第37話「覚醒、そして共闘」
「グオオオオオッ!」
化け物と化した清一の咆哮が、地下祭壇に響き渡る。その異形の姿は、もはやかつての老教師の面影を微塵も残していなかった。肥大した筋肉が衣服を裂き、肌は岩のように硬質化し、黄色く濁った目が悠真だけを捉えている。
(こいつを倒さなければ、美咲が!)
悠真は鉄パイプを強く握りしめた。先程までの内側からの衝動とは違う、明確な「守る」ための意志が、全身を駆け巡る。
「高木さん、ダメ! あなたまで……!」 背後で美咲が叫ぶ。
「大丈夫だ! 俺を信じろ!」
悠真は叫び返した。不思議と恐怖はなかった。むしろ、五感が研ぎ澄まされていくのを感じる。化け物が振り下ろす鉤爪の軌道が、スローモーションのように見えた。
紙一重で攻撃をかわし、懐に飛び込む。 「うおおおっ!」 握りしめた鉄パイプを、化け物の脇腹、比較的装甲の薄そうな部分に突き立てた。
グシャッという鈍い手応え。 だが、化け物は怯まない。痛みを感じていないかのように、もう片方の腕で悠真を薙ぎ払おうとする。
「高木さん、後ろ!」
美咲の声に反応し、悠真は咄嗟に身を屈めた。巨大な腕が空を切り、壁に叩きつけられる。その衝撃で天井からパラパラと土埃が落ちてきた。
(まずい、力が違いすぎる!)
悠真が体勢を立て直す間もなく、化け物は再び迫る。 その時、目の端にいた玲奈が動いた。 「今!」
玲奈は叫ぶと、持っていた木の人形を化け物の足元に投げつけた。人形が床に当たった瞬間、小さな光を放ち、一瞬だけ化け物の動きを鈍らせた。
「あの護符!」美咲が叫んだ。「影山さんが持っていた、壁のお札!」
悠真は即座に意図を理解した。彼は壁際まで後退し、影山が貼った真新しい護符を壁から引き剥がす。
「こっちだ、化け物!」
悠真は護符を左手に構え、化け物を挑発した。内なる「鬼」の力が、目の前の「なりそこない」を呼び寄せている。化け物は雄叫びを上げ、一直線に悠真に突進してきた。
「今です!」美咲が叫ぶ。
悠真は迫りくる化け物の顔面に向け、護符を突き出した。 「消えろォォォ!!」
ジュウウウウウッ!!
護符が清一の顔に触れた瞬間、まばゆい閃光と共に黒い煙が噴き出した。肉の焼ける凄まじい異臭が鼻をつく。 化け物は苦悶の絶叫を上げ、両手で顔をかきむしりながら後退った。
だが、倒れない。 護符は黒焦げになり、悠真の手から滑り落ちた。 「くそっ、これでもダメか…!」
化け物は顔の半分が焼け爛れながらも、憎悪に満ちた目で再び悠真を睨みつけた。 「お、まえ……も……『オニ』……コロス……!」 たどたどしい言葉を発し、最後の力を振り絞るように、両腕を大きく振りかぶった。
「高木さん!」
美咲が、祭壇に供えられていた小さな、しかし鋭利な黒曜石のナイフを掴み取り、化け物の背後に回り込んでいた。 そして、躊躇なく、その背中に突き立てた。
「グ……ア……?」
化け物の動きが止まる。 その隙を、悠真は見逃さなかった。 手にした鉄パイプの鋭利な先端を、化け物の唯一残った黄色い眼球めがけて、全力で突き刺した。
「ギ……イイイイイイイイィィィィッ!!」
断末魔の絶叫が地下空間に響き渡った。 化け物と化した清一の巨体は、激しく痙攣した後、ゆっくりと崩れ落ち、元の老人の姿に戻っていく。
シーン、と静寂が戻った。 残されたのは、荒い息をつく悠真と美咲、そして、すべてを見届けていた玲奈だけだった。
「……終わった」 悠真は、血と汗にまみれた鉄パイプを落とした。 「はぁ……はぁ……」 美咲もその場に座り込み、肩で息をしている。
二人が見つめ合うと、そこには恐怖を乗り越えた、奇妙な連帯感が生まれていた。 だが、玲奈が静かに口を開いた。
「まだよ」
彼女は、血塗れの祭壇を指差した。 「『なりそこない』を倒しただけ。儀式は終わってない。……ほら、もう始まってる」
悠真は、自分の手を見た。 さっきまで感じていた、あの異様な高揚感と力が、引いていなかった。 それどころか、清一の死体から立ち上る黒い霧のようなものが、自分の体へと吸い込まれていくのが見えた。
「ああ……ああああ……!」 力が、満ちてくる。 これは、まずい。
「高木さん!?」 美咲の顔が再び恐怖に染まる。
「これが、『鬼』になるっていうことなのよ」 玲奈が、冷たく言い放った。




