4 わがまま
ロジーナ人形館、街の質屋が引っ越したあとに越してきた人形館だ。
中は当然のごとく大中小、いろいろな人形が並んでいる。
新しいものは少なく、古い時代の人形が多く並んでいるが、そのどれもがなぜか生き生きとして見えた。
赤い淡いランプが店内を照らし、店の雰囲気を外とはまったく違うものにしていた。
入り口の扉を開くと「いらっしゃいませ」とリボンをつけたかわいらしい小さな女の子が出迎えてくれた。アンティークドールが着ているようなかわいらしいフリルのドレスを身にまとい、動いていなければ大きな人形と間違えてしまうような相貌であった。
「案内致しますわ」
彼女がそういうと草川はあわてて、主人に会わせてくれと彼女に尋ねる。
「なにか」
「どうしても聞いてほしい話があるんだ」
そういう草川の言葉に少女は少し考えて、主人の元へと通してくれた。
「マスター。お客様です」
暗い店内、ランプの明かりに照らされて、並ぶ人形の廊下をゆっくり歩く。赤黒いカーテンを何枚か通り過ぎると前を歩いていた少女が立ち止まった。
「我が館の主。人形師ヘルゼでございます」
振り向いてお辞儀をし、女の子は丁寧すぎる口調で草川に自分の主を紹介した。
「なんのようです‥‥か?」
カーテンの奥から声がし、おどおどとした青年がカーテンをめくって現れた。人形師と呼ばれた青年はくたびれたシャツの上によれよれのエプロンをつけていた。ランプの明かりのせいか顔は青白く、風が吹けば倒れそうな気がした。
草川は紹介された男の頼りないその姿からはこの館の主である人間とは思えなかった。
「ここの、人形館に引き取って欲しい人形がいるのですが‥‥」
立ち話もなんですからと奥に通された草川は簡単にルークのことを説明する。ロボットであるルークの話。造られている途中で殺されかけた話。製作者が処分しろと言う話。今も命を狙われているかもしれない話。
「そうですね~」
しばらく黙ってそれを聞いていた、人形師は困った口ぶりで言う。
人形師の目は壁に並べるように立てかけられた人形の足や手を見ていた。見ているわけではないだろうが、彼の視線をたどると、どうしても部屋の中を見てしまう。
後ろの机の上には作りかけの人形の首がこちらを見ていた。その目はぽっかり開いたままで、目玉はない。何もない目の顔がこちらを見ているというこの瞬間が、草川は嫌だった。すぐに目をそらす。
「いいんじゃない?マスター。困っている人は助けてあげるのよ」
よい返事をしない主に先ほど案内してくれた、女の子が口を挟む。
「ロジーナが言うなら、それでもかまわないな。分かりました。お受けしましょう」
主人の言葉に草川は心からほっとしていた。
「ルーク、武田」
外に待たせていた二人を呼び入れる。
「どうした草川、大丈夫だったのか」
武田がルークの背中を押して中に入ってくる。ルークは並んでいる人形に興味がある様できょろきょろしながら立ち止まったりしていた。
昨夜とは違い、ルークはぶかぶかの草川の洋服を着せられているわけではなくて、ちゃんとサイズの合った子供用の洋服を着ていた。
あわててつなぎ合わせた二人の研究員の作品は跡となっていたが、ちゃんと指も動いているようだ。
「ルーク。ここが君の家だ」
草川がそういってルークに言うと彼は驚いた様子もなく頷く、ただ一言だけ続けた。
「でも、僕まだ博士に会ってないよ」
「ルーク。博士は研究所にいて、忙しいからしばらくは会えないんだ。会いたくても今はまだ無理なんだよ」
優しい表情をルークに向け頭の上に手を乗せる。博士に会えない現実にルークの表情は暗くなっていた。
「男の子のくせに、泣き虫なのね」
うつむいたルークにロジーナが意地悪そうに言った。
「涙が出るプログラムはまだ入力してないから、涙は出てないよ」
「こら。ルーク。自分がロボットだっていうことが分かる発言はしちゃ駄目だっていったじゃないか」
ルークがロジーナの言葉に反論した内容に、草川は注意する。
この人形館にたどり着くまでの間、草川はルークに約束事を押し付けた。
何が起こるか分からないから、ロボットという事を隠して人間のフリをしろという事。見た目が人間にしか見えないのだから、普通にしていれば問題ないはずだ。ロボットということが分かるような事はしないこと、わかるような発言をしなければ問題ない。
「人間のフリをしろってことでしょ」
