8、ミス・ミスターコン
「ほな、黒の王子が来よったで〜……って、痛っ! 紗夜はん、容赦ないなあ!」
「……」
「わかっとるって。ちゃんとやるっちゅーねん」
紗夜さんの無言の睨みに負けたのか、肩をすくめる黒の王子こと、真くん。早速私たちは話し合いを始めた。
「先程私たちのクラスで挙がったのがこの意見だ」
そう言って雛乃ちゃんが書いてくれた場所を開く。すると、紗夜さんも真くんも感嘆の声を上げた。
「丁寧に書かれていて見やすいです。雛乃さん、ありがとうございます」
「うっそ、これカテゴリ分けとかしてんの!? 細っか! どんだけ几帳面なん!」
照れくさそうに笑う雛乃ちゃんの頬が赤く染まっていく。すぐ隣で見ていると、いつも以上に可愛く感じてしまうな。
その時、紗夜さんは「はぁ」とため息をついた。
「雛乃さんのノートはこんなにも見やすいのに……」
「わ、悪かったっちゅーねん! まとめんのは苦手なんやってば!」
「まあ、それを知っていて頼んだ私もですが……」
確かに真くんが仕切りをやると、話が進まないと思うんだよな。そうなると書記をお願いするしかないのか……。差し出されたノートを見ると――うん、読めないな。隣で雛乃ちゃんも首を捻っている。
「という事で、他の方に書記をお願いしたノートです」
紗夜さんの手回しがすごい。横で「何でわてに頼んだんや?!」と驚いている真くん。
「まあ、こうなる事を見越していたのと……あなたにはもう少し丁寧に書く事を覚えて欲しくて」
その一言で真くんは撃沈した。
紗夜さんの段取りが良かったからか、話し合いは順調に進む。
意外と真くんも乗り気なのか、いつものノリは控え目に――いや、話が長くなりそうになると紗夜さんが頭を叩いて止めるからそう見えるのかもしれないな。
真剣な表情で提案する彼女の横顔が、やけに大人びて見える。書記もやりつつ、的確なところでの発言。むしろ私はほぼ発言していない。
やはり姫の名に相応しい人だな、と思った。
話し合いがひと段落すると、真くんが足をぶらぶらさせながら話し出した。
「そうや、聞きたい事があったんや。白の王子は、ミスターコン出るん?」
「ああ……あれか……」
高校の文化祭といえば、鉄板らしい「黎明ミス・ミスターコン」と呼ばれるものがある。あれは確か、自薦、他薦問わずに候補者が選ばれるんだったか。
私は何故か毎年入っているんだよな……。
「参加するしないも……光さんでしたら、誰かが応募しているような気がしますが」
「あ、そういえば……朱音ちゃんが『今年も応募しとくけんね!』と言っていたよ?」
雛乃ちゃんの言葉に、満足げな笑みを浮かべた朱音さんを思い浮かべる。ああ、彼女が毎年応募していたのか……。
結局参加するだろうな、と私が考えていると、ノートをまとめ終えた紗夜さんが話し始めた。
「そう言えば、役員の方が『今年のミス・ミスターコンクールは例年と一味違うよ!』と言っておりましたね。何でも、裁縫科の協力を得て、今年の一位はドレスとタキシードを着てもらうと――」
「なんやて!」
真くんも雛乃ちゃんも知らなかったのだろう。驚いている。もちろん、私もだ。
「まだ公式に発表されていないですから。まあ、明日公開なので今掲示しているところでしょうけど……コンクールの投票が二日前ではなく、一週間前で切られるそうです。事前に参加者全員を測定しておいて、そこから二人の衣装を作るらしいですよ」
「はぇえ。大変なこっちゃ」
うん、真くんの言う通り、本当に大変だろうな。裁縫科の人たち。
「やる気出たで〜! 今年こそ一位、狙っていこか! 女子の一位はきっと華の姫やんな? 楽しみにしとるで〜!」
「えっでも……」
頬を染めている彼女は可愛いが……私はそれどころではない。
「そうですね。二人は二年間同票でしたからね。決着をつけるのでしたら、今年が最後かと」
「ふふーん、わてが姫はんの隣にいて、タキシード着る姿はきっとかっこいいやろなぁ〜!」
私は真くんと雛乃ちゃんが二人で壇上にいる姿を思い浮かべていた……しかもドレスとタキシードで。
……どうしてこんなに苦しいんだ?
自分でも、こんな風に思うなんて思っていなかった。
私の心臓がうるさい。ああ、胸が痛くなる――これが、恋……なのか?
不意に自分の感情を自覚した。何とか表情に出ないよう制御しているが、すぐにでも先程思い浮かべた光景を頭の中から消し去りたかった……。私以外の者が君の隣に立っているなんて――考えたくもない。
目の前で真くんと紗夜さんが、何かを喋っている。けれども、私にはその言葉が耳から耳へ抜けていく。
「大丈夫?」
ふと隣から、心配そうな表情でこちらを窺う雛乃ちゃんがいた。正直、大丈夫ではないが……彼女を心配させまいと、私は取り繕った。
「ああ、ごめん。少し考え事をしていてね」
「そう……何かあれば言ってね?」
優しく微笑んでくれる雛乃ちゃん。普段であれば癒される私であったが、今はダメだ。この気持ちを自覚してしまったのだから……。
私は紗夜さんが解散を言い出すまで、頭の中でぐるぐると考え事をしていた。