事実は奇なり-後編-
夕食を終えた遊馬が重い足取りで階段を上がっていく。やはりというかなんというか、悪い予感が的中してしまったからだ。明日海は終始上機嫌であり、あの電車での芝居は何だったのかというぐらいに饒舌で馴れ馴れしい状態になってしまったため、昨日まで、いや、今朝までとはまるで別人になってしまっていた。そして美智子がそれをすんなりと受け止めているのがまた怖い。まるで自分だけが違う世界から来た、そんな感じがしてならないからだ。オフ会で結構な飲み食いをしたせいで夕食は軽く食べただけなのに胃が痛い。この調子では学校でも変化しそうだと背筋が寒くなる遊馬に対し、その元凶である明日海が不意に呼び止めた。
「お兄ちゃん!今日もインするでしょ?」
にこやかな顔の明日海が怖い。何をどう思ってこうしたのかその意図も分からぬまま、遊馬はただ頷くだけだった。階段の途中で立ち止まっている遊馬に向かって軽快にトントンと上って来る明日海は笑顔のままだ。
「お前さ、変わりすぎじゃないか?」
「だよね。でも、家だし、もういいかなって」
てへっと舌を出して笑う明日海は可愛いはずだが、遊馬にしてみればそれは別人のようで怖い。ようするに家の中で今までのような芝居をするとボロが出るだろうから、ならば最初から変わってしまえということらしい。それならばカラオケ店で話をした意味がないと思うものの、そこはもう触れない。だからこそ、ここでしっかりと確認しなくてはならないのだ。ころころと思想を変えられると困るから。
「明日海、学校でもさ、もうこうするのか?」
下から見上げるようにしている明日海の表情がゆっくりと満面の笑みに変化していく。何がそうさせるのか分からない遊馬が少々の恐怖を感じつつ首を傾げた時だった。
「ああ、やっぱもう、ダメ・・・・名前で呼ばれるだけでもう・・・・・好き!」
芝居がかった動きで眩暈がするといった動きをした後、明日海はとろけるような表情をそのままに狭い階段でありながら遊馬の横に立っておもむろに抱き着いた。もう何が起こってもおかしくないという認識を得た遊馬はされるがままの状態でため息をつくしかない。
「聞いてる?学校でもこうして抱き着いてくるの?」
「抱き着きたい」
「じゃなくってさ」
「家とギルドメンバーと会う時以外はこうだね」
「いやいやいや、オフ会でもこういうのはまずいっしょ?」
「だぁってぇ・・・したいんだもん」
「あー、もう、完全にアレだわ」
言葉もない、そんな感じの遊馬が強引に明日海を引きはがそうとするものの明日海は離れず、この狭い階段での攻防は危ないと判断した遊馬がそのまま一歩ずつ階段を上がっていく。同じペースで付いてくる明日海にため息も出ず、やっとのことで2階に上がったところで明日海がより強く抱き着き、遊馬の匂いを嗅ぐようにしてみせた。その変態的な行為に背筋が凍る感じがする遊馬が暴れると、そのままバランスを崩して背中から倒れこむ。明日海が覆いかぶさった状態のままで倒れた遊馬はもぞもぞと動く明日海をどうにかする気を完全に失った。もう今までの反動で明日海の理性が飛んでいるとしか思えない。
「離れてくれ」
「あと1時間」
「1分」
「30分」
「30秒」
「・・・・・・・・じゃぁ、一緒に寝て」
「襲われるのが分かってて寝るわけないだろ?」
「もう、じゃぁ今は1分ね」
「今はって・・・」
そう言うことしか出来ず、遊馬はもぞもぞと動いてズボンのポケットからスマホを取り出す。柔らかい妹の身体を感じるものの、理性はしっかりと機能していた。普通ならもうどうなっているか分からない状態だが、この急激な変化がより冷静さを保てている。大きな胸の感触も息遣いさえもどこか現実離れしているという意識があるからだ。そしてようやく明日海が離れた。とろんとしたその目に恐怖を感じたためにすぐさま立ち上がり、部屋の前に立った。明日海はゆらりと立ち上がると紅潮した顔のままにんまりと微笑んでいる。
「じゃ、じゃぁ、後で、あっちでな」
「うん・・・いつぐらい?」
「風呂入ってからだから、30分後、ぐらい?」
「お風呂・・・・お風呂かぁ」
ニタァと笑うその顔が一番怖い。これは絶対にやばいと思う遊馬がどうしようと悩んだその時、スマホが軽快な音を立てて鳴り響いた。その音に一緒にお風呂に入っている妄想から引き戻された明日海は憮然としつつそのスマホに表示された着信相手を見にやって来る。慌てる遊馬がすぐに部屋に入り、きっちりとドアを閉めてベッドに腰かけた。そのまま数秒はドアを見つめていたが、そこが開く気配がなかったことにホッとする。なるべくドアから離れた位置に座った遊馬が指でスマホの画面をスライドさせてそれを耳に当てた。
「よぉ」
『出るの遅くない?』
