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チキチキ!トランプタワーvs多重債務者

作者: 某人間

 俺の名前は神崎卓。社会人2年目にして、数百万の借金を背負ってしまった、いわゆる多重債務者というやつだ。そして、今も貸金業者の黒服数人に追われている最中だ。

 「ハーッ、ハーッ、ハーッ!」

 今俺を追ってくる黒服はかなり危なめな業者らしく、金を持っていないことがわかると、逃げる俺をしつこく追い回してくる。町中走り回ったが、運悪く曲がった場所は行き止まりに続いていたーーー


 「兄ちゃん、えらい舐めた真似してくれたのお、だがここまでや。しっかりその身で返すまでウチ返さんからな、覚悟せえや」


 「ひぃぃ!すんませんした!!」

 非力な俺はなすすべなく黒服の男たちに組み付され、地面に膝をつき、目隠しをされた。その後奴らの車に乗せられ、随分乗っていただろうか、しばらくしてどこかの目的地に到着したらしく、俺は荒々しく彼等に連行された。どうやら、ここはエレベーターに乗っていた時間から判断すると、どこかのビルの上の方の階らしい。


 「ここや、目隠し取ってええで」

 黒服に促され、エレベーターを出てから恐る恐る目隠しを外した俺は、目の前に広がる光景に絶句した。


 そこは、オフィスの一部屋ではあるが、備品はほとんど置かれておらず、引っ越したばかりの新築のような部屋だったが、ここにあるはずのない、おかしなものが部屋の中央に置かれていた


 「兄ちゃん、これが何かわかるか?言うてみい」

「これは…机と、その上にはトランプの束…?」

 黒服が指差す先にあるものを、見たままに答える。そう、そこには白いテーブルクロスが引かれたテーブルと、その上にはトランプが束になって置かれていた。

 「せや…今から兄ちゃんには、4種類のカードがそれぞれ13枚に、ジョーカー1枚を足した53枚のカードを使って、トランプタワーを作ってもらう」

「そんな無茶な…えっ」

 トランプタワー?トランプタワーとは、カードを縦にバランスよく積み上げていき、一つの山を完成させる、あの遊びのことだろうか。

 「せや、兄ちゃんがトランプタワーを…せやな、日没までに一度でも完成させることができたら、借金は帳消しにしちゃるし、今日はもう帰ってもいい」

 「は、はぁ…」

 正直、意味がわからない。この業者にはかなりの額を借り入れていたので、もっと無茶な要求をされると思っていたのだが、こんな子供があるような遊びをするだけでチャラにしてもらえるーーー本当だとしたら、こんなに美味しい話はない。


 「わかりました、では、作らせていただきます。」

 そう告げると、俺は黒服たち数人が見守る前で、トランプタワーの土台を組み始めた。

 先ほどの話から考えるに、試行回数に回数制限もなければ、時間の余裕もある。俺は、震える指でゆっくりと、しかし着実にタワーを完成させていった。その時だった。


 目の前から、家庭用サイズの5倍はある大きさの扇風機が現れた。


「はっはっ、兄ちゃん、ただタワーを組むだけと思ったら大間違いやで、わしらは兄ちゃんを邪魔しないなんて一度も言ってへんかったやろ?これはなぁ、業務用扇風機いうて、テレビとかで芸人が体張る時に使うやつや、兄ちゃんもみたことあるやろ?パワーは通常の10倍、紙切れ程度がこの風圧に耐えられるわけないっちゅうことや」

 黒服の1人が、心底おかしそうに、俺を馬鹿にするように笑いながらそんなことを告げる。

 しかし、それでも俺は動じなかった。


 「なにっ!!どうなってんねん!」


『偉大なる撤退 グランドエスケープ!!!』


 俺は、トランプが載ったテーブルの端を両手で掴むと、扇風機の風が当たらない場所まで移動させたのだ、そう、テーブルの上のカードを一枚も倒すことなしに。


 俺がトランプタワーを作ったのは、何も今日が初めてではない。それどころか、俺は物心ついた時から暇さえあればトランプタワーを途中で倒すことなく完成させることに真剣に取り組んできた。さらに、このような妨害を受けるのも今日が初めてではなかった。俺には、いつでも悪戯付きの凶悪な妹達がついていたのだから。彼女らはありとあらゆる手で、俺の邪魔を試みた。一度完成しかけたタワーを途中で崩されることは、常に心身への痛みに繋がる。俺は自然に、痛みと共に通常人が到達し得ない域に到達していたのだ。


