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※少し下品な表現があります。年齢制限は保険です。

 古ぼけた薬品やビン、使用用途不明のものたちが隙間なく並ぶ棚は店の四方にひしめき合っている。ごちゃごちゃ片付いていないようにも見えるが、きちんと掃除は行き届いていて種類別に分類されているらしい。そのおかげもあって雑然としてはいるが、汚いと言うほどの空間でもない。

 そんな店の中にある木製のカウンターを挟んで、店主らしき人物と身なりの良い紳士が向き合っている。店主はゆったりした服を着て怪しげに深くフードを被っているせいで分かり難いが、その声を聞く限りは若い女性であるようだ。そして向かい合う紳士の頭には、不釣合いな可愛らしい一対の三角の耳が乗っている。


「アマーリエ・ゴルドカッツ殿。どんなものでも作り出す奇跡の魔法使いの弟子と呼ばれるだけのことはある。この薬も良い出来のようだな」

「失礼ですが、我々は魔法使いとは違います。あくまでも私は錬金術士。あの様な非科学的なものと一緒にされると困りますわ」

「はは!そうだった、そうだった。それは失礼したな。それでは、礼は後で遣いの者に届けさせる。また頼む」


 灰色猫の紳士はそう言って楽しそうに頷くと、来たときと同じようにドアベルを鳴らしながら出ていった。紳士が出て行った扉の上には古ぼけた小さな看板が付いている。

 そこにはシンプルに古ぼけた木の板に金色の文字でゴルドカッツ錬金術と書かれていた。それが彼女――アマーリエの店の名前である。アマーリエは注文があって作り方の分かるものであれば何でも作る、錬金術を生業としていた。


「ったく、何回も魔法使いと一緒にするなって言ってるのに!次は薬にハゲールDXを混ぜてやろうかしら……」


 確かにアマーリエは大抵のものを作り出すことができる。だが、アマーリエは錬金術士であって、魔法使いではない。何もないところから水や雷を生み出すことはできないし、出来るとしたらそれは魔法でしかありえない。

 アマーリエが出来ることは、錬金術を用いて適切な量の材料を決められた順番を守って加工することだけだ。それは魔法などという非科学的なものでは、決してないのである。

 錬金術と魔法が同時に存在しているこの世界だが、魔法は適性がなければ扱うことができない。魔力がなければ魔法が発動しないからだ。しかし、錬金術は知識と技術があれば誰でも使うことができる。アマーリエはそんな錬金術士の中でもトップレベルの技術と知識を兼ね備えた人物であった。


「――アマーリエ、いるか?」

「居なければドアは開かないでしょ」


 次の注文の調合のために材料を戸棚から集めていると、背中に声がかかる。

 勝手知ったるとばかりに入って来た青年を横目でちらりと見れば、嫌味のような近衛騎士団の白い制服を着た男がカウンター越しに立っていた。この古ぼけた店では、そんな新品のように綺麗な白の制服はどうしても浮いて見える。だが、男はそんなことに気を止める様子もなく、ピンと立った三角の立ち耳を動かしてカウンター越しにアマーリエを見ていた。


「アマーリエ、またそんな格好をして」

「ルスト。何か問題がある?」

「問題っていうか、女の子なんだからもう少し……」

「不要なことに気を割く時間はない。私は忙しいの。そもそも、汚したら困るようなひらひらした服を着て調合なんてしてられないから」


 アマーリエが身に纏うのは、目元から膝までをすっぽりと隠す大きな紺色のローブ。その下には灰色のブラウスに黒色のパンツだ。切るのを横着して腰まである髪は一本に編んで、左から胸の前に流している。

 対して向かいに立つのは、子供の頃は女の子のようだと称されたルストである。そんな風に言われたのが信じられないくらい、今ではすっかり男らしくなり騎士の名に恥じない美青年っぷりだ。光を浴びて銀色に光る毛並みは神々しいまでに美しいし、両眼にある藍色の瞳はそのまま宝石にしたいくらいだろう。――ただし、彼の顔は狼のそれであるのだが。

