第10章 すれちがう二人 その6
憤慨していると、汐下先生はアマネちゃんに意味ありげな視線を送った。
「桂木は知ってるかな? きみらの学年の一個上に、松田っていう女生徒がいたんだ」
「はぁ?」
「知らないか。ならいいんだけどな。彼女が、去年の卒業式のあとに行方不明になってね。やれ事件に巻き込まれたんじゃないか、誘拐されたんじゃないかって大騒ぎになったんだよ」
ああ、そういえばそんなことを心霊研の小山内さんが言ってたっけ?
「でも、そのあと彼女の残した手紙がみつかってね。結局、彼氏と駆け落ちしただけだったんだ。彼女もそうだし、桂木も死んだといわれてたのが、こうして無事でいるわけだろう。下条だって実はそのうちひょっこり帰ってくるんじゃないか。そんな気がしてならないんだ」
もしそうなら、どんなに良かっただろう。生き返って、アマネちゃんとこの中学に通えたら……でも、それはありえない話だ。
ぼくはもう、あと一週間たらずでこの世から完全にいなくなる。
ふとみると、アマネちゃんは拳を握り締めていた。
「ウチかて、セージが帰って来てくれたらどない嬉しいか……」
「ウチ?」
「でも今は、そんなこと言うてる場合やないんです。時間がないんや。先生から、警察や学校に下条くんがイジメられてたことを伝えてもらえませんか。そしたら、きっと下条くんも成仏できる思うんです」
アマネちゃんに詰め寄られて、汐下先生は渋い顔になった。
「しかし、吉沢たちが下条をイジメてたっていう証拠があるわけじゃないしなあ。下条のために何かしてやりたい気持ちはあるが、吉沢たちだって俺の生徒だってことにかわりはないんだ。むやみに疑うわけにもいかない。何か決定的な証拠でもあれば話は別だけどな」
「……決定的な証拠」
「まあ、桂木も復帰したばかりだ。まずは自分の体調を戻すことを考えろ。友達想いなのはいいことだ。でも、無理してまた身体を壊したらみんなが悲しむぞ」
「……はい」
先生の言葉に、アマネちゃんはコクンとうなずく。
僕は、以前のアマネちゃんが言ったことを思い出していた。彼女、デートするなら三組の高木くんとか二組の汐下先生とかがいい、なんて言ってたっけ。
汐下先生は、アマネちゃんのタイプなんだ。
放課後の教室で二人が並んでいるところを見ると、背の高い汐下先生と小さなアマネちゃんの組み合わせは結構お似合いにみえる。ひょっとしたら、今のアマネちゃんに必要なのは、幽霊の僕じゃなく現世で彼女を支えてくれる彼氏なのかもしれない。そう思うと、胸が痛くなった。
「他に、先生に言いたいことや聞きたいことはないのか?」
「……ありません」
「そうか、それならもう行け」
汐下先生に促されて、アマネちゃんは心霊研究室の部室を出て行った。
彼女の後を追いかけようとして、ふと足を止めた。
『ゴースト・ルールは生きている人間のためのルールでもある』
そう言ったのは観音寺の住職だったっけ。あのとき、よくわからなかった言葉が、今はなんとなくわかる気がする。
ゴースト・ルールNO1「生きている人間は、幽霊の言葉を聞くことができない」
きっと、生きている人間は幽霊の言葉を聞くべきじゃないんだ。桂木天音は、死んだ人間の言葉にとらわれずに、これから先、自分の未来を歩いていかなきゃいけない。
だから、そんな彼女の隣にいるべきなのは、僕じゃない。
久しぶりに自分の体が地面に吸い込まれそうになるのを感じた。
たぶん、こんな気持ちを孤独というんだろう。
アマネちゃんの後姿を見送って、僕はその夜を一人、駐車場で過ごした。
四十九日まであと六日




