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廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―  作者: 猫森満月


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第25話「悪夢の正体」

 古文書が示した真実は、あまりにも意外だった。 それは、嵐の中の孤島だと思っていたこの場所が、実は自分たちのためだけに用意された巨大な屠殺場であったと告げる、死刑執行書に等しかった。


「嘘よ……そんなの……絶対に嘘よ!」


 美咲は、ヒステリックに叫びながら古文書を床に叩きつけた。彼女の母親が、この呪われた儀式の犠牲者だったという事実。そして、自分もまた、そのための生贄としてこの場所に連れてこられたという運命。到底、受け入れられるものではなかった。 彼女は床に崩れ落ち、嗚咽を漏らし始める。その華奢な肩は、絶望に打ちひしがれて、痛々しいほど小さく震えていた。


 悠真は、そんな彼女にかける言葉を見つけられなかった。 彼自身もまた、混乱の極みにいたからだ。 自分の祖母が、儀式の『器』として逃亡した? ホラーライターとして、祖母から怪談話を聞かされることはあった。だが、それがまさか、ただの作り話ではなく、血塗られた実体験だったとは。


 だが、今は自分の混乱を脇に置かなければならない。 悠真は、泣きじゃくる美咲の隣に膝をつき、その震える体を強く抱きしめた。


「佐藤さん……しっかりしろ」

「でも…!私のお母さんが…!私も、ここで…!」

「今は考えるな。今は、生きることだけを考えるんだ。俺が、絶対に君を守るから」


 その言葉は、ほとんど無意識のうちに口をついて出ていた。守る?何から?この呪われた血の宿命からか。それとも、このホテルに潜む「鬼」からか。 美咲は、悠真の胸に顔をうずめ、子供のように泣き続けた。だが、人の温もりが、わずかでも彼女の心を落ち着かせたのだろう。やがて、その嗚咽は、小さな寝息へと変わっていった。


 悠真は、眠ってしまった美咲をそっと床に横たえさせると、自分のジャケットを彼女にかけた。その時、ズキン、と。 再び、あの鋭い痛みが蟀谷を貫いた。


(またか……)


 悠真は、こめかみを押さえ、必死で痛みに耐える。 壁にもたれかかり、目を閉じると、瞼の裏で、ノイズ混じりの映像が明滅を始めた。


 最初は、ただの光と闇の点滅だった。 だが、それは徐々に形を成していく。 自分の視点ではない。まるで、他人の記憶を覗き見しているかのような、奇妙な浮遊感。


 ――見えたのは、バスの中だ。 窓の外は、今日と同じ、激しい雨。 運転手の岡田さんが、ハンドルを握っている。隣には、まだ若々しい顔をした、金髪の翔くん。彼は、前の座席に座る俺――高木悠真――に向かって、何か軽薄な冗談を飛ばしている。 俺は、それに愛想笑いを返している。だが、その笑顔の下で、腹の底で何かが燃え盛っているのを感じていた。


(……汚れた血め……)

 誰の声だ?俺の声じゃない。もっと低く、古く、憎しみに満ちた声が、頭の中に直接響く。


 ――場面が変わる。 ホテルのロビーだ。ブレーカーを上げ、皆が安堵の声を上げる中、俺は、ソファで優奈さんを気遣う翔くんを、じっと見ていた。


(……弱いな……なんと脆い……)

 再び、あの声が響く。憐れみと、侮蔑が入り混じった声。 その時、俺の視界の端で、美咲が俺に微笑みかけていた。


(……あれは、良い……純粋な血だ……最後に、喰らおう……)

 背筋が凍るような、おぞましい欲望。


 ――そして、思い出す。 エレベーターに向かう翔くんの背中。 それを見送る俺は、確かに、笑っていた。 口角が吊り上がり、目が細められる。それは、これから始まる「饗宴」を待ち望む、捕食者の笑みだった。


「う……ぐ……あああっ!」


 悠真はその場にうずくまり、頭を抱えた。 これは、ただの悪夢じゃない。 俺の記憶だ。俺が、忘れていただけの。


 俺は、あの時から、もう「俺」ではなかったのだ。 このホテルに足を踏み入れた瞬間から、俺の中に眠っていた何かが、ゆっくりと目覚め始めていたのだ。


 悠真は、震える自分の両手を見つめた。 この手で、翔くんを?啓太さんを? その絶望的な問いに、頭の奥で、あの低い声が、楽しそうに答えた。


『そうだ。そして、次は、誰にする?』

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