悪役令嬢にして最強の『経営コンサルタント』
私の名前は────いえ、今はエリザベート・フォン・クラウディア。
つい昨日まで、私は外資系コンサルティング会社「レイン・アンド・カンパニー」のシニアパートナーだった。35歳、独身、年収3000万。企業再生のプロフェッショナルとして、数々の赤字企業を黒字転換させてきた。
それが今や、乙女ゲーム『薔薇と剣の騎士物語』の悪役令嬢である。
「エリザベート様! 大変です!」
侍女のマリアが慌てて駆け込んできた。私は鏡の前で、ウェーブのかかった金髪と青い瞳を持つ美貌を確認していたところだった。
「王子殿下が、婚約破棄の式典を明日行うと……!」
ああ、来たか。ゲームの序盤イベントである。
私────元・戦略コンサルタントの田中麻衣子の記憶によれば、この悪役令嬢エリザベートは、王子フェリックスの婚約者でありながら、平民出身のヒロイン・シャルロッテをいじめ抜いた末に婚約破棄され、領地に追放される運命にある。
「分かりました。明日の式典、堂々と出席いたします」
「え、でも……」
「大丈夫です、マリア。全ては想定の範囲内ですから」
前世の知識とスキルがあれば、この程度の逆境など問題ない。むしろチャンスである。
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翌日の午後、王宮の大広間。
貴族たちが居並ぶ中、王子フェリックスが立ち上がった。ブロンドの髪に整った顔立ち、まさに乙女ゲームの王子様然とした外見だが、私の眼には「典型的な二世経営者のボンボン」にしか見えない。
「本日は皆様、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
フェリックスの声が響く。
「私は、エリザベート・フォン・クラウディア嬢との婚約を、ここに破棄することを宣言いたします!」
ざわめく貴族たち。私は微動だにしない。
「理由は明白です。エリザベート嬢は、善良な平民出身のシャルロッテ嬢をいじめ、学院内で数々の悪行を働きました。このような女性を、将来の王妃とするわけにはいきません!」
完璧な演技だ。だが、私は冷静に分析していた。
フェリックスの言動パターン、表情の変化、声のトーン。すべてが「責任回避型のリーダー」の典型例である。おそらく彼の統治下では、この王国の財政は破綻するだろう。
「エリザベート嬢! 何か申し開きはありますか!」
全員の視線が私に集まる。
私は立ち上がり、優雅に一礼した。
「フェリックス殿下のご判断、真摯に受け止めさせていただきます。私のような愚かな女には、殿下はもったいなすぎました」
予想外の反応に、会場がざわめいた。
「ただし」
私は凛とした声で続けた。
「私は自分の領地に戻り、そこで真価を発揮させていただきます。いずれ殿下も、私の真の価値をご理解いただけることでしょう」
その瞬間だった。
『スキル【組織診断Lv.MAX】を獲得しました』
頭の中に、機械的な声が響いた。
『スキル【効率化Lv.MAX】を獲得しました』
『スキル【人材育成Lv.MAX】を獲得しました』
瞬間、私の視界に変化が起きた。
会場にいる貴族たちの頭上に、まるでゲームのステータス画面のような情報が浮かんで見える。
【マルグリット公爵:経営能力C、領地収支-200万ゴールド/年】
【バーナード侯爵:人材活用D、税収効率35%】
【フェリックス王子:統率力B、戦略性D、財務知識F】
なるほど、この世界でも私のコンサルタントスキルは有効らしい。
「それでは、失礼いたします」
私は最後に優雅なカーテシーを決めて、会場を後にした。
クラウディア領は、王都から馬車で三日の距離にある辺境の地だった。
領地の館に到着すると、執事のウォルターが慌てた様子で出迎えた。
「お疋れ様でございます、エリザベート様。ですが、申し上げにくいことが……」
「どうされました?」
「実は、王都商人ギルドの方がお見えになっており、領地の経営状況について調査を……」
その時、館の応接室から一人の男性が現れた。
褐色の髪に緑の瞳、商人風の上質な服装。年齢は20代後半で、知性的な顔立ちをしている。
