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北の離れには〝幽霊姫〟が住んでいる。 ~もういいです、結構ですーと百万回言われるまでずっといっしょ~  作者: 夕藤さわな


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第3話

 毎日の食事は届くとは言え、私一人で掃除、洗濯に北の離れの管理一切をやるのは大変――と思ったけどそうでもなかった。

 こちとら前世で二人、今世で四人の可愛い弟と妹たちの面倒を見ながら家族全員分の掃除、炊事、洗濯をこなしてきたのだ。洗濯物はメイ様と自分の分だけ。外を駆けずりまわって服を汚し、家の中に砂やらなんやらを持ち込み、あれを倒し、これをばら撒き、部屋中、とっ散らかすような性格をしているわけでもない。


 ぶっちゃけ余裕。


 そんなわけであまってる時間と、かなり有りあまってるお世話したい欲を発散するべく私はメイ様の身の回りのお世話をあれやこれやと焼きまくった。

 うざがられてクビを切られたら困るなーなんて思ってたのは初日の、ほんの数時間だけのこと。あとはお世話したい放題、やりたい放題だ。


 毎日、透けるような銀色の髪をくしですき、目ヤニやよだれあとを発見したら即座に拭き、ドレスのサイズを直し、アイロンをかけた。定期的にお風呂も沸かした。

 この世界にお風呂に浸かる習慣はない。大量のお湯を沸かすのも大変だし、木製の巨大たらいのような湯舟があるのなんてかなーりいいところの貴族の屋敷くらいなものだ。

 でも――。


「私にはスキル〝レンチン〟があーーーる!」


 のである。

 木製の巨大たらいのような湯舟一杯のお湯を沸かすなんて簡単。お茶の子さいさい。そんなわけで週に一回はメイ様をお風呂に入れて肌はつるっつる、髪はさらっさらになるようにとあれやこれやと手をかけまくった。


「可愛くなーれ、可愛くなーれ、萌え萌えキュン☆」


「……」


「可愛くなーれ、可愛くなーれ、萌え萌えキューーーン☆」


「……」


 なすがままされるがまま。メイ様は黙って湯船に浸かっていたけれど――。


「うぉっとーーーっい!」


「……!?」


 ある日、うっかり石鹸を踏んづけて引っくり返ったら真っ青な顔で湯船から飛び出してきた。


「だ……大丈夫? ……ケガしてない? ね……ねえ?」


 引っくり返っている私の顔を心配そうにのぞきこみ、何度も尋ねるメイ様に目を丸くした。でも、そのうちに頬がふにゃりと緩んだ。私のにやけ切った笑みに気付くなり頬を赤らめてそそくさと湯船に戻るメイ様を見てますます頬をふにゃふにゃさせる。


 この一件で自信を持って言えるようになった。

 〝幽霊姫〟なんて言われてるけどそれは遠くからメイ様を見ている人たちの言葉でしかない。本当のメイ様は人見知りで恥ずかしがり屋の、ちょっと……いや、かなり口数は少ないけど優しい子だ。


 そうして一か月が経つ頃――。


「あのね、えっと……ご飯、いっしょに食べな、い……? 台所じゃなくて……私の部屋、で……」


 わがままと言うにはあまりにも可愛らしい一つ目のわがままをメイ様が言った。

 そして、半年が経つ頃――。


「あのね……寝る時にね、私にも……チンってしてくれない?」


 二つ目のわがままを言った。


「メイ様を……チン?」


 メイ様は首を傾げる私を上目遣いに見て、でも、すぐに目を伏せてこくりと頷いた。


「小さい頃、一度、誰か……乳母だと思うんだけど……人といっしょに、眠ったことがあって……。疲れて……私を寝かしつける前に、きっと眠ってしまったのね。一晩……それがとても温かくて……心地良くて……」


 その時のことを思い出しているのだろう。目を細めるメイ様を見て胸が苦しくなった。たった一度、たった一晩、添い寝してもらっただけ。たったそれだけのことをそんなにも幸せそうに思い出す様子が切なくて、同時に愛おしくて唇を噛む。


「申し訳ありません、メイ様。私のスキル〝レンチン〟をメイ様に……というか、生き物に使うことはできないんです」


 なにせ電子レンジで生き物をチンしたら死んでしまう。ダメ、絶対、なのである。

 だから――。


「……そう、なの」


「その代わり!」


 今にもしょんぼりとうなだれてしまいそうなメイ様を引き寄せた。


「今夜から私がメイ様をぎゅーーーっとして寝ます! 毎晩、添い寝しちゃいます!」


「……!」


 ぎゅーっと抱きしめて銀色の髪にぐりぐりぐりぐりと頬擦りする。びくりと肩を震わせたメイ様だったけどそのうちに顔をあげ、でも、ためらうように目をそらし、しかし、おずおずと私を上目遣いに見上げると――。


