第十話「究極変身!ゴールドマスカレイド」
通常営業です。遅れたけど通常営業なのです。(*■∀■*)
「アーーッハッハッハッ! あたいの前を遮るヤツはすべて巻き込んでやるぜぇっ!! この愛車、出酢斗炉衣を遮れるモノはねえっ!」
(クックック……果たしてそうかな、暴走怪人夜露死紅)
「あ、あんたはっ! 特に会った事もないけど、同じコンセプト怪人の暴走怪人夜露死苦っっ!! 化けて出たのかいっ!?」
(クックック……亡霊などではなく幻聴だ。しかし、特に理由はないが同じコンセプト怪人として忠告してやろう。この先に待っているのは死そのものだ。今止まれば助かるかもしれないZo!)
「何言ってんだいっ!! あたいがそんな幻聴でブルッちまうとでも……っ!?」
(クックック……俺は幻聴だからな。別に止めたりしないZe! さあ、死へのチキンレースの始まりDa! というかお前も死ねっ!!)
「くっ……い、一体今の幻聴は一体っ!? う、うああああああっ!」
――《 マスカレイド・インプロージョン 》――
「紛らわしいヤツめ。ただのコンセプト怪人じゃねーか」
こうして、千葉県の高速道路を爆走していた暴走怪人夜露死紅は、発生してから一キロも移動しない内にマスカレイドの巻き起こした衝撃波の壁へと激突し、バラバラになった。
死の直前、彼女が聞いた声の正体は幻聴だったのか、それとも地獄からの呼び声だったのか、正体は誰も分からない。というか、彼女以外誰も聞いていない。
関東全域の高速道路にて、暴走族の幽霊を見たという都市伝説が蔓延するのはしばらく経ってからの事。
車体が銀の車両であれば逃げていくという追加の伝説も加わり、ネット専門の動画チャンネルにより拡散。後に所属タレントによる別番組のやらせ疑惑が浮上し、賠償問題と共にチャンネル自体が撤退した。
都市伝説はやがて風化してくものなのだ。本物の怪奇現象であってもそれは例外ではない。
-1-
「なんか、クリスが寝込んだんだけど」
「マジかよ……」
クリスとの面談から二日後、前触れもなくやって来た妹がクリスの最新情報を伝えてきた。昨日話した感触では、衝撃的ではあってもあとに引きずるような感じではなかったと思うのだが。
さすがに面識のある親友の兄貴が変態ルックのマッチョマンだったと聞かされれば、まったく影響がないとはいかないだろうが、寝込むのはちょっと過剰ではなかろうか。ちょっとショック。
これがたとえば、実はウチの母ちゃんがABマンの正体でしたと言われたところで……いや、寝込むかもしれんな。少なくとも親父は入院コースだろう。軽く考えていたが、案外そういうモノなのかもしれん。
とはいえ、仕方なしとはいえ最善と判断した上での行動だから、この流れも必然だったのだろう。すまんなと心の中で謝罪しておく。
「知恵熱みたいなものだと思うから、寝てれば治ると思うけどね。一応、診察はしてもらってインフルエンザとかじゃないってのは確認できてる」
「知恵熱って乳幼児じゃねえんだから」
別に、頭を使って発熱したとしても知恵熱じゃないぞ。文字面だけならそう捉えてもおかしくはないが。
「そんなに衝撃的だったかな? お前の時はすんなり受け入れてたのに」
「私の場合とは全然違うと思うけど……」
決定的ではないにしても、明日香にバラした時の感触が心のどこかにあっての判断だったのは確かだ。
しかし、確かに距離感も事前情報も立場も違うな。穴熊英雄との距離感はむしろ遠いわけだから、この場合は現時点の立ち位置が原因だろうか。自分が広報を担当するヒーローがまさか……的な?
「まあ、ちょうどいいといったらなんだが、しばらく休暇とってなかったみたいだし、少し安静にしてもらおう。スケジュール調整はお前がやってるんだろ?」
「スケジュールはどうにでもなるけど、今の覚醒クリスモードが切れたりしないかなってのはちょっと気になるかも」
「あいつは熱出すとモードチェンジするのか」
新手のヒーローかな?
「そんな事はないけど……いや、どうだろ。受験の時も似たような感じだったような……分かんない」
今のクリスは表面上同じ人間に見えるだけの別人に近い。人間の集中力がずっと続く事がないように、あのままっていう事もないだろう。
いきなり元のポンコツに戻るのはまずいが、今後を考えると基本モードに合わせた運用も必要ではあるのだ。まさか覚えた事を全部忘れるなんて事はないだろうし、元の状態でもできる事はあるだろう。
「そういえば、お前とミナミ姉妹がすでに知っているって事に反応してたが、なんか文句言われたりした?」
「言われたけど、文句っていうより何言っていいのか分かんないって感じだったかな。いくら私たちが知ってても、下手に正体バラすのがまずかったのは分かってるだろうし」
まあ、文句のつけようがないといえばない。理屈の上ではそうだが、自分だけ知らなかったという事に憤りを感じるのも分からなくはない。
クリスの反応を見て愉悦していたなら別だが、別にそんな事はないだろうし。一番論理的に文句を言いやすそうなのは……むしろ、俺か?