電話の向こうの相手は紅葉だ。遊馬にとって数少ない登録者の1人である。当麻と紅葉、後は幸彦程度の悲しい状況であったからだ。しかし紅葉がこうして電話をしてくるのは2度目でしかない。かかってくるのはほとんどが当麻であり、幸彦ともそう頻繁に電話などしないからだ。
「悪い。で、なんだ?」
『あんたさ、来週末暇?』
「来週?明日じゃなしに?」
『明日は私が用事あんの・・・・で、どうなの?』
「空いてるっちゃ空いてる。何?」
『買い物に付き合って欲しくってさぁ』
ギャルの紅葉と買い物など想像もしていなかったことだ。そもそも自分はオタク系の買い物しかしないと話をしたことがあるのに、何故そういうことを言いだしたのかが気になる。
「なんで俺と買い物?そもそもお前と俺とじゃ趣味が合わないだろ?」
『そうでもなくってさ・・・・その、まぁ、本音言うとさ・・・カレシとヤバイんだよ、今』
「彼氏と?なんだ、ヤバイって?別れそうってこと?」
『浮気、みたいな?』
「ようするに何?」
『尾行したんだけどさ、1人じゃ怖いって話』
ただでさえ疲れているのにますます疲れが増す。そういうことなら男と一緒に尾行するのは逆効果じゃないかと思う。もしも尾行がバレたら向こうもこっちの浮気を疑うはずだ。だったら女子に頼めばいいと伝えるが、どうも歯切れが悪い。他にも何かありそうな感じがしたために、とりあえず月曜日に会って話すということで電話を切った。
「もう、マジ勘弁」
大きなため息を1つついた遊馬がハッとなって部屋を駆け、素早くドアを開く。そこにいると思われた明日海はおらず、そこはホッとした遊馬はしっかりと閉まっている明日海の部屋のドアを確認し、それからドアを開けたままで部屋着を取ると素早く風呂場に向かうのだった。
*
壁からそっとガラスのコップを離した明日海がそのままベッドに腰かけた。ちょうど自分の机とドアの間付近の壁にコップを当て、隣の部屋の会話を聞いていたのだ。
「多分相手はあのギャルギャルしい女だ」
ベッドの上であぐらをかき、考え込むようにしてみせる明日海。手にしたコップをそのままに、顔だけを机の上のカレンダーに向けた。来週の話をしていたのは分かっているし、明日ではダメかという声から判断して来週末に出かける気なのだと理解出来ている。彼氏とどうたらって話も聞こえていたので、2人がデートをするようには思えないが用心するにこしたとこはない。ライバルの気配がする者は容赦なく排除する必要があるのだ。幸いにも遊馬の学校での女子からの評判はあまり良くない。勉強が出来るという認識がある程度だ。あとは今日の髪形を月曜日もして登校するのを阻止すればいいだけのこと。だからこそ今まであの態度でいられたのだから。遊馬がモテる男子だった場合は早々にもっと積極的に動いているし、これまでの関係など構築しなかった。そういう安心さがずっと距離を開けてきた原因でもある。
「これはちょくちょくチェックしないとなぁ」
ここに越してきた際に遊馬の様子を伺いたくて壁に耳を当てまくり、それではイマイチだったためにあれこれ道具を使った結果、このコップとさっきの場所を合わせれば会話がよく聞こえることを発見したのだ。まさにストーカーの執念というべき行動力だ。それを駆使して彼がロストワンだと知り、またギルド開設の情報も得たのだから。全ては兄と結婚するという壮大な野望のために。その気恥ずかしさがこれまでの関係となっていたが、もうそれは必要ない。タガが外れた、そんな感じだ。
「確か仲がいい女はあのギャルギャルしい女と真面目そうな女と、あともう1人ぐらいいたなぁ」
嫌悪しているという姿勢を貫いているせいでそういう情報をなかなか入手しにくかったのが弊害だ。だがこれからは積極的に動いてそういう芽を摘み、遊馬の心を自分だけに向ける必要がある。そのためにも情報は必須であることから、来週末の尾行が決定したのだった。
*
現実世界で会ったその夜にバーチャルで会うということに多少の戸惑いがあった遊馬だったが、ギルドに集った面々の態度を見てそれは早々に吹き飛んだ。みんなさらに仲が良くなり、今後どういったモンスターを討伐したいか、どういう武具を作るのがいいのかを話し合っているいつもの風景がそこにあった。千佳とザナドゥ、明日海とアシュリーの意外な正体はあれど、かといってキャラに変化はない。千佳は紛れもなくザナドゥだったし、明日海にしてもアシュリーとさほど変わらないといった感じだったからだ。それにムジの存在が大きい。現実でもEDENでもムジだったからだ。そのせいか、現実とバーチャルがどこか一本化している感じが強かった。
「10周年イベント、いよいよ発表間近、だね」
「限定クエストとか限定アイテムとか、やっぱ出るよなぁ」
アシュリーとザナドゥがその話題で盛り上がる中、ミラージュとブレイズが顔をに合わせてニヤリと微笑んだ。
「限定コスチュームやアイテムは記念品だし、多少高額でも買うよね?」
「そりゃ、祭りだからな」
