第2話
北の離れは王城の広い敷地内の端の端、薄暗い森の中にあった。王族が暮らす屋敷としては狭いけどメイ様と、下働きなり侍女なりの二人で暮らすにはあまりにも広い屋敷。
そんな北の離れの一番奥にある自室の窓辺にぽつーんと座ってぼんやりと外を眺めているメイ様を最初に発見したとき――。
「ひぇ……っ」
私は悲鳴を上げそうになった。
薄暗い森の中で日中もほとんど陽が入らないせいだろうか。メイ様は白というか青白い肌をしていた。しかも、透けるような銀髪。よれよれの真っ白いドレス姿というのもよろしくない。部屋が薄暗いし、白いカーテンが薄汚れてるし、なんかちょっと埃っぽい気がするのもよろしくない。
〝幽霊姫〟と呼ばれるのも納得の姿、雰囲気だ。
「うひょー……?」
でも、よくよく見ればメイ様は天使か妖精のような儚げ美少女ちゃんなのだ。うっかり変な声も出てしまうというもの。
でもでも――。
「……」
うっとりと見惚れてる場合じゃない。無言で私を見つめるメイ様に気が付いて慌てて緩み切った表情を引き締めると背筋を伸ばす。初日からクビになるわけにはいかない。可愛い弟と妹たちの学費と嫁入り費用のためにも、だ。
「初めまして、メイ様。今日から北の離れを担当しますサラ・シューリスです。よろしくお願いします」
にっこり微笑んで淑女らしくお辞儀してみたけど――。
「……」
メイ様は無言で私を見つめるばかり。宝石のように綺麗だけど感情も生気もない瞳にじーっと見つめられると〝幽霊姫〟という呼び名にやっぱりうっかり納得してしまう。
「と、とりあえず! 遅くなっちゃいましたがお昼ご飯にしましょう! そうしましょう!」
「……」
「よ、用意してきますねー!」
気まずい沈黙に耐え切れずに私は台所に避難した。
台所と言っても洗い物をするための流しとお茶を淹れるためのやかんにティーセットがあるだけの広さも機能もこじんまりとしたものだ。お湯を沸かすときは調理兼暖房用の暖炉を使う感じらしい。
「一か月前に前任者が辞めたって言ってたよなー」
カゴから取り出した料理を皿に並べながら呟く。
メイ様は身のまわりのことは大抵、自分でできるらしいとヘザーさんから聞いていた。だから、とりあえず掃除と洗濯、北の離れの管理をしっかりやってくれればいいと。
確かに。庶民や貧乏貴族の子供ならアレでもいいかもしれない。でも、メイ様は一応、王族の一人。この国の第一王女。そもそも親や周囲から手や愛情をそこそこかけられてていいはずの、まだ十三才の少女なのだ。
そんな子がサイズも合ってない、しわだらけでよれよれのドレスをどうにかこうにかという感じで着ているのを見ると。上手にとかせなかったのだろう、寝癖が残ってしまっている銀色の髪を見ると――。
「めっちゃ面倒見たくなる! お世話焼きたくなる! うっっっざって言われそうだけれども! それでもめっちゃ面倒見たくなる! とりあえず目ヤニとよだれのあとは拭きたい!」
今世でも前世でも弟と妹たちの世話をうざがられるほどに焼いてきた長女の血が騒いでしまうのだ。
「……とは言え」
本当にうざがられてクビを切られると金銭的に困ってしまう。私には可愛い弟と妹たちの学費と嫁入り費用を稼ぐという重要ミッションがあるのだ。
自重、自重と唱えつつ――。
「さあ、メイ様! 昼食ですよー!」
メイ様の私室に料理を運んでいく。
メニューは鹿肉のローストに焼いた野菜を添えたもの。肉、野菜、穀物、スパイスを煮込んだスープ。それとパン。
貧乏貴族な我が家からしたらよだれダラダラの豪華食材が使われたメニューだ。冷遇されていると言ってもさすがは第一王女という感じ。
「私は台所で食べてますので何かあったら呼んでくださいね」
「……」
声をかけて少し待ってみたけど返事はない。きっと人見知りな性格なんだろう、まだ初日だし! なんて思いながら部屋を退出――からのスキップ、ツーステップにターン!
