10-2 黒幕
何事もなく待ち合わせのエレベーター前まで辿り着いた。
ここに来るまでに、さっきの警備ロボットが二体ほど壊されていた。
「遅かったじゃない。警備ユニットに殺されたかと思ってたわ。」
「むしろ彼らの死体を見たぞ。」
「……オリちゃんが全部殺った。」
だろうね。
ここから先は四人で行動する。
最初の目的は社長室。
研究室や隠し部屋を探すという意見もあったが、まず会社の黒白をはっきり判断することにした。
会社ぐるみで危険なアイテムを作っている場合、社長室であれば証拠が発見できると踏んだ。
目の前にあるエレベーター。
この世界にもあったのは驚きだった。
文明が発達しているという驚きと、ワープとか魔法じゃないのかという驚き。
「で、このエレベーターは大丈夫なの?」
エレベーターには嫌な思い出がある。
という話ではないが、セキュリティ上見つかってしまうのではないか。
「大丈夫よ。これは運搬用エレベーターだからセキュリティも甘いの。」
「へー、そうなんだ。」
エレベーターに乗り込む俺たち。
社長室は最上階の二十階にある。
ボタンを押し扉を閉めると、普通に上に登っていった。
チーーン!
十階に着くと、古いエレベーターのようなベルが鳴った。
うるさい。見つかったらどうする。
「よし、あとは奥の角部屋が社長室ね……」
「ん? オリちゃんどうしたの……」
エレベーターを先に降り、左を向いた二人が固まる。
嫌な予感がする。
俺とタタミも降りて左の通路を確認した。
「oh my God...」
ゾンビ映画で大量のゾンビに囲まれる黒人男性みたいなセリフが出てしまった。
社長室までの太い廊下。
さっきの警備ロボットが五体壁際に並んでいる。
中世のお城みたいに飾りならいいが、間違いなく近づいたら動くやつだ。
「……どうしよう……。」
「ここまで来たらやるしかないじゃない。」
「そうですね。」
クラウとオリティアの回りに風が吹く。
二人共両手が燃えている。
そのまま警備ロボットに突っ込んでいった。
「はあ!」
ジュワァ!
先に攻撃したのはオリティア。
眩しいほど手が輝き、放たれた火球が警備ロボットの頭を熱で溶かした。
離れてるこちらまで熱気が伝わる。
バシュ!! バシュ!!
一瞬他のロボットがサイレンのような音を出そうとした。
その瞬間、的確に喉元を手刀で切り裂くクラウ。
サイレンすら出させない。
その奥のロボットにはオリティアの「炎の呪縛」魔法が効いていた。
炎の縄を引っ張り、転ばせたところで頭をぶん殴る。
「よいしょっと、あと一体クラウ!」
「ええ。」
「「《ファイアアロー》!!」」
息ぴったりに放たれた炎の矢は二本とも相手に飛んでいく。
ロボットの首元にXの字で刺さり、ロボットが倒れた。
「ふう。片付いたわね。」
「なんだか魔法合宿時代を思い出しますね。」
ロボットの残骸を避け、二人に駆け寄る俺ら。
何なんだよこの二人の強さは。
魔法合宿とか言ってるけど、軍隊の強化合宿でもやってたのか?
ロボットがいた太い廊下を曲がるとついに社長室まで辿り着いた。
ここまで騒いだにもかかわらず、幸運にも追加の警備ロボットが来ることはなかった。
あとはここに忍び込むだけ。
しかしマスターパスワードでも扉は開かない。
「あれ? セキュリティも解除したのに何で開かないの?」
「マジか! 何でだろう。やっぱり社長室は別枠なのか。」
さすがに社長室ともなるとセキュリティは厳重にしていたか。
予想はしていたがロボットしかいない夜の警備体制を見る限り、いけると思っていたが。
「せっかくここまで来たのに、何か方法は無いんでしょうか。」
「……これなら開くかも。」
カシャンッ!
あ、開いた。
鍵が外れる音がした。
「え、タタミん何そのカード!」
「……さっきの警備ユニットが持ってた。……ダメ元で《スティール》かけてみるもんだね。」
タタミは警備ロボから何かアイテムは取れないかと、得意の魔属性魔法をかけていた。
それが大当たり。
何故持ってるかは知らないが、社長室のセキュリティカードを手に入れていた。
マズイ、俺だけ何もやってない。
ついてきただけっていう。
本来なら「カタカタッターン!セキュリティ解除したぜ!」とかスーパーハカー的立ち位置なはず。
相変わらず自分の無力さが残念。
社長室の中に入ると……広い。
ちょっとした大学の講義室なみだ。
ほとんどの壁はガラス窓になっていて、真ん中にぽつんと社長の机がある。
落ち着かないだろこの部屋じゃ。
「あんまり資料は無さそうですね。」
「広いだけで棚も何も無いじゃない。」
「……待って! ……誰かいる。」
え!?