20万円もするアイテムをあっさりと購入する金持ちの会話に2人がため息をつき、ムジは目だけをそちらに向ける。
「発表は明後日みたいだし、やっぱ特殊クエストはやるっしょ?」
そう言うザナドゥの視線を受けたロストワンがほほ笑むと全員の気持ちが昂ってくる。5周年の際は2つの限定クエストと上級ランキング者しか装備できない武器と防具が全員に少量ながら解禁されたこともあり、10周年ともなれば大規模なイベントや様々な特殊アイテムも公開されるだろうという期待が大きかった。結局この日はその話題とオフ会の話題で盛り上がり、クエストに出ることが無く時間が迫る。
「そういやさ、あと2つギルドレベル上げればこの拠点もグレードアップだよね?」
ミラージュの言葉に頷くブレイズが意味ありげな笑みを浮かべて空中に画面を出現させた。
「そうだ。だからここは一気に2つランクを上げて屋敷を手に入れよう」
「2つって、レベルを結構上げないと、だけど?」
「だからこその10周年なんだよ」
ザナドゥの質問にそう答えたブレイズは自身が考案したプランを説明する。まずは10周年イベントをこなしつつも、みんながそっちに夢中になっているうちに通常クエストを制覇していく。そうすることで記念イベントを周回してさほどもらえないポイントを別イベントで加算していくのだ。
「確かに同じクエストを周回しても素材は回収出来てもギルドポイントは最初にドカンとくれるけど後は少ない。混みあっている今のクエストもその時は空くってことか」
「そう。混雑している人気のギルドポイントが多くもらえるクエストも空くってわけだ」
「それ、いい!」
人気のクエストは同時に50までしか受け付け出来ないこともあり、タイミングが良ければ受注出来る状態となっていた。特にギルドのレベルやランクを多く上げられるクエストは人気の為になかなか参加出来ないという状況が続いている。だからこそその案に賛同する者が多数のため、そのプランで決まった。わいわいと騒ぐメンバーを見やるロストワンは嬉しそうだ。そんなロストワンのすぐ横に立ったムジが見上げるようにしてその顔を見つめた。
「ロストワン、私は10周年イベント、ソロをメインで行きたいけどいい?」
「そりゃ構わない。自由だもの」
「メンバーで行くクエストを優先しないかも、でも?」
「うん。きっとみんなも何も言わないと思う」
「そっかな?」
「そうだよ」
まだ誰にも言いたくないという意思が見えるだけに小声でそう言う2人。現に盛り上がっているメンバーは誰も今の話を聞いてはいなかった。
「だといいけど」
どこか不安そうなムジだが、そういう意思をはっきり言ったことには満足していた。自身のレベルアップを図りたい、その心意気を感じたロストワンはメンバーが反対するはずもないと確信しているせいか、そこは安心している。
「やりたいようにやるのがここのギルドの方針だからね」
そう言って微笑むロストワンに少々頬を紅くしたムジだったが、それには気付かないロストワンだった。
*
あれから3日ほど経つものの、遊馬と紅葉が出かける日が分からず、明日海は少々苛立ちを抱えていた。毎日壁に貼りついてその言動を探っているものの、さすがに電話でもないと詳細を知ることは出来なかった。まず学校では今までの態度を変えていないこともあって、探りを入れることも出来ない。今更急に兄の事情を聴き回ることはよからぬ噂を立ててしまうからだ。いや、噂が立ってもそれを肯定すれば関係は周知の事実となるので好都合と言えばそうなのだが、今はまだ時期ではない。もっと遊馬の気持ちを自分に惹きつけてからでないとマイナスにしかならないからだ。そういう計算はしっかりと出来る明日海だったが、週末の計算は出来ない。こうなれば週末は遊馬の同行を洩れなくチェックした上でいつでも尾行出来るように準備するしかなかった。そうしか出来ない現状を嘆くことをやめ、EDENの端末とリンクさせたスマホを取り出した明日海は教科別の教室に続く別棟の1階の階段真下に移動する。ここは滅多に人が来ないため、校内でスマホをいじることが禁止されている中で隠れ家的な場所となっていた。
「10周年イベント、盛り沢山」
昨日解禁になったそれは大々的にニュースでも取り上げられて世界中が熱狂していた。どのワールドでも限定的なお祝いイベントが開催され、特殊なアイテムの配布や発売も発表されている。ブレイズとミラージュは予算50万円を用意しているそうで、他のメンバーからの顰蹙を買っているほどだ。ギルド限定イベントや特殊クエストなども数多く、ハンターワールドでも大いに盛り上がっている状態だった。明日海もまた高揚感を隠しきれない。みんなと一緒に沢山のクエストをこなしたいと思う反面、もっとロストワンの力になりたくて個人のレベルアップも必要だと感じていた。イベント開催まで一ヵ月しかない中でもっともっと上を目指したいという渇望が大きかった。