表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―  作者: 猫森満月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/42

第42話「生還」

 数日後。東京に戻った日常は、あの山奥での出来事が嘘だったかのように淡々と流れていた。


 悠真は、自室のデスクでノートパソコンに向かっていた。画面には、書きかけの原稿が映し出されている。タイトルは『鬼守トンネル崩落事故・隠された二十年の真実』。


 彼は、超常的な現象については一切触れなかった。書けることだけを書いた。二十年前に起きたとされる「ガス爆発事故」の不自然さ。当時のずさんな捜査と、地元有力者による隠蔽の疑惑。そして今回、危険が指摘されていたにも関わらず、何の対策も講じられていなかった廃ホテルの管理責任。


 記事の最後を、彼はこう締めくくった。


『我々は、忘却という名の罪を犯してはならない。過去から目を背けた時、悲劇は必ず繰り返される』


 書き終えた彼は、エンターキーを押す。記事は編集部へと送信された。それが世に出て、どれほどの反響があるかはわからない。だが、これが自分にできる唯一の弔いだと思った。


 ふと、机の端に置かれたものに目が留まる。あの日、影山から渡され、ポケットの中で熱を帯びた護符の燃えカス。そして、美咲が地下祭壇で拾った、黒曜石のナイフ。警察の現場検証では見つからなかったのか、それとも見つけても無視されたのか、混乱の中で彼女が持ち帰ってきていた。


 悠真はナイフの柄を握ってみた。ひんやりとした感触。 目を閉じると、今もあの化け物の絶叫と、血の匂いが蘇る。


(俺は、本当に人間に戻れたのか?)


 その問いは、これからも彼を苦しめ続けるだろう。


 ピンポーン、とインターホンが鳴った。 ドアを開けると、そこには美咲が立っていた。あの日以来、初めて会う彼女は、少し痩せたように見えたが、その目には以前と同じ芯の強さが戻りつつあった。


「……高木さん、お邪魔してもいいですか?」

「あ、ああ。どうぞ」


 二人は、どちらともなくリビングのソファに腰掛けた。ぎこちない沈黙が流れる。先に口を開いたのは美咲だった。


「私、会社、辞めることにしました」

「え……」

「あのホテルで……母の最期かもしれない場所を見て、色々考えたんです。雑誌の仕事は楽しかったけど、もっと直接、誰かを助けられることがしたいなって。看護師になろうと思ってます。彩花さんみたいに」


 そう言う美咲の表情は、晴れやかだった。


「そっか……。君なら、きっといい看護師になれる」

 悠真は心からそう思った。


「高木さんは? これからどうするんですか?」

「俺は……」


 悠真は言葉を詰まらせた。


「俺は、書き続けるよ。あのホテルであったこと、その裏にあった人間の愚かさ。忘れないために」


「鬼のことも?」


 美咲が真っ直ぐに彼を見た。


 悠真は小さく頷いた。


「ああ。いつか、あの現象がなんだったのか、解明できる日が来るかもしれない。それまでは、俺が『監視者』だ」


 二人の間に、再び静寂が訪れた。だが、それはもう息苦しいものではなかった。 悪夢を共有し、生き残った者同士にしかわからない、静かな絆がそこにはあった。


「……怖かったですね」

 美咲がぽつりと言った。


「ああ、怖かった」


 美咲が、そっと悠真の手に自分の手を重ねた。あの日、彼がしてくれたように。


「でも、あなたは私を守ってくれた」

「君がいたから、俺は……俺でいられた」


 二人はどちらからともなく、ゆっくりと顔を寄せた。 それは、すべてを失った者同士が、お互いの存在を確かめ合うような、静かで、優しいキスだった。


 窓の外では、東京の喧騒がいつも通りに響いている。 だが、あの山奥の廃ホテルであった出来事は、決して消えることはない。 彼らの心に巣食った「鬼」は、今も眠りにつきながら、次の悪夢の始まりを静かに待っているのかもしれない。


 それでも、二人は生きていく。 互いの手の温もりを、確かに感じながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