第8章 ファーストデイト・ラストキス その2
お台場の駅に着くと、そこはまるで近未来都市だった。テレビでは何度も見た事があったけど、ここに来るのは初めてだ。やっぱり、ナマで見ると迫力が違う。僕は、おのぼりさんみたいに口をぽかんと開けて、立ち並ぶ巨大な建物を眺めていた。
アマネちゃんは、華やかにライトアップされた巨大観覧車に心を魅かれたらしい。
「公開録画まで時間あるから、観覧車乗ろ。あのでっかいヤツ」
と、やっぱりはしゃいでいる。
そして僕らは、まったく意味の無いことだけど、観覧車の待ち行列に並んだ。
当然、幽霊の僕たちは他の人間には見えないので、並んでいるカウントには入れてもらえない。しかたなく、前にいたカップルといっしょに記念写真を撮り(写んないんだけど)、相席で観覧車のゴンドラに乗り込んだ。
一緒になったカップルは大学生くらいだろう。ゴンドラに乗り込むとごく自然に横並びに座る。それで、僕とアマネちゃんも隣り合わせて座ることになった。
電車でも隣に座っていたんだけど、観覧車だとまたちょっと雰囲気が違う。
はっきり言って、なんだか緊張する。
見慣れないワンピース姿のアマネちゃんは、大人っぽくもあり、可愛くもあり、なんだかマトモに見ていられなかった。
「なんやのん、自分、めっちゃキョドってるやん」
「そんなことないよ、フツーだよ」
「フツーやないやん。白状せい。あ、わかった、実はセージ高所恐怖症やな」
「違うって、……ただ、アマネちゃんが、あんまり可愛いから」
正直に言うと、アマネちゃんは頬を真っ赤にして蹴りを入れてきた。
「さ、さぶー。あんた、ようそんなこと面と向かっていえるなー。お前は石田純一か」
「痛いよ。やめて。蹴んないでよ」
気がつくと観覧車は、半分ほど上っていた。
下を見ると、人間が豆粒くらいの大きさに見える。
すると周囲の目が気にならなくなったからか、向かいのカップルがイチャイチャし始めた。
何事かをささやき合いながら、ネチャネチャと音が響くようなディープキスを交わす。女性の格好はミニスカートにタンクトップで、そのタンクトップがはちきれんばかりに胸が大きい。男はタンクトップの上から大きな胸をもみ始めた。
ふと隣を見ると、アマネちゃんの顔が赤くなっている。気まずくなって言った。
「い、いやー、最近の若いモンはけしからんねえ。人前で、はしたない」
「そ、そうやねえ、でもまあ、人前言うてもウチら人ちゃうし。好き同士やったら多少のことは……そやけど、セージ、あんたガン見しすぎやで」
「そんなことない、濡れ衣だよ」
ところがカップルは盛り上がる一方で、とうとう男性は彼女のタンクトップを捲り上げて胸を露にしてしまった。
「!」
「セージ、もうアカン!」
アマネちゃんが僕の手首をつかんでゴンドラの上に飛び出した。
その顔は、もう耳まで真っ赤だ。
「新ゴースト・ルールはどうしたんだよ。飛ばない、浮かない、すり抜けない、んじゃなかったの?」
「何にだって例外はあるわ。自分、そんなにあの姉ちゃんの胸見たかったん」
「それは、その、なんていうか」
「そりゃ、たしかにデカかったモンな」
そう言うとアマネちゃんは自分の胸に目をやった。そこには、下にいるお姉さんと比べるとごく控えめなパーツが付いている。
「セージまで、どこ見とんのや」
「え、ええと、まあ」
「ムカつくなあ。こんなんウチかて大きゅうしようと思えば、いつだって大きゅうでけるんやで。幽霊の身体は霊体なんやからな。ただ別に、セージのために大きくする理由はないちゅうか、それはちょっと違うっちゅうか」
確かにアマネちゃんの言う通り、幽霊なんだから、ホントに胸がコンプレックスなんだったら大きくすればいいだけの話なんだ。でも、彼女には彼女なりのこだわりがあるらしい。
そうやってモジモジしてるアマネちゃんもまた愛らしかった。
「今のままでいいんじゃない?」
「えっ?」
「アマネちゃんは、いまのアマネちゃんでいいと思うけど。それに、ヘンに生きてる人間っぽくするより、こうやってゴンドラの上にいる方が僕たちらしいじゃん。第一、こっちのほうが見晴らしもいいし」
ゴンドラの上から見る東京湾は、まるでカレンダーの写真のようないい眺めだった。青い海の中に、白いヨットの帆がポツリポツリと見える。
僕の言葉を聞いて、アマネちゃんはちょこんとゴンドラの上に座った。
「そうか、そうやな。こっちの方がウチららしいな」
「うん」
僕もアマネちゃんの隣に腰を下ろした。
二人は、しばらく黙って海を眺めた。そして、観覧車が残り四分の一に差し掛かった頃、アマネちゃんは咳払いをしてからこう切り出した。
「ウチな。もうそろそろ、成仏しよう思うとるんよ」