表示させたアシュリーのステータス画面を見つめつつ、武器や防具よりもまずレベルを上げてスキルを得ることが先決だと考えていた。今のハンターレベルは188であり、スキルを得るためのレベルである300まではまだまだ遠い。それでも高難度クエストを20回ほどこなせばそこまでたどり着けると考えれば、高難度だけに一ヵ月でどうこう出来ないという現実にも直面していた。ギルドメンバーに頼らず、1人でその高難度クエストを攻略することは難しいし、かといって仲間を募集して挑むのも何か嫌な感じがしている。募集したところで自己中心的な行動しか取らないやっかいな連中ばかりだとクエストが失敗する確率が高くなるし、わざと失敗させる者も少なからずいるのだ。
「こらこら、学校でスマホは禁止」
その声にハッとした顔をする明日海だが、相手が来美だとわかるとすました顔に戻った。来美は新任教師だからか、生徒に舐められている節がある。明日海にしてもどこか下に見ている教師であった。それに来美は教師でありながら遊馬にやけに馴れ馴れしい。そういうこともあって明日海は来美を毛嫌いしているのだった。
「ちょっとぐらいいいじゃん、放課後なんだしさ」
「規則は規則!」
そう言い、来美がずいと一歩進んだ際に明日海のスマホ画面が目に入る。
「アシュリー?へぇ、ハンターワールドにいるんだ」
「そっ」
禁止とされているスマホを堂々と来美にかざしてみせる。そのステータス画面を見やった来美の表情がみるみる変化するのを見た明日海は少々気味が悪くなって小首を傾げてみせた。動揺を隠せない、そんな来美を見たせいだ。
「え?あなた、ペッパーズのアシュリー?ロストワンのところの?」
「センセー、ハンターワールドで遊んでるの?」
今の言葉からハンターワールドに詳しいことは分かった。あのワールドでロストワンを知らない者はいないからだ。教師でもEDENで遊ぶことに問題はないし、突っ込む気もない。ただ、何故こんなに動揺しているのかが知りたいだけだった。
「へぇ・・・あなたが、ね」
「問題あり?」
「ないけど、意外だった」
「そう?お兄ちゃんもハンターワールドだし、同じだし、センセーともどこかで会ってるかもね」
「黒瀬君も同じなんだ?へぇ、意外な感じ」
「うん、元々一緒したくて入ったからね、ギルドも」
これまでの設定を忘れて饒舌にそう語る明日海に違和感を持ちつつも、それよりも今の言葉が印象強かったせいかそんなことはどうでもよくなった。
「え?彼もペッパーズなの?」
「お兄ちゃんはギルドマスターにしてランキング1位のチャンピオン、ロストワンだよ!」
何故か得意げにそう言い放った後で我に返った明日海の顔面に大量の冷や汗が流れ落ちる。これはまずいと思うもののどう弁解してどう誤魔化せばいいか頭が働かない。遊馬がロストワンだという事実を知る者は遊馬の友人である当麻ぐらいなもので、あとはギルドメンバーだけだ。これはまずいということを頭の中で連呼する明日海は顔色を悪くした来美を見て冷静さが戻って来るのを感じていた。画面を凝視しながら青白い顔で口をパクパクさせているその状態を見れば一目で異常であると分かるからだ。
「センセー?」
「あの黒瀬君がロストワン?嘘・・・・イメージと違う・・・・だったら、ギルド作ればって言った時に共同で、って言えばよかった・・・失敗、大失敗!」
「もしかしてさ・・・・・・センセーってリライ?」
震える小声でぶつぶつ言っていたその言葉は明日海の耳にしっかりと届いていた。その言葉が導き出す答えはただ1つ。来美がリライということだ。
「掛梨来美・・・・・梨がリで来美の来がライでリライ?だったらミラージュと同じ発想じゃん」
呆れたようにそう言う明日海が震える手で持っていた来美からスマホを奪い返した。そのせいで我に返った来美は極悪な笑みを浮かべている明日海を直視出来ずに顔を逸らす。そんな来美を見て、明日海はますますその笑みを邪悪なものに変化させた。
「一応お礼は言っておきますね。センセーのおかげでお兄ちゃんのギルドに入れて、関係を進められそうだから。でもさ、センセーが生徒に特別な感情を抱くってのはどうなの?」
「ちがっ!似てるだけなの!黒瀬君の雰囲気が、幼馴染で好きだった子に・・・・」
「ほう」
そこでハッとなった来美の顔面に大量の冷や汗が流れ落ちる。悪魔の笑みを浮かべたままの明日海はそっと来美の耳元に愛らしい唇を寄せた。
「まぁ秘密の共有というか、お互いのメリットを考慮して、少しお話、どうですか?」
ニヤリと三日月状に変化させたその明日海の口元の笑みが怖い来美はゆっくりと頷くことしか出来ないのだった。
*
いつもより早めにログインした遊馬が拠点に入れば、そこにいたのはミラージュとブレイズだけだった。どうやらムジはログインしておらず、ザナドゥは1人でクエストをしているらしい。
「アシュリーは?」
