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憧れ
初めて塗った口紅の色は、オレンジ色だった。
一番自分にあった気がしたから。
封じ込めた思い出たち‥‥可愛いお人形をほしくて口にしたら、そのあと野球道具を買ってくれた。ぬいぐるみやおままごと遊び、可愛い花柄のスカート。
私が憧れるものを、気軽に口にしてはいけないことを学んでいった幼少期。それでも、この想いはいつまでも閉じ込めておけるものじゃあない。私が何か悪いことをしたの?そうじゃあない。それでも、カミングアウトをするには勇気がなかった。
口紅の蓋をとり、片手で支えながらもう一方の手でクルクルと回していく。それを唇にそって、輪郭をとりながら丁寧に色を重ねていく。
一連の動作に、憧れはつまっていた。
そして少しはみ出したオレンジの口紅は、ういういしさをだしていた。
赤よりも控えめで、健康的なイメージは男の僕でも許される気がしたから。