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1話:日常



小さな村のはずれにある小さな僕の家。そのすぐそばにある丘に転がりながら、僕は何をするわけでもなく空を眺めていた。どこまでも蒼く澄み切った青い空。それは無限に広り、果てを知らぬもの。僕はそんな蒼い空が小さなころから好きだった。


この村には便利なんて言葉はない。すべてが自給自足で、支え合いなくしては生きていくこともできないほどに時代に乗り遅れてしまった村。都会に行けば、便利という言葉であふれていると聞いたが、僕にはそれがどのようなものなのか想像もつかない。


だけれども、僕は今の暮らしが気に入っているし、その都会という場所に移り住みたいと思ったこともない。のどかでゆっくりとした毎日がずっと続くと思っていたんだ。



「レイン、こんな所で何してるの?」



幼馴染のアリシアと一緒に…



「なんでもいよ。いつも通り空を眺めていただけさ」



丘に生える草に預けていた身体を起き上がらせると、にっと笑いながら僕はそう応える。



「本当にレインも好きよね…

いつも見たって変わりっこないのになにがいいのよ?」



「"変わらないから"いいんじゃないか。

僕たちは成長していくけど、この空はいつも同じ顔を見せてくれる。

いや…夜になったり雨の日なんかは不機嫌だけれど、晴れてる日はいつも無限の可能性を感じさせてくれるからさ」



「うーん…

解るような解らないような…」



人差し指を額に当てながら考えるそぶりを見せるアリシアは、果たしてどこまで真面目に考えている事やら…

まぁ、初めから同調してもらおうとは考えていない。あくまでも、僕自身の考えであり、他人がどうあろうとも変わることの無いものなのだ。



「ところでさ…」



「ん?」



急に何かを思い出したかのように、切り出したアリシアは悪戯を思いついた子供のような眼をしていた。いや、正確にはこれが本命で来ていたのかもしれないが…



「な、なんだよ…」



嫌な気しかしないのだが、とりあえず聞いてみる事とする。どのみち、逃げられそうにはないのだから…



「あのね。私の誕生日覚えてる?」



「……明日です…」



「じゃぁ、プレゼントは用意してくれてるよね♪」



そう言う笑顔は正に天使そのものであった。ただし、それは顔だけであり、内心は鬼になっていることもよく解る…

要するにだ。アリシアは僕が何も用意していないことを知っているのだ。別にプレゼントをあげたくないわけではない。だが、例年はそれで通っていたのに、急に今になって言い出したのだから驚きである。



「別に特別なものが欲しいわけじゃないの。

レインからだったらなんでもいいわ。だからね……絶対、何か用意しててよ?」



それだけを言い捨てると、アリシアは足早にその場を去っていってしまった。


さて、どうしようか…

とりあえず、財布の中身を確認するが中はわずか12G。これでは、プレゼントと呼べるようなものは買えな……待てよ…?

そう言えば、アリシアはモモナッツの実が好きだったはずだ。あれならば村の店で売っているし、12Gで買えないこともない。


そう考えた僕はさっそく、村の中心部にある唯一の店に行ったのだが…



「あぁ、悪いね。

今、モモナッツの実は売り切れているんだ」



という店主の言葉で僕はがっくりと肩を落としてしまう…

しかし、落胆していても仕方がないのだ。次の案を考えなければいけないだろう。



「あっ、でもモモナッツの実なら森にいけばあるんじゃないか?」



「えっ、森って僕の家からさらに奥に行った所にあるあの森…?」



店主が妙案だと言わんばかりに笑うが、僕はそれに苦笑するしかない。



「ここら辺に他の森があるか?」



「いや、ないけどさ…

あそこってリザードマンがいたよね…」



そう、村から見て東に位置する森には確かにモモナッツの実が自生している。しかし、同時にあそこはリザードマンというモモナッツ好きの魔物の住処でもあるのだ。

リザードマンと言えば、頭がいいし腕もたつ。更には仲間意識も強いためとても人間一人が勝てるような相手ではないのだ。そんな所に行けとは自殺してこいと言うのと同じであるわけで…



「安心しろって。

あいつらは夜にしか狩りをしないし、そもそもこちらから仕掛けなければ危害は加えてこない」



「でも、モモナッツの実を取ってったら敵とみなされるんじゃ…」



「それは否定できんな。

だが、なんとかなるだろ。俺は行商人から買ってるだけだから、行きたくないけどな」



なという無責任な発言だろうか…

しかし、その行商人という存在ですらこの辺鄙な村にやってくることは稀である。明日に差し迫ったアリシアの誕生日を前に、それを待つことなどできない。すなわち、僕に残された選択肢は二つ。

他のプレゼントを考えるか、危険を顧みずモモナッツの実をとりに行くかである。









で、結局はというと…

僕は物の見事に森の中で遭難していたのだ……


モモナッツの実どころの騒ぎではない。このままでは、自分の生命すら危ういだろう。右を見ても左を見ても樹木ばかり。こんなことならば、考えるのを放棄せず他のプレゼントを考えておくのだったと後悔するが後の祭りである。しかも、不幸というのは大抵重なって起きるわけで……



