第16話「影山の過去」
山本啓太の生首が転がる特別室は、もはや安全な場所ではなかった。それは、断頭台の上の檻だった。次に誰の首が、あの無慈悲な刃に落とされるのか。生存者たちは、互いの顔に浮かぶ恐怖を鏡のように見つめ合うことしかできなかった。
悠真は、啓太が遺したデジタルカメラを固く握りしめていた。液晶画面に映る、血塗れの祭壇。この写真が。
「この祭壇……岡田さんが向かった、地下の機械室のさらに奥にあるのかもしれない」
悠真が呟くと、今まで壁際に佇んでいた影山が、初めて動いた。彼はゆっくりと悠真に近づき、カメラの画面を覗き込む。その瞳には、懐かしさと、そして深い憎しみが入り混じった複雑な光が宿っていた。
「……鬼守の祭壇」
影山が、搾り出すように言った。その名前に、元教師の石川清一がびくりと肩を震わせるのが、悠真にはわかった。
「知っているのか、影山さん」
「知っているも何も…」
影山は、自嘲するように唇の端を歪めた。
「俺は、この祭壇の上で死にかけたんだからな。二十年前にな」
その告白に、部屋の空気が凍り付いた。
「どういうことだ……あんたは、事故の唯一の生存者じゃなかったのか」
問い詰めたのは、清一だった。その声は、恐怖で上ずっている。
「生存者、だと?」
影山は、清一を射殺さんばかりの鋭い眼光で睨みつけた。
「逃げ出しただけだ。あんたが、全てを台無しにしたあの儀式からな」
「儀式……やはり、あの話は本当だったのか」
悠真が、確信を持って問いかける。
影山は、悠真に視線を戻した。その目には、敵意はない。むしろ、同じ宿命を背負った者への、共感のようなものが微かに見えた。
「あんたも、薄々気づいているんだろう。俺たちが、ただ偶然ここに集められたわけじゃないことに」
影山は、ゆっくりと語り始めた。
二十年前、彼もまた、今ここにいる者たちと同じように、このホテルで行われる「儀式」の参加者の一人だったこと。 それは、この土地に巣食う「鬼」を鎮めるため、百年に一度行われる神聖な儀式のはずだったこと。 そして、その儀式の現場責任者として、全てを取り仕切っていたのが、当時まだ若かったホテルの支配人代理――石川清一だったこと。
「あんたは、恐怖に負けた」
影山は、清一を指差した。
「儀式の途中で、『器』となるはずだった少女が苦しみだしたのを見て、あんたは恐ろしくなった。そして、祭壇を破壊し、儀式を中断させたんだ」
「ち、違う!あれは事故だ!機材のトラブルで……!」
清一は狼狽し、しどろもどろに言い訳をする。
「嘘をつくな!」
影山の怒声が響き渡る。
「あんたが逃げ出したせいで、鬼の力は暴走した!参加者は次々と正気を失い、殺し合いを始めた!俺は……仲間が喰い殺されるのを、ただ見ていることしかできなかった!」
影山の告白は、あまりに衝撃的だった。二十年前の集団失踪事件は、事故などではない。失敗した儀式によって引き起こされた、殺戮の宴だったのだ。
「俺は、九死に一生を得て、このホテルから逃げ出した。だが、あんたは俺を見つけ出し、脅した。『真実を話せば、お前の家族もただでは済まない』と。そして、俺に事故の目撃者として、偽の証言をさせたんだ」
だから、今回ここへ来たのか。二十年前の復讐と、そして失敗した儀式を、今度こそ止めるために。 悠真は、影山の荷物から見つかった古びた護符と、鬼の伝承が書かれた手記の意味を、ようやく理解した。
清一は、もはや弁解の言葉も出てこないようだった。ただ、ワナワナと唇を震わせ、影山を睨みつけている。 その目は、恐怖と、そして追い詰められた獣のような、凶暴な光を帯びていた。
「影山さん……」
悠真が口を開いた。
「その『器』となるはずだった少女というのは……」
悠真の問いに、影山は静かに首を振った。
「その話は、今はまだ早い」
彼の視線は、部屋の隅で、全てを聞いていたはずの少女、玲奈に向けられていた。 玲奈は、ただ無表情に、そこに座っている。 だが、悠真にはわかった。彼女の小さな肩が、ほんのわずかに、震えているのを。