「ん?ああ、なんかリライに誘われたとかで、さっきクエストに行ったよ」
「リライに?」
「何か知らんが口ぶりから親しそう感じには見えたなぁ」
ブレイズの言葉に何かを考え込むロストワンだったが、アシュリーとリライの接点が分からずに困惑するのみだった。それはそれでまた現実世界ででも聞けばいいと思うロストワンが椅子に腰かけた時だった。
「あー、私、土曜日はインできないと思う」
「お!デートかぁ?」
「そう」
冷やかしの言葉にも平然とそう答えるミラージュに苦笑しか出ず、ロストワンとブレイズは顔を見合わせた。あれだけの美人でセレブなのだからそういうことも頻繁にあるだろう。お金目当てのクソみたいな男には引っ掛からないで欲しいと思うブレイズだが、かといって助言などする気もない。心配はすれど個人の意思を尊重する立場を取っただけのことだ。
「俺も出来ないかも」
ロストワンもそう言い、ブレイズとミラージュは顔を見合わせた。
「お前さんもデート?」
「デートって言うのかなぁ・・・クラスメイトのやっかい事に付き合わされる感じ」
「青春だなぁ」
昔々の自分を思い出すようにするブレイズをよそにニヤニヤした笑みを浮かべたミラージュが歩み寄ってきた。かなり興味が湧いている、そんな顔も雰囲気もそのままにロストワンのすぐ横に腰かける。
「やっかい事ってなに?」
「プライバシーがあるんで」
「いいじゃん、ちょっとぐらいさぁ」
「良くない」
「ちょびっとだけ!」
「言えない」
「意外と頑固ね・・・・・」
ため息をつくミラージュだが、顔色さえ変えないロストワンの様子から彼自身の恋愛関係ではないと判断して席を立った。それよりも気になるのはアシュリーとの関係だ。血のつながらない兄と妹、その妹は兄に恋をしているのは間違いない。腕組みしつつ意味ありがな視線をロストワンに向けるミラージュを見つつ、ブレイズはなかなか面白くなってきた現状に心の中で小さく微笑むのだった。
*
髪形はオフ会以降、ボサボサ具合はなくなったものの少しさっぱりしただけの印象に落ち着いていた。明日海にしてみればこれは計算の内だったが、それでもオフ会の時のままで登校するようなら何かと理由をつけて阻止する構えでいたのだが徒労に終わった。そんな遊馬が土曜日の10時に出かけるなど、欲しいグッズの発売日でもない限りありえないことだ。基本的には休日は家にいるかEDENにいるかの状態だけに、この日があの女とのお出かけの日だと確信したため、キャップにラフな格好で後を追うように出かけるのだった。変に変装すれば逆に目立つことは分かっている。見つかってもどうとでも言い訳が出来るようにするのが一番なのだから。距離をあけつつも見失わないように後を追い、電車に乗っても車両を変えて見える位置を陣取った。
「やっぱり」
2駅目から乗って来たのは紅葉だ。いつもはしていないメガネは変装用の伊達眼鏡のようで、ギャルっぽい格好ではなく質素な感じも変装なのだろう。茶色めの髪も1つに纏めている。
「ギャルっぽさは隠せてないわよ」
2人に対して悪態をつくものの、車両が違うので聞こえるはずもない。スマホをいじるようにしながら様子を伺えば、仲良く楽しそうに会話をしているのが苛立ちを加速させた。自分でさえまだデートなどしていないのに、そう思うと今すぐ近づいて無茶苦茶にしてやりたいという衝動が沸き上がる。それをなんとか堪えること3駅、2人が降りるのを見つつ自分も電車を降りて尾行を開始するのだった。改札を出て10分ほど歩いたところで2人が立ち止まる。自然な会話をしているように見えるが、2人の視線は同じ方向を向いていた。
「・・・・・男?」
紅葉の視線の先にいるのは大学生っぽい男だ。イケメン風のチャラい感じが滲み出ている。スマホを見ていながらも時折周囲を見るようにしていることから待ち合わせをしていることが分かる。そんなチャラ男から隠れるようにして立った2人を見て、明日海は今日の2人の動向が何かを理解した。
「あのギャルギャルしい女の彼氏か?その浮気調査的な何か、か?」
こちらも誰かと待ち合わせをしている風に装いつつ、遊馬と紅葉から見えない位置に陣取っていた。チャラ男からは見えても何の問題はない。彼さえマークしていればいいのだから。そうして時々2人の様子を伺っていた時だった。
「アシュリー」
不意に横からそう声を掛けられた明日海が慌ててそっちを見やれば、ブレザーに赤いリボンの制服姿の女性が立っていた。かなり短いショートカットは黒く、顔に化粧っけもない。リップすら塗られていない地味な顔つきだったが、大きめの目だけが印象残る。知らない人、ではない、直感的にそう理解出来た。
「ムジ?」
すぐにそう言った明日海に驚きの顔をしたのは間違いなくムジだ。いや、この場合は小枝子と呼ぶべきか。何せコスプレをしていないのだから。それにしてもこんなに変わるのかと思うほど、目の前の小枝子は地味な感じだった。