 呆れた顔に歪ませてアマーリエを見ているルストと目が合った。


「ってことは、ローブの下はまた男みたいな格好をしているな?」

「シパーでは女性も好んでパンツを履くそうだけど?」

「ここはシパーではなく、ルディアだろう。結婚前の若い女性はスカートを履くべきだ」


 訪れたことはないが、男女平等と声高く言っていると噂に聞くシパー国の名前を出せば、ルストは呆れたような声で咎める。どうやら重厚なカウンターに隠されたアマーリエの下半身はルストには見えなかったらしい。薮蛇だったと内心思いながら、アマーリエはルストに背中を向けたまま材料を集めていく。


「埃被るくらい古ぼけた考えね。それで言うなら、私は大して若くないから例外ってことかしら」

「アマーリエ」


 ふと見れば、ルストは咎めるような目でアマーリエを見た。しかしローブの奥に隠れたアマーリエの瞳は、もうそんなことでは動揺はしない。

 二十歳前後で結婚する女性が多いこの国では、二十六歳になるアマーリエは年増と言って良い。それこそ、噂のシパー国ではまだまだ花の盛りと言われる年頃であるのに。


「……それで?何か用があるんでしょ?」

「アマーリエが試験を受けていると聞いた」

「お師匠様が?全く、あの人は口が軽いみたいね」


 アマーリエは小さくため息を吐きながら師匠の姿を思い浮かべた。

 偏屈な人が多いと思われている錬金術士だが、実際に偏屈な者が多い。そんな錬金術士のプロフェッサーという最高地位にいながらも、師匠は人好きで朗らかな人柄という変わった人間である。

 師匠は弟子だけでなく、弟子の友人であるルストのことも可愛がっていて、見かければ話しかけずにはいられないらしい。町に店を構えているアマーリエと違って、王宮で仕事をしている師匠と王宮に勤めるルストが顔を合わせやすいだけのことかもせれないが。


「女でマギステルになった者はいない。マギステルになれば弟子を取らないといけないのが残念なところだけど」


 マギステルはプロフェッサーの一つ下の位になる。つまり、錬金術士としては上から二番目の位であるのだが、アマーリエを始めとして女性ではなった者はいない。

 錬金術士の修行は長い時間を必要とする上に、膨大な知識が必要である。しかし、それらが身に付く前に結婚や出産で自ら諦めてしまう者が多い。緻密で難しい作業が多い錬金術は少しでも間違うと、貴重な材料がただの塵と化す。何かに心を傾けながらできる作業ではないのである。だからなのかは知らないが、錬金術士として大成する者は大抵が独り者だった。


「別にマギステルにならなくても良いんじゃないか」

「言っておくけど、私の夢はあくまでもプロフェッサーだから」

「それは子供の頃からよく言ってるから知ってる。でも、プロフェッサーって代替わりだろ?」

「うん。だから、まずはマギステルにならなくてはね」


 アマーリエの夢は子供の頃からプロフェッサーになることだけだった。だから、マギステルも通過地点に他ならないのである。ようやく見えてきたプロフェッサーへの道筋に、アマーリエの口元は自然と弧を描く。


「……分かった」

「でも、師匠に聞いたと言うことは知っているんでしょ?」

「何を?」

「試験の内容。全くふざけた人だと思っていたけど、ここまでふざけた人間だとはね。愛の秘薬なんてものを作らせようなんて……!」

「愛の、秘薬?」

「あ!そうだ。ルストは顔も良いし、騎士だし女性にもモテるよね?頼みがあるの!」


 がっくりと肩を落としていたルストはそのままの体勢でピシリと体を固くしてアマーリエを見た。


「……頼み?」

「ほら、頼みがあるのに茶も出さないってのもね。奥に座って。お茶を淹れるから」


 アマーリエはルストを店の奥のプライベートゾーンにある、ソファーセットに座るように促して、自分用のとっておきの茶葉でお茶を淹れた。


「それで、頼みと言うのは?」

「ナナイロツバメの風切り羽根、人魚の涙、ココロ石の欠片、ソシロヘビの鱗までは手に入ったんだけど、恋する乙女の涙というのが難解で。私もそう若くはないとは言っても一応は未経験だから自分のでも良いかと思ったんだけど、冷静に考えるとダメでしょ?」