「っ!?」



思わず声をあげそうになったが、グッと堪えると茂みの影からそっと覗く。そこには緑色の鱗、鼻に向けてとがった顔、右手にサーベルを持つ二足歩行の巨大トカゲという見たこともない生物がいたのだ。


いや、見たことはなくても僕はこいつが何なのか聞いたことがある。そう、それは僕が聞いた通りのリザードマンそのものなのだ。

本来ならば、気付かれないようにこの場を後にするべきなのだろう。しかし、恐怖のあまり腰が引けてしまった僕はそれができず、ただしゃがみ込むことしかできなかったのだ。



早くどこかに行ってくれればいいのに…

そう心中で念じてみるが、その願い虚しくリザードマンは一歩また一歩と着実にこちらへ向かってきたのだ。

爬虫類特有の舌をチロチロさせる様は獲物を狙っているとしか思えない。というか、まさか気づかれてるんじゃ…



「おーい、お前さんそこで何やってるんだ?」



「えっ…」



あっ…

そう思った時にはすでに遅かった…


リザードマンが喋れるなんて聞いたことはなかったし、あまりにも拍子抜けな声で話しかけてきたため思わず声を出してしまったのだ。まぁ、それをしなくても気づかれていたようだが…



「かくれんぼでもしてるのか?

ここら辺は斜面が急だから危ないぞ?」



もはや、どこから驚いていいのかすらわからない。

とりあえず、なんでこのリザードマンはこんなにもフレンドリーなのかという疑問から考えた方がいいのか、それともそんなことはどうでもいいから逃げた方がいいのか…



「俺は鬼じゃないぞ?

なんもしないからでてこ――――どわぁ!?」



突然、リザードマンがあげた悲鳴につい反射的に立ち上がってしまう。と、そこにはなぜか尻餅をついているリザードマンがいたのだ。



「なにしてるのさ…」



先程からの状況があまりにもシュールすぎるためか、この時にはすでに僕の中から危険という文字がすっかり薄れてしまっていた。



「いててて…

なんか知らんが、脚が何かに挟まれて…」



「脚…?」




リザードマンの言葉に疑問を持ちながらも身を乗り出してみると、たしかにリザードマンの脚にはトラバサミが喰い込んでいた。といっても、どうやら小動物を捕まえるための物であるようで、オーバーリアクションであることが解る。



「そうそう!脚になんか挟まってるだろ!?

お願いだから助けてくれよ…」



うるさいから喚くな。そう言いたいのは山々だが、あくまでも相手はリザードマン。下手気なことを言って神経を逆撫ですれば、命にかかわりかねない。


かと言って、近づくのも危険なわけで…

ともすると、やはりこの場から立ち去るのが得策なのだろうか?

いや、そんなことをして後にその仲間に告げ口などされたら、それこそもうどうしようもなくなる。結果的に一番リスクを背負わなそうなのは…



「しょうがないなぁ…

少し痛いかもだけどじっとしててよ」



そう言いながら、僕は恐る恐る近づくとトラバサミを解除してあげる。

村の猟師からトラバサミの仕組みについては聞いていたし、元々小動物を捕まえるものであったためか簡単に解除できたのだ。



「ふぃ…

助かった助かった。ありがとな、えっと……」



「あっ、レインです。

この森の近くの小さな村で住んでいます」



「ありがとな、レイン。

俺はリザードマンのマルカルドだ」



自分から名前を述べておいてなんだが、僕はなぜリザードマンと自己紹介などしあっているのだろう…

どうも僕の聞いていたリザードマンと、目の前にいるマルカルドはかけ離れすぎていて調子が狂う。



「ところで、なんで人間のレインがこんな所にいるよ?」



「いや、それはそのぉ…

迷ったというか、なんというか…」



一応、保身のためモモナッツの実を採りに来たという事だけは伏せ、今置かれてる状況をマルカルドに話す。



「迷っちまったのか…

俺はその村がどっちにあるかは知らんが、一応出口までなら案内してやるぜ?」



「さ、さすがにそれはいいですよ」



というか、正直な話遠慮したい…

いくらマルカルドが僕の聞いていたリザードマンと違っていたとしても、人を襲う事もある魔物である点には何ら変わりはないのだ。そんなのと行動していてはいくら命があっても足りないだろう。



「遠慮するなって。さっき助けてもらった礼もしたいしな。よっと!」



「うわぁ!?」



しかし、そんなこちらの心中を知ってか知らずか、マルカルドは僕を軽々と持ち上げるとそのまま歩き出してしまった。

とりあえず、聞いていた通り力は強いらしいが、いったいこれからどうなることやら…

抵抗してもしょうがないと割り切った僕は、しばらくマルカルドの肩で揺られているのだった


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