「よくすぐにわかったね?」
感心した小枝子の言葉に、明日海はチャラ男を伺いながらにこやかに頷いた。
「そりゃわかるよ、友達だしさ。それに私をそう呼ぶのはメンバーぐらいだし、目はムジだったし」
「嬉しい」
小さくそう呟く小枝子の頬は少し赤らんでいた。一瞬で自分をムジだと認識してくれたことが嬉しいし、友達と言ってくれたことも嬉しい。学校に友達はいないし、欲しいとも思わなかっただけに、明日海の言葉は重く小枝子の心に響いたのだった。
「で、何してるの?」
自分が見ている方を見やる小枝子をぐいっと引き寄せた明日海はそっと人差し指を小枝子の唇に当てた。
「お兄ちゃんを尾行中。どうもクラスの女の彼氏を尾行してるっぽい」
「アシュリーは尾行の尾行?」
「さすが!その通りだよ」
にこやかに笑う明日海は本当に可愛いと思う。化粧は薄いものの、それだけでも十分に通用すると思う美貌を誇っている。ミラージュにはない年相応の可愛らしさという点ではかなりのものだ。羨ましいと思うものの、自分ではどうすることも出来ない持って生まれたその顔は妬みにもならなかった。
「あそこだよ」
明日海が指さす方を見やれば、確かに遊馬がいる。横にはギャルっぽさを残すこちらも綺麗な顔をした女性がそっと佇んでいる。お似合いにも見えるその2人を見つめる小枝子は何故か胸がきゅっと締め付けられるような感じを覚えた。それが何を意味するのかはわかっていない。
「あのチャラ男がギャルギャルしい女の彼氏・・・お似合いのバカップルでいればいいものを」
忌々しそうにそう呟く明日海からは隠すこともなく嫉妬が溢れ出ていた。妹でありながら兄に恋をしている、そんな雰囲気がだだ洩れだ。羨ましいと思うものの、何故かそれを嫌悪している自分もいる。
「浮気調査っぽいなぁ」
「浮気?」
「多分、ギャルギャルしい女の彼氏がチャラ男で、そのチャラ男が浮気してるからお兄ちゃんを誘って調査してるってところかなぁ・・・1人でやれっての!」
苛立つ声をあげる明日海だが、小声であることから冷静さは保っているようだ。小枝子はかがむようにしてそっと遊馬の様子を伺う。ぴったりと寄り添う紅葉をかばうようにしているその態度が明日海を、そして自分を苛立たせた。その意味も分からずに。
「お、チャラ男に動きあり!ムジはお兄ちゃんたちを見てて」
「え?う、うん」
あわてて遊馬の様子を見れば、明日海と同じように緊張感を出しつつチャラ男に集中しているのがわかった。小枝子はそんな遊馬とチャラ男とを交互に見つつ、何故こんなことに巻き込まれたのかを考えながらどこかワクワクしている自分も自覚していた。
「ん?」
「え?」
明日海と小枝子が同時に無意識に声を出す。離れた場所にいる遊馬も同じような感じになっていた。それもそのはずだ、チャラ男が手を挙げたその先からやって来るのはどう見ても樹理亜だったからだ。偶然通りかかったのかとも思ったが、チャラ男に軽く手を上げるその仕草、何よりチャラ男が近づくことからその浮気相手が樹理亜だと確信できた。もうわけがわからない。
「世の中って、狭いんだね・・・」
「・・・うん」
明日海の言葉にそう返すことが精いっぱいだ。遊馬もまた目が点になっていた。そんな様子から紅葉がそっと遊馬に耳打ちをする。
「もしかして、あの女、知り合い?」
唇が耳に触れそうな近距離で囁かれた遊馬は背中にゾワゾワとしたものを感じつつ頷いて見せる。そんな様子を見ていた明日海は髪の毛を逆立てしそうな勢いで怒りを露わにしていた。
「だったら、もう、話は早いわね・・・・いくよ!」
「ちょ!マジかよ!」
急に手を引かれた遊馬が焦り、それを見た明日海もまた怒りが頂点に達して飛び出した。もうどうしていいかわからない小枝子も反射的に飛び出してしまう。
「陸!あんた!」
紅葉が遊馬の手を引いたまま大股でチャラ男に近づきつつそう叫んだ。あわてた様子で振り返った陸という名のチャラ男は焦った顔をし、目の前に立つ樹理亜は手を引かれている遊馬を見て驚き、さらにその後ろから憤怒の形相で迫る明日海を見て2度驚いた。
「マスターもアシュリーも?どうしたの?で、何なの?」
全てが意味不明といった言葉を発する樹理亜と睨みつけるようにしている紅葉に挟まれた陸は冷や汗を流しかけたが、すぐに平静を装った。こういう修羅場は想定している。
「紅葉か・・・どうした?」
「あんた!私とのデートは断って別の女と!」
「あら、あなた彼女いたの?」
紅葉と樹理亜にそう言われても平然としている陸だったが、急に今やってきた2人の女のうちの1人が激怒した様子で紅葉を睨んでいることが気になってしまった。その視線を受けて遊馬が振り返れば、そこにいるのは明日海と見慣れない女子だ。いや、どことなく見覚えがある。
「明日海と・・・・ムジ?」
「あら、ムジも?」