「初めまして、エリザベート様。王都商人ギルドのダニエル・ハートフォードと申します」
彼が丁寧にお辞儀をした瞬間、私のスキルが発動した。
【ダニエル・ハートフォード:経営能力A+、誠実度S、人格評価S、恋愛適性A+】
恋愛適性? なぜそんな項目が表示されるのか。
「お疲れ様でございます。婚約破棄の件、お噂は伺っております」
ダニエルの言葉に、私は身構えた。また私を見下しに来た男性だろうか。
「ですが」
彼は真剣な眼差しで続けた。
「王子殿下は、真の宝石を見逃されたようですね。これほど美しく聡明な女性を手放すなど、私には理解できません」
予想外の言葉に、私は少し驚いた。
「お世辞はけっこうです。それより、商人ギルドが私の領地に何の用でしょうか?」
「実は、この領地の経営状況を調査に参りました。債権者の一人として、今後の方針を……」
「債権者?」
ウォルターが申し訳なさそうに説明した。
「先代の領主様が、商人ギルドから多額の借り入れを……現在、300万ゴールドの債務がございます」
なるほど、それで経営状況の調査か。私は冷静に分析モードに入った。
「現状をお聞かせください」
「年間収支は300万ゴールドの赤字、このままでは半年で破産です」
ダニエルも資料を広げながら言った。
「通常なら、資産の差し押さえを検討するところですが……」
彼は私を見つめた。
「エリザベート様が経営に関与されるなら、状況が変わるかもしれません」
「なぜそう思われるのですか?」
「王宮での貴女の立ち振る舞いを拝見させていただきました。あの状況で、あれほど冷静かつ戦略的に対応できる女性は滅多にいません」
ダニエルの瞳に、私への敬意が込められているのが分かった。
「それに」
彼は少し照れたように微笑んだ。
「美しいだけでなく、知性と胆力を併せ持つ女性に、私は心を奪われてしまいまして」
直球すぎる告白に、私は思わず頬を染めた。
「あの、それは……」
「すみません、唐突すぎましたね。ですが、本心です」
私のスキルが彼の誠実度をSランクと判定している。この男性は、本当に私を評価してくれているのかもしれない。
「ウォルター、領地の詳細な資料をすべて持ってきてください。ダニエルさんにも見ていただきましょう」
「承知いたしました」
資料を検討しながら、私は問題点を洗い出していった。ダニエルも商人としての視点から的確な指摘をしてくれる。
「税収システムが非効率ですね。巡回徴収にすれば、効率は倍増します」
「さすがです、エリザベート様。私も同じことを考えていました」
「人材配置も問題です。有能な人材が適切な部署にいません」
「確かに。アルバートさんは農業の才能があるのに、なぜ事務仕事を?」
私たちの議論は夜遅くまで続いた。気がつくと、ダニエルと私は完全に息が合っていた。
「エリザベート様」
ダニエルが真剣な表情で私を見つめた。
「もしよろしければ、私も改革に参加させていただけませんか? 債権者として、この領地の再生に協力したいのです」
「それは……」
「もちろん、貴女の指示に従います。私は貴女の能力を心から信頼していますから」
彼の言葉に、私の心が温かくなった。これまで私の能力を認めてくれる男性など、ほとんどいなかった。
「分かりました。一緒に頑張りましょう、ダニエル」
「ありがとうございます、エリザベート」
彼の笑顔を見て、私は確信した。この人となら、きっと素晴らしい改革ができる。
翌日から、私とダニエルは本格的な領地改革を開始した。
まず人材配置の変更。アルバートを農業指導責任者に、マーガレットを経理主任に任命した。
「エリザベート様のご判断、素晴らしいです」
ダニエルが感心したように言った。
「僕には見抜けませんでしたが、確かにアルバートさんには経営の才能がありますね」
「ダニエルも十分優秀ですよ。商人としての経験値が私にはありませんから」
私たちは互いの長所を認め合いながら、改革を進めていった。
税収システムの改革では、ダニエルの商人ネットワークが大いに役立った。
「各村への巡回徴収、僕の商隊と一緒にやりましょう。効率的ですし、安全でもあります」
