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廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―  作者: 猫森満月


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第15話「撮られた祭壇」

 岡田の死は、生存者たちの間にあった脆い結束を、決定的に打ち砕いた。

 バリケードで閉ざされた特別室は、もはや避難所ではなく、互いを監視し合う檻と化していた。残された生存者は、六人。悠真、美咲、清一、啓太、影山、そして玲奈。誰もが、隣にいる人間の貌の裏に「鬼」の顔が隠れているのではないかと疑っていた。


 その中でも、フリーカメラマンの山本啓太の消耗は激しかった。

「クソッ……クソッ……!」

 彼は壁に背を預け、神経質に貧乏ゆすりを繰り返している。その目は血走り、かつてスクープを追い求めていた輝きは、今はただの狂気的な光を宿していた。


(待ってられるか、こんなところで!)


 啓太の心は、焦りと恐怖で焼き切れそうだった。岡田は地下の機械室で殺された。二十年前の儀式とやらも、きっと地下で行われたに違いない。そうだ、全ての答えは地下にある。

 他の奴らは信用できない。悠真と美咲は何かを隠している。清一と影山は二十年前の当事者だ。玲奈というガキは、人間ですらないかもしれない。

 信じられるのは、自分だけ。そして、このカメラだけだ。


(証拠だ……決定的な証拠さえ撮れば……)


 この地獄から生きて帰れたなら、これは世紀の大スクープになる。富と名声が手に入る。恐怖の底で、彼のジャーナリストとしての歪んだ本能が、鎌首をもたげていた。


 啓太は、皆の注意が逸れた一瞬の隙を突いた。音を立てずにバリケードの隙間をすり抜け、廊下の闇へと溶け込むように姿を消した。


【視点:山本啓太】


 心臓が、肋骨を内側から叩きつけている。うるさい。これでは奴に気づかれてしまう。

 俺は息を殺し、壁を伝いながら地下へと続く階段を探した。岡田が向かったという機械室の、さらに奥。あるはずだ、このホテルの本当の心臓部が。


 地下への扉は、軋む音を立てて開いた。カビと、何か生臭いものが腐ったような匂いが鼻を突く。懐中電灯の光が照らし出すのは、どこまでも続くような暗い通路だけ。壁からは絶えず水が滴り、自分の足音だけが不気味に響いていた。


(いる……何かが、この闇の中にいる……)


 肌が粟立つのがわかる。だが、後戻りはできない。俺は震える手でカメラを握りしめ、さらに奥へと進んだ。

 通路の突き当たり、そこは少し開けた空間になっていた。そして、その中央に「それ」はあった。


 祭壇だ。


 黒ずんだ石を積み上げた、禍々しいとしか言いようのない祭壇。その表面には、何十年分ものおびただしい血が染み付き、黒く変色している。祭壇の上には、動物のものとも人間のものともつかない、歪な頭蓋骨が置かれていた。


「これだ……これだ……!」


 恐怖を、興奮が上回る。俺は夢中でカメラを構えた。

 ファインダー越しに覗いた祭壇は、まるで生きているかのように、ぬめぬめと蠢いているように見えた。


 カシャッ!


 フラッシュの白い光が、一瞬、闇を切り裂く。

 液晶画面に、おぞましい祭壇の姿がくっきりと映し出された。やった。これを持ち帰れば、俺の勝ちだ。

 安堵と高揚感に包まれた、まさにその時だった。


 ――ヒュッ、と。


 背後で、空気が凪ぐような、微かな音がした。

 全身の産毛が、一斉に逆立つ。


(いる)


 振り向いては、いけない。本能が、最大級の警報を鳴らしている。

 だが、見てしまった。

 懐中電灯の光の輪のすぐ外側、闇よりもさらに濃い闇の中に、二つの、赤い光が……。


「あ……」


 それは、目だった。

 俺を見ている。

 そして、その目が、ゆっくりと、弧を描いた。


 笑っている。


「ああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


【視点:高木悠真】


 どこからか、くぐもった悲鳴が聞こえた。

「今の、啓太さんの声じゃ…!」

 美咲が叫ぶ。特別室にいた全員が、顔を見合わせた。


「まさか、あの人も……」

 清一が絶句する。

 悠真はバリケードを乗り越えようと立ち上がった。だが、その必要はなかった。


 コン……


 バリケードの隙間の下から、何かが床を転がる音がした。

 コン……コロン……。

 それは、まるで熟れた果実が落ちるような、湿った音だった。


 スタンドライトが照らし出す光の輪の中に、それはゆっくりと転がり込んできた。

 髪の毛が、床に擦れる音を立てて。


「……あ……」


 誰かが、息を呑んだ。

 それは、山本啓太の首だった。

 恐怖と驚愕に見開かれた目が、天井の染みを虚ろに見つめている。その口は、最後の絶叫の形のまま、固く開かれていた。

 首の断面は、まるで獣に食いちぎられたかのように、無残に引き裂かれていた。


 彼の愛用していたデジタルカメラが、その首のすぐそばに、ことりと転がっていた。


 悠真は、込み上げてくる吐き気を必死にこらえながら、震える手でそのカメラを拾い上げた。

 電源は、まだ入ったままだった。液晶画面には、最後に撮影された一枚の写真が、煌々と映し出されている。


 フラッシュの光に照らされた、おびただしい血痕にまみれた、石の祭壇。


 その写真を見た瞬間、悠真の脳裏に、一瞬だけ、ノイズ混じりの映像がフラッシュバックした。

 暗闇。生温かい、鉄の匂い。そして、何かを力任せに引きちぎる、自分の両手の、生々しい感触。


「……っ!」


 悠真は頭を振り、その感覚を打ち消した。


(気のせいだ……恐怖で、おかしくなっているだけだ……)


 だが、彼は気づいていなかった。

 自分のジャケットの袖口に、まだ乾いていない、一滴の赤黒い染みが付着していることに。

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