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暁夜の下で姫は誓う 〜父を殺され、居場所を失った王女が再び王になるまで〜  作者: 藍凪みいろ
第三章 紅蘭国編

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第21話 森の中で


 北に位置する凛黎帝国(りんれいていこく)の森は、秋の深まりとともに色づいていた。

 

 赤や橙色(だいだいいろ)に染まった木々の葉が、風に揺れては静かに地面へと落ちていく。

 そんな地面を踏みしめるたび、柔らかな音が響いた。


「良い天気ね。それに紅葉がとても綺麗だわ」


 空を見上げながら、セナは微笑む。

 その隣で、ルソンも穏やかに頷いた。


「そうですねぇ」


 しばらく静かに歩いていたリクスが、ふと思い出したように口を開く。


「ねえ、セナ。前から気になってたんだけど……セナが持つ天命の力って、どんな力なのか、まだ分かってないよね?」

「ええ、そうなの。まだわかってないわ……」

「なるほどな」


 短く相槌を打ったのはシウだった。

 そのとき、後方から慌てた声が上がる。


「あー! セルさん、何食べてるんですか!?」


 セナが振り返ると、セルが何食わぬ顔で団子を頬張っていた。


「ん? リタの鞄に入ってた団子だけど。これ、めちゃくちゃ美味しいな」

「お前な……いつの間に取ったんだよ」


 ルイアは苦笑しながら呆れた声を漏らす。


「はは、セルは相変わらず自由人だな」

「もう、勝手に取っちゃだめだよ」


 リクスに注意され、セルは素直に頭を下げた。


「ごめんごめん。反省するから許してくれ、リタ」

「……まあ、いいです。でも次は許しませんからね」


 そんなやり取りを眺めながら、シウがぽつりと呟く。


「なんか腹減ってきたな」

「そうだな。もう少し歩いたら昼にしよう」


 ルソンの言葉に、セナが思い出したように言った。


「リクスの鞄に、サヤ姫から貰ったおにぎりがあったわよね?」

「うん、あるよ!」

「よし、じゃあもうひと頑張りだな」


 こうして一行は、再び森の奥へと歩みを進めた。




 昼時、木々の間で休憩を取ることになった。

 セナはおにぎりを一口頬張り、思わず声を漏らす。


「ん……美味しいわ」

「姫さま、それは塩しゃけですか?」

「ええ、そうよ」

「少し味見してもいいですか?」

「いいわよ、はい」


 セナは自分が食べていたおにぎりを、何の躊躇もなくルソンに渡した。


「ありがとうございます。……ん、美味しいですね」


 夢中で食べるルソンに、セナが慌てて声を上げる。


「ちょっと、全部食べないで!」

「分かってますって」


 ルソンは、食べかけのおにぎりを何事もなかったかのようにセナへ返した。

 その自然すぎる動作に、周囲の空気が一瞬だけ止まる。


 ――そして、見ていた者たちの視線が一斉に集まった。


「……なあ、ルソン」


 最初に口を開いたのはルイアだった。

 半ば呆れたような声だ。


「お前、自覚ないのか?」

「無自覚? 何の話だ?」


 きょとんと首を傾げるルソンに、シウは深いため息をついた。


「まさか本当に気づいてないとはな……何とも思ってないから平気で出来るのか?」

「いやいや、多分ただ気づいてないだけだと思うよ〜」


 セルはのんびりした口調でそう言い、リタも大きく頷く。


「ええ、絶対に気づいてません。間接キスだってこ――」

「リタ、ストーップ!」


 リタの言いかけた言葉に慌ててリクスが遮る。


「気づいてないなら、それでいいんじゃないかな!」

「まあ……そうだな」


 シウも渋々納得したように頷いた。

 その様子を不思議そうに見ていたセナが、眉をひそめる。


「さっきから何をこそこそ話しているの?」

「ん?」


 ルソンは一拍置いてから、思い当たったように言った。


「あー……もしかして、俺と姫さまが間接キスしてることについてですか?」

「――えっ!?」


 セナの顔が一気に赤くなる。


「あ、あー! ルソン、あなた……私が食べたところを食べたのね!」

「そんなに怒らないでくださいよ〜。小さい頃からの付き合いじゃないですか」


 軽く笑いながら言うルソンに、ルイアが肩をすくめる。


「なんだ。無自覚でやってたわけじゃなかったのか」

「自覚ありでやってたってことか。流石だな」

「……そうね。深い意味はないわ!」


 少し強めに言い切るセナに、ルソンはにこやかに頷いた。


「そうですよ〜。今はね」


 その最後の一言は、ひどく小さな声だった。

 会話を聞いていたセルは、こっそりリクスの耳元に顔を寄せる。


「ねえ、リクス。ルソンって、セナのこと好きなの?」

「うーん……どうだろう。そんな話、したことないから分からないな」

「でも、見てる限りだと……何となく好意はありそうですよね」


 リタが控えめにそう言った瞬間。


「なーに、こそこそ話してるんだ?」


