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OORK ルーク  作者: ことわりめぐむ
3/6

3 い たいて?

 真夜中の研究室、寝着の上に白衣を羽織っただけの博士と二名の研究員が慌てて、端末を操作していた。


「だめだわ。全く受け付けない」

 ルークのコンピューターを触りながら博士は焦って言った。夜中だというのに、トラブルだとアークに起こされ慌てて駆けつけた。

 焦る指先がすべり、爪が折れる。そんなことは気にしないで、キーボードを弾く。

「何でなの、あともう少しだったじゃない」

 あらゆる手段を使い、意識を閉じた彼を目覚めさせようとしていた。 


 博士がどの手段をとっても[ERROR]という表示がいやな音と一緒に画面に映し出され続け、なにをしても無駄だということが証明されつづけていた。


 何をしても無駄ということが自覚し怒りにまかせて、キーボードに手を叩きつける。

 その衝撃で、ディスプレイの表示が消えた。

 弱く光っていた培養カプセルの光もとうに消えている。


「しょうがないわ。草川君、武田君」

隣のキーボードをいじっていた二人の男性が呼ばれる。

「がんばってみたけれどもだめみたい。上の人に失敗したって事見つかると面倒だから、これ捨てといてくれないかしら今晩中に」

 壊れて閉ざした瞳を開けなくなったルークを指さして言った。

「わかりました」

 上司の命令に、素直に頭を下げる。

「ありがとう」

 彼らの返事を聞いて博士は疲れた表情をして研究室から出ていった。


「俺らだって眠いのに全く人使いが荒いよな」

 いらいらと、ルークのカプセルの培養液を抜き、別容器にうつしながら人相の悪い男が言った。

 胸のネームプレートは『TAKEDA』と記されている。

「この子だって、動いている時はかわいがっていたのに、動かなくなったら『これ』だって‥‥」

 空になった培養カプセル内に入り込み、中でコードに包まれて眠るルークにつながっているコードを、破損しないように一本ずつ丁寧に抜きながらもう一人の男が言う。

 こちらのネームプレートには『KUSAKAWA』と記されていた。

「まあ、かわいそうだと言えばそうだけど。ゴミに違いはないからな」

 コードから解放され、床に寝かされたルークを見ていった。

「でも本当に、人間みたいだよね。ただ眠っているみたいに見える」

 全身につながっていたコードを抜かれ、ずぶぬれのまま、床に横たわるルークは、草川のいうとおり、ただ眠っているだけに見える。

「天才の傑作に見入ってないで運ぶの手伝えよな。こいつ見た目は軽そうだけど、俺一人じゃ運べないぐらい重いはずだぞ」

 足を持とうとしている武田に言われて草川はルークの肩を持ち上げた。

「武田おぶっていけよ。そっちの方が楽だと思う」

 その草川の提案に武田は「名案」とルークを背中に乗せてもらう。


「背負っても、かなり重いぞ」

 立ち上がり少し考える。

「っていうかなんで俺が持つ事に」

 ルークを背負わされた武田が草川に怒る。

 笑顔で草川は武田の怒りをかわし、出口に手を向けた。

「まあまあ。もう背負ってるんだし‥‥」

 きっと下ろすのも大変だろうと武田はあきらめ方向を出口に変える。


「っていうか、この部屋寒すぎんだよ。濡れた金属って冷たいんだよ」

 ぶつぶつと文句をいいながら、歩き出す。ふらふらとまるで酔っぱらいのような足どりは、ツタのように床を這っているコードに引っかかって前向きに転倒した。

「大丈夫か武田!」

 あわてて草川が駆け寄ると、武田は頭を押さえ上半身を起こした。

「見た目より鈍くさいんだなぁ」

 これなら俺が背負ったほうが良かったかと武田を下敷きにしているルークをゆっくり退かす。


「びっくりして、引っかかったんだよ」


「何に?」


 何にと聞き返す草川の耳元で小声に「こいつ生きている」と一言。

 その言葉を聞いて草川は驚いてルークを調べた。


「首に腕がきゅっと抱きついてきたんだ。子供みたいに」


 試しに開かれた手のひらに草川は自分の人差し指を入れてみた、虫食い草の様に手は指を柔らかく握る。

「人間の赤ちゃんと同じ事する‥‥」

「ちゃんと生きていたら、今日ここから出たのだし赤子と一緒って訳か」

 その行動を上から見下ろす形でルークを見つめる。二人とも困った表情で考え込んでいた。

「どうしよう、捨てられない」

 先に口を開いたのは、草川。動いている物は人間心理的に捨てられない。ましてや姿かたちは、人間そのものなのだから‥‥。

「そんなこと言ったって、博士は捨てろって言ったんだし‥‥なぁ」

 草川の発言に武田はいう。

「ま‥‥まず。どこかに隠そう。ここを片づけてからどうするか考えよう」

 足側を武田が頭側を草川が持つと二人は自分たちの部屋にとりあえず帰っていった。


 狭い部屋にベッドと机と椅子が二つずつ、外とつながるのは、窓と扉だけである。

 研究員が寝泊りするだけのために設計された部屋。研究室と同じようにコンクリートできている壁は、近づくと少し肌寒いため、壁から少し離れた位置にベッドを二人は置いていた。

