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廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―  作者: 猫森満月


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第14話「証言者の最期」

 四人目の死。それも、自ら胸をかき裂くという常軌を逸した最期。

 中村彩花の亡骸を前に、生存者たちの精神は限界まで追い詰められていた。もはや誰もが、自分が次の番なのではないかという恐怖に支配されている。


「もう……だめだ……」


 最初に膝から崩れ落ちたのは、カメラマンの啓太だった。

「こんな場所にいたら、全員殺される……!俺は、ここから出るぞ!」

 彼は半狂乱で叫び、特別室の頑丈な扉に体当たりを始めた。だが、扉はびくともしない。


 その時、ずっと黙り込んでいた運転手の岡田が、ゆっくりと立ち上がった。その顔は深い絶望と、そして何かを決意したような、悲壮な光に満ちていた。


「……全部、俺のせいだ」


 その呟きに、全員の視線が彼に集まる。

「俺が……二十年前に真実を話していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない」


 岡田は、震える手でバス会社から支給されていた無線機を取り出した。それは先ほどから何度も試していたが、ただノイズを発するだけの鉄の塊だった。

「岡田さん、無駄ですよ。それは…」

 悠真が言いかけた言葉を、岡田は力なく遮った。

「いや……一つだけ、試してみたい場所がある。このホテルの地下には、自家発電機と、外部との非常用通信回線があったはずだ。もし、まだ生きていれば……」


 それは、蜘蛛の糸よりも細い希望だった。だが、今の彼らにとっては、それだけでも縋る価値があった。

「俺が行く。俺には、話さなければならないことがある。罪滅ぼしだ」

 岡田の瞳には、死を覚悟した者の静かな光が宿っていた。


「待ってください、一人では危険です!」美咲が叫ぶ。

「いや、一人で行かせてくれ。これは、俺がケリをつけなきゃならない問題なんだ」

 岡田はそう言うと、悠真の制止を振り切り、一人で部屋を出て行った。その広い背中は、これから処刑台に向かう罪人のように、ひどく小さく見えた。


【視点:岡田健二】


 足が、鉛のように重い。

 二十年前、救急隊員だった俺は、この地獄を見た。そして、金と権力に屈して、真実に蓋をした。その罪が、二十年の時を経て、新たな犠牲者を生んでいる。


(許してくれ……)


 心の中で、誰にともなく謝罪する。

 地下へ続く階段は、カビと機械油の匂いがした。懐中-電灯の光が、壁に張り巡らされた複雑な配管を照らし出す。

 目的の機械室は、すぐに見つかった。重い鉄の扉を開けると、巨大な発電機が亡霊のように鎮座している。その隅に、埃を被った無線機があった。


 スイッチを入れる。一瞬、ノイズが走り、諦めかけた、その時。

『……ザザッ……こちら、……防災センター、……感度は、……ザザッ……』

 微弱だが、声が聞こえた。繋がった!


「こ、こちら鬼守荘!生存者がいる!救助を、救助を頼む!」

 俺は、マイクに噛み付くように叫んだ。

『鬼守荘!?……ザザッ……馬鹿な、あそこは二十年前に……!生存者とは、何人だ!?』

「今は……」俺は言葉に詰まった。「今は、七人だ……!だが、化け物がいる!早く来てくれ!」


 その時だった。

 背後で、ガコン、と大きな音がした。

 振り返ると、部屋の扉が、ひとりでに閉まっていた。


 嫌な予感が、背筋を駆け上がる。

 俺は無線機に向かって叫んだ。

「助けてくれ!鬼が……!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。


 地響きと共に、部屋全体が揺れ始めた。目の前の巨大な発電機が、まるで生き物のように唸りを上げ、激しく振動し始める。安全装置など、とうの昔に壊れているのだろう。メーターの針が、危険領域を振り切って乱高下している。


「うわああああああ!」


 逃げ場はない。機械が暴走し、巨大なピストンや歯車が、むき出しのまま回転を始めた。その一つのアームが、俺の足を薙ぎ払った。


 ゴシャッ!


 骨が砕ける鈍い音。激痛で、その場に倒れ込む。

 目の前で、巨大なプレス機が、ゆっくりと、だが確実に、こちらへ向かって降りてくる。


(ああ……これも、罰なのか……)


 薄れゆく意識の中、俺は二十年前の光景を思い出していた。

 事故現場で、ただ一人、息をしていた若者。彼に駆け寄り、「大丈夫か!」と声をかけた俺に、彼は最後の力を振り絞って言ったのだ。


『儀式は……失敗した……。次の……十一人……』


 その言葉の意味を、今、骨身に染みて理解する。

 俺は、あの時、彼を見殺しにした。そして今、俺もまた、見殺しにされるのだ。


「助けてくれ、鬼が……」


 それが、俺の最後の言葉になった。


【視点:高木悠真】


 特別室で待つ悠真たちの耳に、岡田が持っていた無線機から、ノイズ混じりの絶叫が届いた。

『助けてくれ、鬼が……ガッ……!』

 その声を最後に、通信は完全に途絶えた。


 五人目の犠牲者。


 悠真は、唇を噛み締めた。岡田は、最後に何を伝えようとしていたのか。

 残された生存者は、七人。

 悠真、美咲、清一、啓太、彩花、そして影山と玲奈。

 ……いや、違う。彩花はもういない。


 残りは、六人だ。

 悠真は、ふと、あることに気づいて戦慄した。


「おい……まさか……」


 彼は、皆が持っていたバスの乗車券の半券を集め、床に並べた。そして、バス会社から受け取っていた乗客名簿と照らし合わせる。

 そこには、当然、十人分の名前しかない。


 悠真、美咲、清一、啓太、彩花、岡田、翔、優奈、真由美、そして影山。

 そこに、あの少女の名前は、どこにもなかった。


「林玲奈は……最初から、このバスには乗っていなかったんだ……」


 その言葉は、冷たい事実として、生存者たちの心に突き刺さった。

 では、彼女は一体、誰なんだ?

 なぜ、自分たちが十一人だと思い込んでいた?


 生存者たちの視線が、部屋の隅で静かに座る少女、玲奈に集中した。

 彼女は、その視線を受けて、ゆっくりと顔を上げた。

 そして、初めて、その無表情な顔に、微かな哀しみの色を浮かべて、こう言った。


「やっと、気づいたんだね」

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