「ぶっ……!」

「もう、せっかくの良い茶葉なのに勿体ない。それでね。自分の涙が入ったものを面と向かって売るのは、さすがに気持ち悪いかなと思って。しかもそれが飲み薬だと思うとね」


 アマーリエが一気に話してルストを見ると、ルストは目を白黒させて口に含んだお茶を吹き出した。そんなルストに意も介せず、アマーリエはさらに続ける。


「まぁ良いわ。そこでルストに頼みがあるというわけ。そこらへんの乙女を捕まえて、適当に惚れさせて泣かせて来てくれない?対価は払うから」

「このっ……バカ野郎が!」

「失敬な。こんなでも一応は女なんだけど?」


 ルストは持っていたハンカチで口元を拭いながら、アマーリエに向かって怒鳴りつける。


「そうだけど、そうじゃない!」


 結局、ルストは散々怒鳴るように文句を連ねて、壊れるほどの大きな音を立てて帰っていった。


「――いつも大きな音を立ててドアを明け閉めするなと言うのはどこのどいつよ」


 閉められたドアに向かって呟いてみるが、当然ながら返事はない。

 アマーリエは気を取り直して、次の依頼の品を作ることにした。頼まれたものは写し鏡。同じ鏡を持つ人と離れていても会話できるという便利な道具である。

 師匠の元から独り立ちして、まだたったの一年ではあったが、それでもアマーリエは同じ年頃の錬金術士の中では多忙な方だろう。師匠が錬金術士で最高峰のプロフェッサーであるために、まだ下位のマイスターでしかない弟子のアマーリエにも恩恵があるのである。プロフェッサーは王宮務めであるから、そう簡単に一般人は仕事をしてもらえない。多少品質が落ちてもプロフェッサーの技術によるものを欲しい人間はアマーリエに頼むのだ。


 そんなアマーリエが錬金術士を志したのはまだ初等学校に通っていた、十にもならない頃だった。


「――ガリ勉のアマーリエ!」

「魔力無し!」

「……」


 アマーリエは抱えていた分厚い本をぎゅっと抱き締める。だけど、顔は決して下げないし、その歩みも止めることはしない。

 刺のある言葉を投げつけてくるのは、同級生の男の子たちだ。三角の耳や色鮮やかな羽、しなやかな尻尾を持つ子どもたちである。しかし彼らの姿が珍しいのではなく、珍しいのはアマーリエの方であった。


 この世界ではほとんどの人間が当たり前のように魔力を持ち、基本的には魔力の無い者はほとんどいない。アマーリエは圧倒的に少数派であった。

 その証拠にアマーリエにはほとんど獣の特徴がない。ルストが狼と違わない頭を持っているように、魔力があれば少なからず獣のような特徴が体のどこかに出るのだ。アマーリエには鋭い牙や爪、よく聞こえる耳、愛らしい尻尾、柔らかい毛並み、そのどれも持ち合わせてはいなかった。ようやく瞳の形が違うくらいで、他は魔力があるとされる獣の特徴を有してはいないのである。


「黙ってないで何とか言えよ。本当に暗いやつだな!」

「つまんねー。行こうぜ!」


 アマーリエが持ち得ないものを持つ子供たちは、アマーリエが何の反応も見せないのことにつまらなそうに言い放ってそのまま追い越して走って行った。少しでも反応するから面白がる。それはアマーリエが幼い頃からからかわれ続けて学んだことだった。


 そして足音が遠くに消えて、アマーリエは強ばった手をようやく緩める。向かう先は初等学校に付属している図書室。そこには所狭しとたくさんの本が隙間なく並べられた、アマーリエにとって宝の山のような場所だった。

 アマーリエは借りていた本を司書に返却手続きをして、新たに借りる本を目を輝かせて物色する。前から目星をつけていた本がまだ残っていたので迷うことなくそれを手に取り、窓際の隅にあるいつもの席に座る。

 まだ幼い年令の子どもたちが通う初等学校の図書室は人が疎らだ。きっと放課後はさっさと帰って遊びに行きたいのだろう。図書室にはアマーリエがページを捲る音だけが聞こえていた。


 どのくらいそうしていたのだろう。アマーリエが顔を上げると、夕陽で髪を緋色に染めた少年が向かいに座っていた。


「ルー、特別講習終わったの?」

「うん。さっき終わったとこ」

「じゃあ、帰ろっか」

「アムは本いいの?」

「これは借りて帰るから」

「そっか」


 アマーリエが立ち上がると、向かいの少年も立ち上がる。アムはアマーリエのニックネームで、ルーはルストのニックネームだ。彼らは幼馴染みで、いつもこうして一緒に帰る。苛められているアマーリエを気遣って、ルストがいつも送ってくれるのだ。