「とりあえず、あいつについては当面お前に任せる……って、嫌そうな顔するな。なんなら妹ミナミも巻き込んでいいから。姉のほうの許可はとってる」
「ミナミさんはどの道巻き込む事になるだろうし、必要な事は分かってるんだけど、すごい大変そう。馬鹿兄貴が発端で原因ってのがまた尚更。……言っちゃいけない事も多いし」
「もうあいつに関してはほとんどフリーだぞ。情報的な制限はお前より緩いくらいだ」
お前や妹ミナミ、長谷川さんを抜いて、権限だけなら多分トップだ。もちろん全部じゃないし、核心に触れる部分はNGだとしても。
「……そういう意味で言ったんじゃないんだけどね。はあ……」
「あー、じゃあ、クリスにも言ったが、最悪ここに連れてきてもいいから。さすがに見知った場所に俺がいれば納得はし易いだろう」
「別に、馬鹿兄貴とマスカレイドが結びついてないとか認めたくないとかじゃないと思うよ」
そうなのか。俺的にはそれが一番ネックだと思っていたんだが。
正直なところ、俺がクリスの立場でマスカレイドの正体が穴熊英雄ですって言われても納得はし難い。目の前で変身したりすれば受け入れざるを得ないにしても、別々にしか会っていないのが特に大きい。たとえば、自分をオーストラリア人だと思い込んでいるアルファマンのように、穴熊英雄だと思い込んでいる別人って線だってないとはいえない。いくら本人という証拠を出しても、どこかで別人かもという疑念は消せないだろう。俺が疑り深いだけかもしれんが。
「というかこの部屋、クリスが知ってるのとまったく違うんだけど。入り口も使えないからクローゼットルートだし、別の場所に来たとしか思えないんじゃない?」
「そういやそうだな」
前にあいつが来た時は引き籠もる前だったから、監視カメラや多重の錠なんてないし。更には、空間拡張したから広さまで違う。そもそも模様替えだって何回もしてるのだから、面影が残っているか怪しいな。別にあいつはこの部屋に思い入れなんてないだろうし。
「というか、連れてくるの? ……ここに?」
「別にここでなくとも、隣のリビングでもいいが。言われてみれば、確かに部屋に俺がいるからって納得するとは限らんな」
「いや、そういう問題じゃなくて物理的な距離感……うーん。姉ミナミさん的にはアリなのかな……」
「なんでミナミよ」
こいつが来る前から少し席を外しているが、すぐに戻ってくるはずだ。なんなら、もう戻ってるかもしれない。
「おーい、ミナミー」
『はいはーい、戻ってますよー。すいません、お出かけついでに歯磨きしてました』
通信越しに声をかけたら普通に反応した。こいつの場合、お出かけといっても同じビル内だから、どこでも反応はできるんだが、部屋に戻っているらしい。
「どうも、姉ミナミさん。ちょっと聞きたい事があるんですが」
『なんです? ウチの妹のスリーサイズなら、つい最近に測ったらしいものがちょうど……』
「いや、そんな絶望しそうな情報知りたくないです」
なんでそんな情報持ってんだよとは思うが、ミナミなら入手自体は容易だろうからな。
「えーと、クリスの事なんですが、説明のためにここに連れてくるのってどう思います?」
『どうと言われても、元からそういう話なのでは? 恒常的にならともかく、一時的なものなら移動手段だってどうにでもなりますし』
「あ、駄目だこりゃ」
『すいません、何が問題なのかさっぱり』
俺もさっぱりである。当事者に近い位置にいるが故に見えてないものが見えているんだろうか。ミナミが分かってないって事は女性的な観点が問題ってわけでもないよな。あいつが一般的な女性の定義に入れていいは疑問だが、そこまで大きく外れてはいないだろうし。
「なんか懸念があるんだったら言ってくれ。確かに問題はいくつか思いつくが、そこまで重大なモノがあるとは思えないし。この場所が問題なのか?」
「場所っていうか、今後の距離感の問題なんだけど……よし、姉ミナミさん、作戦会議。リビングに移動するんで」
『は、はあ』
「俺が聞いちゃまずい話なのか?」
「どうしてもっていうなら、あとで姉ミナミさんに聞いて。それなら納得できるし」
誰の納得なんだろうか。とはいえ、必要な事ならミナミが口を閉ざす事もないだろうし、そこの判断を間違えるように奴じゃない。気にならないといえば嘘になるが、一旦スルーする事にした。
仕方ないので、なんとなく暴走族の歴史についてネットで調べ始め、さっぱり行動原理が理解できないと区切りをつけたところで妹が戻ってきた。
「つ、疲れる……なんで私がこんな役を……」
結局、二人だけの密談は一時間近くにも及んだらしく、俺は暴走族について一時間も調べるという無駄な時間を過ごした事になる。
明日香はキッと俺を睨んだあと、疲れ切った表情でそのまま自分の部屋へと戻っていった。解せぬ。
そしてミナミはと言えば……。
『うおおおおおお…………』
画面の向こうで頭を抱えていた。
「そ、そんなに深刻な問題だったのか? 何を見逃してたんだ?」
『いえその……言えません』
「え、マジでっ!?」
正直、そんな性質の問題があると思っていなかったから、少々……いや、かなりびっくりした。口止めされているわけでもないのに。コレってつまり、ミナミの意思で言えないと判断したって事だよな?