注意された言葉に嫌そうにルークは表情を変える。
「完成されたロボットですね。まるで人間のようだ。彼を造った方は、天才だ」
主人がルークの頭をなでて笑う。ルークは自分の製作者が誉められているのがわかり照れて表情を笑顔へと変えた。その光景にロジーナは不機嫌な表情をしていた。
「それじゃあ。ここに長居していては怪しまれるので僕らはこれで失礼します。ルークの事よろしくお願いします」
草川の言葉に「じゃあな。ルーク」と武田がいって二人は外に出た。草川は外に出るまでルークに向かって手を振っていた。
「おまえを見てると。ルークの父親みたいだな‥‥」
武田がぼそっとつぶやいた。
「教育は周りの大人がするものなんだよ」
学校で習わなかったか。と草川は反論した。
「しっかし、あの人形師。大丈夫なんだろうな。大事なヒューマノイドを他人に預けるなんて‥‥っていうか、お前の話、最初は冗談だと思ってたぞ」
「人形を修理してるんだから、ロボットだって何とかできるだろ。それに話しをしていて、任せて大丈夫だって思った。悪い人じゃないさ」
「‥‥まぁどうにもできそうにはなかったけどな、博士と一緒にいるよりは無事だろう」
複雑な表情で二人は遠く離れた人形館を振り返った。
二人が帰り一人残されたルークは、やはり暗い顔をしていた。
「ロボットっていったけど、何処がロボットなの?人間に見えるけど」
そんなルークの顔を覗き込んでロジーナがいう、そして体を調べはじめた。頬をつねったり、髪や耳を引っ張ってみたりしている。
「僕は人間じゃないよ。見えないところが全部ロボットなの。見ただけじゃ分からないって」
ロジーナがさわるのをいやがりながらルークは答えた。
「ふーん。見ただけじゃ分からないんだ、つまんないの」
興味がルークからなくなったようで、ロジーナは部屋から出ていった。
「女の子だから、いろんな事に興味があるんだよ。気を悪くしたかな?」
ヘルゼの言葉にルークは首を振った。
「ここには、私とロジーナ。あともう一人の、三人で住んでいる。君もここに混ざるわけなのだけど‥‥。ここが何をしているところかは知っているかな」
「人形の展示とクサカワは言っていましたが」
「そう。人形を見てもらったり、なおしたりするのが私の仕事だ。彼ら二人にはそれを手伝ってもらっている。ここに『住む』ということはここで働かなければいけないが、それは大丈夫かな」
主人の言葉にルークは「大丈夫」という。
「じゃあ僕らはこれからは『家族』だ」
満足そうにヘルゼは笑うとそう言った。
ルークの大丈夫という言葉を疑いもせずヘルゼは彼に仕事を与えた。
「何で私と同じなの」
「同い年ぐらいの女の子と男の子が二人で歩いてたらかわいいじゃないか」
ルークに主人が与えた仕事は、ロジーナと一緒に店の中の案内だった。結構広い店の中には触ると壊れてしまうような年代物もあって、普通のお客様に対しては監視をおく必要もある。それからなにぶん暗い店内である、しかも広い、店の中で迷わないように案内するためだ。
「カリスといっしょの方が兄弟みたいでうけると思うわよ」
ロジーナは青年に話しかける。青年の名前はカリスといって最後のここの住人だ。仕事はもちろんここの案内である。
「どういった発想でそんな言葉が出てくるんだ。育ちを疑うぞ」
「そういう風に考える方が育ちが悪いんです」
二人で言い合っているところに、主人がきた。
「ロジーナ。悪いが買い物に行ってきてくれないか」
「はい。マスター」
主人の言う言葉には素直に従う。
「じゃあルークついてきてよ。街の中案内するわ」
最近引っ越してきて、対して街の中など詳しくないロジーナだが、生まれたてのルークよりかは知っているつもりなのでそういった。
「荷物持ちにするだけだろ」
すかさずカリスが意地悪そうにいう。
「うるさいわね。荷物持ちはカリスがしてくれるのでしょ。ルークみたいな力なさそうな、なんにも知らない子にそんなことさせないわ」
「ロジーナ。悪いけど僕、力はあるよ」
服の袖を捲くり、力こぶを作ってみせる仕草をしてみる。
もちろんだがルークに筋肉は無いので、腕は何も変化をせず、ただひじを軸に内側に曲がっただけだった。
「じゃあ一人でいいわね」
ロジーナはルークだけをつれて、街へ出ていった。
生まれて間もないルークにとって街は初めてのものばかりだった。
レンガで出来た道。
変な形の街灯。