「素晴らしいアイデアです。さすがダニエル」
彼は私の褒め言葉に、少年のように嬉しそうな顔をした。
「エリザベートに褒められると、何だかすごく嬉しいです」
「私も、ダニエルと一緒だと仕事が楽しくて」
私たちの関係は、日に日に深まっていった。
最も大きな成果は、クラウディア織りの販路拡大だった。私の戦略とダニエルの商人ネットワークを組み合わせることで、王都の高級ブランドとの契約に成功した。
「契約成立です!」
ダニエルが興奮して報告した。
「年間200万ゴールドの取引契約です!」
「やりましたね、ダニエル!」
思わず私は彼に抱きついてしまった。
「あ、すみません……」
慌てて離れようとすると、ダニエルが優しく私の手を取った。
「エリザベート、君と一緒に仕事をしていると、毎日が輝いて見えます」
「ダニエル……」
「君の情熱と知性に、僕は完全に魅了されてしまいました」
彼の瞳が真剣に私を見つめていた。
「僕も、君の役に立てているでしょうか?」
「もちろんです。ダニエルがいなければ、ここまでの成果は上げられませんでした」
私たちの顔が自然と近づいていく。
「エリザベート様!」
マーガレットの声で、私たちは慌てて離れた。
「今月の収支報告です! 月間50万ゴールドの黒字です!」
「本当ですか!」
改革開始から2ヶ月で、ついに黒字転換を達成した。
「これもダニエルのおかげです」
「いえ、エリザベートの指導力の賜物です」
私たちは顔を見合わせて微笑んだ。
その時、領地に使者が到着した。
「エリザベート様に、フェリックス王子から至急の書状が」
差出人を見て、私は苦笑いした。
「予想通りですね」
フェリックス王子からの書状には、案の定の内容が書かれていた。
『親愛なるエリザベート嬢へ。君の領地の目覚ましい発展を耳にし、深く感銘を受けている。実は、私の王子領も経営上の問題を抱えており、君の知恵を拝借したく……』
要するに、自分の領地経営に失敗して、助けを求めてきたのだった。
「なんて身勝手な……」
ダニエルが憤慨していた。
「散々エリザベートを侮辱しておいて、困った時だけ頼ってくるなんて」
「まあまあ、ダニエル。予想していたことですから」
私は冷静に返信を書いた。
『フェリックス殿下へ。お手紙拝見いたしました。しかしながら、私のような「悪行を働く無能な女性」では、殿下のお役に立つことはできません。殿下ご自身がそう評価されたのですから、間違いないでしょう。どうか他の優秀な方にご相談ください。エリザベート・フォン・クラウディア』
「痛快ですね」
ダニエルが満足そうに言った。
「王子は自分の愚かさを思い知ることでしょう」
その午後、私たちは領地の新しい商業地区を視察していた。以前とは見違えるような活気に満ちた街並みを見て、私は深い満足感を覚えた。
「エリザベート」
夕日が差し込む中、ダニエルが私の名前を呼んだ。
「はい?」
「君と出会えて、本当によかった」
彼は真剣な表情で続けた。
「最初は債権回収のために来ただけでした。でも、君と一緒に過ごすうちに、僕の人生が変わりました」
「ダニエル……」
「君の知性、情熱、そして優しさ。すべてが僕を魅了しています」
彼は私の手を両手で包んだ。
「エリザベート、僕と結婚してください」
突然のプロポーズに、私の心臓が激しく鳴った。
「でも、私は元悪役令嬢で……」
「そんなことは関係ありません。僕が愛しているのは、今の君です」
ダニエルの瞳に嘘はなかった。
「君となら、どんな困難も乗り越えられる。僕たちなら、この王国全体を変えることだってできます」
私は彼の言葉に涙が出そうになった。こんなに私を理解し、愛してくれる人がいるなんて。
「はい、ダニエル。喜んで」
彼は私を優しく抱きしめた。
「ありがとう、エリザベート。君を幸せにすることを誓います」
「私も、ダニエルと一緒なら何でもできます」
私たちがキスを交わした時、背後から拍手が聞こえた。
「エリザベート様! おめでとうございます!」
ウォルターや領地の職員たちが、涙を流して喜んでくれていた。
「皆さん、ありがとうございます」
私は幸せで胸がいっぱいだった。