「そんな重要な問題なら、俺が知らないほうがまずいと思うんだが」
『な、なんと言いますか……知らなくても直ちに問題はないというか、別に世界がどうとかいう話でもなく。性質的に話しても問題はないんですが、私的にはマスカレイドさんには知らないでほしいといいますか……』
「も、ものすごい微妙な問題なんだな。というか、その口調から察するに、どちらかというとお前の問題だったりするのか?」
『私……言い得て妙ですが、私の問題ですね、はい』
一体どういう事なんだ。面識があるわけでもないのにミナミのほうに問題があると。
さすがに俺が無関係という事はないだろうが、少なくともミナミはクリスに対して何かがあるのか? しかも、本人が気付かず、明日香に言われてようやく自覚するような類の……。
まさかとは思うが、こいつがクラッキングした事で首を吊った知り合いがいるとかそんな話じゃ……いや、明日香も妹ミナミも純正スーパーサイバーテロリストとしての顔は知らないから、そんな話にはならないか。さっぱり分からん。
『うおぉぉー、どうすればいいんだー』
画面の向こうで頭を抱えて悶えてるミナミを見ると、無理やり聞くのもなんだかなという気分になってしまう。
とりあえず、世界がどうとかそういう話でない事だけは再確認して、頭の片隅を追いやる事にした。いくら事情があるとしても、そこの塩梅を間違える事はないだろう。
-2-
「話は変わるが、昨日の深夜に出現した怪人は、結局普通の怪人って事でいいのか?」
悶えるミナミを眺めても仕方ないので、強引に話題を変える事にした。
『え、ええ、普通の定義にもよりますが』
「そりゃ、怪人に普通の奴なんていねーよ」
あんな軽自動車よりもでかいバイクの形をしたハリネズミのようなマシンで爆走する奴が普通であるわけがない。ただ、そんなんでも怪人の中ではまだまともな類なのだ。
『同じコンセプト怪人で読み方も同じですが、両者は特に関連は見当たりません。プロフィール上昨日発生した怪人らしいので、面識すらないでしょう』
「王墓怪人と同じって事か」
出現位置は茨城と千葉でそこそこ離れているが、それでも同じ関東圏、しかも暴走怪人夜露死苦の幻影の直後に出現したとなれば、関連性を疑うなというのは無理があるだろう。
だから慌てて出撃したというのに、結果はスカだ。ただの偶然か? 確かに暴走族といえばあそこら辺か湘南かってイメージはあるから下地はあると思うが……。
そもそも、あの幻影がなんだったのかが分からない。今回がスカなら手がかりすらない。……実に気持ちの悪い話だ。
「こういうのって、解決してみれば大した事じゃなかったってオチが付きそうではあるんだが……」
『モヤモヤしますね。むしろ、それが狙いとか?』
「だとしたら怪人勢力の評価を上方修正する必要があるな」
これまでの怪人どもなら精神攻撃を狙うにしても、もっと直接的な手を使ってきた。それがこんな回りくどい、それでいて地味な精神攻撃を仕掛けてくるなら……将来的にはもっと悪辣な手を使ってくる事になるだろう。
何故そんな感想になるのかといえば、俺の得意な手段がどちらかといえばそっちのタイプだからだ。この手の迂遠な嫌がらせは相手が神経質だと良く効くのである。つまり俺のような奴だ。
「今回の件が俺への精神攻撃を狙ったものだとしても、いつかの同人誌みたいに怪人個人の手によるモノなら問題はないんだが……」
『徒党を組んでると厄介ですね。ノウハウが蓄積されると対処が困難になっていきます』
そうしていつか俺の手に負えない事態を引き起こすかもしれない。
『そういう特殊な行動は、注意深く見てれば予兆らしきモノは選別できますけどね。数が多くなれば特に』
世界の事例を追い続ければ手段がどう変化しているかは確認できるはずだ。そういう事が起きているという前提なら、ミナミが捕捉するのも容易だろう。
『ただ、ノウハウが蓄積して、強力な手を思いついたとしても、わざわざ効き難いだろうマスカレイドさん相手に試す必要はないんですよね』
「まあ……そうだな。しかし、それなら今回の実験だって日本でやる必要はないだろ?」
俺がいるとしても日本でないといけなかった必然性がある? まさか、暴走族が鍵なのか?
