第1話
拝啓、前世のお父さん、お母さん、可愛い弟くんに妹ちゃん、お変わりなくお過ごしでしょうか。結婚もしなければ孫の顔を見せることもないまま、多分、きっと、仕事の過労かなんかで親より先に死んでしまったことをお詫び申し上げます。
今、私は異世界転生なるものをして貴族令嬢なるものをやっております。令嬢と言っても家は貧乏で使用人を雇う余裕なんてなく。お嬢様育ちの母はウフフと微笑んでいるだけで生活能力はなく。かつては父が、今は長女の私が家事の一切を担っている状態。
ですが、そんな家事、家事、家事の人生とも今日でおさらばです。今世の可愛い弟と妹と妹と弟の学費と嫁入り費用を稼ぐため――。
「十六の身空で王城の下働きになり、仕事、仕事、仕事の人生を送り、今世も婚期を逃して独り身街道まっしぐら」
「サラさん、サラさーん」
「過労からの墓場に直行人生を邁進してまいります! 敬具!」
「何をブツブツ独り言を言ってるんですか、サラさーん」
侍女長のヘザーさんがにーっこりと微笑んでこっちを見ていることに、人生を憂うのに忙しい私――サラ・シューリス男爵令嬢さんは全く気付かなかった。そりゃあ、もう、全く。全然。ガン無視。
「ああ、できることなら今世は大切な人に〝ずっとそばにいてね〟なんて言われて添い遂げちゃう人生を送りたかった……!」
「サラさん、サラさーん。……ああ、ダメですね、あれは」
そんなわけでヘザーさんは私のことをすっかり諦めて残り九名の令嬢さんたちの顔をぐるりと見まわした。私みたいにお金を稼ぐのが目的で、下働きとして働きに来た貧乏貴族令嬢さんではない。
公爵令嬢に侯爵令嬢に伯爵令嬢。行儀見習い、花嫁修業の一環として短期間、王城に暮らす高貴な方たちに仕えるべくやって来たいいところの令嬢さんたちだ。
で、その令嬢さんたちに向かってヘザーさんは言った。
「それではお仕事の振り分けを決めましょう」
「転生させるならさぁー、神様もなんかすっごいスキルを付けてくれればいいのにさー」
「カイル第一王子のお世話を担当したい方。……それじゃあ、そちらの方とそちらの方と、それからそちらの方」
「スキル〝レンチン〟ってなんだよ、〝レンチン〟って! スキル持ちなんてレアなはずなのに何の役に立つのかさっぱりなスキル過ぎて全然、重宝されないんだけど! 全っっっ然、お金にならないんだけど!」
「次にカラム第二王子のお世話を担当したい方。はい、それじゃあ、そちらの方とそちらの方とそちらの方」
「せめて、第一王子か第二王子か第三王子の担当になって下働きから侍女に昇進して、がっぽがっぽ稼がないと可愛い弟と妹たちの学費と嫁入り費用を稼ぎ切る目がなくなる!」
「次にカール第三王子のお世話を担当したい方。……はい、そちらの方とそちらの方とそちらの方」
「まかり間違っても第一王女の担当になんてなっちゃダメだ! 第一王子か第二王子か第三王子の担当になって、あわよくば気に入られて、あわよくば褒美かなんかもらって、一発逆転! 一瞬で可愛い弟と妹たちの学費と嫁入り費用を稼ぎ切って、あわよくば私も人生初どころか今世、前世合わせて二人生初の結婚をどうにか……!」
「それでは、メイ第一王女の担当はサラさん、お願いしますね」
「なんでぇーーー!?」
絶叫して振り返るとヘザーさんはにーっこり。目だけがミリも笑っていない微笑みを浮かべてこう言った。
「人の話を聞いていないからですよ、サラさん」
***
メイ第一王女のお世話係がなんで不人気かと言うと、まあ、ぶっちゃけて言えば頑張って働こうが媚び売ろうが旨味がないからだ。
〝死神姫〟メアリー――。
一つに結った銀色の髪をなびかせて現国王陛下と共に戦場を駆けた戦勝の功労者の一人だ。終戦後、国王陛下の正妃となったが平和な王都よりも戦場の方が性に合っていたのか。それとも、戦争によって本人も気が付かないうちに心を病んでいたのか。
とにかく。正妃になってからの彼女は宝石にドレスにお菓子に毎晩のように開かれるパーティにと国を傾けかねない勢いで浪費を繰り返した。
何度、国王陛下や周囲が注意しても聞く耳を持たず、ついに離縁を言い渡されたが激昂。国王陛下と、当時第一王子を身ごもっていた側妃カレン様に斬りかかった。国王陛下とカレン様は無事だったけど護衛の兵士十二名が惨殺され、メアリー様もその場で処刑された。
返り血を浴び、紫色の瞳で周囲を冷ややかに見渡し、淡々と剣を振るって命を刈り取っていく。メアリー様の姿はその場に居合わせたすべての人たちに恐怖を植え付けた。
で、そのメアリー様の娘で忘れ形見がメイ第一王女なのである。
メアリー様が処刑された当時、わずか一才。物心もついていなければ責任もへったくれもない年令だったけど、メアリー様と同じ銀色の髪と紫色の瞳を持つせいか。腫れ物のように、あるいはいない者のように扱われ、十三才になった今では〝幽霊姫〟なんて呼ばれているらしく――。
「不安ですー! ヘザーさん、私、めっちゃ不安ですー! なんかやらかして速攻クビになっちゃいそうで不安ですー! 物理的に首が飛んじゃったり呪い殺されちゃったりしないか不安ですー!」
「はいはい、泣き言言ってないでさっさと行く。北の離れよ。大丈夫、メイ様には物理的に首を飛ばせるような腕力はないし、呪術も魔法も使えませんから。それにあなたみたいに神経の図太いお嬢さんなら市井でも働けます」
「王城の仕事、クビになるのは前提!?」
「王城の調理場から北の離れまで片道四十分以上あります。急がないと昼食の時間に間に合いませんよ。あ、あなたの昼食も入ってますから北の離れで食べてくださいね」
怯える私をよそにヘザーさんはにーっこり微笑んで昼食が入ったカゴを差し出した。
「メイ様の担当はあなた一人です」
「一人……!」
「一ヶ月前に前任者が辞めて以来、週一で掃除と洗濯をしに人を遣っている程度なので少々、あれな状態になっているかもしれません」
「あれな状態……!」
「今日は初日ですし自室の整理で終わってしまうでしょうが、明日からは掃除に洗濯に北の離れの管理にとしっかりお願いします」
「ん? それって……?」
「北の離れに住み込んで働いてもらいます」
「住み込みーーー!」
「今後の食事は届けさせますので安心してくださいね」
「安心? 安心とは!?」
という感じで、私――サラ・シューリス男爵令嬢さんは〝幽霊姫〟メイ様が暮らす北の離れに流されるというか飛ばされるというかになったのである。




