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廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―  作者: 猫森満月


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第24話「血の系譜」

 鉄の扉の向こう側から響いていた、獣の咆哮のような打撃音は、どれくらい続いただろうか。十分か、あるいは一時間か。時間の感覚は、とうに麻痺していた。 やがて、その音はふつりと途絶えた。まるで、嵐が過ぎ去ったかのような、不気味な静寂が地下通路を支配する。


「……死んだ、のか?」


 悠真は、扉に背を預けたまま、荒い息の合間に呟いた。 隣で、美咲が小さく首を振る。


「わかりません……罠かもしれない」


 扉の向こうの静けさは、安堵よりもむしろ、次なる恐怖への序曲のように感じられた。 その沈黙を破ったのは、玲奈だった。


「あの人はもう、大丈夫」

 彼女は、まるで見てきたかのように言った。


「鬼の力が抜けて、ただの人間に戻っただけ。もう動けないよ」

「本当なのか?」

「うん。でも、本当の鬼は、まだお腹を空かせたままだよ」


 玲奈の言葉は、いつも通り淡々としていたが、その内容は悠真の心を深く抉った。石川清一は、ラスボスなどではなかった。彼もまた、このホテルの呪いに呑まれた、哀れな犠牲者の一人に過ぎなかったのだ。


「……行こう」

 悠真は、震える足で立ち上がった。


「ここも安全じゃない。さっきの支配人室に戻って、もう一度情報を整理するんだ」


 三人は、息を殺しながら地下通路を引き返した。影山の亡骸と、鬼の抜け殻となった清一が転がる祭壇の間を、目を伏せながら通り過ぎる。階段を上り、一階の廊下に出た時、外の光がわずかに差し込んでいることに気づいた。夜が、明けようとしていた。だが、その光は希望の光には到底見えなかった。


 支配人室に戻った三人は、机の上に散乱していた書類を再び広げた。特に、悠真が気にしていたのは、祭壇で見つけた、血に汚れた古文書だった。それは和紙のような古い紙を束ねたもので、達筆すぎて読めない文字がびっしりと書き連ねられていた。


「これ、なんて書いてあるか、わかるか?」

 悠真が尋ねると、玲奈はこともなげにその古文書を指差した。


「わかるよ。だって、これ、私の名前も書いてあるもん」


 玲奈は、古文書のある一点を指差した。そこには、確かに『林 玲奈』と書かれている。そして、その横には『案内人』という文字が添えられていた。


「これは、ただの名簿じゃない」

 玲奈は、ページを一枚、また一枚とめくっていく。


「これはね……生贄の家系図よ」


 その言葉に、悠真と美咲は息を呑んだ。 家系図。ページをめくるたびに、いくつもの名前が現れる。その多くは、このホテルで過去に行われた儀式で命を落とした者たちの名前らしかった。名前の横には、『器』『柱』『礎』といった、役割を示すような不気味な単語が添えられている。


 そして、玲奈は最後から二番目のページで指を止めた。 そこには、二十年前の儀式の犠牲者となった十一人の名前が、血のような朱色で記されていた。 玲奈自身の名前もあった。そして、そのページの隅には、小さな文字でこう書かれていた。


『儀式ハ失敗セリ。器逃亡。次ノ儀式ハ二十年後、かのえノ年、嵐ノ夜ニ執リ行ウベシ』


「庚の年、嵐の夜……」

 悠真は絶句した。


「今日じゃないか…」


 自分たちが、この日のために、この場所に集められた。そのおぞましい事実が、現実として突きつけられる。 玲奈は、最後のページをめくった。 そこは、まだ新しい墨で書かれた、これから始まる儀式のページだった。


 そこには、バスに乗っていた十人の名前が、寸分違わず記されていた。 田中翔、鈴木真由美、小林優奈、中村彩花、岡田健二、山本啓太、影山、石川清一……。 すでに死んだ者たちの名前は、朱色の筆で無慈悲に塗りつ潰されている。


 そして、まだ塗り潰されていない、二つの名前。 『高木 悠真』 『佐藤 美咲』


「そんな……」

 美咲は、自分の名前を見つめ、わなわなと震え始めた。 だが、本当の恐怖は、その先にあった。


 家系図は、それぞれの名前に、親や祖父母の名前を紐付けるように線で結ばれていた。 悠真は、自分の名前の横に、見覚えのある祖母の名前『高木 静子』を見つけた。 そして、美咲の名前の横には。


『母:佐藤 恵』


 その名前が、一本の赤い線で、『高木 静子』の名前と結ばれていたのだ。 二十年前の儀式で、『器』として逃亡した者。そして、その親友として儀式に参加し、命を落とした者。


「嘘……でしょ…?」

 美咲の顔から、完全に血の気が引いていた。


「私の、お母さんが……高木さんの、おばあさんと……?」


 偶然ではない。運命でもない。 それは、二十年前から仕組まれていた、決して逃れることのできない、血の宿命だった。 二人は、親の代から、この地獄で出会い、殺し合うことが、決められていたのだ。

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