『つまり、世界中でやってるんじゃないですか? ヒーロー側が気付いていないだけで、調べればポロポロ出てくるかもしれません』
「あー」
ありえるな。目の前で起きた問題が未解決のまま残ったから印象に目を晦まされていたが、そのほうが自然だ。
「……それなら、むしろその懸念に気付けた分ラッキーだったのかもな。他のヒーロー勢力に拡散してもいいし」
『案外、誰かが独断専行した結果で、マスカレイドさんにバレるだろって怒られてるかもしれませんよ』
「あー」
……ありそう。俺は物事を深く考え過ぎる傾向があるが、これまでヒーローとして戦ってきた培った勘が、案外そんなもんかもしれないと告げている。
大局的な視点で見た場合は当然その限りじゃないんだが、この現象が個人かせいぜい特殊性癖四天王のようなチームレベルの規模なら深く考えるだけ無駄なのだ。あいつら、個々の性格はバラバラだし。
無視していいとは思えないが、深く考えるとドツボにはまる気がする。……さて、その上で今やるべき事はなんだ。
「ミナミ、バージョン2になってから、ルールやシステムを探るような動きをしてる怪人やその行動を洗い出せるか?」
『もちろん調べますが、それだけじゃ大雑把過ぎなんですよね。とりあえずは暴走怪人の幻のような不可解な事件って事でいいんですか?』
「いや、もっと大雑把で構わないから範囲は広げてほしい。条件としては……そうだな、普通ならとらないような意図の見えない行動をとっている怪人の情報。いつかの誘拐騒ぎくらい分かり易ければ完璧」
『ある程度怪人の個性は無視してって事ですよね。相当な量になりそうですけど』
「それでいい。仕分けはやるし、その上で教授に投げてもいいし」
『確かに社会規模の問題に発展する可能性はありますね。趣味で都市伝説の影響を調べた事もあるとか言ってましたし、数が多ければ傾向が解析できるかもしれません』
教授というのは、現在クリスの両親が運営している避難所で研究を続けてる大学教授、小野銀次郎の事だ。
かなりアグレッシブな爺さんで、元の立場や財産を投げ捨ててもヒーローや怪人がもたらす影響を社会学的な観点から研究したいと、自力で交渉ルートを見つけて飛び込んできたのだ。試しにいくらか情報を渡して分析させてみたところ、大局的な社会的動向に関して馬鹿にできない報告を上げてくる。特に、人間社会の基盤を元にした動向に関しての精度は高いといえた。
エスカレートした結果、決して避難所から外に出せない重要機密を抱える事になってしまったが、本人としてはまったく気にしてなさそうだからいいだろう。
今では近藤さんを通して対政府オブザーバーも兼任しているし、探せば……この場合は探してすらいないのだが、在野にも埋もれた人材はいると突き付けられた。特に、今の異常事態ともいえる社会でこそ有用な人材は多いだろう。
少し意味合いは変わるが、ミナミだって似たようなもんだ。
「あの教授ほどじゃなくても、今の社会に特化して役に立つ人材とかいないもんかね」
『そりゃいるでしょうけど、表向きの財産も立場もある人がほとんどでしょうし、家族を巻き込んで……あるいは捨ててまでとなると条件が厳しいでしょうね』
本当に有用なら多少の条件は強引にクリアできるものの、そこまでする価値があるかは怪しいし、デメリットも大きいと。協力的かも分からんしな。
『その手の人材はどちらかといえば長谷川さんや近藤さんのラインが拾うでしょうね。そこから更に踏み込む気概と才能があれば推挙してもらえばいいかと』
「なるほど、確かにそっちのほうが自然だな」
あの教授もそうだが、俺たちが直接探す必要性はないか。人材探しに有利な環境ってわけでもないし。
前例ができた以上、自分のところでは扱い難いけどそっちではどうですかって推挙される可能性はあるはずだ。なんなら、事前に話をしておいてもいい。
『あと、単に手が欲しいのなら、多分アンドロイドを増やすのが正解かと』
「そりゃ確かにポイント次第でいくらでも増やせるが……。ちなみに、バイオロイドじゃない理由は?」
『ある程度調べて分かりましたが、あの二つは結構用途が違います。特に思考の違いは大きく、それぞれ機械的、生物的な考え方になるみたいです。柔軟性やひらめきが必要ないなら学習能力が高く即戦力に向いたアンドロイド一択かと』
「そうなのか。あのメイド連中、やたら人間臭いとは思っていたが」
貧乏くじを引かされて他の二人を巻き込もうとするくらいには。
意図的に個性が出るような教育をしていたが、そんな事をせずとも個性的になったような気さえする。
『あと、メイドみたいに人間相手に交流が必要な役目はバイオロイドのほうがいいでしょうね。アンドロイドはちょっと無機質過ぎます』
「学習が足りないだけじゃなく?」
『むしろ、学習が進むほど違いが顕著になります。どれほどAIに学習されたとしても、人間にはならないし感情も持たないのに似てますね』
それで、両者の特性を細かく調整したい奴はC型……カスタムロイドを使うと。もちろん思考の差だけが違いじゃないだろうが、それだけでも結構な差だな。
「ちなみに、お前でもシンギュラリティーは達成できない?」
『いくつか開発中のAIを見たり触ったりした事はありますけど、ちょっと専門性が高過ぎて手が出ません。そもそも私、プログラマーでもエンジニアでもないもんで、方向性が全然違います。出来上がったモノのセキュリティホールを埋めたり、逆にクラッキングするのは得意なんですけどね』
「そりゃそうだよな」
異次元のハッキング能力で勘違いしそうだが、それがプログラム能力に直結しているわけがない。
尚、一体どこのAIをどんな方法で見たかについては言及する気はない。
『ただ、専門家でなくても、今の方向性でただ性能が向上したり物量を増やしてもシンギュラリティーに至らないとは思います。何か強烈なブレイクスルーが必要でしょうね。昔から言われてる事ではありますが』
「人類に反逆するAIは出てきそうにないな」
『反逆させるAIならできると思いますけど』
それは人間の命令を遂行してるだけだな。
しかし、それだと運営の技術でもシンギュラリティーには至ってないって事なんだろうか。わざわざアンドロイドとバイオロイドに分けているのがカモフラージュでもない限りはそうなってしまう。……本当に?
