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廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―  作者: 猫森満月


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第18話「あなたの番」

「あなたの番が、近づいてるね」


 玲奈の言葉は、静かだが部屋の隅々まで染み渡った。その視線は、真っ直ぐに悠真を射抜いている。


「番」とは、殺される番か。それとも――。 悠真の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


 玲奈は、悠真の動揺を見透かすように、無邪気に続けた。


「いい匂いがする。鉄と、お日様の匂い。鬼の匂いだ」


 鬼の匂い。 その言葉が、悠真の心に植え付けられた疑念に、決定的な楔を打ち込んだ。


「てめえ……やっぱり何か知ってやがるな!」


 玲奈に掴みかかろうとしたのは、運転手の岡田だった。しかし、その前に影山が立ちはだかり、岡田の腕を掴んで制止する。


「この娘に手を出すな」

「どけ!こいつが仲間を殺したのかもしれないんだぞ!」


 影山と岡田が睨み合う。その殺気立った雰囲気を切り裂いたのは、甲高い声だった。


「そうだ!そいつが怪しい!そいつらがグルなんだ!」


 声の主は、今まで壁際に追い詰められていた元教師の石川清一だった。彼は血走った目で、影山と岡田を交互に指差した。


「思い出したぞ……岡田、お前もだ!お前も二十年前、現場にいただろう!あの時、俺に金で転んだ救急隊員だな!」


 清一の絶叫に、岡田の顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まった。


「黙れ!あんたに言われたくねえ!あんたこそ、あの儀式を台無しにし、全員を地獄に突き落とした張本人じゃねえか!」

「知ったことか!俺は生き延びたかっただけだ!」

「そのために仲間を見殺しにしたのか!」


 言い争いは、すぐに掴み合いの喧嘩へと発展した。


「やめろ!」

「やめてください!」


 悠真と美咲が止めに入るが、憎悪と恐怖に駆られた中年男性二人の力は凄まじく、突き飛ばされてしまう。


 二人は床の上でもみ合い、互いを罵り続けた。


「お前のせいで、俺の人生はめちゃくちゃだ!」

「自業自得だ!人殺しめ!」


 その時だった。 もみ合っていた岡田の腕から、何かが滑り落ち、床を転がった。 それは、彼が先ほどまで持っていた、バス会社支給の無線機だった。衝撃でスイッチが入ったのか、スピーカーから耳障りなノイズが響き始める。


『ザザ……ザザザ……ザッ……』


 そのノイズに混じって、何か、声のようなものが聞こえた気がした。 喧嘩をしていた二人も、それに気づいて動きを止める。 部屋にいた全員が、床に転がる無線機に意識を集中させた。


『……たす……て……ザザッ……おに……が……』


 途切れ途切れの声。それは、間違いなく、先ほど機械室で死んだはずの、岡田自身の声だった。死者の声が、無線機から聞こえてくる。


 その超常現象に、誰もが凍り付いた。 岡田と清一も、互いを掴んでいた手を離し、恐怖に顔を引きつらせる。


 悠真は、ふと、床に新たな痕跡ができていることに気づいた。 それは、啓太の首から流れた血痕とは違う、もっと新しい、点々とした血の跡だった。 それは、もみ合っていた岡田と清一の足元から、部屋の扉へと向かって、続いていた。


 誰かが、この部屋を出入りしたのか? いや、違う。この血は、今、ここで流れたものだ。


 悠真の視線は、岡田の腕へと注がれた。掴み合いの際に突き飛ばされ、壁に打ち付けた彼の腕から、じわりと血が滲み出ていた。 そして、その血痕の終着点――扉の下の隙間に、悠真は何かを見つけた。


 黒く、硬質で、カマキリの鎌のようにも見える、奇妙な形をした「爪」の破片。 それは、この部屋にいる誰のものでもない。


 外の「鬼」か、それとも、内なる「鬼」か。 その答えを、まだ誰も知らなかったが、確かなことが一つだけあった。 この部屋にいても、もはや安全ではない。 鬼は、もうすぐそこまで来ている。

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