
「そんな誰でも分かるような作戦じゃないだろうしな」
こうして動きを見る限りでも、すでに不可解な行動が多い。多分意味はあるんだろうが、それを解説してくれる人がいない。
実質的には本当に意味がなくて、アルジェントに対するフェイクの可能性すらあるしな。多分、高度な戦術なんだろうと思っておく。
「そういえば、さっき自前って言ってたけど、コレってミナミが作ったん? この完成度はただ事じゃないぞ」
『シュミレーター開発チームが片手間で作ってくれました。なので仕組みはさっぱり分かりません』
「あー、なるほど」
つまり、アンドロイド製か。
『一応ソースコードは見せてもらいましたが、異次元過ぎてさっぱり』
「という事は既存のプログラム言語なのか……」
『避難所別館に詰めてるプログラマー経験者が見ても、頭抱えるレベルらしいですね』
人間でも世界レベルだと意味分からん事してるみたいだし、既存言語でも、根本的に親和性の高そうなアンドロイドなら普通に有り得るのか。
「ん? という事は、こういう高度なレベルでシステムを組めば、お前もハッキング不可能って事に?」
『それは別腹ですね。私は自分でも説明付かないレベルでクラッキングしているので』
「何言ってんだ、お前」
『いや、だから自分でも分からないんです』
天才の感性でやってる部分が大きいから、説明できないとかそういう事なのか。
……まあ、高度なシステムだとしても、ミナミ相手に安心してはいけないって考えたほうがいいな。
そんな俺たちのやり取りとは一切関係なく、ただ部隊の動きを見るだけではさっぱり意味の分からない戦術の応酬が続く。
多分、高度な情報戦なんだろうなって分かるのは、さっきからお互いの動きに淀みのようなモノを感じるからだ。なんとなく、相手に合わせて行動を修正しているように感じる。いや、本当のところは知らんが。
とはいえ、表面上だけで状況を見るなら展開は分かり易いものだ。
隠れて移動し、ターゲットのいる直接駐屯地を直接狙う事にしたアルジェントは索敵に出た自衛官たちの目をかい潜って進行した。
こうしてすべて見えるマップ上では、適当に歩いたらたまたま誰もいない道を選択していたようにしか見えないが、そんなはずもない。
そもそもの話、巨大なガトリングガンを抱えた金髪メイドなんていう如何にも目立つターゲットが、いくら広い演習場とはいえ見つからないわけがないのだ。
いると分かっているのに見つからない。そんな奇妙な敵に対して自衛隊側に焦りや困惑が見えないのは、これまでさんざん体験した事だからだろうか。
見てる側としては何がどうなっているんだって感じだが、十中八九そういう特殊なアイテムを使っているはずだ。というか、カーソルを合わせれば何を使っているのかは分かる。
……とはいえ、それは本当に最小限でしかない。まるで、縛りプレイでもしているかのように、必要最小限のリソースだけを消費して行動している。
「何? あいつ、本職の工作員か何かなの?」
「慣れたんじゃないですかね?」
普段、極限まで突き詰めた精密行動で究極パワーを制御した上で全面ゴリ押しというパワープレイに慣れ切ったマスカレイドさんとしては新鮮な内容だ。
真似できないし、する気もないが、相手側がこういう手段をとってくるかもという引き出しにはなる。
圧倒的なパワープレイに対抗するには同じくらいのパワーか、その差を埋めるだけのアイデア、及びそれを実現するための技術が必要となる。その差を埋めさせないため、あるいは埋められた上で圧殺するための引き出しは確保しておきたい。
結局、アルジェントはそのまま拠点を襲撃。そのまま終わるかと思われたが、ギリギリのタイミングで索敵班に参加していた銀河がカバーに入る。
どうやら拠点強襲までは折込み済みで、ギリギリ間に合うタイミングで周囲にカバー要員が移動するように状況を整えていたらしい。
この作戦だけ聞くと、この状況になった時点でアルジェントの詰みとなりそうなものだが、残念ながらそうはならなかった。
連携不足か、能力不足か、カバーが間に合わない者が出たスカスカのフォーメーションではアルジェントを止められなかった。
唸るガトリングガン。演習だから当然非殺傷だが、普通に痛いそれを大量にバラ撒き、ついでに縛られているインにもバラ撒いて第一戦は終了した。
防衛失敗時に予備プランとして行われる逃走フェイズでも、見事に逃げ切るというオマケ付きだ。
「ターゲットだから、確かに攻撃してもおかしくはない……のか?」
『反撃しないように縛ってたんですかね?』
そもそも、そこにメイドを置くなよって話なんだが。
続いて、時間を置いて第二戦。演習の場所は同じだが、ハンデなのか自衛隊側のみで情報共有が行われ、メイド側……つまりプラタのほうは第一戦がどうなったのか知らないまま挑む事になる。