よく見ると社長の椅子が窓側を向いていて、人が座っているようだった。
こんな窓からの月明かりしか無い部屋で、何をやっているんだ。
俺達は身構えた。
「この建物に侵入する輩がいると思ったらそうか、君か。」
男性の声だった。
椅子がクルッと回ってこちらに向く。
「まさかあのケースを求めて、君がやってくるとはねオリティア・レッドマもがもがっ!!」
言い終わるかどうかの瞬間、オリティアの緊縛魔法。
いつもより多めに炎の縄が、男と椅子を縛り上げている。
クラウはいつの間にか椅子の背後に。
右手人差し指と中指で持っているのは、《ファイアアロー》。
男性の首元に矢じりを近づけていた。
「今『あのケース』って言ったわよね。フォレス社長。」
「場合によっては許しませんよ? フォレス・マチ社長。」
ああ、こいつが社長なのか。
それにしても容赦ない二人だ。
◆◆◆
俺達が近づいても何もしないのは余裕があるからか、本当に動けないのか。
たしかに、あまりにも早い拘束だったのはある。
もしかしたら応援とか落とし穴的なトラップを仕掛けようとしていたのかもしれない。
相手が小娘だと思って油断したんだろうか。
オリティアとクラウは、この会社が発生源の黒い噂について情報を要求した。
脅しというよりはお願い。
不法侵入をしておいてお願いをするのもおかしいが、顔見知りだと思われる社長の情に訴えた。
しかし初老に片足踏み込んでる社長は意外にも余裕そうだ。
何のためらいもなく俺たちに説明してくれた。
社長によると。
過去に『黒の魔術団』デッキケースを仕入れる際、改良試作品が流れて来たことがあった。
その試作品の中で危険な効果を発揮するケースが発見された。
デュエルの『誓約』の不具合。
術者の一方的なルールを読み込み、デュエル空間に取り込んで勝手に展開してしまう。
試作品は複数廃棄される予定だった。
そのうちの何点かを横領し、闇のルートに流したとの事。
「なぜそんなことをするんだ? 金か?」
単純に疑問だった。
金欲しさだとしても、自社の取扱商品に泥を塗るような行為だ。
バレたらこの会社は終わるだろう。
それに莫大な金で取引されているのではなく、都市伝説的な立ち位置で流出しているに留まっている。
「……私はこのVLDを憎んでいる。崇高な召喚術師の真似事を世界中で行うなんてくだらない。
代々召喚術師の家系に生まれた私だが、こんなのは召喚獣の決闘とは言いたくないのだ。」
「決闘って言ってもカードゲームじゃない! スポーツじゃない!
召喚術の真似事をされるのが嫌でも、デュエリストを危険に巻き込んでいいの?」
オリティアが反論した。
俺も同じことを思う、たったそれだけの理由か。
この老害のそんな考えで、クラウがあんな目に合ったって事なのか。
こいつイカれてやがる。
「そうだ。ゲームだよ。お遊びだよ。モンスターを扱うという危険性や倫理観を何も学べない。
その本質も知らずに何が召喚師だ。
なのに国民は操られたかのようにこのゲームに熱中している。異常だとは思わんかね?」
異世界人の俺から見たら異常とは思うけど。
流行なんてそんなもんだろ。
あとから見たら、何であんなもんが流行ったんだと思うものは沢山ある。
「例えステマで流行を操作されていようが、皆が認めてるんだからしょうがないじゃないか。
操られた愚かな国民だとしても、危険な目に合えばいいっていうあんたの考えは間違ってるよ。」
「貴様に何が分かる」
だめだこいつ。
早くなんとかする気も起きない。
だが話を聞く限りこいつがアイテムを作ったわけではない。元凶は他にいる。
「で、このアイテムを改良ってか改悪してる責任者はどこのどいつだ。」
「責任者? 君たちも知っている人物が一人で研究しているよ。
それは――VLD協会公式サポート企業、BSUカンパニー代表取締役、オシマ・レッドマインだ。」
「お父……!」
レッドマイン?
オリティアのお父さんか!?
オリティアを見ると、手で口を塞いでいる。
予想外だったんだろうか。
「ひ……一人で改造出来るわけないじゃん。……黒幕がいるんでしょ……?」
そうだ。タタミの言うとおり。
取締役がこんなミスを犯すわけがないし、すぐウワサに気がついて動くはず。
「いいやお嬢さん、あの方は自分の意志で実験を続けている。」
「確かに、お父様なら可能だわ。若くして『黒の魔術団』ブランドを確立させた男。」
「でも何のために? オシマ様に何のメリットがあるっていうんですか?」
「知らないわよ! こうなったら直接聞くしか無いようね。」
ショックを受けている……よう感じではないな。
むしろ怒りが感じられる。
そりゃ自分の父親が魔改造危険アイテム作ってるって情報聞いたら問い詰めたくもなる。
少し皆で話し合い、次の方針が決まった。
オリティアの親父が何を思ってか危険なアイテムを開発している。
その理由を聞き、やめてもらって、責任を持って回収してもらおう。
その後、俺達は社長を開放した。
逆に社長も俺たちをスムーズに帰してくれた。
俺たちを訴えたり始末しようとして来るだろうと思ったが、何もせず。
ただ不敵に笑っていた。
不正行為がバレるのを恐れたような感じではなく、先を見通されているような。
今後のVLDカードゲームに混乱を巻き起こしてほしい、そう期待されている気がする。