「こんなに豪勢な料理がまかない的な感じで! タダで食べられちゃうなんて! それだけでもここで働く意義があるというもの!」
台所に戻った私はテーブルにつくとメイ様と全く同じ昼食を前にパーンと手を叩き――。
「いっただっきまーす! まっずぅーーー!」
スープを含んだ瞬間、口の中に広がった肉の生臭さに悲鳴をあげた。
「な、なぜ……どうして……ど素人の私がカピカピ野菜を使って作った料理よりも高級食材を使って一級料理人が作っただろう料理の方がまずいなんて……せっかく今世では貴重なお肉を惜しげもなく使っているのに……スープも……ローストも……パンがギリギリ食べられるレベルだなんて……なぜ……どうして……!?」
口に入れては悲鳴をあげ、口に入れては頭を抱え、口に入れては悶絶し――。
「そうか、冷めてるから……カピカピ野菜のスープでも我が家は出来たてほかほかだったから……出来立てほかほかはそれだけでご馳走だったのか……せめて……せめて温めることができたなら……温め直すことが出来たなら……この世界に電子レンジ的な物があったなら……」
しくしく泣きながらパンをかじっていた私は――。
「……って、あるじゃん! スキル持ってるじゃん、私!」
ガバッと立ち上がるとスープの器を高らかに掲げて叫んだ。
「スキル〝レンチン〟! 再度、いただきまっす! はい、うっまーーー!」
役立たずスキルが人生で初めて役立ったことに感動しつつ、温め直しただけでこんなにも美味しくなることにも感動しつつ。スープに続いて鹿肉のローストもパンもチーンとしてばくばくもぐもぐ口に放り込む。
「美味しい……美味しい……美味しい……! 一級料理人さんの腕前を疑っちゃうなんてホント、申し訳ないことしちゃったなー。やっぱり腐っても第一王女様。いい物を食べていらっしゃ……る……?」
そこまで言ってはたと手を止めた。
メイ様が今、食べているのはスキルでチーンする前のすっかり冷め切った料理。肉の油はかたまり、肉の生臭さが全力オンステージしちゃってる、冷め切ったまっずい料理だ。
物心つく前から北の離れに追いやられているメイ様は多分、きっと、恐らく、この冷め切った料理しか食べたことがない。食事なんてこんなもんと思って食べているに違いない。
そんなの――。
「悲し過ぎます、メイ様ぁーーー! チーンってさせてください、チーーーンって!」
「……っ、……っ!?」
ノックもなしにバーン! と部屋のドアを開け、ズザァーーーッ! と滑り込んできた私を見てメイ様は目を丸くした。
だがしかし! 前世と今世の可愛い弟と妹たちの面倒を見る中で養われた私の動体視力は見逃さなかった。私が部屋に突入したその瞬間の、うつむき、暗い表情でスープをちびちび口に運ぶメイ様の姿を!
「やっぱり全然、美味しくないんですね!? 今……今、温めますからね!」
「……? ……???」
「はい、スキル〝レンチン〟! さあ、召し上がれ!」
おろおろしているメイ様の手からスープの器を奪い取ってチーン! メイ様の前に置くと胸を張ってスプーンを差し出した。
戸惑いながらもスプーンを手に取り、スープを一口。
「……!」
メイ様はキラキラと目を輝かせた。かと思うとズズズーッ! とスープを一気飲み。
「なんていい食べっぷり! これはもう! 張り切ってこっちもチーーーン!」
鹿肉のローストもパンもスキルで温める。
「……! ……!」
さっきまでの暗い表情はどこへやら。スズメのように小さな一口はどこへやら。目をキラッキラさせてガツガツ食べるメイ様を前に私は心の中でガッツポーズした。
「……おいし、かった」
綺麗さっぱり食べ終えた後、メイ様はぽつり。そう呟いた。
「それはよかったです。王城の調理場からここまで運ぶあいだにすーっかり冷めちゃいますもんね。でも、安心してください。今日から私がチーンってしてあげますから。今日から毎日、毎食、ほかほかのご飯ですよ」
「……」
お皿を片付けながらそう言って顔をあげた私は目を丸くした。てっきりキラッキラの笑顔で喜んでくれると思っていたのに。メイ様は暗い表情でうつむいているのだ。
「……料理、チンしない方がいいですか? 美味しくなかったですか?」
尋ねるとメイ様は唇を噛んで首を横に振った。
「とっても美味しかった。でも……だからこそ……」
そう呟いてますます深くうつむく。
そして――。
「私は、お母様の……〝死神姫〟の娘、で……お母様のせいで死んだ人も、飢えた……国民も、たくさん……いて……だから……美味しい、なんて……思っちゃ……」
今にも泣き出しそうな声でそう言った。
これまでにお世話を担当した誰かがそんな口さがないことを言ったのだろうか。それを聞いてしまったのだろうか。
丸まった小さな背中を見つめて私は唇を噛んだ。
「……メイ様がメアリー様の娘であることは変えようのない事実です。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって国民の気持ちもわかります」
「……ぼーず? けさ?」
「でも、メアリー様があれこれやらかしてるとき、メイ様はまだ物心もついていない、よちよち歩きができるかできないかの赤ちゃんだったんですよ」
だから、と呟いて私はメイ様の頭をなでなでよしよしした。可愛い弟や妹たちにそうするように。
「食事がちょっとくらいほかほかになって美味しくなっちゃっても罰は当たらないですし、メイ様のお世話係な私の前でくらいなら美味しいって笑っていいですし、ちょっとくらいのわがままなら言っても許されると思います! ていうか、私が許します!」
「……」
「あ、過剰なわがままはちゃんと過剰ですー許しませーんって言いますから安心してくださいね」
「……」
そう言ってケラケラと笑う私のことをどう思い、どう見ていたのだろう。私の言葉を聞いて何を思い、何を考えていたのだろう。
その日のメイ様は黙ってうつむいているだけだった。
とにもかくにも、こうして北の離れでのメイ様と私の二人暮らしが始まったのである。




