あそこのコンビニ、出るんだってよ
「なあ○○、あそこのコンビニ、出るんだってよ」
「なにが?」
「決まってんだろ。お化けだよお化け。女子高生のコレだってよ」
友人は両手を力なく突き出してクネクネしながら、幽霊のポーズをしてみせた。
「ぷふっ」
流石に古臭すぎるその仕草に、怖さよりも笑いがこみあげ、つい吹き出してしまった。
そんなたわいない出だしから始まるこの話は、最近ではなく、かなり前の体験になる。
まだ十代半ば、体力が有り余っていた中学三年の頃の体験だ。
ある日の午後、昔から仲の良かった友人である田中(仮名)から、下校途中にそんな怪談系の噂を聞かされた。
暑い夏の午後だった。
うちの町と隣町の境目くらいの位置にある某コンビニ。そこのトイレで自殺した女子高生の幽霊が出るというのが、田中の語った噂の中身だった。
「あのコンビニで自殺騒ぎなんて聞いたことないぞ」
「隠蔽したんだろ」
「ねーよ」
「アハハハッ」
「ハハハッ」
二人してひとしきりバカ笑いして、話題がゲームの話に切り替わると、俺や田中の頭からその噂は見事に消え去っていた。
そんな怪しげでありがちな話を思い出したのは、数日後の夜中。
暇潰しと涼しい外の風を浴びる一石二鳥を企んで、一人夜の道をチャリこいで走らせていた時だ。
ふと、思い出し、
「……行ってみるか」
やることもないし行ってもいいが、だいたい幽霊なんぞいるわけもない。無駄骨とわかりつつ、内心ではワクワクしながら直行した。
件のコンビニに到着。
チャリを置き、長居しないし大丈夫だとは思うが、念のため鍵を外して店に入った。
客は雑誌(プレイボーイかな?)を立ち読みしてるサラリーマンっぽいのが一人。どこにでもいる七三分け。
店員はやる気なさそうな金髪のあんちゃんがレジのそばにいる。惰性でバンドとかやってそうな腑抜け感が凄い。
珍しくもなんともない光景である。どこの町でも見れそうな組み合わせだ。
「すんませんトイレ借ります」
一応、レジ前にいる金髪に一声かけてから、噂のトイレに向かう。
返事はなかったが、止められなかったのだから大丈夫だろう。
期待と緊張を胸に宿してトイレのノブを掴んだ時、なんだか、小のほうをもよおしてきた。
「ついでだ」
出してる途中に出るのだけはやめてくれよと願いながら、ジョロジョロと用を足す。
こんなときに平然と小便できるのだから、俺は意外と肝が座っているのかもしれない。
水を流し、個室から出て、洗面所で手を洗う。ハンカチがないので手を振ってあらかた水気を飛ばしてからズボンで拭いた。やむを得ない。
「なんもないな」
お札とか貼られてたり、お供え物とか神棚とか置かれてたり、使用できないよう封鎖されてたりとか、そんな諸々を想像してたが、見事に何もない。
ま、そりゃそうか。
噂の元となる自殺騒ぎすら実際には起きてないみたいなのに、幽霊が出るわけがない。
トイレから戻っても変わらぬ光景のままだった。
サラリーマンはまだ雑誌にかじりつき、金髪はボケッと突っ立ち、レジのそばに置かれたおでんはどれも温まっていた。
出入口に行こうとしてサラリーマンの後ろを通るとき、チラッと横目で見ると、プレイボーイに飽きたのか今度はアッパーズとかいう漫画雑誌を読んでいた。
(……でも、何も買わず小便だけってのも……)
このままトイレ借りるだけで帰るのも何か悪いな……って気がして、飲み物でも買うことにした。小心者にありがちな出費だ。
コーラでいいか。
「あ」
ゼロカロリーにしようと思ったがなかったので、どれでもいいやと、聞いたことない名前のやつを手に取った時、財布を持ってきてないのに気づいた。もう帰るか万引きしかない。
で、後者を選ぶわけもなく。
俺は何もかも肩透かしを喰らった気分で、髪の長い女性客と入れ違いでコンビニを出ると、物足りないまま自宅へ向けてペダルをぐるぐる回したのだった。
翌日の放課後。
「まんまと騙しやがって。お前との友情もこれっきりだな」
俺は昨日の出来事……とも言えない、何も起きなかった事について愚痴混じりに田中に説明した。
「あはははは!!」
全て聞いた田中は、ちょっと溜めてから大爆笑しやがった。呼吸困難になりそうなくらい笑っている。
どういうことだ?