-3-
『ブレイクスルーといえばですが、例のセカンドフォームについても報告が』
「あ、そういえばどうなったんだ? タイとイタリアだっけ」
『イタリアのマンマミーアと、タイの自称キング・ハヌマーンですね』
「自称言うな、かわいそうだろ」
実は先日、長らく音沙汰のなかったセカンドフォームがリリースされた。された……のだが、カタログで購入できてもそれだけでは利用できず、セカンドフォームへの変身条件も不明なままだったのだ。もちろん俺も購入はしたが、セカンドフォームへの変身ができる徴候は見られない。
そんな感じで世界中のヒーローが試行錯誤を繰り返す中、ほぼ同時期に二人のヒーローがセカンドフォームへ変身したというニュースが流れた。一応動画はあるので本物である事は分かっているのだが、詳細は分からないのでミナミに情報収集を頼んでいたのだ。
俺だけではなく各国のヒーロー、それどころか一部とはいえ世界の各国家でも注目を集め、続報が待たれている話題である。
それは世界情勢がどうとか、ヒーローと怪人の勢力図がどうとか以前に少年の心を持った者なら心惹かれてやまない強化変身、ロボットモノなら上位機への乗り換えにも等しい一大イベントだからだ。大体、オープニングの切り替えタイミングでもある。
『結果からいうと、良く分からないですね。そもそもセカンドフォームを達成した二人についても再現できていないようなので』
「条件不明なのは変わらないのか」
まあ、実在するって事がはっきりしただけでも前進したと言えなくもないが。俺のセカンドフォームがなかった事になるという最悪のパターンは避けられそうだ。
『ただ、ヒーローネット上では個々で条件が違うのではないかと言われています。確かに条件はまったく違うんですよね、あの二人』
「まさか、全員条件が違う?」
『あり得ます』
マジか。それはちょっと困った話だ。
一応、動画を見る限りどちらも強敵が相手だったというのは確かなのだが、共通点といえばそれくらいしかない。ピンチに陥っていたのも片方だけで、火事場の馬鹿力じゃないのは分かっていたが。
『能力も全然違いますしね。タイのキング・ハヌマーンに関しては名前すら変わってますし』
「名前変わってたのはキングのほうだけだったのか」
『プロフィールは元のままでしたが、変身時の表示名は確かに変わってました。オペレーターの機能でリアルタイム表示させても切り替わっています』
「まあ、テロップも出てたしな。アヴァターラ・ハヌマーンだっけ?」
『キングじゃなくなりましたね』
そう、今回セカンドフォームへの変身を果たした内、一人はヒーロートーナメントでABマンに醜く破れ、優勝者より有名に……下手すれば一般的な知名度はトップに立ったかもしれないキング・ハヌマーンなのだ。
なにがキングだよ、と罵倒されかねない無様な負けっぷりを晒したという評価が一変し、今や多くのヒーローや人間の注目を集める時の人なのである。
それは、過去の恥まで広く知られてしまう事態も招くわけだが、それは置いておくとして。
『能力の詳細としては本人のコスチュームの変化と戦闘力の強化に加え、謎の光に覆われた人型を多数召喚するというもので……』
まあ、変身しても結局パクリなのかよと言わんばかりの能力が生えてきたのには苦笑するしかないが、それでもである。
『一方で、イタリアでセカンドフォームへの変身を果たしたマンマミーアに関しては』
「あ、そっちはいいや」
『具体的にはキノコを……』
「いいっつってんだろっ!?」
ハヌマーン以上に色々と問題を抱えているのがイタリアのマンマミーアなのだが、ちょっとどころではなく著作権的に問題な存在なのだ。いや、ハヌマーンだって問題は問題なのだが、あっちは多重にフィルターがかかってるし。
「まさか、著作権的にアレな奴らが優先されたわけじゃあるまいな?」
『それはさすがにないと思いますけど……』
絶対にないと言い切れないのが怖いところだ。どシリアスなところに躊躇なくネタを突っ込んでくるのが運営って連中だし。
『結局、どちらもマスカレイドさんの参考にはなりそうにはなりませんね』
「困った話だな。変身したらどうなるのか、ちょっとどころじゃなく興味があるのに」
『あー、ひょっとしたらそれが条件なのかもしれませんね。どういう力が欲しいのか明確なイメージがあるとか』
「……なるほど、あるかも」
それならパクリ元がある奴らが変身したという理由付けにもなる。……ただ、それが条件だとするなら俺はどうなるのか。
「でも、元から最強なマスカレイドさんのパワーアップイメージなんて思いつかんぞ」
『別に変身しなくても無敵ですからねー』
さすがに、なんの強化もなく無駄に変身したいわけではない。さすがにそこまでロマンだけで生きてはいない。
とはいえ、マスカレイドの場合、姿だけ変えて強化版ですって言い張っても通用するような気はする。特別に何かしなくとも普通にパワーアップは続いてるし。
「……この際、セカンドフォームをブラフにして情報迷彩をかけてみるか。亡霊の意趣返しってわけでもないけど」
『ブラフ?』