小さな家。
川とそれにかかる橋。
見たことのない人間以外の生物。
人間が乗る車。
すれ違うたくさんの人。研究所と違うのは街の人は白衣を着ていないことだった。
知識としては知ってはいたが、自分の目で見ることが初めてなので、ずっときょろきょろとあたりを見回しながらロジーナについていく。
主人がお使いを頼んだのは近くの食料品売場。
「そういえばルークって何食べるの?」
「電気‥‥あ」
ルークは草川と約束した事を思い出した。ロボットと分かるような言葉を話してはいけない。
「電気なの。じゃあ食べ物ってマスターの分しか要らないのね」
「ロジーナとカリスの分は?」
普通に発生した疑問にルークはたずねる。
「他の物があるからいらないのよ」
「そうなの」
いつもこうやって買い物をしているらしい彼女は手慣れた手つきで品物を選んでいった。
それらの代金を支払うと荷物はすべてルークが持たされた。
人間一人分の食料だから量は大したことはない。
「あとね、お花が欲しいの」
家に帰るものだとばかり思っていたルークは首をかしげた。
「花?花なら何処にでも咲いてるでしょ」
そんなルークの言葉にロジーナは怒っていった。
「お金出して普段見かけないような花が欲しいの!道なんかに生えているのは雑草なのよ。そんな花欲しいなんて思わないわ」
ルークは驚いて問い返す。
「ザッソウって何?」
この質問にはロジーナは驚く。
「知らないの?この草とかの事よ」
そういって、近くに生えている適当な草を指さした。
「これは、ダンディライアン。綿毛を作って子孫を増やす花だよ」
ただ、雑草という言葉を知らないだけで、花の知識はあるらしい、博士が不必要だと言うことで省略したのだろう。
自分の知識が馬鹿にされた様でロジーナは腹が立ってきた。
「道に生えているのは何でも雑草って言うの!」
一言どなって花屋まで一人で歩いていってしまった。
「まっ‥‥待ってよ」
そのあとをルークがついていく形になる。
「こんにちは。昨日頼んでおいた。ピーアニのアーティフィシャルは、はいりましたか」
店先でロジーナが花を受け取っている姿がルークに見える。それはここの地域では見かけない花だった。
「ロジーナ。それってここじゃない花じゃない?」
「ええ。雑草じゃ手に入らないでしょ」
よく見れば造花だった。香りも何もしない、はっきり言って面白みも何もない花だとルークの知識にはインプットされていた。
「造花だよ。それ」
「生きてる花だと、すぐ枯れちゃうんですもの、いつまでも可愛い姿見てたいでしょ。それに人形が湿っちゃうじゃない、お店に飾れないわ」
生花はいつか枯れてしまう。いつまでも同じ姿を見ていられない。
だいたい人形は湿気を好まない、木でできているから腐りやすいからだ。お店に飾るという理由から造花。
個人的に買ったわけではなさそうだ。
「そういう考え方もあるんだ‥‥」
自分の知らなかった解釈の仕方が頭の中に新しく入ったのでルークはなんだか幸せになり、自然と表情が柔らかくなる。
「何笑ってるの。変なの」
その奇妙な光景にロジーナは冷たく言い切り、先を急いだ。
店の扉を開けると、「いらっしゃいませ」と青年が迎えてくれた。
「なんだ。ロジーナか」
入ってきた人物が店のものと知るとカリスは声も態度も変わる。
「お帰りぐらい言ったらどうなの」
「お・か・え・り」
彼女の言葉通りに返すカリスにロジーナは腹を立て、顔をそむけて横を通りぬけた。
奥にいる主人の姿を見つけると、表情を変え駆け寄っていった。
「マスター。買ってきましたわ。ほら、ルーク早く荷物を渡して」
ロジーナにせかされてルークは大人しく荷物を主人に渡す。
「ありがとう。ロジーナ、ルーク」
主人にお礼を言われて、ロジーナは幸せそうだ。ルークはそのロジーナを見て、博士に会えたら、僕もこんな笑顔になるのだろうかと思う。
「ルーク。もう、ホームシックになっちゃったかな」
そんな、ルークの表情が気になってか笑顔でカリスは聞いた。
「違うと思う」
ホームシックの意味は知っている、博士に会いたいと思うのは、それなのかは分からないがなんとなく違う気がしていた。
「そうか。それなら安心だ」
カリスが、何を思って言ったのかはたぶんルークには伝わっていないだろう。
博士は今、何をしてるんだろうか。
ルークの頭の中には、あの冷たい科学者のことでいっぱいだった。