 ルソンの声が飛んできて、三人は一斉に背筋を伸ばした。


「な、なんでもないよ〜!」

「そ、そうですよ〜」

「……そうか?」


 疑わしげに首を傾げるルソンをよそに、仲間たちはそれ以上何も言わなかった。

 けれどその場にいた全員が、同じことを思っていた。


 ――少なくとも、ルソンの想いは決して護衛だけではないのだと。




 王都を出てから三日目の夜。

 焚き火のそばで、ルソン、シウ、ルイアは見張りをしていた。


「明日の昼頃には、森を抜けられそうだな」

「そうだな」


 沈黙の中、シウが切り出す。


「なあ、ルソン。セナのこと、どう思ってる?」

「……姫さまは、自分の命に代えても守るべき人だ。それ以上は望んじゃいけない」


 幼馴染であり、護衛。

 その立場が、すべてだった。


「やっぱり、好きなんだな」

「ああ。でも言うつもりはない」

「分かった」


 星空を見上げ、ルソンは静かに息を吐いた。


「……綺麗な夜空だな」



✾✾✾


 凛黎帝国(りんれいていこく)の王都を出てから四日目の昼過ぎ。

 長く続いていた森を抜けたセナ達は、そのまま帝国北部の山へと足を踏み入れていた。


 山道は細く、ところどころ岩が露出している。けれど険しすぎることはなく、秋の澄んだ空気が心地いい。


 足元で小石が転がるたび、規則正しい足音が山肌に響いていた。


「地図を見る限りだと……村に着くまで、だいたい五日くらいかしらね」


 歩きながらそう呟くと、隣にいたルソンが穏やかに頷く。


「そうですね。無理はせず、ゆっくり行きましょう」

「うん、それがいいと思う」


 リクスも同意し、少しだけ気を抜いた表情を見せた。

 だが、空を見上げていたシウは、どこか気がかりそうに眉を寄せる。


「村に着くまで、雨が降らなきゃいいんだが……」

「あれ? みんな、俺の力知らないのー?」


 場の空気を変えるように、セルが明るい声を上げた。


「セルさんの天命の力って、確か……」


 リタが思い出すように口にすると、セルは胸を張る。


「自然のあらゆるものを操れる力だよ!」

「……それって、もしかして天候も含まれるのか?」


 ルイアの問いに、セルは当然と言わんばかりに頷いた。


「もちろん! っていうかさ、セナたちと出会ってから今まで、実はちょっと天候を調整してたんだよね。ほら、あんまり雨、降らなかったでしょ?」

「……言われてみれば」


 私は空を見上げる。

 確かに、ここまで不自然なほど晴れの日が続いていた。


「ずっと天気が良かったわね」

「それはすごい力だな」


 ルソンが素直に感心すると、リタはすぐに表情を引き締めた。


「でも、セルさん。力の使いすぎは良くありませんよ。身体への負担もありますし、雨が降らないと困る人もいるんですから」

「……ああ、リタの言う通りだ」


 シウも頷き、セルは少しだけばつが悪そうに頭をかいた。


「わかったよ〜。気をつける」


 軽い口調の裏に、きちんとした理解があることを感じて、セナは小さく息を吐いた。


 それぞれが天命の力を持ち、それぞれが違う思いを抱えている。

 そんなセナ達は、同じ目的地を目指して、今日も山道を進んでいく。


 ――この先に待つものが、どんな運命であったとしても。


✾✾✾


 山道に夜が降りた。

 昼間とは打って変わり、冷たい空気が肌を撫で、虫の音と風に揺れる木々のざわめきだけが辺りを満たしている。


 焚き火の小さな炎を背に、セナはルソンと並んで見張りをしていた。

 見上げた夜空には、雲一つなく星が瞬いている。


「……綺麗な夜空ね」

「ええ、本当に」


 同じ空を見ているはずなのに、どこか胸の奥が落ち着かない。

 セナはふと、眠っている仲間たちの方へ視線を向けた。


「みんな……どうしているかしら」

「元気にしてますよ、きっと」

「……そうだといいのだけど」

「城に戻ったら、きっと心配されてますよ。俺と姫さま、何も言わずに出てきたわけですし」

「ええ……戻ったら、こっぴどくリーナに怒られそうね」


 思わず苦笑すると、ルソンも小さく笑った。


「それは仕方ないですね。ちゃんと怒られましょう、姫さま」

「……そうね」


 短く返した声に、夜風が混じる。

 少しの沈黙のあと、ルソンが静かに口を開いた。


「あの、姫さま」

「なに?」

「俺は、どんな時も姫さまの味方です」


 真っ直ぐな言葉に、思わず息を呑む。


「もちろん、リクスも、シウたちもいます。だから……大丈夫です」


 ルソンは空を見上げたまま、続けた。


「この先、何があったとしても。俺たちは、きっと大丈夫です」


 その言葉は、星明かりよりも確かに、セナの胸を照らした。


「……ええ、そうね」


 セナはそっとルソンに頷き返す。

 冷たい夜の山道で、確かな温もりを感じながら。不安も迷いも、今だけは夜空の奥へと溶けていくような気がした。


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