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君の世界Ⅳ

 私はいつでもおにいちゃんに照らされて生きてきた。それも眩しいほどの光で。

私が輝いているのは、おにいちゃんのおかげだ。私はやはり、月のようだ。

いや、この表現は適切ではない。

おにいちゃんも輝いてはいないのだ。

おにいちゃんも私も誰かに照らされている。


 去年の三月。

お父さんが急性心臓病で亡くなった。

それをきにお母さんの様子がおかしくなったのは、言うまでもない。

しかし、お母さんはその姿を私たちには見せず、私たちを育てるためにパートを増やしたくさん働くことにしたのだった。私はお母さんが大変なことは知らなかった。しかし、お母さんが辛そうな顔をしていることだけは分かった。

そして、夏休みがやってきたのだった。

「母さん。夏休みなんだから、どこか行こうよ。」

私はお母さんを励ますためにお出かけに誘った。

しかし、おにいちゃんは

「くるみ…また来年な…来年になったらおにいちゃんも働けるようになって、母さんも少しは休めるようになるから。」

事情を何も知らなかった私にとっては意味不明の言葉だった。

「なんで、意味わかんないよ…なんで来年なの…」

私は母さんを励ましに行きたいという一心で必死に駄々をこねた。

それを見ていた母さんは、

「一日だけなら行こうか。いいだろ?勇気。」

「母さんが良いって言うなら。」

となり、忘れもしない8月11日に海に行くこととなった。

私にも運があるのだと思ったその時は…


 そして、8月11日。

私は初めて本気で自分に運がないことを恨んだ。

台風が直撃したのだった。母さんは必死に私をなぐさめた。

私は母さんに聞いた。

「また今度行けるよね?夏休みの間に行けるよね?」

母さんは首を横にも縦にも振らなかった。

後で聞くと、パートを毎日詰め込んでいたらしい。

一方でお出かけに反対していたおにいちゃんは何も言わず、ただ外の景色を呆然と見ているか、受験勉強をしているかのどちらかであった。

そうだ…

その頃から、おにいちゃんはこの世界に希望はないみたいな顔をし始めたのだ。そして、おにいちゃんは、何も言わなくなった。いや、正確には私とおにいちゃんの会話がなくなっただけであるが、母さんともあまりはなしていないようにも見えた。


 それから、また月日は流れ冬休みになった。

しかし、やはり状況は夏休みと変わらず、ただ母さんは朝から働きに出て、おにいちゃんは勉強しては窓の外を見て、いや見ていたのだろうか?ただ目がそっちに向いていただけであってどこも見ていないような感じがしていた。そんなおにいちゃんが少し怖かったのを覚えている。しかし、そんな何もない、冬休みはそう長くは続かなかった。


 1月5日。

私が朝起きると、外には雪が積もっていた。

このことを母さんに伝えようと母さんの寝室に走って向かうと、途中におにいちゃんがいてやはり、呆然としていた。そんなおにいちゃんを無視して母さんの寝室に行くと母さんは首をつっていた。私は悲鳴を上げた。

そして、何度も

母さんを呼び続けた。


 悲鳴を聞きつけた近所のおばさんによって、救急車が呼ばれ、母さんは病院に運ばれたがもう手遅れであった。

それから、葬式まではあっという間であった。


 葬式の日。

私はあたりが暗い中で冷たいはずなのに雪がまだ積もっているはずなのに、裸足のまま外へ飛び出していた。当然、誰も追いかけては来なかった。

そのうち、雪が降り始めたのをきっかけに私はやはり寒かったようで、まず足の感覚がなくなっていき、ついには意識が朦朧とし始めていた。

次第にもう歩いているのか立っているのか、生きているのかさえわからなくなっていた。


あれから、何時間経ったのだろう。

私はまだどこかを歩いていた。

そして、男の人にぶつかった。

「すみません。」

私は謝った。

相手の男の人は暗くて顔はよく見えなかった。

私は少し疑問に思った。

この人は何でこんな周りに明かりがない場所にいるのだろうと。

私はあてもなく歩いていたからこんなところに来たわけだが、この人はなんで…しかし、その疑問はすぐにわかった。

次の瞬間。

私は光を浴びた。

久しぶりに浴びる光だったので思わず目をつぶってしまった。

「くるみ…」

声がした。

私は目を開けると、男の人の顔を見た。

彼はいつもの暗い目ではなく、まさに天使を見るような目で私を見ていた。

そう、生きる希望を見つけたような目だ。

彼は、私を抱きかかえた。

「くるみ…お前はおにいちゃんがちゃんとまもってやるからな…」

もう雪は降っていなかったせいか、いや違うだろう。私たちはもう迷わないような気がした。

いつしか、真っ暗だった、空も月が雲の隙間から顔を出すと星たちも我先にと、輝き始めた。

もしかしたら、私たちを照らしているのはまだあの夜空なのではないかと思う。いや、そんなことはない。あの夜はきちんと帰れたじゃないか。


 そんなことを考えていると私は病室にいた。

何度か、おにいちゃんに呼びかける。

「おにいちゃん…ってば…聞いてよ…」

「くるみ…なんで…?」

「私にもわからないよ…

でも、おにいちゃん…」

そうだ…私はトラックにひかれて…

「なに?」

「くるみ…くるみは、楽しかったよ。確かにいろんな事があって、いろんな事出来なかった世界だったけど、楽しかったよ。それも全部、おにいちゃんがいたからだよ。おにいちゃん…大好き…おにいちゃんの妹で本当に良かったよ。」

本当だ。おにいちゃんがいなかったらきっとまだ、あの暗くて寒い中にいたのだろう。

「くるみ…」

「おにいちゃん…

本当にありがとう…」

「くるみ…じゃあな…」

「おにいちゃん…

ゆっくり人生を楽しんだらまた会いに来てね…

ゆっくりでいいからね…

ずっと待ってるから…」

「あぁ…くるみ…」

「お…にい…ちゃ、ん…」私の意識は遠くなる。

これが夢ならばいいのに。もう少しおにいちゃんと過ごしたかったな…


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