第4章 眠り姫と亡者 その3
「僕言ったよね。 どうして自分が死ぬハメになったか、すっかり思い出したって」
この数日間で僕は自分がなぜ自殺に至ったか、その理由をはっきり思い出していた。
僕が自殺したのは、吉沢アキラたちのグループにイジメられたことが原因だ。僕は、自ら死を選ぶことで彼らに反省して欲しかった。日頃の自分たちの行いが、いかにひどいものであるかを認識して欲しかった。
桂木天音は、僕の考えていることを察したらしい。急にしかめっ面になった。
「やめやめ、復讐なんて考えたらアカンで。いくらユーレイやからって、うらめしやーとか、呪ってやるぅーとかは悪霊のやることや。そんなんで未練を清算しても成仏なんかできひん」
「別に復讐がしたいわけじゃないんだ。だって、イジメのことについてはさ、一応の目的は達成できたと思うんだよね。僕が自殺して、あいつらだって学校から処分は受けるだろうし。あいつら本人だけじゃなくて、その両親や家族にも社会的な制裁が行くと思うし」
「なら、ええやん」
「だから、それを確認したい。あいつらがちょっとでも後悔してるってわかれば、それだけで僕は成仏できると思うんだ」
「気持ちはわからんでもないけど、……なあ、ストーキングにしとかへん? お風呂とかも覗き放題やし。ここだけの話、ウチら幽霊って服を透視できんねんで。あ、そうや、お台場にしよ、フジテレビに行ってアイドルとか女子アナとかの裸見まくりツアーしよ。そっちの方が、よっぽどセージらしいやん」
そのメチャクチャ偏ったキャラ設定は一体何?
「僕は覗きなんてしないし、アイドルも女子アナも興味ないんだってば」
僕の決意が固いのを知って、桂木天音は今日二回目のため息をついた。
「セージ、あんた後悔するで」
「えっ?」
「ちょっと、こっち来いや」
そう言うと、彼女は僕の手を引っ張って屋上からダイブした。
* * *
彼女が連れてきたのは、僕のクラスだった。午後の授業が始まったばかりの教室を、僕らは窓の外からのぞきこんだ。
授業はちょうど英語らしく、担任の汐下先生が教壇に立っている。いつもと同じジャージ姿だった。僕の机の上には花瓶が置かれて、枯れかかった花が差してある。
汐下先生が流暢な発音で教科書を読み始めた。
そういえば、汐下先生にはとんだ誤解をしたんだった。
先生が吉沢たちの葬式ごっこに加担したなんて、とんだ被害妄想もいいところだ。でも謝りたくても今の僕にはどうしようもない。
「これが、どうしたって言うんだよ」
桂木天音に尋ねた。
目の前で繰り広げられていたのは、いつもと変わらない授業風景だった。変わっているのは、僕がいないことくらいか。
「自分、これ見ても何も思わへんの」
「……別に、僕が死ぬ前と同じだろ」
「そうやろ、そこがおかしいんやんか。自分が死ぬ前と同じなんやで。教えたるわ。セージが死んだのな、警察は自殺やないって判断してんねん」
「えっ? どうして?」
「現場に遺書もなかったし、靴かて履いたまま飛び降りたやろ。今のところ警察は、セージが足を滑らせて落下した、つまり事故やったって考えとるみたいや。ちまたでは、ウチの死因もはっきりしてへんさかい、連続殺人事件かもしれんなんてウワサも流れとるけど、自殺や言うとるモンはおらんなあ」
そ、そんな!
そりゃあ、僕が自殺したときに周りには誰もいなかった。
それに急に死のうと決めたから遺書を書くヒマはなかったし、屋上の地面はザラついたコンクリートだったから靴も履いたままだった。
けどクラスのみんななら、僕がひどいイジメを受けていて、いつ自殺しても不思議じゃなかったってことくらいわかっているはずだ。
靴履いてたから自殺じゃないなんて、そんな法律があるのか?
そんなこと誰が決めたんだ?
「そやから、セージが死んだことで反省しとる人間は、イジメグループの中には一人もおらんちゅうことや」
呆然と教室をみつめる僕の目の前で、水鳥川さんが前の席に座っている吉沢の背中をツンツンンと突付いた。
吉沢は振り返ると、水鳥川さんの顔を見てニコリと笑う。妙に親密な態度だ。
そういえば、体育館裏で僕が自殺を決めたあの時も、水鳥川さんは吉沢にくっついてたっけ。もしかして、あの二人付き合ってたりするんだろうか。
「じゃ、じゃあ、ぼ、僕が死んだのは」
唇を震わせる僕を、桂木天音の容赦ない言葉が奈落の底に突き落とした。
「文字通り、無駄死にってやっちゃな」
僕は、けっして復讐がしたかったわけじゃない。
ただ、吉沢たちに、悪いことをしたと思って欲しかった。自分たちの心ない行為が一人の人間を死に追いやったと反省して欲しかった。
僕の願いは、ただそれだけだった。
なのに、たったそれっぽっちの願いすらも叶わないのか? たったそれだけのために、僕は命を懸けたっていうのに……
「そ、そんな……ちょっと待ってよ。それ、話違うよ」
両の拳をぐっと握り締める。
死んでも死に切れないってのはまさにこのことだ。なんとしても、僕が自殺したことをみんなにわからせなきゃ。
僕は、教室の中に飛び込んで大声で叫んだ。
「みんな聞いてくれ! 僕は自殺したんだ!」
しかし、僕の言葉に耳を貸すものはいない。
今度は汐下先生にしがみついて訴えた。先生ならわかってくれるはずだ。
僕は、事故や殺人にあったんじゃない。毎日毎日、あんなにひどいイジメを受けていたじゃないか。殴られ、罵られ、毟り取られ、だまされ、笑われ、さげすまれ、脱がされ、
だから、僕は自殺した。
ちがう。こいつらに殺されたんだ。
なのにみんなにどれだけ伝えようとしても、僕の腕は空を切るだけ、僕の叫びはむなしく響くだけだった。
僕をまったく無視して、英語の授業は淡々と進んでいく。
そしてとうとう授業の終わるチャイムが鳴り、教室内には誰もいなくなった。
いや、一人だけ。
桂木天音が、ちょっと気マズそうに僕の傍らに寄ってきた。
「……あのな」
「わかってるよ。ゴースト・ルールNo1だって言うんだろ。僕の声は、みんなには届かないんだよな」
「そうや」
クラスのみんなには、僕の声は聞こえないし、僕の姿も見えはしない。わかっていたことだけど、だからって、はいそうですかとあきらめる気にはなれなかった。
「でも何かあるはずだよ。僕が自殺したんだってわかってもらえる方法が!」
僕は、教室を飛び出した。
「ちょ、ちょっと、自分、どこ行くん?」