これで、アルジェントと同じ作戦で挑んだら簡単に対策を取られそうだが……プラタの選択したのは正面からの強行突破だった。
対怪人を想定するならこちらの方がそれっぽいから選択したのかとも思ったが……。
『性格じゃないですかね』
そう、ウチのメイドさんたちはやたら個性が強いので、そういう事が普通にあり得るのだ。他のバイオロイド……下手すりゃアンドロイドすらそういう傾向が見られるが、最初に着任したあの三人は特に顕著だ。
全速力で最短距離を行くプラタだが、過去の対戦で経験があるのか自衛隊側に混乱は見られず、すぐさま止めにかかるべく人員を移動。
接敵した自衛官さんたちはなす術もなく殴られ、投げられ、蹴られ、関節を外され、昏倒されられてと散々な目に遭わされた。
プラタの異常なまでの直進速度から考えると対応した自衛官の人数が多いように感じるのは、いち早く先行した銀華が時間を稼いだからである。プラタのほうは非殺傷レベルまで攻撃の威力を落としていたとはいえ、一分以上足止めしたのだから相当に優秀と言っていいだろう。他の人は長くて十秒くらいなのに。
そして、そのまま悠々自適に拠点まで攻め込まれ、椅子に縛られていたインを投げ飛ばして終了。
本来、怪人と人間の差はもっと開いているが、典型的な例を見せられた気分だ。
「護衛対象の位置が固定だったのは、そういうルールなのか?」
『そうみたいですね。通常の対応マニュアルだと、別の対策がとられるようです』
それもそうか。あきらかに狙いが分かっているのに、逃がそうともしないのは不自然だ。そもそも縛られてるとか言ってはいけない。
「結論としては……まあ、こんなもんなのかな?」
『第二戦はともかく、第一戦の戦術意図が読めないのはある程度仕方ないかと』
「いや、視聴の感想じゃなく、銀河たちの出来な」
『上出来だと思いますよ』
メイドたちの強化具合を考慮するなら、確かにコレくらいが限界か。それでもちゃんと活躍していたあたり、バイオロイドの優秀さが分かるというか。
俺としては、むしろ自衛隊側の動きが気になったな。戦術とかはさっぱりだが、対怪人に向けてちゃんと形になっている。
初期の頃、ネット上に流出していた各国の軍対怪人ではもっと右往左往……というか、何もできていなかったからな。
プラタ相手には玉砕覚悟で突っ込むしかない状態を作られたが、基本的には彼我の戦力差を理解して形を作っている。
今回みたいな護衛ミッションでもなければ、避難と退却に徹するんだろう。
ちなみに、各自衛隊に出向したアンドロイド三体だが、こちらは特に何事もなく着任した。
事前に知らされていたロボットタイプの外見も特に忌避される事なく、むしろ興味を持った者たちにいろいろと弄られて、それを咎められたりもしたそうだ。
ただ、この反応に、事前に世界各所での導入例を聞いていたアンドロイド側は困惑。基本的に感情に準拠した機能を持たない彼らだが、大量にエラーを吐く事でそれを再現するという荒業に出た。
そして、それが流行化したのか、ウチの内部でもミナミ・ロボが不満を持つと大量に謎のエラーを吐くという現象が散見されるようになる。分かり易いからいいが、メッセージ出力機能はあるんだから普通に言えよ。
「これで、あいつらが変に個性的に育たなければ、ウチの環境に問題があったという事になるな」
『すでになんかおかしくありません?』
「それは言うな」
『あの子たちが妙に個性的な件ですが、マスカレイドさんの影響抜きで考えるなら、私は日本文化のせいで変になった説を推しているんですが』
「それなら、あいつらも個性的になるな。ヨシッ!」
何も問題はなかった。全部日本のせいって事で。
自衛隊はオタクの巣窟らしいし。上層部ならともかく、現場にも普通に関わる以上は避けられない。問題の切り分け方法としては妥当だろう。
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彼らロイドの着任は、以前からその徴候のあったSF的世界観への変化を押し早めたといえる。
SFではなく、SFでもなく、SFである。
ちょっとどころでない不思議さで世の中を変質させている。だって、今世の中で起きてる事の大半は、研究されても一切が解明されていない。ヒーローや怪人の仕組みは元より、研究材料として実物さえ使えるヒーローグッズや今回のロイドたちの存在があってもだ。
良く分からないモノが跋扈し、良く分からないモノを利用しないと社会を保てない。今はそういう時代になりつつある。
そういう意味では、侵略してきたエイリアンの技術を使って無理やり戦力化するSF映画やアニメの構図に近いともいえる。つまりSFだ。
『その良く分からないモノの中でも一層良く分からないのがマスカレイドさんなんですが』
