9話
ラーメンを食べたいという気持ちが抑えられない。このままじゃあ、ラーメンの幻覚を見て、空気をすすることになっちまうぞ。そんなことになったら俺は終わりだ。末代までの恥だ。エアでラーメンを食おうとする俺の絵。想像するだけですさまじいな。これは恥ずかしいことになっちまうぞ。
「ラーメン食べたい、ラーメン食べたい、ラーメン食べたい。やばいってぇ……もうラーメン食べたい以外の思考が停止してる。こんなんじゃ、俺はぁ……」
こんなはずじゃなかったんだ。俺は俺は、普通だったら冷静なクール麺なんだ。まずいって、麺が麺が頭から離れない、というか頭に麺しかない。麺が俺の頭を侵食していく。こんなのありえないって。丸一日以上俺が飯を食えていないってのがまずいんだよ。普通だったら三食食事つきのマイホームにいるんだ。森なんてなんで入ったんだよ俺は……。どういう思考になったらこんな何も持たずに森に入ろうって気持ちになるんだよ。おかしいだろ、普通に考えてありえないだろ。
やっぱりここ最近の俺はおかしい。誰かが乗り移っていたとしか考えられない。その証拠に森に入る以前の記憶もなければ、森で叫ぶまでの記憶もないんだ。気が付いたら、すさまじい感動で叫んでいた。俺は無意識のうちにあんなに森の奥までやってきていたって言うわけだ。そもそも、ここは日本なのか? 俺はどこかに連れ去られたっていう可能性はないか? だっておかしいだろ。日本の中に森の中で道すらないんだぞ。そんな森なんて俺の近所になかっただろ。さっきから考えればかんがえる程おかしいことばかり起きているんじゃないか。日本でこんなことが起きるはずがない。おかしすぎるぞ、もはやこれは全部俺の夢なんじゃないか? 夢だって考えればすべてに納得がいく。夢の中で寝てたのかよって思うかもしれないが、それしかないって思えるくらい夢だとしか思えないな。
ふざけてるだろマジで。俺は夢だってのにこんなに苦しめられてるのか? どんなに俺がひどい目にあったと思ってるんだ。声帯が潰れちまったり、長年の相棒のスマホを失ったり、ついにはラーメンに頭を支配されちまってるんだぞ。こんな事ばっかりおかしいだろ。俺に謝れ。夢のくせに調子に乗ってごめんなさいって謝れよ。マジふざけやがって。もう頭に来ちまった。おかげでラーメンのことは頭からどっかいちいまったよ。こんな解決策があるなんてね。どう考えても正しい方法ではないけどさ、これで俺もラーメンの呪いから解放されたわけだ。でも、頭に血が上ってるせいで思考がうまくまとまらない。これが夢だとしたらどうすれば解決できるんだ? 夢なら覚めればいいんだ、それだよそれ。俺が夢から覚めればいいんだ。それしかない、それしかないだろ。もう俺にはその道しか残されてねぇ。やるしかねぇんだよ。俺がここでやるしかねぇんだ。男を見せてやるぞ。俺にすべて任せとけ。俺がやってやる。
「で? 何すりゃいいんだ? よくあるのはほっぺたをつねるとかそういうやつだよな。ダメもとでやってみとくか、万が一ってこともあり得るしな。どりゃ!! ……いってぇぇぇぇぇぇーーーー!!!!」
渾身の力で頬を引きちぎる勢いでつねった。
なんのことはなくただとんでもない痛みが俺の頬を襲った。
頬がもげそうな程の痛みに俺はその場でのたうち回る。こんな痛みを俺は今まで経験したことがあっただろうか? どう考えても過去最強の激痛だ。俺の頬はどうなったんだ? ちぎれてねぇよな? マジで俺は何考えてんだよ。自分の頬をもぐ気か? そりゃ夢だからって油断してたってのはあるぞ。でも、限度ってもんがあるだろうが。やっぱり俺は誰かに思考を乗っ取られてるんだ。今俺が頬をつねる、その瞬間だけ誰かが乗り移って渾身の力を込められたんだ。それしかないだろ。自分の頬をこんな力でつねるなんてありえねぇんだよ。俺がこんな馬鹿なことをしでかすわけねぇ。でも、おかしいぞ。これで夢じゃないってことが証明されちまったようなもんだ。こんな激痛を夢で感じることがあってたまるか。俺は確かに今を生きていたんだ。俺は生きてた。でも、それももうすぐ終わっちまうんだろうな。誤魔化してきた空腹もかなり限界を迎えつつある。このままだと、俺の計算では俺の命は持って数時間だろう。こんなことになるんだったら、最後にいい思いしときたかったな。高校で全校生徒から告白されたかった……いや、待ってくれ。全校生徒だといらん男子が含まれちまう。わが校の女子生徒全員にしとこう。これで完璧だ。俺は人生最後の瞬間もこんなしょうもないことを考えてるのか。俺の人生そんなもんか。しょうもないことしかした覚えがない。でも退屈しない悪く無い人生だったかもしれない。さらば、俺の人生。また来世で会おう。
バタリ。
俺はそのまま地面に倒れこんだ。だんだんと無へ向かっていく意識の中、走馬灯のように今までの光景がフラッシュパックした。叫んだ時の俺、スマホを壊した時の俺、ラーメン食べたかった時の俺。ああ、そうだ、全部俺だったんだ。どれもこれも俺だよ。




