うつくしいおひめさま
その美しさは何のため?
それはとっても昔のとっても遠い国に生まれた、愛を忘れた寂しがりやの妃様のお話。
ある国の北の外れにある小さな町の小さな屋敷。
そこには一人のとても美しい少女が住んでいました。
少女のその美しい姿を一目みようと、その屋敷にはいつもたくさんの人達が訪れていました。
ある商人は言いました。「あぁ、貴女はなんと美しいのでしょうか、貴女の美しさの前では私の持つ宝など路傍の小石も同じことでしょう」
ある騎士は言いました。「あぁ、貴女はなんと美しいのでしょうか、貴女の美しさの前にはどのような敵もその剣を手放すでしょう」
ある村人は言いました。「あぁ、貴女はなんと美しいのでしょうか、貴女の美しさの前に私達は祈りを捧げるでしょう」
少女は「美しい」と、そう言われるのが何よりも好きでした。
「美しい」そう言ってもらえるようにと少女はありとあらゆる呪いをしていました。
髪の艶を整える呪い。
肌に透き通るような白さを与える呪い。
指先に魅了の呪い。
瞳には愛らしさを感じさせる呪い。
その華奢な肢体には庇護欲を与える呪い。
「美しい」ただその言葉を聞きたいがために。
ある時は盗みを働きました。
またある時は無理やりに奪いとりました。
霊獣の胆、聖霊の瞳、魔物の鬣、世界樹の根、不死鳥の翼、鬼の角、虹蝶の鱗粉。
そして、処女の生き血。
呪いを成功させるたびに少女の美しさは磨き上げられていきました。
何物にも変え難い程の美しさを手にいれました。
何者にも抗えない程の魅力を手にいれました。
少女を美しいと讃える者は日に日に増えていき、そしてついに少女の住む国の王様にも少女の噂はとどきました。
王様はこう言いました。
「あぁ、其方は何よりも美しい。其方には私の隣りで輝き続ける事を許そう。さぁ、私と共に来るがいい」
少女は喜びました。少女の「美しさ」が王様にも認められたのですから、少女の努力は一国の主の目に止まる程であったのですから。
少女は王様に言いました。
「あぁ、私はなんと幸せ者なのでしょうか。王様にもらって頂けることになるなんて、これ程の誉はありません」
少女はその表情にほんの少しの影を落として言葉を続けます。
「王様、どうかこの私の願いを一つだけ叶えて頂けませんでしょうか?」
王様は答えます。
「いいだろう。どのような事でも構わん、申せ」
少女は何者をも魅了してしまうその美貌に微笑みを浮かべ、言いました。
「王様が私と夜を共になさる時は、私に『美しい』と、そう耳元で囁いて欲しいのです」
それは少女の心からの願いでした。
「美しい」その言葉のためだけに生きてきた少女が望むただ一つの願い事でした。
少女の願いを王様は快く受け入れ、そして少女と王様は結ばれました。
二人の結婚式を国中の人々はたくさんの贈り物をもってお祝いしました。
ある商人は集めに集めた宝の全てを献上しました。
ある騎士は自らの剣の全てを捧げると誓いました。
ある国民は声を大にして二人の結婚を賛美しました。
幸せな結婚でした。国中に笑顔が溢れ、誰もが幸せなひと時を噛み締めていました。
少女は妃様になりました。
数年の後、二人の間に一人の女の子が生まれました。
二人の間に生まれたお姫様は母親に似て器量もよく、周りの人々に愛されながらすくすくと成長しその初雪のような白い肌から白雪姫と呼ばれていました。
妃様がおかしくなり始めたのはそれから十年経った時、白雪姫の十歳の誕生日を祝う祝宴でのことでした。
きっかけは王様の祝宴での一言でした。
王様は言いました。
「白雪姫はとても美しい。将来この国で最も美しい女性になるだろう」
妃様は驚きました。この国で最も美しい人がいつか自分ではなくなってしまうと知ってしまったのですから。
妃様は悲しみました。彼女の美しさは時間とともに失われていくというのに、何の努力もしていないお姫様は時間とともに美しさを手にいれるのですから
妃様は考えました。妃様が一番美しい人であるためにはどうすればいいのかを。妃様とお姫様に平等に流れる不等価な時間を交換するにはどうすればいいのかを。
そしてまた時間は流れ、妃様の美しさは少しづつ霞んでいきお姫様の美しさは磨き上げられていきました。
妃様は焦りました。いつ白雪姫が自分より美しいと王様に言われてしまうのかわからないからです。
妃様は毎日王様に尋ねました。
「王様、この国で最も美しいのは私ですよね」
そう尋ねる妃様の声はとても弱弱しく、今にも消えてしまいそうなほどでした。
その問いに王様はよどみなく答えます。
「決まっている。この国で最も美しい者は私の妃だ」
その返事を聞くだけで、妃様は心から安心することができました。
心の底から幸せを感じることができていました。
しかし、不等価でも時間は淡々と流れていきます。
白雪姫はますます美しくなっていきました。
それこそ、国の中で最も美しいと称えられるようになるほどに。
妃様は少しづつ醜くなっていきました。
それこそ、王様に美しいと言ってもらえなくなる程度に。
妃様は嫉妬に狂ってしまいました。
自分よりも美しくなった白雪姫を許せませんでした。
いなくなってしまえばいいのに、そう思ってしまうほどに白雪姫を許せませんでした。
妃様は白雪姫にプレゼントだと言ってある林檎を渡しました。
妃様はその林檎にある呪いをかけていました。
食べた者を永遠の眠りに誘うお呪いでした。
白雪姫は久しぶりに母親からプレゼントをもらったことが嬉しくて、もらった林檎をその場で食べてしまいました。
白雪姫の御葬式には国民のほぼ全員が参列しました。
国中の誰もが白雪姫の死に涙をこぼしました。
王様はお葬式でこう言いました。
「白雪姫はこの国で最も美しい姫であった。これは今後百年の時が経とうとも変わることはないだろう」
妃様は悲しみました。
王様も国民もみんながもういない白雪姫を美しいと言って、誰も妃様に美しいとは言ってくれないのですから。
妃様は悲しみのうちにその命を絶ってしまいました。
最期に妃様が思い出したのは、綺麗だね、と頭を撫でてくれた大きな父親の手のひらでした。
その美しさは愛のため。