小枝子を見た遊馬と樹理亜が同時にそう言う。言われた小枝子は今の自分を見てどうしてムジだと気付いたのかが気になってしまったが、この修羅場を前にその反応が出来る2人が信じられない。紅葉はそんなやりとりを無視して陸の胸倉を掴みかかり、樹理亜は鼻でため息をついて腕組みをしてみせた。解放された遊馬がホッとしたのもつかの間、今度は明日海がガシッと遊馬の腕にしがみつくようにしてみせる。小枝子はそれを羨ましいと思った自分に疑問を持ち、樹理亜は苦笑を隠せない。
「こんな堂々と浮気なんて!」
「あれ?そもそも俺たちって付き合ってたっけ?」
開き直ったのか陸がそう言い、空気が変わった。驚く紅葉、睨む明日海、冷たい視線を向ける樹理亜、戸惑う遊馬、わけがわからない小枝子と様々な状態になる中で紅葉の平手が陸にさく裂、しなかった。咄嗟にその右手を掴んだ陸が不敵な笑みを浮かべて見せる。
「付き合った記憶もないけどな?付き合うって言ったっけ?お前が勝手に舞い上がってただけだろ?」
「どういうこと?」
「だから、お前は俺を好きだと言った、俺もまぁいいかって思って頷いただけ。ただそれだけだろ?だったらそれはお前の奉仕だよ!」
ぬけぬけとそう言う男に嫌悪感を持った遊馬が睨む。そんな視線を受けても平然としている陸はそのまま言葉を続けた。
「だいたいさ、ギャルっぽいお前に興味ねぇんだわ。こういう樹理亜みたいなお嬢様な女が俺の好みなわけ」
「あら、私は願い下げだけどね」
そう言い、にこやかに微笑んだ樹理亜は高級そうなバッグを振り回して陸の顔面にそれを直撃させた。金具が当たって悶絶する陸を見つつ、唖然とした紅葉に小さく微笑んだ。
「心配ないよ、私はこいつの浮気相手じゃない・・・しつこいから1度だけデートしてやるって話だったのよね。まぁ、他に目的もあったんだけど、それは夜になってこのバカが下心を見せてから、だったんだけど」
そう言い、綺麗な指をピンと伸ばしたままその右手を高く掲げた。
「さぁ!皆さん!ショータイム!ですわよ!」
何に成りきっているのか不明だが、高らかにそう言うとそっと紅葉の方を抱いてそこから少し離れた。明日海と遊馬も無意識的に同じようにする。するとあちこちから女性が6人やって来て、あっという間に陸を囲みこんでしまったのだ。どれも見覚えのある顔に今度こそ冷や汗を流す陸はすがる目で樹理亜を見やるが、樹理亜はその綺麗な人差し指を口元に当てて妖艶に微笑んだ。
「さぁ、言い訳をどうぞ。皆さんは言いたいことをどうぞ・・・・私はここまで」
その言葉を合図に女性たちが陸を追い詰めていく。そんな様子を遠くからスマホで撮影する者、面白そうに静観するもので溢れていく中で樹理亜は紅葉を見やった。
「さ、あなたも参加なさい」
「え?でも、あなたは?」
「私は友達があいつに貢がされているのを黙って見てられなかった・・・そしたら、あのバカ男が私を口説いてきたんで、他にもそういう子がいたって聞いたものだからね、それを利用してこうしただけのことよ。さ、あなたも言いたいことを全部ぶちまけてきて」
そっと優しく背中を押された紅葉は戸惑いながらもその囲いに加わった。7人の女性にあちこちを掴まれて身動きが取れない陸を見ず、樹理亜は遊馬にしがみつく明日海、そして陸を問い詰める女性たちを茫然と見つめる小枝子に顔を向ける。にこやかな表情で。
「マスターは、彼女の付き添いってとこ?」
「あー、うん・・・今日浮気するからって、同行を・・・・」
「そう。で、明日海とムジは?」
「え?私はその・・・・偶然そこでムジと出会って・・・・で、たまたまミラージュが来たんで驚いて」
「そうなのね」
明日海の言い訳の意味を感じ取ったのか意味ありげにウィンクをした樹理亜は全てを悟っている、そう思う小枝子は苦笑を漏らした。ようやく落ち着いた気持ちになれたこともあり、ホッとしてしまう。
「本当は夜にラブホテルかどこかの前でこうする予定だったんだけど、まさか開始早々こうなるとは。時間が空いちゃったし、お茶でもどう?」
樹理亜は背後の喧騒など気にせずそう言うがやはり紅葉が気になる遊馬はここで紅葉を待つことにし、明日海もそうすると告げた。
「ムジは?」
「あー、えと、帰る・・・・制服だし、この格好だし」
「この格好?あぁ、ムジじゃないってこと?そんなのいいじゃん」
にこやかにそう言う樹理亜がほほ笑んだ時だった。
「木皿儀じゃない?」
不意にそう言われた小枝子が見を固まらせた。様子がおかしい小枝子を気にしつつ、明日海と遊馬が声のした方を見れば、少し派手目の格好をした女子高生らしき2人がいることに気付いた。どうやら小枝子と同じ高校のクラスメイトらしい。
「あんた、友達いたんだ?」
「地味子のくせに」
鼻でそう笑う2人の様子から普段から小枝子を馬鹿にしているのだろうとすぐに分かった。現に小枝子は俯いたまま小さく震えている。目も虚ろな小枝子の肩にぽんと手を置いたのは樹理亜だ。顔を上げれば優しい微笑みがそこにある。その横ではその2人に迫る明日海の姿があった。