「……それじゃあ、お願い……します。えっと……サ、ラ……」


 初めて私の名前を呼んではにかんだ笑みを見せた後、すぐにうつむいてしまったのだった。


 ***


 こうして一年が経った。

 北の離れは私とメイ様との二人暮らし。花嫁修業、行儀見習いでやってきたいいとこのご令嬢や同僚や先輩との面倒くさい人間関係もなくてとってもラクチン。

 唯一の困り事は――。


「全っっっ然、足りなそうな可愛い弟と妹たちの学費と嫁入り費用のことなんだよなぁーーー!」


 なんてぼやきながら青空の下、洗濯物を干していたある日のこと――。


「サラさん、カレン様がお呼びです」


 正妃であるカレン様付きの侍女二人がやってきた。滅多に来客のない北の離れだ。外が賑やかなことを不思議に思ったのだろう。


「……どうしたの、サラ?」


 メイ様が裏口から顔を出した。

 でも――。


「……!」


 二人の侍女に気が付くなり慌ててドアの影に隠れてしまった。この一年で私とは普通に話せるようになっていたからすっかり忘れていたけどメイ様は人見知りで恥ずかしがり屋でかなり口数の少ない〝幽霊姫〟さんなんだよなー、なんて思いながらエプロンで手を拭く。


「カレン様がご用だそうなのでちょっとお城まで行ってきますね!」


 こっちの返事も待たずにさっさと歩き出す侍女二人の後を追いかけようとした私はスカートを引っ張られて慌てて足を止めた。振り返ってみるとスカートをつかんでいたのはメイ様だった。

 メイ様は何かを言おうと口を開きかけ――。


「……っ」


 だけど、結局、グッと唇を引き結んでうつむき――。


「……帰って、来てね……サラ」


 そう言って手を放した。

 この一年で私が北の離れを留守にしたことはなかった。きっと留守番がさみしいのだろう。そう考えた私はくすくす笑いながらメイ様をぎゅっと抱きしめた。


「夕飯までには帰ってきますよ。なにせ私にはメイ様のお食事をチンして、ベッドで添い寝して温めるという大役がありますからね!」


 ***


 元々は側妃だったカレン様は第一王子のカイル様が無事に七才の誕生日を迎えた年に正妃になった。


「北の離れからでは大変だったでしょう。どうぞ座って。さあ、お茶を」


 前正妃であるメアリー様の印象もあってちょっと身構えていたけど、会ってみるとカレン様は穏やかで優し気で――正直、ちょっと地味目のご婦人だった。

 とは言え正妃様。そんな人が一介の使用人、一介の貧乏貴族令嬢に何の用だろうと思いながら勧められるままに座ると――。


「ヘザーから聞きました。メイ様の担当になって一年になるそうですね。大変だったでしょう?」


「……大変?」


 カレン様は穏やかに微笑んでそう言った。

 前世や今世の可愛い弟と妹たちの世話に比べたら全然、大変じゃないけど。なんならもうちょっと手がかかっちゃっても構わないのだけど。なんて思いながら首を傾げる。


「ですから、次の配属はあなたの希望を出来る限り聞きたいと思っているのです」


「……次の配属?」


「カイルやカラム、カール……望むのでしたらわたくし付きの侍女にすることもできます」


「カレン様の!?」


 目を丸くする私にカレン様はにこりと微笑んで頷いた。


「これまでの方たちは二週間と持たずに辞めてしまったと聞いています。でも、あなたは一年ものあいだ、メイ様のお世話を頑張ってくれました。嫌な役目を押し付けてしまった、大変な苦労を強いてしまったと思っています」


「イヤナヤクメ? タイヘンナクロウ?」


「ですから、できる限りサラさんの希望を叶えたいと……」


「…………嫌な役目!? 大変な苦労!?」


 首を傾げて話を聞いていた私だったけどその意味が呑み込めた瞬間、くわっと目を見開いた。嫌な役目! 大変な苦労! 嫌な役目!? 大変な苦労!?

 なんだか無性にむかっ腹が立って、なんていうか無性にむかっ腹が立ち過ぎて――。


「はぁ? はぁっ!? はぁぁぁーーーっ!!?」


「サ、サラさん!?」


 語彙力が明後日の方向に吹き飛んだ。おろおろするカレン様とそんカレン様をかばうようにして前に出る侍女たちを見ても頭にのぼった血が引く気配は全っっっ然ない。

 メイ様のお世話が嫌な役目!? メイ様と一緒に暮らしたこの一年が大変な苦労!?