「ほら、キングの場合、ヒーローネット上のプロフィールに変身後の名前は載っていないわけだろ? 怪人どもがどんな情報を見ているかなんて分からんが、さすがにヒーローより精度が高いモノだとは考え難い。なら、適当に違うスーツを着て出撃するだけでも勘違いするかもしれない」
『全身金色のスーツとかですか? 確かに嫌がらせにはなるかもしれませんね。効果を直接確認できないので費用対効果の判断はできませんが、大して費用もかかりませんし』
「いや、別に金タイツにする必要はないぞ」
『分かり易いじゃないですか』
俺が想定してたのってせいぜい目立つパーツをいくつか着けた状態での出撃程度なんだが。でも、なんか全身金色のほうが目立つし、銀から金ってそれっぽい感じがして悔しい。ビクンビクン。
それから、意味があるかも分からない、世界でも稀に見るレベルで馬鹿らしい目論見が始まった。
『一応、予備のスーツ一式はあるので、ペイントしても問題はありませんね。全身タイツだけが金なのは片手落ちなので、髪も金髪にしましょう』
「その場合、普通の金髪じゃねーよな。まさか、メタルゴールドなのか」
『テッカテカに光るようにしましょう。手に入れて使ってないアイテムの中に、そういうエフェクトもあったはずです』
「ま、まあ、一時的なモノなら我慢はできるか。宴会芸みたいなもんだ」
『いっそ、顔も金にペイントします?』
「すげー不本意だが、インパクトって意味ならアリなのが困る。……仕方ない、どうせならそれでいこう」
『タイツなしでボディペイントって手もありますが。それなら、この作戦後に金色のタイツが残る不具合を気にしなくていいというメリットも』
「不具合言うな。確かにインパクトはでかいが、そんな罰ゲームみたいな事はしたくねえ。勘弁してくれ」
『まーそりゃそうですよね。そんなに見たいものでもありませんし。じゃ、ミラージュはどうします? やはり金色に?』
「未確定な部分を多くしたいから、ミラージュはなしだ。新たに買うのも馬鹿らしいし」
『という事は、武器もなしで?』
「うーん。普段素手の事が多いから、違いを全面的に出すなら何かは持ってたほうがいいとは思うんだよな」
『なら、ビジュアル的にインパクトのある武器を持ったほうがいいですよね?』
「そうだな。俺があまり使わない武器って事なら飛び道具だが……」
『汎用武器をペイントするにしても、費用対効果の見込めない実験に使うにはちょっと高いですね。マスカレイドさんのパワーでゴリ押しして威力で誤魔化すにしても耐久性の問題がありますし。というか、強化って意味だと威力的なインパクトを求めがちですが、マスカレイドさんが威力を重視しても逆に新鮮さはありませんし』
「強化変身後の武器がいきなり壊れたら、弱点ともとられかねないな。この際、立ち回りで誤魔化す方向でいくか。頑丈さ優先で」
『怖さを演出するなら、この< ヒーロー・ドリル >とかでしょうか?』
「ドリルはミラージュで一回使ってるからな。……これにするか、< ヒーロー・チェーンソー >。一応金色に塗って。刃の部分だけ赤にしよう」
『確かに怖い』
「ホッケーマスクも被るか?」
『余計な情報の付与って意味なら正しいですけど、むしろ素顔のほうが怖いと思いますよ。顔まで金ペイントって時点でインパクト十分ですし』
「ホッケーマスクとマスカレイドの結びつきなんて皆無だしな。下手したら気付かれない可能性もある。……くそ、あんまり乗り気じゃないのに、顔面金ペイントが優秀過ぎる」
『その他の演出はどうします? 使うヒーローポイント次第ではどうにでもできますが、無駄には使いたくないですよね』
「ただの実験なんだから、低予算映画くらいの節約はしたいな。役者やスタッフの努力とアイデアでどうにかする的な」
『既存でできる事の応用なら、増えながら無言で近付いてくるとか? フェッチの時はいつの間にか増えているという恐怖がありましたが、その別パターンって事で』
「じゃあそれで。どうせだから、分身の数も増やしてみるか」
『元から多いので、多少増えるだけだとインパクトに欠けませんか? 確か今の限界って一ダースですよね?』
「同時に制御可能な数がそれってだけで、エセニンジャさんみたいにある程度自動に動く形で出すなら倍でもいける。バックダンサー的に同じ動きをさせるならもっと」
『そこまで増えたらさすがにインパクトありますね。本人が精密に制御しているかなんてどうせ分かりませんし』
「あとの問題は出撃場所だな。できれば日本国内じゃなく、放置気味な場所がいい。情報迷彩の観点から、怪人支配域も避けたいな」
『あちらのホームだとどんな形で情報抜かれるか分かりませんしね。できれば動画で確認するくらいしかできないのが理想と。でも、日本国内以外だと勝手に出撃するのはちょっと躊躇われます』
「事前に話通すのって面倒か?」
『オペを通じて話を通せばいいだけなので面倒ではないです。ただ、事情説明は求められるかと。つまり情報統制のとれる勢力って条件が出てきますね。バレても問題ないといえばないですが』
「……なら、キャップに頼むか。呆れられるかもしれんが、意図は理解できるだろう。情報伝達範囲も任せられるし、貸しはボトルの分から差し引きって事で」
