27話
使いたい……瞬間移動を使いてぇ……。
とてつもなく、俺を誘惑してきやがる。だって誰だってわかるじゃねぇか。ここから馬鹿みてぇに歩くよりも絶対に瞬間移動を使って一瞬で移動しちまったほうが楽だってことくらい。どれだけのあほでもこれくらいのことは一秒とかからずに理解できるだろう。なぜ俺はそれをしない。無駄に我慢しなくちゃいけないんだ? わかってるさ、俺だって今までの努力を無駄にしちまうことくらい。でもさぁ、それでも瞬間移動を使ったほうが早く着くじゃねぇか。
どうしちまったんだよ、こんなことで迷うような俺じゃなかったはずだ。一度使わないって決めたら俺はそれをやり遂げる気概を持った男だったじゃないか。それがどうして、こんな目の前の誘惑に惑わされてるんだ? 瞬間移動なんて使っちまったら終わりじゃねぇか。一瞬で町へついてこれまで積み上げてきたものをぶち壊しちまう。それでも、この限界ぎりぎりの状況で使わないなんて馬鹿だ。俺はとんでもねぇ馬鹿だ。無駄なプライドに邪魔されて当たり前の判断ができなくなっちまってる。これも全部疲労のせいだ。疲れさえ無けりゃ俺は歩ききってるんだよ。見える範囲に町があるんだぞ? いつもの俺だったら何も文句を言わずに歩いている。簡単なことじゃねぇか。見えてるんだからそこまで歩けばいいだけだろう? そこに何を迷う必要があるって言うんだよ。でもなぁ、今の俺の体力状況だと相当厳しい挑戦になることは目に見えてるんだ。瞬間移動をすれば、この苦痛からもすぐに解放される。それどころか、町で飯も食えちまうかもしれねぇ。いや、飯は金がねぇから無理か。そうだよ、俺は金を持ってねぇんだ。だから、一刻も早く町についてそれから金を手に入れる算段を見つけなくちゃいけないんだ。こんな無駄に葛藤している時間があったら少しで働いてその対価を貰うべきだ。だったら、今までのことがどうとか言ってる場合じゃないよな。だって俺の体力ゲージは一時の猶予も許さないほど危険な状態なんだ。それで働く? 無理に決まってるだろ。大体、じいさんが俺に少しだけでも金を持たせてくれていたら初日は働かずに何とかなっていたんだ。そうなのに、何だよこれは。いきなり金が無くてピンチだって? 追い打ちをかけるかの如く、疲労も限界なんだぞ? じじいは俺に試練を与えすぎなんだよ。うん……試練? そう言うことか!! これまで俺を襲った数々の不幸はじじいが俺のために用意してくれていた試練だったってわけだな。おいおい、それくらい先に言っておいてくれよ。てっきり俺はまだ俺のことをはめて殺そうとしてるのかと本気で思ってしまったぞ。ふざけやがって、粋な真似してくるじゃねぇか。俺だってこの試練をすべて乗り越えてすさまじい成長を遂げてやろうじゃねぇか。じじいの与えた試練のせいで自分自身が負ける何て想像もしてねぇんだろうな。あくまでも、じじいは俺を対等の存在まで成長させようって魂胆なんだ。だから、こんな余裕があるってわけだよな。その油断が命取りになるって言うことを俺が教えてやろう。俺もそのせいで餓死する羽目になったわけだしな。山に入るのに大した装備も身に着けずに油断してたんだ。それさえなければ俺は普段通りの生活を送っていたはずだ……普段通りなんてとんでもなく退屈じゃねぇかよ。それなら、一度死んではしまったがこの状況のほうが何倍も楽しい。いや、今まで通りの生活の楽しさはゼロだったから何をかけてもゼロはゼロか。それに比べてこの異世界はまだまだ俺の知らないことばっかりだ。むしろ、知っていることなんて魔王がいるぐらいだぞ。楽しさ無限大だ。広がり続けてるぜ。
「よっしゃーー!! なんかやる気が湧いてきたぜ。これなら、町まで歩くのだって余裕だな……いや待てよ。つい今、自分で油断が命取りになるって考えてたよな? それを自分で実行しようとしてるなんて俺は救いようのねぇ馬鹿だな。危なかったぜ、ここで慢心してるようじゃ俺はこの世界で生き残っていけねぇな」
ここは、しょうがないが瞬間移動を使おう。常に自分にできる最善の行動をしていくんだ。俺は打倒神を目標にしてるんだぞ。甘えを出してる余裕なんてあるはずがないんだ。俺の実力だったら、本当のところは余裕なのかもしれない。でも、それでも俺は舐めてかかるなんてだせぇまねはしたくないんだよ。使おう瞬間移動。使っちまえばいいんだよ。だって、ここで使わなかったところでいずれはどうせ使うんだ。それなら、できる限り早く使っておくほうが効率もいいってもんだろ。俺は真の効率中だからな。その俺がここまで瞬間移動を使うことを我慢したんだ。それだけでも十分に誇れることじゃないか。もう十分俺はやったろ? もういい加減使ってもいいじゃないか。最初の森だって、瞬間移動を使ってれば一瞬でこの草原までやってこれていた。無駄に魔法を使って森を消し炭にすることもなかった。