「はぁ? はぁっ!? はぁぁぁーーーっ!!? メイ様は可愛いし、可愛いは正義だし、だからつまりメイ様は正義なんですよ!? はぁ? はぁっ!? はぁぁぁーーーっ!!?」」


「……え? え、ええ……メイ様は正義?」


「メイ様は正義!」


「え、ええ? 正義? え……えー……?」


「はいはい、そこまでです。サラさんがカレン様に呼ばれたと聞いて心配して見に来てみたら案の定……。人の話を聞いていないだけではなく、人の言葉も話せなくなってしまいましたか、サラさん」


 パンパン! と手を叩き、私ににーっこりと目だけ笑ってない微笑みを向けたのは侍女長のヘザーさんだった。


「カレン様。サラさんはメイ様はとっても可愛らしい方だからお世話が嫌な役目なんてことも、この一年が大変な苦労だったなんてこともありませんでしたよ、と言いたいんだと思いますよ」


「……! ……!」


 完璧な翻訳にその通りだと頷きまくる。


「でも……でもね、ヘザー……」


「大丈夫ですよ、カレン様」


 困り顔でおろおろしているカレン様を手で制してヘザーさんはゆっくり、きっぱり、はっきりと、まるで言い聞かせるかのように言った。


「メイ様はメアリー様とは違います」


 怯えているようにも見えるカレン様の表情を見て、ヘザーさんの言葉を聞いて、心の中で〝ああ〟と呟く。

  返り血を浴び、紫色の瞳で周囲を冷ややかに見渡し、淡々と剣を振るって命を刈り取っていく。メアリー様の姿はその場に居合わせたすべての人たちに恐怖を植え付けた。

 襲われた張本人であるカレン様ならなおのこと深く、強く。


 メイ様はそのメアリー様の娘なのだ。


 カレン様は意地悪でも悪意からでもなく、本当に親切で、善意で、配置換えを提案してくれたのだろう。


「メイ様はとっても可愛くて、とっても優しくて、とってもいい子ですよ。なんならもうちょっと手がかかっちゃってもいいのにって思うくらいとってもいい子」


 それでもまだ心配そうな顔をしているカレン様に私はニヒッと歯を見せて笑ってみせた。

 カレン様が私のことを心配してくれているのはわかった。でも、ヘザーさんが言うとおりだ。メイ様はメアリー様とは違う。


「私にとってのメイ様はただのメイ様なんです。メアリー様の娘ではなく、ただの可愛いメイ様。だから、大丈夫。そんなに心配しないでください。メイ様が出てけ! と言うまでは何があっても絶対に、私ががっつり、ばっちり、きっちりお世話させていただきます! 例え、槍が降ろうとも息絶えるその瞬間まで! なんなら息絶えたそのあとも!」


 ドーン! と胸を叩いてフフーン! とふんぞり返る私を見てカレン様は目を丸くした。

 かと思うと――。


「やだ、サラさんったら……」


 口元に手を当ててくすくすと笑い出し――。


「槍だとか息絶えたあとだとか……そんな、冗談……言……っ」


 でも、すぐに声を詰まらせ、目に涙を滲ませ、両手で顔を覆ってうつむいてしまった。

 長い長い沈黙のあと――。


「そんなつもりはなかったのに……結果的にメアリー様から陛下と正妃の座を奪ってしまったことを、ずっとずっと後ろめたく思っていたんです」


 カレン様は困ったように微笑んでそう言った。


「嫌がる侍女たちにメイ様のお世話を押し付けていることにも……小さな、何の罪もない子からたくさんのものを奪ってしまったことにも……私が臆病なばかりに、たくさんのものを……」


「……カレン様」


 声を震わせながらカレン様はヘザーさんの手を握り締めた。ヘザーさんもそんなカレン様の肩をそっと撫でて寄り添う。正妃と侍女長という関係にしては気安い二人の距離感の理由を知るのはもう少しあとのこと。

 私がその日、知ったのはメアリー様の面影に怯えながら、それでもカレン様がずっとメイ様のことを気に掛けていたのだということ。


「あなたがメイ様をただの可愛い女の子と言ってくれてほっとしました。これからも、どうぞメイ様のことをよろしくお願いします」


 カレン様はそう言って深々と、一介の使用人で一介の貧乏貴族令嬢の私に頭を下げたのだった。

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