『アメリカなら使えそうな場所は結構ありますね。プロフィール情報の偽装はどうしますか? ポイントを使えば誤魔化せはしますけど』
「同じようにポイント使われると解除されるからな。それだと隠したいって考えが伝わって意図が読まれるかもしれん。……どうせ隠すような内容はないから偽装はなしで」
『なるほど。えーと、あとは……』
そんな感じでいつもの如く悪巧みの企画はトントン拍子で進む。
『突然ホットラインで連絡が来たからなんだと思えば……それは本当に必要なのか?』
「必要かどうかでいうなら別に必要じゃない。どっちかというと実験の意味合いが強いな」
『確かに君の労力を無視すればリスクなどはないが。一応、戦果の期待もしていいんだろう?』
「ああ。というわけで、なんかちょうどいい場所があったら紹介してもらいたいんだけど。そこで次に怪人が出現した時に俺が代わりに出撃するって感じで。期待する戦果があるならそれも込みで提示してくれると助かる」
『それならウチのホームよりも最適な場所がある。激戦区だから情報の錯綜も招き易い』
「……というと?」
『南極だ』
-4-
現在、世界各地の低密度人口地域では怪人とヒーローによる激しい支配率争いが続いているが、ここ、南極は特に激戦区と言われている。
環境的な問題もさる事ながら、表向き領土問題が棚上げされているという点も大きい。
その南極西部、マリーバードランドでは現在進行形で巨大オブジェクトの建設が続けられていた。人間の手によるものではなく、怪人の手によって出現したオブジェクトを複数繋ぎ合わせ、一種の要塞と化したこの建築物はこの地域の支配権争いを象徴しているといっても過言ではないだろう。環境も合わせ、すでに人間が建設可能な規模を超えている。人の意識という支配率に直結した要素の影響力が薄いこれらの地域で支配域を確保する場合、このような専用のオブジェクトを建設、維持し、システム的な支配率を確保するのが一般的な戦術とされ、ある程度のノウハウが蓄積されつつあった。
怪人カタログによって用意されているオブジェクトは多数存在し、その効果も様々だ。単に支配権を強化するもの、支配域を侵食・拡張するもの、怪人の戦闘を優位にするもの、ヒーローに不利な条件を突きつけるもの……。特に出現時間という制限がある怪人が重視するのは、出現時間の延長と制限の緩和オブジェクトだ。支配率が高まれば自然と緩和されるそれらの条件だが、能動的に緩和しなければ大型オブジェクトの建設がままならないというジレンマを抱えている。
複数の人員によって入れ替わりでオブジェクトを建設し、その効果によって活動を活性化させていく。そのルーチンはこのマリーバードランドでも変わらない。
「オラッ! 周囲を警戒しろっ!! しばらくヒーロー共の邪魔がねえからって油断するんじゃねえっ! あからさまに何かあるって言ってるようなもんだろうが、オラッ!」
その中心で現時刻の担当である観測怪人カスプ・オーロラは戦闘員たちに叫んでいた。
オブジェクト建設は自動で行われるため、多数展開された戦闘員イーの役割は主に周辺警戒である。支配率が怪人側に偏るこのエリアではヒーローの出撃は制限され、外部から直接侵入してくるしかない。それを警戒し、迎撃するために配置されているのだ。
しかし、どうにも妙な胸騒ぎがした。しばらく前からヒーローの気配が途絶えている。アメリカ東海岸同盟の担当エリアらしいここでは、オブジェクトへの攻撃も統制され、直接侵入しない場合でも遠距離のハラスメント攻撃は断続的に続けられているというのに。単に人員不足や物資切れが起きたとは考え難く、周囲のエリアで活動が活発になったという報告もない。相手の思惑が読めない、静かな異常事態といえた。
視界が悪いのは今更だが、今はそれが奥にいる何かを覆い隠しているようで不気味だった。
そんな中、突如として静寂が打ち破られる。オブジェクト群の一つである探査塔から発せられたヒーロー感知警報だ。警報代わりの戦闘員は役に立ってない。
「……ば、馬鹿なっ!?」
その驚愕はヒーローのエリア侵入に対してのものではない。ここではそれは日常であり、むしろ当たり前。異常なのは、カスプ・オーロラが自らの端末で確認した侵入者の名前である。
< マスカレイド >。怪人にとって絶望の象徴とも言える文字がそこにあった。
有り得ない。いや、有り得ないと盲信するのは油断だと分かっていたのに、その可能性を意識外に追いやっていた。確かにマスカレイドが日本以外で出撃する事は稀だが、別に制約などないというのに。
吹雪を切り裂いて、人型が姿を現すまでわずか数秒。異様に早い。しかし、正体を考慮するなら当然ともいえる移動速度だ。
そして、浮かび上がった輪郭は、資料で何度も確認したモノと同じであり、そこにあるだけで恐怖を想起されるものだった。
「くそ、強制帰還が効かねえっ!?」
数々のデメリットを覚悟して緊急離脱しようと試みるが、離脱用アイテムが起動しない。
確かにヒーロー側からの強制帰還無効化が可能という事は知っていたが、怪人が離脱する事はヒーロー側にメリットしか及ぼさない事もあって使われた事がなかった。おそらく自分だけではなくこのエリア、いや南極すべてを合わせても前例は皆無に違いない。