 とりあえず二人は草川が使用しているベッドに抱えてきたルークを寝かせ、武田はラボの後片付け、草川は見張りと行動を別にする。


「ここは何処」

 しばらくたって目が覚め、起き上がったルークはあたりを見回して言った。

 見たことのない景色に少々驚いているように見える。

 時間がたったとはいえ、まだ少し湿った髪が顔に張り付いて、目にかかる。見るという行為に邪魔な髪を右手でうっとおしそうに払いながら首を動かした。

 みはりだと一人残された草川が「僕たちの部屋だ」と答えた。


「あなたは」

 ベッドの隣で木の椅子に座る、ルークは記憶の中にない男に素性を尋ねた。

「僕の名前は草川、一応‥‥君のプログラムの手伝いはしていた人間なのだけれども、知らないか‥‥」

 ルークの質問に答えながら、自分が研究対象に知られていなかった事がわかり草川は少し悲しくなった。

「‥‥博士は?」

 次に彼はそう聞いてきた。答えるべきかを迷いながら草川は頭をかいた。

「博士は今忙しすぎて会えないんだよ」

「そうなの」

 寂しそうにルークはつぶやく。

 培養カプセルから出したまま、素っ裸の彼に草川は自分のシャツを着せる。ルークは子供で、草川は大人の中でも少し大柄なため、かなり大きな衣服となっていた。

 邪魔にならないように、袖を折って手が外に出るようにしてやる。

 本当にロボットかと疑うほど彼は人間らしく振る舞っていた。顔の表情は変わり、瞬きもちゃんとする。自分の腕をみて喜んだりもしていた。

「コードがない。泡もない。ガラスもない。クサカワ。ここが外なんだね」

 ルークの喜ぶ姿に草川は頷いた。そのとき武田が研究室から帰ってきた。

「おうルーク。目覚めたのか」

 まず第一声がそれだった。

「誰、クサカワ」

 目が覚めたときのように武田の存在がわからないルークは、草川に彼が誰だと尋ねた。

「武田だよルーク。終わったのか片づけ」

「だいたいはな、それより博士が呼んでいる」

 武田の言葉にルークが反応した。そんなことには気づかずに武田は話を続ける。

「ルークが失敗したことの原因が分かった」

「そうなのか。じゃあ行くよ‥‥とルーク、ここで大人しくして待っててね」

 ルークはうんと首を縦に振った。

 部屋から出た草川は鍵をかけた。ルークのしぐさを信じていないわけではなかったが、ここでは何が起こるか分からないから、用心のためである。


 研究室の扉が横に開くと博士の後ろ姿がまず目に入る。

「草川君見て」

 草川が、研究室内に入ってきた事を確認すると振り返って草川に言う。彼女は険しい顔をして床に散らばったガラスを指差し、手に持ったコードを見せつけるように突きつけた。博士の突きつけたコードは草川には無理やり引きちぎられたように見えた。

「これルークのよ」

 コードの一本にNOが00RKと記されていることで、ルーク用に製作した特注のコードであることが草川にも確認できた。

「こんな物がここに自然に落ちるわけはない。間違いなく、彼は壊されたんだ」

 武田がそう言うと、博士が悔しそうな顔をして続けた。

「だから代わりのヒューマノイドはしばらく造れないわ。また誰かが壊したら今までの苦労が水の泡になっちゃうもの」

 壊されたらかわいそうだから、という言葉は出てこなかったのが気に入らなかったのか草川は不機嫌そうにたずねた。

「じゃあルークを修理すると言うことはなさらないのですね」

 その言葉に、博士は驚いて「まだ処分してなかったの?」と答えた。

「草川。何を言ってるんだルークを修理したところで成長させるのにまた時間がかかる、そうしたらまた壊される、の繰り返しだろ」

 草川のいらだつ言葉と、内容に慌てて武田が抑えるように言う。

「そうなの、だから草川君。しばらく様子を見ると言うこと。もしルークを残してあるのだったとしても犯人が見つかるまでどうすることもできないの。そう報告せざるを得ないわ」

 そういって博士は部屋から出ていった。

 続いて二人も研究室から出て行く。


「どういうことだ?」


「話聞いてなかったのか。たぶん、どこかのお偉いさんに雇われた頭のさえた殺し屋が彼を狙ってきたんだ。アークの話題は広がってるんだから、完璧なルークが完成したら、当然国際的に発表されるから、ヒューマノイドを戦争に使おうとか考えてる奴らは発表されると厄介だから、出来上がる前にどうにかしておこうと今回壊しにきたんだろ」