「一切否定できないのが怖いぜ」
本当に、今になってもどうなってんだって感じである。
まあ、そんなマスカレイドさんをして、基本的に後手に回る必要のあるヒーローの特性に縛られて何もできないわけだが。
傍から見れば先手を打っている感のある予告出撃だって、その本質は後手だ。あくまで後の先のようにモノであって、先手ではない。
……その後の先も効きは悪くなっているみたいだしな。
『マスカレイドさんの出撃によるアポカリプス・カウンターの増加がかなり鈍化しています。その対処と問題切り分けで行った別の行動も同様に』
「元々想定されていた時期はそろそろだろ? カウンターはまだまだ残ってるから、時間稼ぎ自体は成功したわけだ」
『そうですね。……せいぜい半年程度ですけど』
「そうなんだよな……半年か。意味がないとは言わないが、人類がこの程度の延長で対応できるはずないんだよな」
あれだけ暴れ回っても、せいぜい推定半年しか引き伸ばしできていない。全部合わせれば、それまでの怪人勢力すべてを潰しておつりが出るくらいの暴れっぷりにも関わらずだ。奴らの異常な補充速度で誤魔化されているが、怪人組織が普通の組織体制なら確実に壊滅してるはずなのに。
もちろん、ヒーローの各種ランキングはマスカレイドさんが常に独占。二位以下とダブル、トリプルどころか桁の違うスコア差をつけている現状に、もはや誰も追いすがろうという意思さえ見えない。すでにそういうモノとして扱われていて、もうアレを殿堂入りさせて、それ以外でランキング運用したほうがいいんじゃねーかと運営内で囁かれているような不安を感じている。
『実際、そういう話は出ているようで、検討もされているとか』
「馬鹿な……」
『マイナスイメージの付くランキングはその限りではないので、さすがに思い留まったようですが。ABマンに感謝ですね』
「マイナスイメージは、別にABマンだけじゃねーだろ」
彼が一番多いのは認めざるを得ないが。
分かり易い例を具体的に挙げるなら、< 怪人討伐数の少ないヒーローランキング >。コレなど〇体が多過ぎて同率一位だらけである。累計と期間別両方だ。
世の中には着任してから一度も怪人を討伐できてないヒーローもたくさんいるのだ。全部が全部、俺がゲームで作ったニートマンのように何もしていないとは思わないが、そういう奴がいてもおかしくはない。なんせ、出撃して活躍しても望んだ評価を得られるとは限らないのが今の世の中だからだ。
それを分かっているのか、同エリア担当のヒーローも明確な態度は示していない。裏で愚痴くらい言ってるかもしれないが、それくらいだろう。
「にしても、カウンターのほうはこれ以上何もできないかもな」
『いつもの大規模虐さ……討伐の意味はあると思いまいけど』
「そりゃ意味はあるだろうが、カウンターに影響しないなら……多分、大規模イベントもこれ以上遅延できない」
『そうなりそうですね。未だ、アレが第三回の大規模イベントに繋がっている保証はないですけど』
明言されていないだけで、ヒーロー間ではほとんどそういうモノって事で扱われている。
同じような事を最初から言っていた人類社会では逆に色々な予想というか妄想が跋扈しているが、それは変な奴の声がでかいだけだ。
「というか、元々想定されていた具体的な時間って分かるか? もう過ぎてたり?」
『今頃だっていうのは分かりますけど、具体的な時間までは。だいたい、前後三日くらいの誤差はありますし』
公開直後の数値は分からないし、増減もすれば速度も変わるからな。それくらいは仕方ないか。
『多分、どこでも把握はしてないと思います。いろんなメディアで注視してて、中にはリアルタイムの実況配信しているチャンネルもありますが、どこもかなり長いスパンで想定してますし』
「そんなもんか。……とはいえ無視もできないよな。あきらかな節目ではあるし」
徹底的に増やした結果、すでに〇からはほど遠い数値になっているが、元々想定していたタイミングで何もないというのは考え難い。
と、画面に表示されるアポカリプス・カウンターを眺めていた。相変わらず細かい上下が見られるが、以前よりはその頻度は少ない。基本的には少しずつ減少するだけだ。
『このままだと、カウントダウンが終了すると想定される時期は年越し前後。ある意味狙ったようなタイミングですね』
「少なくとも俺は狙ってないぞ」
『それは分かりますが』
一番大きく動いたアトランティス襲撃なんて、想定外が重なって文字通り消滅したからな。あんなのを狙ったと言われても困る。
「しかし、第三の大規模イベントが年末から年始……ちょっと面倒な時期だな」
『ズラします?』
「揺れ幅が小さくなったとはいえ、まったく影響を受けなくなったわけじゃないしな……どっか爆撃するか?」