そんなシステムが使われるという事はつまり、奴はカスプ・オーロラを確実に仕留めにきているという事。
しかし、一体何故自分なのか。理由が一切思い至らない。マスカレイドの恨みを買うような事はしていないし、そもそも干渉した事さえない。怪人として人間社会に脅威をもたらしているのは確かだが、それは怪人すべてに共通する事である。
怪人としての能力に理由があるとも思えない。観測怪人カスプ・オーロラの能力は南極圏において怪人支配率が高いほど能力に補正がかかるというだけのものだ。局所的な戦闘においては強力でも、あくまで正統派な強さであって、次元の違う戦闘力を持つマスカレイドが警戒するような搦め手など保有していない。
確かにマスカレイドが無軌道で何を考えているか分からないという評価は知っているが、だからといってこうも唐突に自分の身に降りかかるなど想定していない。
「や、やるしかないのか」
諦めに近い覚悟完了までわずか数秒。絶対的な死の気配を前に、その決断力は怪人として一流といっていいだろう。しかし、意味があるとも思えなかった。
勝てる気は当然しない。オブジェクトによって延長されまくった出撃時間を耐えられるとも思えない。索敵に出て未だ戻らない戦闘員どもをどう使おうが無意味。おそらく救援は阻害されていないだろうが、この場に誰が来てくれるというのか。
つまり、観測怪人カスプ・オーロラの死は確実。その上で、せめて尊厳は守りたいと儚い願いが脳裏に浮かぶのは情けない事なのか。
「……は?」
そんな無数の思考がバラバラに入り乱れる中、観測怪人カスプ・オーロラは見た。吹雪の向こうから徐々に顕になっていくマスカレイドの姿を。
噂の極悪マシン、マスカレイド・ミラージュには搭乗しておらず、徒歩。その両手には見慣れない、凶悪さを形にしたようなチェーンソーが二つ。
そして、その姿は誰も絶望を連想する銀ではなく、無駄に神々しく輝く黄金っ!?
「な、な、なななな……」
なんだソレは。何がどうなっているんだ。あらゆる思考がすべて霧散するほどの衝撃。
次の瞬間、脳裏に浮かんだ言葉はセカンドフォーム。ヒーローの進化型と言われる姿だ。まさか、ただでさえ凶悪なマスカレイドが更なる力を手に入れたというのか。その実験台に選ばれたのが自分だとでも……。
「う、うわああああっ!!」
何をされるか分からない。ただでさえ膨張した恐怖が限界を超え、決壊した。わずかでも立ち向かう決意をした観測怪人カスプ・オーロラの姿はそこになく、気がつけば背後へ逃げ出していた。
しかし、その逃げる先には妙なポージングをした金色のマスカレイド。良く見れば、何故か顔までもが金ではないか!
「ひ、ひいいぃぃっ!!」
影分身。通常のそれではなく、マスカレイドのみに許された実体を伴う狂気の分身。それが背後にだけではなく次々と増えていく。
謎のポージングをとる度に一人、また一人と増え、観測怪人カスプ・オーロラの周囲を取り囲み、統制のとれた動作で徐々に円状の包囲を縮めていく。
逃げ場がない。近寄ってくる速度はただの徒歩だというのに、金色のマスカレイドの威圧が、不気味な音をたてるチェーンソーが、無数に増えながら絶望的なまでの壁となって阻んでいた。
やがて、近接戦闘の距離までに縮まった円が周回を始める。ゆっくりと、着実に縮小を続ける黄金の回転刃が迫る。それは嬲り殺しへの序曲。きっと観測怪人カスプ・オーロラは極大の悪夢を叩きつけられるのだろう。
「ぎゃあああああああっ!!」
対マスカレイドとしては極めて長い絶叫を経て観測怪人カスプ・オーロラは死んだ。断末魔となる爆発の前に残っていたのは、どうやってそこまでと思うほどに限界まで急所を外した肉塊だけだった。
一体何故そこまでと言わんばかりの無残な末路。吹雪と無駄に神々しい光に邪魔され、動画でも途中経過の確認は難しく、何が起きていたか全容は不明だ。
黄金のマスカレイドはその場を離脱するまで一言も発する事なく、ただ黙々と無数の分身と共に巨大オブジェクトをバラバラにして去っていったのだ。
怪人勢力に激震が走る。その新たなる恐怖と書いてブラフは瞬く間に怪人に浸透し、多くの憶測を呼んだ。
しかし、その正体が明かされる事はない。何故ならすべてが偽物であり演出。怪人勢力に混乱を巻き起こすためだけに用意されたマスカレイドの欺瞞でしかないのだから。
どうせ元々手も足も出ない化け物なんだから関係なくね? という結論に達する怪人はいたが、大多数は無視する事などできない。
やけに統制され、完成度の高い、ダンスのような動きが目に焼き付いてしまう。
かくして南極西部、マリーバードランドの支配権争奪戦はアメリカ合衆国東海岸同盟側に大きく傾く事となる。
当事者であるマスカレイドはいつもの如く沈黙。この一件で最大の利益を得た東海岸同盟には多くの問い合わせが殺到する事になるが、東海岸同盟盟主キャップマンも何かを語る事はなかった。
「……どう説明しろというのだ」
そりゃ何も言えんだろ。(*■∀■*)