俺は困惑するしかなかった。
「あっはは、ははは………………いや、わりいわりい。ホントに行ったのかよ」
「好奇心に勝てなくてな」
「そっか。いやあのさ、こんなこと言うの何だけどよ、間違ってたんだわあの話」
「あぁ?」
「だから、俺が勘違いしてたの。例のコンビニってさ、そこじゃなくて反対の、✕✕団地の近くの店だったんだよ」
衝撃の事実だった。
あまりの衝撃につい田中の頭にチョップを落としてしまったくらいだ。
つまり俺は、こいつの勘違いで、何もおかしなことが起きていないただのコンビニを冷やかして帰ったのである。
詫び代わりにアイスを奢らせてから田中と別れ、俺は帰ることにした。
で、ここでこの件はもう忘れようかなと思ったのだが……家に戻ると、なんだかムカムカが甦ってきた。
田中のバカに振り回されて終わるのもシャクなので、その団地そばのコンビニに行って一応確認してやろうと決意した。
江戸の敵を長崎で討つような話だが、決めたからにはやってやる。もはや心霊体験や噂の真偽などそっちのけだった。
おかしな意地に突き動かされてチャリを走らせる。今回は財布も持ってきたから昨日のような不覚はとらない。
まだ外が余裕で明るいのがシチュエーションとして微妙だけど、どうせ舞台はトイレなんだからどうでもいいか。
「そうだ」
どうせ目的なんてあってないようなものだ。
せっかくチャリ乗ってるんだから、まず昨日のコンビニ行こう。
あの時買えなかったコーラを買うんだ。ジョルトとかいう珍しい名前のやつを。
「……………………えっ」
この時の驚き度合いは、今後の人生で更新されることはもうないんじゃないかと思う。
目に映るものが理解できず、二度見どころか三度見した。
到着すると、そこにあったのはあの平凡な店ではなく、焼け焦げたような廃墟だったのだ。
外から中を覗いてみる。
空だ。客も店員もいなければ、品物も棚もレジもない。暗いがらんどうだ。
「馬鹿な……」
「──ねえ、○○くん。○○くんでしょ? なにしてんのこんなとこで」
不意に後ろから名前を呼ばれた。振り向く。
クラスの女子──鈴木(こちらも仮名)さんだった。
「こっちで会うの珍しいね。○○くんって家あっちでしょ?」
「あ、ああ、そうだけど」
動揺をこらえた。
知り合いの女子の前でみっともなくオロオロしたくなかったプライドが恐怖を抑え込んだ。
「……もしかして、肝試しとか? ならやめたほうがいいよ。ここ、出るから」
「出るって……これ?」
「あはは。何それ古ーい」
田中がやったような仕草をやると意外にウケた。
「まあ、私も見たわけじゃないけどさ。ここって、放火で燃やされて、何人も焼け死んだって話でね。かなり昔の、冬の事件だったみたいよ」
頭のおかしくなった女性がガソリンを撒いて火をつけ、自分もそのまま命を落としたらしいと鈴木さんは語ってくれた。
「母さんから聞いただけだから、細かいところで間違ってるかもだけど」
「そ、そうなんだ」
「買い取り手がつくたびにおかしなことが起きたりして、みんな怖がって逃げるから、今もこのままなんだって。実際ずっとこのままだし……あれ、顔色悪いよ。ねえ、ちょっと──」
鈴木さんの話を聞いている場合じゃなかった。
俺はチャリにまたがり全速力でこの場を離れた。
燃えた店舗の中に、さっきまでいなかったはずの人影が、いくつも見えたからだ。
背広を着たような人影、金髪のような人影、長髪らしき人影──
あれから、俺はここに近づいてはいない。
一度、霊能者の方に見てもらったことがあるのだが、返答は「目をつけられた。行けば行くほど引き込まれる。危ない」とのことだった。
団地そばのコンビニは、もう何年も前に潰れて更地になったが、こちらは、変わらず煤まみれのままだそうだ。
だが時折、営業している様子が目撃されているらしい。