バレンタイン
その日、料理部は盛況だった。
「ったく、なんで俺がこんなことしなきゃならないんだよ…」
高校2年生で、料理部部長を任されている井野嶽幌は、メモを見ながら、頼まれたチョコを、頼まれた数だけ大量生産していた。
「まあまあ。落ち着いてって」
幌の横には、手伝うと言ってやってきたのはいいが、結局何をすればいいか分からないから、腕を組んで幌の様子をじっと見ている、同級生の陽遇山門と永嶋雅が言った。
「チョコ100個なんて、作ったことねえんだからな」
そう言いながらも、ハートマークのチョコチップクッキーを一気に複数のオーブンで焼き上げていく。
山門と雅は、その中に出てくる失敗作を食べる係でもあった。
別のテーブルでは、女子たちがホワイトチョコで作ったペンで、いろいろとメッセージを書いていた。
「手作りって言って渡すんだろうなあ」
ため息をつきながら、幌は、次々と作っていた。
「やっと終わったぁ~」
焼き上げたのは、結局200を超えた。
50以上を、途中で参加した後輩2人と山門と雅で食べつくした。
「それでも余っちまったから、先生にでも渡すか」
そう言って、適当な皿を準備している間に、誰かが部室である家庭科室のドアを開けた。
陽遇琴子だった。
「おや姉ちゃん。先に帰ったって聞いてたけど」
琴子と山門は双子で、山門がドアを開けた琴子を見て驚いた口調で言った。
琴子は何も言わずに、幌を見つけるとすぐに近寄って、手に持った袋を差し出した。
「受け取ってくれますか」
いつもの方言交じりではなくて、標準語で、しかも明確に幌に向かって言った。
「ありがとう」
幌ははにかみながら、恥かしそうにしながら受け取った。
幌が受け取ると、すぐに琴子は顔を下げたまま、開け放ったドアから走って出て行ってしまった。
「これ、手作りだね」
幌が袋の外側から、はっきりと見えるハート型のチョコレートを見ながらつぶやいた。
ダークチョコのようで、幌がさっきまで作っていたものよりも少し色が濃く見える。
「食べてみないのか」
雅が幌に聞いた。
「家で、ゆっくりと食べてみるさ」
そう言った幌は、何となくうれしそうに見えた。