「そりゃ友達ぐらいいるでしょ?それも本当の友達が!」
「なにそれ?」
「何でも言い合える、相談し合える、一緒に何かを達成出来る友達だもの。あんたらはそれが出来るの?」
「はぁ?なにこいつ?」
「反論も出来ないヤツが偉そうに・・・・もし彼女に何かしたら、そういう話を聞いたら、私たちが黙ってないから!」
「そうね、権力と財力を使ってあなたたちを追い詰めるわ、トコトンまで、ね」
不敵に微笑む樹理亜だったが、目は笑っていない。ゾクリとしたものを感じるしかなかった。
「この子を馬鹿にするってことは私たちも馬鹿にするってことだから、絶対に許さないから」
「まぁ無視するだけなら許すわ・・・でも口も手も出すなら容赦しないよ?」
明日海と樹理亜の勢いに飲まれた2人はそそくさとその場を去って行った。そんな2人の背中に侮蔑の視線を送る明日海を見て小さく微笑んだ遊馬は今回だけはいつもと違う明日海の姿を見れたことが嬉しかった。こういう熱い部分も持っている、それが知れたことがただ嬉しい。
「気が変わった・・・・ミラージュ、お茶に行こう!ムジも!」
「え、でも・・・」
「最高に美味しいスイーツの店があるの、おごるから、ね?」
微笑む2人に戸惑いつつ、それでも自然と頷いていた。これが友達なのだと初めて知った。涙が出そうになるのをぐっとこらえるように空を仰ぐ。こんなにも青い空を久しく見ていなかった気がする。いつも俯いて歩いていたからだ。友達が欲しくても、過去のトラウマからそれが出来なかった。いつしか欲しいという気持ちも失くしてしまった。でも、今はもう大丈夫だ。もう大丈夫。彼女たちは決して自分を裏切らない、そんな気がする。友達という言葉が、存在が嬉しい。
「女子会、行っておいで・・・俺はあいつをねぎらうから」
まだもめている紅葉たちを見ながらそう言う遊馬に微笑んだのは樹理亜だったが、明日海は鬼の形相で遊馬に迫った。
「慰めついでになんか色々としたら、殺すからね!」
「なんだよ色々って?」
「ハグ!キス!エッチ!」
「するかバカ!」
「そういうのは私だけ!」
「いや、それもないわ」
「強制ハグ!」
そう言って遊馬に正面から抱き着く明日海を引きはがそうとする遊馬を見て、これは色々と面白くなってきたと思う樹理亜に対し、小枝子は胸の奥がざわめくような気持ちを覚えていた。
「じゃぁ」
そう言って去って行く樹理亜に手を振り、仕方なく離れて後を追いながら何度も振り返る明日海に苦笑を返す。小枝子はそんな明日海を不思議そうに見つめていた。仲がいいのはいいことだ、そう思う遊馬はギルドを作ってよかったとしみじと思うのだった。
*
お店までは歩いて10分というところだった。話を弾ませる樹理亜と明日海に並ぶ小枝子は1つの疑問を口にするタイミングを計っていた。どうしても聞いておきたいことがあるのだ。だから2人の会話が途切れたところでそれを切り出した。
「あの、さ」
「ん?」
不意にそう言われて2人が同時に小枝子に注目する。小枝子は一瞬怖気づいたものの、ここは勇気を出して聞きたいことを口にした。それが自分を友達だと言い切ってくれた2人への確認なのだから。
「どうして私がムジだってわかったの?格好もこれで全然違うし、地味だし・・・・制服だし」
徐々に語尾が小さくなる中、明日海と樹理亜は小首を傾げつつ顔を見合わせた。
「さっきも言ったじゃん?私をアシュリーって呼んだでしょ?それ知ってる人は限られてるしね。それに今のムジもムジだもん。その目と声はムジだよ。友達のそういうとこ、わかるに決まってるじゃん」
こともなげにそう言い切った明日海は笑っている。
「私も直感ですぐに分かったわよ。ムジだって、無意識のうちにね」
「考えるまでもないよ・・・それはお兄ちゃんも一緒だっただろうし、きっと千佳ちゃんや太陽さんでも同じだと思うよ。だって仲間だし友達だもん」
「だね」
視線を合わせて頷く2人の言葉が胸に刺さる。仲間であっても友達であっても、それはムジというキャラだからと思っていた。でもそうではなかった。ムジと小枝子は同じ、そういう認識が2人にはある。それはきっと遊馬も千佳も、太陽も同じなのだと信じられた。だから小枝子の目から涙があふれてくる。今はまだ言えない過去の傷の話、でもいつかはきちんと話が出来る気がする。友達なのだから。
「もう、なに泣いてんの?泣くのはこれから食べるスイーツの美味しさに感動してから」
そう言いながら優しく肩を抱いてくれた樹理亜の温かさを感じる。そっと手を繋いでくれる明日海の手の温もりを感じる。
「ありがとう」
かすれる声でお礼を言う小枝子に笑みを見せ、一緒に歩き出す3人はその後、食べ放題のスイーツ店の食べ物を全て食べ尽くすほどの勢いを見せるのだった。