『となると、できるだけ影響の大きそうなところがいいですよね……あ』
「なんだ、あって……」
不意に床屋が発したら不安になる代表みたいな声を上げたミナミ。しかし、その原因はすぐに分かった。目の前の画面上に表示されているのだ。
「……これはどういう意味だ?」
画面のアポカリプス・カウンターに謎の鎖が巻き付き、錠のようなモノが取り付けられている。
カウンターそのものの数値は特に変化はなく、元々の値から定期的に減少し続けていた。
……そう、定期的に減少しているだけで、これまで見られた増減のようなものは見えなくなっている。
『多分、時間経過以外ではもう増減しないって意味じゃないかと』
つまり、これまでは行動次第で時期を後ろ伸ばしにできたボーナスタイム。そして、今この瞬間からは手出しのできないカウントダウンを見つめるだけのサイトに変わったのだ。
それは、今年の年末から来年の年始にかけて何かが起きる事が確定したという事でもある。おそらく次の大規模イベントが。
「……もう少し早く出撃しておけば良かったかな?」
『いや、正直たいして変わらないと思いますけど』
実際に前回のようなイベントが起きるなら、悠長に正月を祝ってる状況じゃねえしな。クリスマスの時だって、記念日としてはかなりヒエヒエだったみたいだし。
-R-
その日、各方面からいいように使われて忙しく活動していた再生工房カイジン・リサイクラーに、一件の通知が届いた。
「社長、なんか出頭要請が来てますぜ。なんかやりました?」
「は?」
社長である再生怪人リサイクル・リベンジャーとしては、極めて真っ当で真面目な運営しかしていないのに。
いや、悪逆を行う怪人としては真っ当なのはマイナスなのか。まさかそれが問題視されて出頭要請を……。
「送り元は……怪人幹部C?」
通知に詳細のようなモノは記載されておらず、ただ出頭しろという命令のみだ。
自己評価の低い再生怪人リサイクル・リベンジャーには、何故自分のような木っ端怪人が名指しで呼ばれるのか分からない。
そりゃ、このところ目立っていたような気はするが、ヒーローを倒したわけでもないし、そもそも本人はほとんど出撃していないのだ。
いち怪人にとって幹部は雲の上どころではなく、ほとんど天上の存在だ。運営は別としても、その上には怪人首領ジョン・ドゥしかいないのである。その正体は一切不明。面識のある怪人などまずいない。AとBはかろうじてイベントの顔出しで見た事があるくらいで、今回要請をかけてきたCはそれすら分からない。というか、そもそも幹部が何人いるかすら謎なのだ。
「どうしよう、超怖いんだけど」
一体何をされてしまうのか。工房を接収するとかそういう類なら別に構わないのだが、なんだか良く分からないモノはとにかく怖いのだ。
その辺、マスカレイドへの恐怖に似ているような、やっぱりまったく違うような気もする。多分、どこか部分的に被っている部分があるのだろう。
「アレじゃね? 例のアポカリプスなんとか」
「次の大規模イベントじゃね?」
「建設中の要塞絡みとか? どれかは知らんが」
「変な動きしてる戦闘員絡みじゃないか? 懲罰用にゾンビ戦闘員作ろうぜって感じで」
「ウチ向けの話だから、昔の怪人を復活させろとかそういう話じゃね? 特殊性癖四天王とか」
「別にあいつら全滅してねーだろ。二体も残ってるし」
「宇宙で生きてるから三体だぞ。俺、監視サイト見てるし」
「え、じゃあ、マスカレイド怒らせておいて実質一体しかやられてないって事? すげーじゃん、特殊性癖四天王。もう過去の人だと思ってた」
「二体だぞ。宇宙射出された奴含めれば実質三体だし、候補だった奴も一体やられてる」
「????」
話を聞いた従業員の再生怪人シリーズが適当な妄想で盛り上がり始める。特殊性癖四天王の数が合わないのは今更だ。
「お前ら、思いついた事適当に言ってんじゃねえ! こっちは戦々恐々としてるのに」
「やめろよ、社長がまた漏らしちゃうだろっ!?」
「漏らした事なんかねーよっ!」
とはいえ、怪人幹部なんかの前に出頭させられたら、本当に漏らしてしまうかもしれない。
幹部とはそれくらい怖い存在なのだ。怪人が自らの出自に縛られているように、怪人である限り根本的に逆らえないと刷り込まれている。むしろ、怪人首領ジョン・ドゥに対してよりも強い拘束力で以て強制されている気さえするのだ。
というか、怪人幹部といいつつ、彼らは本当に怪人なのか。他の怪人にはわずかなりとも感じる同族意識のようなモノが一切感じない。
「……ふ、不安だ」
こうして、仕事も手につかないまま、出頭命令の日が近付く。
その日が、アポカリプス・カウンターに錠がかかる日と同日である事は知る由もなかった。
お前ら、自分たちの幹部がAとかBなのに何も感じないんか。(*■∀■*)