4話
「大体ここどこだよ。なんで俺は山にいるんだ?」
下山しようと思い立ったのはいいが、この山が何山で俺は今どこにいるのかがさっぱりわからない。これじゃあ、下山なんて夢のまた夢だぞ。俺はこの山で遭難して死んでしまう運命なんじゃないかと錯覚してしまう。俺の人生はここまでなのか。何も成し遂げることのできていないつまらない人生だったな。まだまだやりたいことがいっぱいあったってのに、ここで死ぬなんて許容できない。俺にはまだやるべきことが残されてるんだ。こんなところでくたばってる場合じゃない。そもそも、森で迷うくらい大したことじゃないじゃないか。俺のスマホが壊れたことのほうが一大事だ。この程度のことでうろたえてるようじゃ総理大臣にもこの森の守り神にもなれやしない。そっか、俺はこの森の守り神だったんだ。だったら、森で遭難して死ぬなんてことがあるはずがない。あってはならないんだ。何て言ったって俺は神だぞ。遭難して死ぬなんて無様な真似ができるか。神に死という概念はあるのか? 俺は既に不老不死の体を手に入れているという可能性はないか? さっきだって、もう絶対に治ることはないと思っていた声帯だって治して見せたんだ。俺の体はもう俺が知っている頃の俺の体ではない。次元を超えて超絶進化しているんだ。この体があれば、俺は何だってできるはずだ。森で遭難? 誰にものを言ってるんだよ。俺がそんなことに陥るわけがないだろう。森と友達、いやこの森は俺のもんだ。既に俺の支配下になっているんだ。
しかし、神になったというのにあまり実感がないもんだな。これじゃあ、俺が神だという証拠みたいなもんがないな。再生能力だけで十分証明にはなるかもしれないが、もっとインパクトのある何かを俺は求めているんだ。そう例えば、天変地異を起こせるとか、火山を噴火させることができるとか……火山の噴火は天変地異か。まぁ、細かいことはどうだっていいんだよ。とにかく俺はインパクトのあることをしてみたいんだ。この森を一瞬で消し飛ばすとかそういう系統の。
「試しにやってみるか? 右手に力を集中させてっと、そりゃぁぁぁーーー!!」
右手を正面に掲げ、何か出るかと試してみたが、特に何も起こらなかった。
そんなはずはない。俺は神だぞ。右手から炎の一つでも出るのが常識ってもんだろ。なんで、何も出ないでシーンとなってるんだよ。もしかして、俺は神になれていないのか? まだ、これじゃあ神と認められていないってことか? なんでだよ、俺はもう森の守り神として十分働いたじゃないか。これでもまだ足りないって言うのか? ふざけんなよ、俺をどこまではたらかせる気だ!!
俺がこの森のために行ったことが走馬灯のように頭をよぎる。
特に何もしていなかった。していたことと言えば、大地と一つになるとか言って地面に寝転がっていたことくらいだ。後は、この山に感動して声帯がぶっ壊れるほど叫んだくらいだ。それとスマホの破壊。ふっ、俺が間違っていた。この程度のことで森の守り神として認められるわけがないじゃないか。しかし、俺は神にならないと遭難して死んでしまう運命にある。この状況を何とか打破しないと。俺に残された手段はこの森の守り神になることだけだ。それ以外に何も思い浮かばない。俺の脳をもってしても何も思い浮かばないのならそれはもうほかに手段が残されていないということだ。
でも、なんで俺はこんなよくわからない森に地図も持たずに一人で登ってたんだ?
まるで、記憶に靄がかかったように思い出すことができない。なんでだろうか? 俺はどうして森に? なんでこの森の中を歩いていたんだ?
「俺は一体……」
少しずつ思い出してみよう。
まず直近で言うと、俺がこの森の守り神になったと勘違いしていたところだな。これは相当に滑稽だった。なんで、何もしていない俺が守り神になれると思ったんだ。さっきまでの自分をぶん殴ってやりたいが、ここで思考を停止するわけにはいかない。
その前はっと……確か自分のスマホを地面に打ち付けて壊したところかな。我ながらなんでこんなことをしてしまったのかまったくわからない。これが俺のしたことなのか? どう考えても誰かに乗り移られたりしていたとしか思えない。おっと、これじゃあ、同じことの繰り返しになっちまう。
その前は確か……声帯が治ったことに感動して叫んだりしてたのか? まぁ、このあたりはどうでもいいか。問題はこれよりも前の出来事だ。俺はこの森にやってくる前までは何をしていたんだ? 何が起きてこんな状況になったんだ? 普通に生活していれば、一人でこんな深い山に足を踏み入れることなんてないだろうに。俺は何しに来たんだよ。まったくわからない。
それもこれも、すべて数時間前、いや昨日の俺が悪いに決まっている。つまり、俺は何も悪く無い。俺に落ち度はないし、悪いのは全部昨日の俺。責任はすべて昨日の俺にある。だから、俺はもう寝よう。後は、昨日の俺が責任とって何とかしてくれるだろう。
「おやすみ」




