第2章 やっぱり、おまえは死んでいる その1
その2 やっぱり、おまえは死んでいる
んなわけないだろ!
僕がもう死んでるなんて!
僕は校門を飛び出すと家に向かってひた走った。
桂木天音いわく、僕は五月二十八日、つまり三日前の金曜日、中学の屋上から飛び降りて自殺したんだそうだ。そんなバカな話はない。
僕の家は学校から徒歩十五分のところにある。走れば五分でつく距離だけど、朝から校内を走り回ってたせいもあってすぐに身体が重くなってきた。
でもこうやって苦しくなるってことこそ、僕が生きてるっていう証だろ。
いったん立ち止まると、膝に手をおいて一息入れる。
頭の後ろで声がした。
「足で走ろうとするから疲れるんよ。ホラ、ウチみたいに宙に浮かんで飛んで行ったら楽チンやで」
振り返っても誰もいない。でも、この馴れ馴れしい関西弁はアイツだ。ふと見上げると、地上から大人の背丈分くらい離れた空中に桂木天音の姿が浮かんでいた。
彼女は、三週間前に死んで幽霊になっている。
その高さだとスカートの中のシマパンが丸見えだ。でも、いまはそれどころじゃない。
「僕は死んでないんだから、空なんて飛べるわけないだろ」
「もう、なんでウチの言うことが信じられへんの?」
「じゃあ、もう一回言ってみろよ。僕がどうやって屋上から飛び降りたか」
屋上の地縛霊になって未練を清算中の桂木天音は、ちょうど僕が自殺した現場を見ていたと言い張っている。
「だからぁ、屋上のヘリに立ってな、『ヤーッ』って叫びよってん。で、そのまま飛ぶんかいな思うたら、なんちゅうの? 後方宙返り一回半ひねり、みたいな? 体操の大技使こうて、まっさかさまに飛んで、そんで、ベチャッ、とやな」
「んなことあるわけないだろ。自殺するときに宙返りしたりひねりいれたりするヤツがどこの世界にいるんだよ」
「そんなんウチの方が聞きたいわ。下条くん、なんであんな飛び方したん?」
「知らねーよ。こっちは死んだ覚えなんて全然ないっての」
「まあ死んだ時のことちゅうのは、どないしても記憶があいまいになるもんなんやて。ウチかてそうやし、ガキさんもそうや言うてたわ」
ガキさんっていうのは、桂木天音に死後のことをいろいろと教えてくれた体育館裏の地縛霊なんだそうだ。桂木天音が死んだ三日後、五月十日くらいに成仏してしまったらしい。そのガキさんによると、死んだ人間は七週間、現世を幽霊としてさまよって、その後、天国とか地獄とか、いわゆる『あの世』に行くとのことだった。
「クラスのみんなに無視されたんやろ。ゴースト・ルールNo1やな」
「なんだよ、そのゴースト・ルールって」
「名前の通り、幽霊の決まりごとや。幽霊は生きてる人間にはできんいろんなことができるけど、全知全能ってわけやない。幽霊には幽霊の決まりがあるねん。それがゴースト・ルールなんや」
桂木天音は、さも得意そうに僕には何の関係もない幽霊まめ知識をひけらかした。しかし、そのなんとも胡散臭いこと。ゴースト・ルールって、だいたいなんで横文字なんだ。
「ゴースト・ルールNo1『生きている人間は幽霊の姿を見ることができないし、声を聞くこともできない』。つまり、クラスのみんなは幽霊である下条くんを認識することができへんのや。だから無視した。な、下条くんが幽霊やっちゅう証拠やろ。わざわざ家帰って確認することない思うけど」
「あれは僕がいじめられて無視されてるだけだよ。吉沢たちがやらせてるんだ。よくあることさ」
「それだけやない。さっきからドアも校門もビミョーに体すり抜けてるし。それがゴースト・ルールNo2や、『幽霊が触れるのは幽霊だけ』ってな。自分でも気付いてるんちゃうの?」
「気付いてない、そんなことは断じてない」
「もー、人の言うことは素直に聞いたほうがええで」
「おまえ人じゃなくてユーレイじゃん」
「……なんやのん、自分、さっきまでウチが淋しいなら屋上から飛び降りる言うてたくせに、その手のひら返しな態度」
「だって、これから死ぬっていうのと、もう死んでるっていうんじゃ話が違うだろ」
「全然違わへん。あとおまえなんて言い方せんといて、下条くんなんかにそない呼ばれる筋合いないし」
「っさいな。だいたいなんでついてくるんだよ。おまえ、地縛霊じゃなかったのかよ」
「地縛霊いうたかて同じ町内動き回るくらいはできんねん。それより、今度おまえ言うたら祟り殺したるからね、ホンマやで」
きゃんきゃん騒ぐ幽霊をシカトして僕は再び走り出した。
狭い通学路から国道に出る。歩道に人はいなかったけど車通りは多い。この時間に中学生が道を走ってるっていうのは珍しい光景のはずだ。でも、通り過ぎる車に乗っている人たちが僕を気に止める様子はなかった。
もしかして、僕の姿が見えてないんじゃ?
そんな考えが頭をよぎる。あわてて首をふって弱気な妄想を振り払った。
僕がもう死んでるなんてありえない。今朝だって僕は普通に学校に来たわけだし。
……あれ?
でも今日の朝ごはん何食べたっけ?
昨日は? 昨日の夜は何食べた? ……っていうか、昨日僕、何してた?
背筋が冷たくなった。そう言われてみれば、今日の朝より以前の記憶がすっぽり無くなっている。
僕の家まではあと少し。国道からまた路地に入る。三階建てのアパートの隣、小さな庭付きの一軒家がそれだった。




