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廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―  作者: 猫森満月


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第39話「二つの意志」

「ぐ……あああああ……!」


 悠真の絶叫が、地下祭壇に響き渡る。彼の体は激しく痙攣し、その姿は人間と獣の間で不安定に揺れ動いていた。黒いオーラが彼の体から立ち上り、周囲の空気を歪ませる。


「高木さん!」

 美咲は恐怖に竦みながらも、彼から離れようとしなかった。彼女は、悠真が自分の中の「何か」と必死に戦っていることを感じ取っていた。


『喰らえ。今すぐ、その女を喰らえ』 『そうすれば楽になる』 『お前は、我々の王となるのだ』


 頭の中に響く声が、甘く、そして力強く彼を支配しようとする。悠真は両手で頭を抱え、床に膝をついた。爪が自らの頭皮に食い込む。


「うるさい……黙れ……!」

 悠真は歯を食いしばり、必死に抵抗した。


「無駄よ、悠真さん」

 玲奈の声が冷たく響く。


「誰もこの宿命からは逃れられない。あなたのおばあちゃんだって、最後は恐怖に負けて逃げ出した。そして、そのせいで私たちはここに縛られたの!」


 玲奈の姿がゆらりと揺れ、その表情が怒りに歪んだ。


「早く!SATORARE あの子を喰べて、私たちを解放して!」


 玲奈がそう叫んだ瞬間、祭壇の周囲に散らばっていた黒いお札が一斉に燃え上がり、青白い炎を上げた。炎は壁を走り、天井に集まり、一つの巨大な「目」のような形を成した。


「あ……あ……」


 運転手の岡田が、部屋の入り口で腰を抜かしたまま、その光景を指差した。


「二十年前と……同じだ……」


 その「目」が、じろりと悠真を見下ろす。 次の瞬間、悠真の脳を、これまでとは比べ物にならないほどの激痛が襲った。


「ぐあああああああああああああああああ!!」


 まるで頭蓋骨を内側からこじ開けられるような痛み。 悠真の意識が急速に遠のいていく。


(だめだ……意識を……手放すな……!)


 彼は最後の力を振り絞り、美咲を見た。彼女は泣きながらも、必死にこちらへ手を伸ばそうとしている。


(ああ、そうだ……俺は……)


『お前は鬼だ』


(違う……)


『お前は人殺しだ』


(違う!)


『お前は、あいつらを喰ったんだ!』


(俺は……!)


 悠真は叫んだ。それは声にならない、魂の叫びだった。


(俺は、人間だ!)


 その意志が迸った瞬間、ポケットの中で黒い灰になっていた護符が、最後の力を振り絞るかのように、一度だけ、強く輝いた。


 眩い光が悠真の体を包み込む。


「ぐ……う……ああああああ!」


 悠真の体から、黒い霧が一気に噴出した。それはまるで、高圧の蒸気が解放されるかのように、凄まじい勢いで天井の「目」に向かって突き刺さっていく。


「そんな……馬鹿な……!」

 玲奈が信じられないといった顔で叫んだ。


「拒絶した……?『器』が、鬼の力を……!?」


 悠真の体から溢れ出た黒い霧は、天井の「目」と激しく衝突し、相殺されるように消えていく。悠真の体は、まるで生命力をすべて吸い取られたかのように、急速に萎んでいった。変異していた爪は元に戻り、肌の色も人間のものへと戻っていく。


 そして、彼は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。


「高木さんっ!」


 美咲が駆け寄り、意識のない悠真を抱きかかえる。 同時に、地下祭壇全体が激しく揺れ始めた。天井から岩や土砂が降り注ぎ、壁に走る無数の亀裂から、まばゆい光が差し込み始める。


「いけない……!封印が、解けてしまう……!」


 玲奈が絶望的な声を上げた。 儀式は失敗した。 悠真が鬼となることを拒絶したため、二十年前に封じ込められた怨念が、今、完全に解放されようとしていた。


「早く逃げて!」

 玲奈は、美咲と悠真の前に立ちはだかると、両手を広げた。


「ここは私が食い止める!もう誰も、私みたいにはさせない!」


「玲奈ちゃん!?」

「早く!!」


 玲奈の小さな体から、凄まじい霊力が放たれる。 彼女の体が、今度は穏やかな光に包まれ始めた。


「さようなら」


 玲奈はそう言って微笑むと、光の奔流となって、崩落する天井と、そこから溢れ出そうとする黒い怨念に向かって、飛翔していった。

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