表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―  作者: 猫森満月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/40

第23話「古文書」

(ここまで、か……)


 悠真の腕が、限界を超えて悲鳴を上げていた。燭台とナイフが擦れ合う不快な音が、彼の敗北を予告しているかのようだ。化け物と化した清一の顔が、すぐ目の前にあった。血走った瞳が、獲物を嬲るように悠真を見下ろしている。


(死ぬ)


 その二文字が、脳を白く塗りつぶした瞬間だった。 ジャケットの内ポケットの中で、何かが、焼けるようにカッと熱くなった。


 影山から渡された、あの護符だ。


 その熱は、単なる熱ではなかった。まるで、凍り付いた血管に熱湯を流し込まれたかのような、激しいエネルギーの奔流が、護符から悠真の全身へと駆け巡る。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 自分のものではないような、野太い雄叫びが喉から迸った。 悠真は、どこから湧いてきたのかわからない力で、化け物を突き飛ばした。清一は数メートル後方まで吹き飛び、壁に叩きつけられる。


「な……に……を…?」 化け物は、信じられないという顔で、よろめきながら立ち上がった。


 悠真は、震える手でポケットから護符を取り出した。それは淡い光を放ち、まるで生きているかのように微かに脈打っている。 これだ。これがあの化け物に対抗できる、唯一の武器だ。


「貴様……鬼守の……血……!」

 化け物は、護符を見て初めて恐怖の色を浮かべた。


 悠真は、床を蹴った。 今度は、俺の番だ。 化け物が再びナイフを振りかぶるより早く、その懐に飛び込む。そして、光る護符を、その化け物の額に強く押し当てた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


 化け物の口から、先ほどとは比較にならないほどの、断末魔の絶叫が迸った。 護符が接触した額の部分から、白い煙が上がり、肉が焼け焦げる匂いが祭壇の間に充満する。化け物は、凄まじい力でのたうち回り、悠真を振り払おうとするが、悠真は必死で護符を押し付け続けた。


 その時、今まで戦いを見守っていた玲奈が、静かに口を開いた。


「その人は鬼じゃない。鬼の力に当てられて、おかしくなっちゃっただけ」

 彼女は、苦しむ清一を憐れむような目で見つめていた。


「本当の鬼は、もっと静かで、もっと賢くて……もっと、お腹を空かせているもの」


 玲奈の言葉は、この惨状には不似合いなほど、淡々としていた。 やがて、清一の体から力が抜けていく。膨張していた筋肉は萎み、血走っていた目は元の老人のものへと戻っていく。だが、その瞳から、完全に光は失われていた。


 ドサリ、と。 石川清一だった抜け殻が、床に崩れ落ちた。もう動かない。


 悠真は、荒い息を繰り返しながら、その場に膝をついた。手の中の護符は、もう光を失っている。 勝ったのか? いや、違う。


 玲奈の言葉が、頭から離れない。 『本当の鬼は、もっとお腹を空かせている』


 悠真は、今が唯一の好機だと悟った。

「ここから出るぞ!早く!」


 悠真は美咲の手を掴み、祭壇の間の重い鉄の扉へと走った。 美咲は、呆然としながらも、彼に引かれるままに走り出す。 二人は必死で扉の外へ転がり出ると、残る力を振り絞り、外側から閂をかけた。


 ガシャン!という重い金属音。 その直後、扉の向こう側から、凄まじい力で扉を叩く音が響き始めた。


 ドン!ドン!ドン!ドン!


 それは、もはや人間の力ではなかった。鋼鉄の扉が、内側からミシミシと音を立て、大きくへこんでいくのがわかる。 清一は、まだ生きている。いや、彼に取り憑いた「何か」が、まだ。


 悠真と美咲は、扉に背を預け、ただ荒い息を繰り返すことしかできなかった。 いつの間にか、玲奈が二人の隣に立っていた。 彼女は、激しく揺れる鉄の扉を、静かな目で見つめていた。


 彼らは逃げ出したのではない。 より広い檻へと、怪物と共に移動したに過ぎなかった。 扉の向こうの怪物が、静かになるその時まで、彼らはただ、闇の中で息を潜めるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