 「テーブルを、上に載ったタワーを崩さずに動かす…!そげんなことが可能なわけないねん!兄ちゃん、あんた何者や!」

 「俺は…そうだな、トランプタワーの大工とでも呼んでもらおうか…!」

「「「「「「だせぇ!!!」」」」」」

 黒服たちが俺の異名に対し、そんな感想をこぼした。

 

 一度は彼らの攻撃を防ぐことができたが、問題はここからだ。俺の実力を知った彼らは、本気で俺を潰しにかかってくるだろう。トランプタワーなど、大人たちの本気の妨害が入れば、海辺の砂城のように簡単に壊されてしまう。


 「兄ちゃん、えらい舐めた真似してくれるやないか…正直侮っどったわ。ワシらも最初は借金返さんアンタに嫌がらせで無茶振りしたつもりやったんやがな…ここからは本気で行かせてもらうで」


 黒服のボスが、そんな怖いことを言ってくるが、動じる俺ではない。どんな攻撃が来ようと、それを上回る対策で乗り越えてやる。


 「ほな、次行くで!お前ら、かかれ!」

 ボスの号令と共に、黒服たち2人が俺の背後に周り、トランプタワー3段目に取り掛かる俺の脇めがけて突っ込んでくる。おそらく、くすぐり攻撃に転じるつもりだろうが、既に経験済みだ。俺は、彼らの一撃目を、体をひねることで躱した。しかし、それで怯む彼らではない。強引に、俺の腕を押さえ、両側からくすぐろうとしてくる。それを、その場で地面に手を突き、体全体の体重を支え、足で2人を牽制することで、再びかわす。風圧でタワーを倒さないよう、慎重に彼らの胸に脚から体重を預け、その場から引き離す。

 「くっ……」

  「ボス!ダメです!近寄れません!」

 「なんちゅう身のこなしや、兄ちゃん、ほんまに何者なんや」


 『反転する世界……パラダイムシフト!!!』


 俺は、体を起こすと3段重ねたトランプの柱の上に、4段目の土台を載せた。


「くそっこのままやとほんまに借金帳消しにされるやんけ!…おい、何突っ立っとんねんお前ら!はよアレもってこんかい!」


 「しかしお頭!『アレ』は危険すぎます…!」

「そうですボス!考え直してください。下手したらこの戦い…死人が出ますよ」


ボスに指示された者が持ってきたのは、意外にも、剣道で使う面、小手、防具だった。今までの妨害に比べれば、いささか危険度は低いように思えるが…。

 「おい、小鉄この防具を身につけろ。」

「は、はい!」

 小鉄と呼ばれた黒服の1人が、慣れない動作で防具をせっせと身につけていく。唐突に、ボスが言った。

 「今から、剣道の試合を行う。」

 その言葉を聞いて、俺はハッとした。思い返すと、一度目の妨害は扇風機の「風」、二度目の妨害はタワー作成者「本人への干渉」、これらはトランプタワーを作る上で障害となりうる代表的な二つの例だった。そして、今回の剣道…これはおそらく、三つ目の「振動」を用いる妨害方法だと考えられる…。

 「その顔を見るに、どうやら気づいたようやな。剣道では、ただ面、小手、胴を打てばいいだけやなく、踏み込みから掛け声、残心といった一連の動作が評価の対象となるんや…。この至近距離で剣道の稽古やって、トランプタワーが振動に耐えられるわけないやんな?悪いなぁ、兄ちゃん。最初から借金チャラにするつもりなんてないんや。恨むなら自分を恨んどってな」

 そういうと、ボスは面小手胴を慣れた動作で身につけ、小鉄と向かい合う。

 まずい…先ほどと違い、テーブルが地についている以上、振動を避けてやり過ごすことはできない…。増して目の前で向かい合う2人は、筋骨隆々で、体重もかなりあるように見える。

こうなれば、一度今回のタワーは諦め、最初からもう一度タワーを組み直すしかないのか。


 「それでは始めるぞ、礼をするのだ小鉄。」

「は、ははっ!」

 2人が向き合い、今にも剣道の試合が始まりそうになった。俺はーーー


 「メーーーン!!!」

「ひいっ!!」

「どーーーーーう!」

「ボス!痛いですぅ!」

 2人が激しい足並みで、あまりにも一方的な試合を繰り広げる中、トランプタワーは壊れて…いなかった。

 「バカなっ!なぜこれだけの振動を受けながらまだ立っている!さっきから床は踏み込まれるたびにすごい振動を受けているはずだ!」

 黒服の1人が信じられないとばかりに声を上げる。


『振動停止!チェンジ・ザ・ワールドッ!!!』


 シンバルという楽器がある。両手で構え、つがいとなっている金属の片を両側から勢いよく合わせることで、けたたましい音が鳴る楽器なのだが、その音を止ませるためには、振動を、そっと両側を再度合わせることで止める必要がある。