 自分たちの部屋に帰る廊下でされた草川の質問に武田は自分の意見を簡単に答えた。


「だったらルークが見つかれば、完全に壊されるということなのか」


「そうとは言えない、でもそうじゃないとも言えない。どうせあいつも今は完全体じゃないからしばらく修理をしないといけないし、その間に‥‥」

 武田の親指が自分の首手前で垂直に動く、首を切られるたとえだ。草川が真剣に怒る。


「簡単に言うな!」

「何怒鳴ってるのクサカワ」


 怒鳴った草川の後ろから声がかかった。後ろを振り返ると草川のぶかぶかのシャツを着せられたルークが立っていた。


「ルーク何処から出てきたんだ」

 部屋にはきっちりと鍵をかけたはずで、彼は大人しく部屋に居るはずだった。

 みればルークの腕からは赤い血がだらだらと出ていた。

「血‥‥怪我したの?」

 草川は心配そうにルークの手を持って傷口を確かめた。赤色の液体が、床と服を汚していた。

 赤いが血液の臭いはしない。たぶんオイルか何かなのだろう。

「なかなか帰ってこないから、迎えにきたの、で博士は?」

 きょろきょろと見回す。いるわけはない。

 いらないことを聞かれたくない武田は先に部屋へと歩き出していた。

「痛くないのそれ」

 指の第一関節から手首まで皮膚がめくれ上がり内部の機器が丸見えになっている。破損した両手からは赤いオイルが流れつづけている。着ている草川の白いシャツは赤茶色に染まり、袖の部分が焼け焦げ、何があったのかは容易に想像はつかない。

「痛い?別に、なんともないよ、でもだらしがないから直して欲しいな」

 プログラムミスかわざと入れなかったのか、ルークは見るからに痛々しそうな腕を痛くないと言う、痛みを知らない様子だ。

「直すんだったら、部屋に戻ろうか」

 優しく草川が手をひくとルークはついてきた。部屋の前まで行くと先に行った武田が驚いた表情で立っていた。

「何やってるんだ部屋の前で」

 邪魔だよと武田に言う。


「分かっててもビックリするんだよ!」


 指さした先は破壊された扉とルークのオイルらしき赤い物が飛び散っていた。なるほどこれでは安物のスプラッターだ。

 ルークと繋いだ草川の手も、オイル塗れで同じように真っ赤になっていた。


 壊された扉と、撒き散らされたオイル。そして壊れたルークの手を直すのに朝までかかる。

 事が起こったのは夜だから穏便に処理が行えたものの、こんな騒ぎを起こされては、このまま研究所に置いておけない気がして草川はまじめにルークの処理を考えはじめた。

 処理とはいっても壊すのではなく隠す方だ。研究所ではなくて、誰にも見つからない安全な場所。

「簡単に隠せないだろうなあ」

 自分のベッドで何も知らずに眠るルークの手の線を繋ぎ合わせながら草川はつぶやく。

 培養液がないのだから、内部は綺麗に接続しても人工皮膚にきっと跡が残るだろう。

 目の前では同じように、逆の手を繋いでいる武田がいた。

 つぶやきに答えない武田から目をそらし、まだぶつぶつと続けながら外を見ると、研究所に通いできている受付の女性が歩いている姿が見えた。

たしか彼女は昼からデートか何かで早く帰るとは言っていたな、何処に行くのだったっけ?と草川は首をかしげた。

「なあ武田。受付の彼女、今日、何処にデートだったっけ」

「はあ?邪魔でもしにいく気か」

 目の下のクマと眉間に寄ったしわが、武田がいらいらしているのをあらわしていた。

 くだらない質問をするなと睨みつけた目が言っていた。

「違うよ。なんか気になるんだよ。ルーク隠すこと考えていたらものすごく気になるんだ」

 不信感をあらわにした表情で武田は答えた。

「ロジーナ人形館だよ。最近できたっていう」

 机の上のチラシを指さす。


人 形 館 ?


 草川の頭に何かがひらめいた。


「やっぱり、受付のお姉さんだったんだ」

「何が?」

「人形館だよ。人形館、一番見つかりにくいんじゃないか。ロボットだって動く人形なんだから。さっそく明日行ってみるよ」

 自分のひらめきが正しいと信じている草川は、一人立ち上がり、ルークの手を握って踊りだしていた。


 最高機密を研究所外に隠すなどと、ばかげた考えを名案と騒ぎ立てる。眠さのあまり正しい判断ができなくなっているらしい。明日になればしっかりした判断ができるだろうと、武田はただ黙って作業を続けた。


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