「あたし、ルーが送ってくれなくても大丈夫だよ」


 二人で家までの道を歩きながら、アマーリエはルストに告げる。それはいつも考えていることで、今までも何度として口にしてきたことでもあった。


「だめ」

「……ルー」

「絶対だめ」


 やはり、ルストから返ってきた言葉はいつもと同じである。アマーリエがため息混じりにルストを見れば、彼は念押しとばかりに同じことを繰り返した。


「何がそんなに心配?口では言ってくるけど、別に暴力振るわれてるわけじゃないし」

「言葉も暴力だよ。僕はアムが傷付くの見たくない」

「ルーってば心配しすぎだよ。いつまでもルーに守られていられるわけじゃないんだから」

「……そうできれば苦労しないけどね」

「ルーはエリートなんだから、いつかは別々の道を歩くのよ。いつかは一人で生きていかなきゃいけないし」


 そう。ルストは高魔力持ちのエリートだった。普通レベルの魔力持ちであれば、耳や尻尾だけ生えているくらいなのに、ルストは頭が狼そのものである。それは彼がエリートたる魔力の持ち主である証拠に他ならないのだ。

 この国の高給取り、官吏や騎士、魔術師という仕事はルストのような高魔力を持っている人間にしかなることができない。だから大抵の高魔力持ちというのは貴族生まれで、庶民から高魔力持ちが生まれるのはかなり稀なことであった。


「そんなの!僕が……」

「あ!そうだ。あたしね、思いついたの!錬金術士になろうと思うの!」

「……錬金術士?」


 元々、図書室にはよく来ていたが、最近熱心に本を読んでいたのには理由がある。アマーリエは将来の目標を見つけたのだ。それをルストに告げれば、ルストは訝しげな顔でアマーリエを見た。


「そう!錬金術士!あのね。錬金術って魔力が必要ないのよ」

「そうなんだ」


 錬金術は様々な魔力のこもった素材を調合して、魔法薬や魔法のアイテムを錬成する仕事である。その仕事は魔力のこもったアイテムを扱うという特性上、魔力が無ければ無いほど良い。錬金術士に魔力があると、その魔力が混ざって本来意図したものとは違うものが出来たり、爆発したりしてしまう恐れがあるのだ。


「そうなの!あたし使える魔力はほとんどないし、このままだったらどこかのお屋敷で下女として雇ってもらうしかないでしょう?それに勉強は好きだから頑張るつもりよ」

「そんなの、僕がアムを養って……」

「確かにルーはきっと良い仕事に就いて、あたしを雇うなんて余裕だろうけど。でも、知ってる人に雇ってもらうなんて気を遣うから絶対に嫌」


 アマーリエはルストを遮って言う。魔力の少ない者の就職先として一番よくあるのが、貴族や大商人などの屋敷で働くことだ。

 魔力が大前提にあるこの世界では、基本的に魔力の大きさが強さに比例する。つまり、魔力のないアマーリエのような 者は魔力のある者に敵わないので、魔力がある者にとっては安全に側におけるというわけだ。


「いや、そうじゃなくって、僕は……」

「とにかく、そういうこと!錬金術士になるにはとりあえず試験を受けて弟子入りしなくちゃならないみたい。たくさん勉強しなくちゃ!」

「……アム」

「なぁに?当然、応援してくれるでしょ?ルー」

「もちろん。……でも、無理だったらいつでも僕がいるからね?」

「ふふ!ルーに迷惑かけないように頑張るね!」


 アマーリエが期待と希望に満ちた笑みでルストを見れば、彼は困ったような顔で笑みを作ったのだった。明日からは弟子入りに向けて、たくさん勉強をしなくてはならない。しかし、アマーリエは勉強が全く苦ではないタイプだ。どんなこともやってのけると、この時誓ったのである。

ハゲールDX【はげーるでらっくす】

塗布後数分で塗布した部分の毛根が一網打尽にされる。女性に人気だが、取り扱い注意。


写し鏡【うつしかがみ】

離れた場所にいても、同時に作られた同じ鏡を持っていれば顔を見て会話できる。ただし、一枚の鏡から作成するため作れる数に限りがある。

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