 俺は、この原理を応用し、2人が強く地面に足を踏み込むたび、その振動を止めるように体全体を使って勢いよく地面に倒れ込んでいた。結果、テーブルの下の地面は揺れることなく、タワーは静止を保つことができた。実際、踏み込まれるたびにさらに大きな力で地面に圧を加える必要があるので、俺は全身汗だくになりながら、地面に体を叩きつけ続けた。


 「バカな…本当にそんなことが可能なのか?」

 「お、おい!それより小鉄を見てみろよ…!ボス、ボス、もうやめて下さい!小鉄の意識が飛んでしまいます!」


 ボスが猛攻を止めると、小鉄は地面に力なく倒れ込んだ。

 「嘘だろ…小鉄!」

 「し、しんでる…」

 「アホなこと言うもんやない。ちゃんと手加減はしたわ。小鉄は多分還るさ…土に」

 小鉄うううううう!


 小鉄が部屋から運び出された後、ボスはタバコに火をつけながら言った。

 「このままではわしらの面子がたたん。小僧、悪いがここからは"なんでもあり"でいかせてもらうわ」

 ボスは痺れを切らしているようだが、こちらも先ほどの運動で体力をほぼ使い果たしてしまっている。満身創痍というやつだ。一方黒服集団は1人欠けたもののその他のメンバーは健在。武が悪いかのように思われた。しかし、タワーはすでに5段目に突入しており、この段さえ完成させて仕舞えば後は最後の2枚を頂点に立てるのみ、という所まで来ていた。

 「お前ら…かかれ」

 ボスがその場にいる全員に目配せすると、彼らはこちらに向かって勢いよく突撃してきた。とうとう、強行突破に踏み込んだらしい。1人の黒服が両腕を広げてタックルをかましてくる。俺はこれをかわし、その身のこなしで素早く5段目を完成させる。後は手に持った2枚を頂点に立てるだけだ。その時、1人がテーブルに手をかけ、揺らそうと試みたが、その腕を奪い背負い投げをすることでそれを阻止。その隙に、1人がトランプタワーへ向けてドロップキックを仕掛けてきた。だがこれも、テーブルを90度回転させる事で事なきを得た。そしてついに頂点の2枚を…


「おい待て。今すぐ手に持ったカードをおろせ。さもなくばその2枚を置いた瞬間、そのタワーごとお前の命も絶ってやろう。」

 ボスが、いつの間にか取り出していた拳銃をこちらに向け、そう告げる。

 「おいおい、それは殺人だぜ。ここまでやっといて最後は脅しかよ」

 「脅しではないぞ。撃つと言ったら本当に撃つからヤクザなんや。このままやとわしらの面子にもかかわるけんのお」

 ボスは拳銃を下ろさない。周りの黒服も、その言葉を聞いて迂闊に手出しができないようで、その場を見守っている。

 「だいたいこんな闇金に借金するような奴や、生かしておいても価値はないやろ。どうせ借りた金もしょうもない事に使ったんやろ?」

 「金は、妹たちを大学に行かせるために充てた。でももう、金はこの際どうだっていい。俺はこのタワーを完成させる。そのために今この場に立ってんだ。」

 窓の外から刺していた陽は徐々に陰となっていき、日没がやがて訪れようとしていたが、なおも俺たちは睨み合っていた。


 「さぁ、そろそろタイムリミットや。そこを早く退け。借金はしっかり現金で返してもらおうか。」

 「どうかな。」

!?

俺は、素早く体を回転させ、テーブルの前に、ボスに背を向ける形で躍り出ると、手に持ったカードを山の頂点にバランスを取りながら、置いた。

 バンッ!

 その瞬間、轟音と共に銃弾が発射され、背に衝撃が走る。

 俺はその場に倒れ込み、薄れゆく意識の中で、タワーが無事完成し、崩れることなく聳え立っているのを確認すると、ホッと息を吐き、意識を失った。

 

 後日、病院のベッドで目を覚ました俺は、銃弾が致命傷をギリギリ外れていたこと、一緒にいた黒服たちが俺に応急処置を施し救急車を呼んでくれたこと、ボスが駆けつけた警察に逮捕されたことを知る。

 その後、俺は"タワーマスター"の異名で知れ渡ることになる。

 






 

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